11.ひとつの仮説
「くっっっっさっ!?!!」
「薬だから仕方ないだろう」
「これ本当に薬ですか!? 毒みたいな見た目なんですけど!? っていうか怖いんですけど!?」
「失礼な。れっきとした薬だよ。さあしっかり飲みな。飲み切らないと解毒できないんだからね」
「いや、いやいやいや! 飲んだ方が害ありそうって……。う……うわああああ!」
「あーはっはっはっは!」
旦那様の悲鳴とやたら楽しそうなプラロさんの声を聞きながら、わたしは屋敷中の窓を開けて回っていた。
(がんばってください旦那様……)
心の中で応援していると「バタン!」と大きな音が響いて、しばらく後に部屋からプラロさんが出てきた。
「いやー。坊っちゃんは大袈裟だねぇ」
「旦那様は?」
「解毒薬を一気飲みさせたら意識飛ばしちゃってね。今はベッドですやすやしているさ」
ちらりと部屋の中を見れば、ベッドにぐったりと沈み込んでいる旦那様がいた。
どう見てもすやすやという感じではない。効果音的には「チーン」が合うだろう。
(……あれは、仕方がないわ)
わたしは同情の眼差しを送りつつ、先ほどのことを思い浮かべていた。
◇
領地の視察の後、わたしはプラロさん達を屋敷に案内した。
彼女は屋敷につくとすぐに旦那様の解毒にかかってくれた。
ほんの半日で解毒薬を完成させて来てくれたのだ。
初めは約束通り薬を作ってきてくれたことに安堵していた。
けれどすぐに別の不安に変わった。
「…………これ」
「ああ、それが解毒薬だよ」
「薬……?」
問えば薬と言われたそれは、おとぎ話の魔女の薬にそっくりだった。
解毒薬は、小瓶に入った緑色の泥のような液体だったのだ。
ときおり浮き上がる泡。蓋を外した瞬間に漂いだす苦いような甘いような、よくわからない匂い。
それにゴポゴポという音とともに「イヤアア」という叫び声のようなものが鳴っているような……。
(液が鳴るってなに? 鳴るっていうか、鳴く?)
そう思いつつも説明を聞くと、音は薬草同士の反発によるもので、液自体がなっているわけではないらしい。よくわからないが。
「なあに、効果は保障するよ。まあ一気飲みしないといけないけどね」
「地獄の何かと言われたほうが納得できるこれを?」
「そうさ。じゃないと解毒効果が薄れるからね」
「……」
そう言われ、わたしは考えるのをやめた。
解毒の為ならば仕方がない。
だからわたしは何食わぬ顔で旦那様の元に行き、瓶を手渡すと屋敷中の窓を開け放ちに向かったのだった。
◇
まあそういう経緯があったわけだ。
(それにしても、一度目のときに妙にぐったりしていた理由がやっと分かったわ)
一度目ではわたしも手当を受けていたからどんな薬かは知らなかったが、恐らくアレと同じものを飲んでいたのだろう。
旦那様には記憶がないとはいえ、あの飲むには決死の覚悟がいる液体を2度も飲まされていたとは……。
思わず一度目の旦那様にも同情してしまう。
けれどこれで体の心配もなくなるはず。
わたしはそう思うことにして、プラロさん達を応接室へと案内した。
しっかりと手入れの行き届いた部屋は、飾り気がないながらもすがすがしい空気に包まれている。
「なにはともあれ、本当にありがとう。旦那様もこれで解放されると思うと嬉しいわ」
「ウチは対価分の働きをしただけさ。それに、解毒後の数日間の方が大変だよ。しばらくは安静にして、こまめに水を飲ませてやりな」
「分かったわ」
どうやら解毒の為に多くの水分が使われているらしい。
そこは普通の看病と同じなんだと思わなくもないが。
「さて。領地も見せてもらったし、そろそろ返事をしようかと思うが……」
プラロさんは出されたお茶をのみ終わると、ふいに真剣な顔になる。
「一つだけ教えてほしいことがある」
「なんでしょう?」
「お前さんは何を企んでいる?」
試すような視線を向けてくるプラロさんには、先ほどのような気さくさはない。
さすがは族長と呼べる風格だ。
自分の返答次第で一族の運命が決まると分かっているのだろう。
