5.聖女の正体
「!? な、なんで!?」
突然現れた旦那様たちに、使用人たちは面白いほどうろたえた。
ここに来たのがわたし一人だと思い込んでいたらしい。
「彼女に面白いものを見せてやると言われたから来たのですよ」
一人で立つことができない旦那様は、ミールに支えられたまま呟いた。
「貴方たちが私の味方ではないことは知っていました。でも、私には王家から送られた貴方たちを裁く権利もない。だから何もできないでいた。……けれど、そんな場合ではなかった。領民に危害を加えていたのなら、もっと早くに対処すべきでした」
旦那様は青白い顔ながら、意志の強い瞳を見せた。
「貴方たちを捕縛します」
「くそっ! 忌々しい……! おいっ! あんたも黙ってないで、助けなさいよっ!」
領民たちに囲まれた侍女長は金切り声をあげ、闇商人へと助けを求めた。
けれど。
「なぜ俺があんたらを助けなきゃいけねーんだ?」
「なっ!?」
闇商人はそう言うと、薄く笑みを浮かべたままわたしの元に跪いてみせた。
「お久しぶりです、エルピシラ様」
「ええ、久しぶりね。セージ。長い間、任務をさせて悪かったわね」
「とんでもない。先見の聖女様の頼みとあらば、いくらでも」
「せ、聖女!?」
闇商人の行動に驚いていた使用人は、セージの言葉にさらに驚愕の声を上げた。
まあ、驚くのも無理はない。
なにせ稀代の悪女とされていた女が聖女と呼ばれているし、闇商人だと思っていた人間とつながりを持っているのだから。
「ちょ、ちょっとどういうこと!? 説明しなさいよ!」
「ああ、そうだった。こちらの身分であいさつはしていなかったわね」
わたしは手を打つと、彼らへと体を向ける。
「改めまして。わたしは『エル』ことエルピシラよ。よろしくね」
「エルって……悪女のあんたが聖女!? そんなわけないじゃない!」
「……自分で聖女と名乗ったわけじゃないわ」
わたしだって驚いたのだ。
「エル」という通り名を使っていたのに、まさか聖女と呼ばれているなんて思わないだろう。
正直ちょっと恥ずかしいので呼び名は改めてもらいたいが、そうも言っていられない。
わたしは恥ずかしさを飲み込んで、再び口を開いた。
「ちなみに彼はセージといって、わたしの忠実な部下よ。あなた達を欺くために、長年闇商人に扮してもらっていたわ」
セージに目配せをすると、檻に捕らわれていた男の子も解放され、こちらに一礼をしてから領民に交じっていった。
どうやら領民に協力してもらっていたようだ。
「バカ言うな! だって何年も前からいたんだぞ!? そんなの……」
――まるで未来が分かっているみたいじゃないか。
侍女長はその言葉を飲み込んだ。
だからわたしはここぞとばかりにハッタリをかます。
「ふふ。さっきセージが言ったことを忘れたの? わたしは先見の聖女。未来を見通す力があるのよ」
わたしは未来が見えるわけではない。ただ未来を体験してきただけだ。
だから一度目で起こったこと以外は分からない。
(それでも彼女たちを追いやるには十分だわ)
一度目では煮え湯を飲まされたが、同じ轍はふまない。
「王家に気取られないように計画を進めるのは大変だったわ」
「けい、かく……?」
「そう。この領地の独立計画よ」
わたしが産まれた国、カタフニア王国は罪のない人に罪をかぶせ、その功績を奪い、追いやることが常習化した国だった。
そして奪われるのは皆、立場の弱い者達。
奪われ、追われ。そうして流れ着いたのがスキアー辺境伯領だった。
彼らはそんな環境で、それでも必死に生きている。
それでも領地すらいつ消されるか分からない。
「だから奪われないように切り離す」
そのためだけに何年もかけて準備をしてきた。
王家に報告させないよう使用人の目を欺きながら、領地の人たちが本当に必要なものを送ってきた。
そうして地道に領民の体力を、活力をあげていったのだ。
「……ねえ。あなた達は王家がどうして捨てた土地に監視役を置いたのか、疑問に思わなかった?」
「え?」
捨てたのなら、追放したのなら。もう何の関係もないだろうに。
それなのに彼らは見張りを置いた。その理由は……。
「それはね、反乱を起こさせないためよ。物流も貿易も止めて、逃げ場のないこの場所で暮らさせることで、日々の生活だけで手一杯にする。ついでに見張りをつけることで、反乱の意志を奪っていたの。そして森からの侵攻の際には切り捨てる、ちょうど良い堤防にしていたのね」
