13.旦那様には言えない話
カツン、カツン。
プラロさんたちを見送った後、わたしは暗く湿った階段を下りていた。
その先にあるのは赤黒くさび付いた鉄格子。
その中で足音に怯えた人影がわずかに動いた。
「ごきげんよう、皆様」
牢屋の中にいたのは、もともとこの屋敷で働いていた使用人たちだ。
彼らはぐったりとしながら生気のない目でこちらをじっと見つめている。
「どうかしら、少ない食料と水で生かされる気分は。今まであなた達が領民にしてきたことなのだけど」
捕らえてから2週間、彼らには今まで領民に強いていた暮らしを体験させてあげている。
「……も、ムリです。食べ物を……」
「あら」
プライドだけは高かったはずの元侍女長が、格子の間からわたしの裾を掴んだ。
「だらしがないわね。領民たちは年単位で耐え続けていたのに、もう根を上げるの?」
「く、空腹が……」
「その状態の民から食べ物を奪っておいて、いざ自分がなったら助けてくれって? ずいぶんと都合がいいのね」
彼女たちは領民に向けた施しものを全て奪っていた。そして自分たちだけ豪勢な食事を楽しんでいたのだ。
人から奪っておきながら助けてほしいなど、どの口がいえるのだろうか。
「でもわたしはあなた達ほどひどくわないわ。だから今日は、あなた達にプレゼントをもってきたの」
持ってきていた鍋の蓋をあけると、食欲をそそる匂いが満ちる。
皿によそって牢に入れれば、元使用人たちはいっせいに口をつけ始めた。
「あぁ。女神よ。感謝します。愚かな我々を許してくださったのですね」
使用人たちが口々にそうつぶやくのを聞いていると、思わず笑みがこぼれた。
「いやね。許している訳ないじゃない」
「え……?」
「あなた達には皆が味わった苦しみを味わってもらわなきゃいけないの。これはそのための餌なのよ」
「……なにを、いって」
「あら、分からない?」
わたしは懐から透明な液体の入った小瓶を取りだした。
「っそ、それ!」
「見覚えがあるでしょう?」
「……まさか!」
侍女長は全てを理解したようだ。
血の気の引いた顔で、口元を抑えている。
「これ、便利よね。薄めてのませれば行動力を奪えるし、原液のまま与えれば三日三晩苦しんだ後に命を落とす。人を苦しめるためだけに作られた毒、だったかしら?」
「い、入れたのですか……? まさか、そんなことしませんよね? ね!?」
泣きそうな顔で縋ってくる侍女長に、笑みだけで答える。
「い、嫌だ! どうして、こんなこと!?」
「どうしてって、あなた達がしてきた罪をそのまま再現してあげているだけよ。旦那様に毒を盛って苦しめ続けた罪。そして……旦那様のお母様を殺した罪をね」
「!!」
侍女長は後ずさり、壁にぶつかり崩れ落ちた。
「どうして知っているのかって顔ね。あなた達が教えてくれたことなのに」
「私、たちが……?」
「そうよ」
一度目で彼女たちにされたことを、今でも鮮明に覚えている。
体調が悪くて寝込んだとき、夜中にキッチンへ向かうと、彼女たちは酒盛りをしていた。
そして武勇伝のように話していたのだ。
――わたしに、毒を盛ったと。
話はそれだけでは終わらなかった。
旦那様は第一王子に何かあった時のスペアとして、生かさず殺さず毒を飲まされ続けていたということ。
旦那様もお母様も同じ毒で殺したこと。
彼女たちはそれを楽しそうに語っていたのだ。
「こんな残酷な話、旦那様には聞かせられないわ。きっと優しいあの人のことだから、酷く心を痛めてしまうもの。だから旦那様は知らないままでいい。でも……」
わたしは冷ややかな笑みを浮かべ、彼女たちの視線に合わせるようにしゃがみこんだ。
「あなた達になにも罰がないのなんて納得できないの。だからわたしが下してあげる。そのためにこの場所に閉じ込めたのだから」
「…………!」
使用人たちは青ざめて震えあがった。
いつ体調が悪くなるのか、どれほどの苦しみを味わうことになるのかを考えているのだろう。
だからとびきり優しくほほえんでみせる。
救いの提案であるかのように。
「――でもそうね。お手紙を書いてくれるというのなら、解毒薬をあげてもいいわ」
「て、手紙?」
「ええそうよ。あなた達はまがいなりにも監視役だったでしょう。もうそろそろ定期的な報告をするタイミングかと思ってね」
この領地の状況を王都もしくは上司に報告していたはず。
その定期報告が途絶えたとなれば、違和感を持たれてしまう。
今はまだこの地が今まで通りだと思っていてもらわねばならないのだ。
「でもわたしはあなた達が誰に報告していたのか知らないの。だからね?」
「す、すぐにかきます! 私の部屋に報告書用の便せんがあるので……」
「あらそう? 誰に渡していたのかしら」
「私たちに命令を出していた、マーケリー伯爵夫人です! あの人から王妃へと情報が向かうようになっていたはずです!」
侍女長は弾かれたように鉄格子へとへばりついた。
元上司を売るのになんのためらいもないらしい。
彼らの仲間意識など、しょせんその程度のものなのだろう。
「そうなのね。なら明日、その便せんをもってくるわ」
聞きたいことは聞けた。
もうこれ以上この人達と同じ空気を吸っていたくない。
わたしはすぐに立ち上がり踵を返した。
「それまではちゃんと苦しんでおいてね」
「えっ! ま、まって! 今解毒を……!!」
侍女長が何かを叫んでいたけれど、気にせずに階段を上っていく。
(マーケリー伯爵夫人ね……)
マーケリー伯爵家は一度目でも領地を燃やす指揮を取っていた家柄だ。
だからもともと許すつもりなどなかったけれど、把握できていなかった敵までそこにいるとは。
「探し出す手間が省けたわね」
あの家はわたし達を見張っているつもりでいる。
けれどこちらは着実に勢力を大きくしている。
「見張るべき相手が着々と力をつけていることに気がつかなかったら、その責任はどうとるのかしら」
わたしは笑いながら次のターゲットに狙いを定めたのだった。
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