だからわたしも姿勢を正して真っ直ぐに視線を受け止める。
「たくらみ、とは?」
「とぼけるつもりかい? お前さんはウチ等と友好的な交流を……手を組みたいと言っている。だがウチ等を目の敵にしているあの国が、そんなことを許すはずがない。手を組んだのがばれたら、ウチ等もお前さんらもこれ幸いと潰されるだろう」
「まあそうでしょうね」
可能性の話ではない。
もしもばれたら、確実にそうなるのは目に見えているのだ。
「それが分かっていてなぜ危ない橋を渡ろうとする? あの坊っちゃんもウチに頼らずとも、あと数年もすれば毒素が抜け切っただろうに」
「……数年も後じゃ、遅いのよ」
「なに?」
プラロさんは不思議そうにしていたけれど、わたしは知っている。
わたしの大切なものは、このままだとあと二年の猶予もないことを。
だから数年先の話など意味がない。
今できることをしなくてはならないのだ。
「あなたには話しておくけれど、この世界はあと二年もすれば大きな干ばつに襲われることになる。そしてその罪を被る羽目になるのがここなの。領地は焼かれ、その炎は止まることなく森にまで降り注ぐことになるわ」
一度目で燃やされたとき、火の勢いは領地だけで止まるものではなかった。
森に面した地を燃やせば森に燃え移るのは当たり前のことなのに、カタフニア王国の者達は決行した。
つまり彼らは恐れられている古代樹の森に、意図的に火を放ったことになる。
何故そんなことをしたのか。考えられる理由は一つ。
わたし達とともに、森まで焼き払うことが決まっていたということ。
(思い返せば、そうとしか思えないのよね)
スキアー辺境伯領は小さな領地だ。数十の兵がいれば制圧できてしまうほどに。
けれど一度目で、国は領地を攻め落とすのに王国軍まで派遣してきた。
そして森が焼けていくのを眺めていたのを覚えている。
まるで、森が焼けるのを待っているかのような。その先を見据えているような……。
だから死に戻った時、わたしは一つの仮説を立てた。
国の最終目的はスキアー辺境伯領でも、古代樹の森でもなく別にあると。
そして調べていくうちに、国の目的が侵略にあることに気がついたのだ。
「カタフニア王国は強欲なものが多い。過去にあなた達に対しても侵略をちらつかせたようですけど、他国にも同じようなことをしていたわ。……特にアオールカ王国にね」
昔からカタフニア王国は、生活必需品の魚油が豊富にとれるアオールカ王国を狙い続けていた。
表面上は仲良くしていている今でも、裏では侵略の機会を伺い続けていると噂されている。
「でもアオールカ王国は軍事国家のフェルダージ王国とつながりの深い国。侵略しようとしても彼らの妨害にあって今まではできなかったみたいけど」
フェルダージ王国は古代樹の森を抜けた先にある大国だ。
大陸一の軍事力を誇り、アオールカ王国とは海路貿易を盛んに行っている。
過去にカタフニア王国がアオールカ王国を侵略しようとしたときには、海路で支援を行っていたようだ。
「フェルダージ王国ほどの軍事力を持っていても、古代樹の森は避けて通った。狼族のこともあるし、無益な争いを避けようとしたのね。けれどカタフニア王国はそこに目をつけた」
海上の警備に力を入れているのなら、陸路で急襲すれば攻め落とせる。
だからこそ障壁であった古代樹の森を偶然を装って燃やし、強引に陸路を開いたのではないか。
すべてはその先にある国を攻め滅ぼすために。
そう考えると辻褄があってしまう。
もしわたしの仮説が正しいとすれば、スキアー辺境伯領だけでとどまる話ではない。
カタフニア王国、アオールカ王国、そしてフェルダージ王国。
少なくとも三国を巻き込んだ戦乱が起こってしまう可能性が高いのだ。
(王妃の祖国を合わせると四国かしら)
それぞれの友好国を含めたらもっと激しい戦争になるかもしれない。
そんな危険性をはらんだ話なのだ。
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