4.真夜中の宴
「ああもう! ほんとありえない!」
辺りが夜の闇に包まれた屋敷の裏庭から、不満の声が聞こえてくる。
そこには屋敷で働く6人の使用人が集まっていた。
「そう言うのなら頭があの悪女の暴走を止めてくれればよかったんじゃねーの」
「うるさいわね! 私だってやろうとしたわよ。けど聞く耳を持たないの! あれ以上何か言えば、何をされるか分かったもんじゃない!」
「女主人とはいえ、ただの平民だろ? 強引でもいうことを聞かせればいいじゃねーの」
「……それもいいかもね。無理に我慢してやる必要もないか。だって私たちの仕事は監視だけ。それ以外は特に命じられていないものね」
「そうそう! まっ、今はそれよりも、早く始めようぜ」
「ええ、そうね。せっかくの臨時収入だもの。楽しまないと」
彼らの手には領民から奪った「聖女の施しもの」や、ミールに与えられたはずのブレスレットがある。
そして彼らの近くには、ローブを目深に被った怪しげな男がいた。
「さて、闇商人。これで売るものは全てよ。早く鑑定してちょうだい」
「ええ、ええ。いつもごひいきに。しかし本当に良い品物だ。全部売ってしまってよろしいので?」
「もちろんよ。その金であんたから娯楽品を買わないと。やってられないわこんな仕事。さ、早く商品を見せてちょうだい」
「こちらに。どれも上物ですよ」
男が広げた商品は酒を中心として、葉巻や嗜好品ばかりだ。
使用人たちはすぐに酒をあおり、憂さ晴らしを始めた。
「そうだ。いつもごひいきにしていただいているので、本日は特別にこのようなものもご用意いたしました」
「あら、なにかしら?」
闇商人はニヤリと笑みを浮かべると、掛けられていた布を外す。
布の下から現れたのは大きな檻。そしてその中には……。
「おや。ちょっと若いが、いい男じゃない。どうしたの?」
「貴方様が以前、遊び相手がほしいと言ってらっしゃったので、どうかと思いまして」
「へえ。でもこの国では人を売り物にすることは禁じられているって知っているかしら?」
「ええもちろん。もっと言えば、俺のような闇商人も禁じられておりますよね。ですがこの国のお貴族様方にはひそかに需要がありますし、この地であれば周りの目など気にされる必要はないでしょう?」
「おやおや。悪いやつね」
ニヤリと笑みを浮かべた闇商人に、侍女長も笑って見せる。
スキアー辺境伯領は、カタフニア王家から監視されている。けれどその監視役は、自分たち使用人。
つまり、自分たちさえ黙っていればなかったことにできるのだ。
「いいじゃない。この男ももらうわ」
「毎度アリ! さあさ、鍵はこちらです」
「あら」
檻の鍵が侍女長に渡ったそのとき、その場に似つかわしくない凛とした声が響いた。
侍女長たちが慌てて振り返ると、そこにはつり上がった金色の瞳を光らせたエルピシラが、薄くほほえみながら立っていた。
「お、奥様」
「こんばんは。こんな夜更けに、いったいなんの集まりかしらね。……まあ、いわなくてもだいたい把握できるけど」
エルピシラは辺りを見回して、盛大なため息を吐きだした。
「……まったく。わたしの屋敷で勝手なことを。領民から取り上げた施しものに、ミールにあげたブレスレットまであるじゃない」
「ぐっ」
「見た所、それを売って娯楽を買いあさっていたみたいだけど。普通の商人がここに来るわけないし……闇商人はご法度って知っているわよね? ただで済むと思わないことね」
エルピシラの鋭い眼光が侍女長を射貫く。
けれども侍女長は、開き直ったように鼻で笑った。
「ああもう馬鹿らしい。うまく取りつくろって思い通りに動かしてやろうと思ったけど、面倒だわ。で? どうする? 国に報告でもするのかしら?」
「……」
国で禁止されていることを犯した人間がいたら、王族に報告する義務がある。
けれど……。
「まあ無理でしょうね。ここは見捨てられた地。問題を起こせばすぐに消される場所だもの。それに、もしも報告したとしても、長年仕えてきた使用人と稀代の悪女であるあんた。どちらが信用されるかなんてわかりきってるわ。あははは!」
侍女長は耐えきれないと笑いした。
確かに侍女長の言うことももっともだ。
けれどエルピシラは動じた様子もなく、クスリと笑った。
「王家は確かにわたしを信じないでしょう。でも問題を起こせば消されるのは、あなた達も同じじゃない」
「なに?」
「分からない? 元泥棒の侍女長さん?」
「!」
その言葉に、侍女長から笑みが消えた。
対するエルピシラの笑みは深くなっていく。
「知らないと思った? でも残念。あなた達は処刑の代わりにここに送られてきた罪人でしょう? そして旦那様や領地の監視をさせられているのよね」
「……なんで、あんたがそんなことを」
「あら。これでも一応は第一王子の婚約者だったのよ? あの人はね、口が羽のように軽いの」
「っ!」
第一王子、ルシオンは問題児とされている。
色事に弱く、国の機密事項ですら口にするほどだという噂まであるのだ。
もちろん、そんなルシオンに知られて不味い情報を教える人はいないわけで。
ルシオンはこの地の使用人が罪人だという話などしらなかった。
つまり、エルピシラがでっち上げた話だ。
けれどそんな事情を知るはずもない侍女長たちは、額に汗を浮かべていく。
「監視役はここで起きたことすべてを王家に報告する必要がある。でも聖女やエルだなんて、第一王子からも聞かなかった。それはつまり、あなた達が意図的に聖女の存在を秘匿したということ。……ばれたらどうなるかしらね」
「……」
カタフニア王国は疑わしいもの、従わないものは全て消してきた国だ。
もしもそんな報告をされれば、自分たちも問答無用で消されるだろう。
それが分かっている侍女長は、恨めしそうにエルピシラを睨んだ。
「……ならあんたが報告できないようにしちゃえばいいのよ。一人で来るなんて、バカな女」
侍女長が目くばせすると、使用人たちがエルピシラを捕まえるべくにじり寄っていく。
「口封じさせてもらうわ。あんたはなにをしでかすか分かったもんじゃないからね」
「……殺すつもり?」
「さあ? どうだろうね」
じりじりと近づいてくる使用人。
絶体絶命な状況のはずだ。
けれどエルピシラは楽しそうに笑ってみせた。
「何がおかしい!?」
「ふふ、いえいえ。ただこれほど思い通りに本性を現してくれるとは思っていなかったので」
「は?」
「ふふ。ご覧になった通りですわ、皆様。彼らは従わない者を強引に黙らせる。そんな人たちです。改心の余地はないようですわよ」
「!?」
エルピシラはそう言って屋敷のほうを振り返った。すると建物の影から姿を現したのは――領主、ノスティヴィア・スキアーと、大勢の領民たちだった。
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