2.むかしなじみ
「ふんふ~ん」
追放された翌朝、わたしは気分よく屋敷の中を歩いていた。
ときおりすれ違う使用人はわたしを見つけるとぎょっとして逃げていき、遠巻きにこそこそと話をする。
――新しい女主人は噂通りの好色家で、病弱な主人をむりやり手籠めにした、と。
恐らく侍女長が昨夜のことを言いふらしたのだろう。
加えて今朝早く、わたしが旦那様の部屋から出てきたところを目撃されたことも噂話に拍車をかけたみたいだ。
使用人たちは、すでにわたしを稀代の悪女に相応しい女だと思ってくれているだろう。
(わざと「初夜」という言葉を使ったかいがあったわ)
もちろん朝帰りをしたとはいえ、本当に旦那様を襲ったわけではない。同じ部屋で寝ただけだ。
けれど使用人たちには結果が全てで、事実などどうでも良いのだろう。
誰も真偽を確かめようとはしてこなかった。
(そのほうがこっちにとっては都合がいいからいいけど。……ん?)
しばらく歩いていると、玄関の辺りが騒がしいことに気がつく。
見にいくと領民らしき娘が侍女長にすがりついて、なにかを懇願しているようだ。
「いったい何事?」
「お、奥様。なぜここに!?」
わたしが姿を現すと、侍女長はあからさまに驚いた顔をした。
「どこにいようが、わたしの勝手でしょ? それよりその娘は?」
娘に目を向けると、彼女もわたしを見ていたようで目が合った。
透き通った赤色の瞳が印象的な女性だ。
「あ、あの! 女主人様ですよね!? あ、あたし、ミールと言います! その、お願いがあって……」
「お願い?」
ミールと名乗った娘は、その場で跪いて見上げてきた。
「じ、実は……」
「い、いけません奥様! そんな小汚い娘に話かけては……! 品位が下がってしまいますよ!」
わたしとミールの間に侍女長が立ちはだかった。
領民を汚らわしいと思っているのが丸わかりの言葉に、大きなため息が出る。
「あなたごときがわたしの品位の心配なんて、ずいぶんとおこがましいわね。何様のつもりかしら」
わたしはあくまで悪女らしく、侍女長の頬を両手で包み、視線を合わせる。
「わたしの心配より、自分の心配をなさい。言ったでしょう? わたしは使えない使用人をおいておくつもりはないと」
「っ!」
「わたしに歯向かう者なんて必要ないの。分かったら、身の振り方を考えなさい。屋敷を統括する女主人がいなかった今までとは違うのよ」
「……承知、いたしました」
侍女長の顔が、屈辱で赤く染まっていく。
その様を少しだけ眺めてから解放した。
「でもそうね。あなた、その娘と話をさせたくなさそうだから、逆に話してみたくなったわ。……そこのミールとやら、ここでは邪魔されそうだし、場所を変えましょう。ついてきなさい」
「は、はい!」
わたしはミールを連れて、その場を後にした。
◇
――バタン。
「――さて、と」
建付けの悪いドアを閉めると、わたしは改めてミールを振り返った。
「……久しぶりね、ミール! うまく潜り込んでくれて助かったわ!」
「お久しぶりです、お嬢様! 再びお会いできるこの日を、首を長くして待っていました!」
実はミールとわたしは古くからの知り合いである。
彼女の正体は、伯爵邸にいた頃から仕えてくれていたメイドなのだ。
一度目ではいなかった存在で、家業の雑用をこなしているときに偶然、路地裏で蹲っているのをみつけて保護したのである。
それ以降わたしに忠誠を誓ってくれており、追放されるかもしれないと話しても一緒に行くと言ってくれた娘である。
「ずいぶんと待たせてしまってごめんなさいね。追放のタイミングでは連れていけないと思って早めに向かってもらったけど……。苦労をかけたわ」
「苦労だなんて! あたしはお嬢様のお役に立つことがなによりの喜びですから」
ミールはわたしの手をとると、満面の笑みを浮かべた。
思わずつられてほほえむ。
「そう言ってくれて嬉しいわ。ありがとう」
「いいえ~! それにしても、本当に追放されるとは……。正直、伯爵が手放すとは思っていなかったので驚きました」
「ああ……。わたしを売る代わりに、大金を受け取っていたみたいだからね。あの男らしいというか、浅はかというか」
思わず苦笑いを浮かべる。
アンビション伯爵は金に弱い。金こそが全てなのだ。
そんな人だからこそ、平民であるわたしをシェイファーに仕立て上げるなどと大それたことをしでかした。
(第一王子の婚約者に支払われる報酬が目当てだったのよね)
金のために偽装した娘だからこそ、金の為なら売ることもためらわなかったのだろう。
「ほんっとクズですね。商会の仕事はお嬢様にやらせていたというのに。まあ、あの男からお嬢様が解放されたのはよかったですけど……」
「あらあら。すごい顔よミール」
「そりゃあこんな顔にもなりますよ!」
ミールは心底軽蔑したという目をしていた。わたしよりも怒ってくれているのが分かる。
「クズと言えば、あの王子も許せませんよ! 複数の相手と関係を持ったってのは、お前のことなのにっ! お嬢様に! 擦りつけんなっつーの!」
「ふふ、そうね。でも、わたしは気にしていないの。第一王子に恋心なんて抱いていなかったし、別に周囲になんと思われてもよかったもの」
むしろ悪評を流してくれたおかげで、この先いろいろと攪乱できる。
だから本当に気にしていない。
「お嬢様がいいのなら、いいんですけど。……でも、そのままにしてよかったんですか? さすがにひどすぎますって。よかったらあたし、復讐してきますけど」
ぶすくれた顔をしたミールは、納得がいかないようだ。
不満がそのまま顔に現れている。
それがなんだか面白くて、思わず笑ってしまった。
「ふふ。いやだわミールったら」
「え?」
「誰も復讐しないとは言っていないわよ?」
「……と、いうことは?」
「ええ。目的のために今までは我慢していたけれど、もうその必要もないもの。あなたに頼んでいた手紙の配達も、そのためのものだったわけだし。受けた悪意は、しっかりと返さなくちゃ」
わたしは確かに追放を、断罪を受け入れた。けれどそれは許したわけではない。
(……死に戻ってからずっと、悪夢をみるの)
夢見るのは、あの日の絶望。
そして元凶たちの笑う顔。
(あの悲劇は繰りかえしちゃいけない。だから――)
領地を燃やす燃料を用意した、アンビション伯爵家。
討伐の指揮を取っていた、マーケリー伯爵家。
そして、この地をスケープゴートに選び誘導した王家。
(あなたたちだけは許さない。何度死んだって、絶対に許すことはない。徹底的に潰してあげるわ)
中途半端な情けが禍根を産むのなら、禍根すら産ませないように未来を奪ってあげよう。
そのために死に戻ってから十年、種をまいてきたのだから……。
「お嬢様、なんだか楽しそうですね」
「あら、そう? 確かに、そうかもしれないわ」
そういうと、ミールは優しくほほえんだ。
「それで、なにから始めますか?」
「あら、手伝ってくれるの?」
「もちろんです! 思う存分使ってください!」
「ふふ、頼もしいわ」
わたしは窓の外に広がる領地を眺め、そして笑みを浮かべた。
まずやるべきは、一つ。
「この地に残る邪魔者を排除しましょう」
わたしは罠を仕掛けるため、ミールを連れて領地へと向かった。
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