名誉も住む場所も奪っておきながら、彼らの命すらもてあそぶ。
それがこの国の本質だ。
思わず拳に力がこもったが、わたしは気持ちを切り替えてとびきり美しい笑みを浮かべた。
「でも、それももうおしまい。あなた達が監視を、報告を怠けてくれたおかげで力をつけ続けることができたのだから」
もしも使用人たちがしっかりと監視役を全うしていたら。
もしも金目のものに靡かなかったら。
きっとここまでうまく事が運ぶことはなかっただろう。
「だからありがとう。うまく踊ってくれて助かったわ。……でも、あなた達はもう用済み。いつまでも表舞台にいられると困るのよ。わかるわよね?」
「っお、お待ちください! 私が間違っておりました! 貴方様の部下に、なります! ですからどうか!」
ちらりと視線をむけると、彼女たちは弾かれたように命乞いを始めた。
けれどそんなもの今更だし、なにより一度目で彼女たちがしたことを忘れる訳もない。
「いらないわ。あなた達みたいな人は信じられないもの」
「っ! 私は貴方様の知らない情報を持っているのですよ!?」
「へえ? どんな?」
「そ、その男のことです!」
侍女長が指さす先には旦那様の姿があった。
旦那様をその男呼ばわりされたことに眉をひそめるけれど、侍女長の目には映らなかったらしい。
「その男は貴方様をこの地へと追放した男と同じ血が流れているのです! 王家の血が!! いいのですか!? そんな男の妻に収まるなど」
「……もう結構。そんなこと、初めから知っているわよ」
聞くに堪えなくて、わたしは侍女長の言葉を遮った。
「え? ど、どういう」
「ノスティヴィア様が第三王子だということは、初めから知っていると言っているのよ」
旦那様は十六年前、国王陛下がメイドを愛して産まれた王子だ。
けれどそれを恨んだ王妃によって、産まれてくる前に母子ともにこの地に流されてしまったのだ。
だから同じ血が流れていることは否定しない。
「でも、それの何がいけないの? 血が同じだからなに? それだけで旦那様の全てを語ろうとするなんて、おこがましいことこの上ないわ」
誰にも王子と知らされず監視の元生きていても領民のことを思える旦那様と、甘やかされて育ち人を陥れればいいという文化に染まった第一王子。
そんな二人を、同じ血が流れているからという理由だけで同列に思われるのは我慢できない。
「血統など、身分など。結局は誰かが決めたまやかしに過ぎない。その人の価値は、その人の行動に現れるものよ。――そして」
わたしは旦那様と領民を見てほほえむ。
「彼らこそ守られるべき人たちだわ」
自分たちも追いやられた身なのに、お互い支え合って生きている強い人たち。
辛い過去を背負っているのに優しさを分け与えようとしてくれる、善性の塊のようなこの地の人たち。
でも彼らだけでは国に抗えない。
「だからわたしが来たの。巨大な悪に立ち向かうには、悪が必要でしょう?」
(悪女というレッテルを張られたのなら、お望み通り、国を亡ぼす悪女になってあげる)
わたしはもう覚悟を決めている。だから……。
「もうわかったでしょう? わたしは彼らを傷つけるものに容赦はしない。残念だけど、サヨウナラ」
その言葉を最後に、使用人たちは牢へと連れていかれたのだった。
◇
「……貴女は一体、何者なんだ?」
使用人が連れていかれ辺りがシンとしたころ、旦那様がそうこぼした。
振り返ればミールに支えられながらも、真っ直ぐにこちらを見つめる瞳がある。
「伯爵をだまし、色に耽っていた悪女。それが都の貴女の噂だったはずだ。けれど領民へ施しを与えていた『聖女・エル様』も貴女だった。いったい、どれが本当の貴女なのか……」
戸惑いを見せる旦那様に、わたしはほほえんで口を開いた。
「……善も悪も、しょせんは他人が決めたこと。なら、見る人によって違うのも当たり前ではないですか?」
「それは……」
都でのわたしは、確かに悪女なのだろう。けれどその顔だけが本物だなんて訳もない。
「強いていうのなら、わたしはわたし、でしょうか」
「……そうか」
旦那様は考え込むように目を閉じた。
わたしも黙って夜空を眺める。
(これで一つの清算は済んだ)
けれどまだ、監視役を退けただけ。
王家が、国が、腐ったままならばいずれこの地は犠牲になるだろう。
(だから先手を打って潰してあげなきゃ)
それがわたしの存在意義なのだから。
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