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3.聖女?

 

 わたし達は領地の視察(しさつ)へとやってきた。

 馬車などあるはずもなく、舗装(ほそう)されていない道を歩いていく。


「何もないところでしょう? 奥様のお眼鏡に適うものはありませんよ。さ、早く帰りましょう」

「まだ出てきたばかりじゃない」


 屋敷からでて数分もしないうちに侍女長が声をあげるものだから、思わず呆れたような声が出てしまった。


 侍女長は領地に行くと言ってから、ずっと不機嫌(ふきげん)そうな顔をしていた。

 イヤイヤついて来たのがバレバレだ。


(まあこの地にあるのは畑とボロボロの民くらいだものね)


 この領地は東を「ケダモノの森」に、西を大きな川に挟まれており、国からは切り離されている。


 森には入れないし、川を渡るには対岸のマーケリー伯爵領の所有している橋をわたるしかない。天然の監獄(かんごく)のような場所なのだ。


 そんな場所に娯楽(ごらく)などあるはずもなく、わざわざ屋敷から出るのが面倒なのだろう。


(まがいなりにも監視役(かんしやく)なら、もっと領地のすみずみまで見るべきだと思うけれど)


 とはいえ、彼女たちの監視がゆるいのはこちらにも都合がいい。

 わたしは侍女長の帰りたいアピールを無視して足を進めた。



「――()()()からの(ほどこ)しが届いたぞ!」

()()()! ありがとうございます!」


 とちょうどそのとき。少し先にある広場から歓声(かんせい)が聞こえてきた。

 その声を合図(あいず)に、領民たちが笑顔で集まっていく。


「あいつら、また……!」


 その声に振り返ると、怒りで顔を赤く染めた侍女長が震えていた。


「あら、どうしたの?」

「あっ、いえ。なんでも……」

「そんな顔をしておいて、なんでもということはないでしょう。それに、聖女様って?」


 わたしの追及に、侍女長はしぶしぶと話し出す。


「……何年か前から、突然食べ物や服などを送ってくるものが現れたんです」

「それが『エル様』とやら?」

「はい。エルは姿を現さず、気がつくと広場に物資が置いてあるんです」


 聞けばその物資の中には必ず「エル」と書かれた紙が入れてあるらしい。

 領民たちは大いに喜び、「国に見放されたこんな場所に施しを与えてくれるなんて、隣国にいるという聖女様では?」と騒ぎ、聖女様と呼ばれるようになったとか。


「……ふうん?」

「でも!」


 侍女長はグワリと勢いよく顔を上げた。


「私たちにはなにも送ってこないんですよ!? それなのに前なんて、宝石のアクセサリーまであったんです!? 信じられませんよね!?」


 侍女長は思いだしたように拳を震わせた。

 自分が見下している相手にだけ施しが与えられて、自分には何もないということが受け入れがたいのだろう。


(欲深い彼女らしいわね)


「おい、見ろ! こ、これってシルクじゃねぇか!?」

「うわ、こっちも!」


 話しているうちにも、広場からは賑やかな声が聞こえてきた。

 どうやら施しの中に上等な服があったようだ。


 その声を聞いた侍女長は我慢できず、怒り顔で広場へと向かっていった。


「おい、お前たち!! 何度言えばわかる! お前たちが生きていられるのは領主様の慈悲(じひ)。なれば私たちに献上(けんじょう)するのが筋というものだ!」

「そ、そんな。侍女様。どうか今回はお取り上げないでください!」

「うるさい! これは私たちのものだ」


 見ていると、領民が持っていた服を無理やり奪い取ってしまった。

 転ばされた娘を気遣うように領民が集まるが、侍女長はそちらには目もくれないで施しものを(あさ)っている。


「あらあら、なんて人かしらね。わたしより悪女が似合うのではなくて?」

「っ! ……ぁ。奥様」


 どうやらわたしの存在すら忘れていたようだ。金目の物を前にすると自制が効かないのだろう。

 彼女は一度目の人生でもそうだった。


「あ、えと。……お、奥様がいらしているのに気がつかないとは。お前たちはだからダメなのだ! さ、奥様。こちらは奥様にこそ相応(ふさわ)しいですわ」


 慌てて差し出されたシルクの服を一瞥(いちべつ)する。


 確かに上等なものだ。売れば良いお金になるだろう。

 だが……。


 わたしは薄く笑みを浮かべた。


「いらないわ。わたし、人のおさがりなんて嫌なの」

「……そ、うですか」


 わたしは侍女長を放って、領民たちに顔を向ける。


「ごきげんよう。わたしは新たな女主人になったエルピシラ・スキアー。ねえあなた達。わたしなら、そんなものよりいいものをあげられるわよ?」

「い、いいものって……?」


 領民の不安そうな顔に笑みを深める。


「ここの状況はミール(この子)から聞いているわ。だからあなた達には、働く権利をあげる」

「働く……権利?」

「ええ。わたしの為に働きたいというものは、屋敷においでなさい。使えるものは引き立ててあげる。役に立つならこの子みたいに、望むものをあげてもよくてよ」


 わたしはミールの腕を引っ張り、つけていたブレスレットを見せた。


「これは以前買ったルビーのブレスレット。売れば家くらいは買える代物(しろもの)よ。まあでも、ここではあまり意味がないかもしれないわね。食料とかの方がいいなら屋敷の食料でも分けてあげる。だから考えておきなさいな」


 わたしはそれだけ告げると来た道を戻っていく。


「あ、奥様! お待ちを!」


 慌ててついて来た侍女長は、思った通り不満そうな顔をしていた。


「なあに、その顔」

「いえ……。その、なぜ彼らを引き立てるなどと……。それに、あの娘にブレスレットなど……」

「あら」


 わたしは足を止め、極上の笑みを浮かべて振り返る。


「それならあなたがはけ口になってくれるというの?」

「え?」

鬱憤(うっぷん)の発散相手になってくれるのかって聞いているの。あの子はずいぶんいじらしく耐えていたわよ?」


 もちろん、領民をストレスのはけ口にするつもりなんてこれっぽっちもないし、ミールも虐めていない。

 今の言葉は、彼らの目を(あざむ)くための方便(ほうべん)だ。


 けれどわたしの言葉を聞いた侍女長は、顔を引きつらせた。

 自分は彼らを(しいた)げていたくせに、自分がその立場になるのは嫌なのだろう。


(身勝手な人)


 けれどこれで、わたしが領民と接していてもそっちの意味だと思ってくれるだろう。

 それに。


(この状況なら、不満をためていくでしょうね)


 見下していた領民が自分と同じ土俵に上がってくるかもしれない不満。

 自分たちにはなかった報酬を、ポッと出の娘に奪われた不満。

 そしてただの平民のはずの悪女が、自分たちの上にいるという不満。


 そんな状況に、果たして彼女たちが耐えられるのか。

 いや、きっと無理だろう。


(ふふ。案外、すぐだったりしてね)


 わたしはふっと笑い、侍女長を置き去りにして屋敷へと戻っていった。



ここまでお読みいただきありがとうございました!


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