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アナンダとルシオン


「ふうん、なるほど。ならエルピシラは伯爵の代わりにアオールカ王国との貿易をしきっていたというのね」


 王都にあるマーケリー伯爵家の別荘(べっそう)で、アナンダは部下から報告を受けていた。

 何についてかと言えば、少し前に調べておくように言っていたエルピシラについてのことだった。


 エルピシラの追放から2週間程度でアンビション伯爵家が没落(ぼつらく)した。

 だからこそエルピシラのことを調べてみたら、予想が的中していた。


 アンビション伯爵家の家業であるアオールカ王国との貿易事業、その仕事の一切をエルピシラが引き受けていたらしい。


「はい。ただし表に出るのは伯爵だったので、あまり情報が出ておりません。いかがいたしますか?」

「そうねぇ」


 アンビション伯爵はプライドだけがやたらと高い男だった。

 実際に仕事をしている人間を隠して、自分の功績(こうせき)にしていたのだ。


(仕事はできないくせに、隠し事だけはうまいんだから)


 徹底的に隠されていたため、エルピシラに関する情報はそれほど集まっていない。

 さすがに平民を娘と偽り続けてきただけのことはある。



「とはいえ、あの女が仕事の権限を使って伯爵を追い詰める算段をつけていたとは驚きね。あの請求書は全てエルピシラからの()()()だったのでしょう?」

「はい。今は商人たちを当たって、少しずつ何をどこへ送っていたのか確認していますが……」

「どうしたの?」

「その。じつは足どりを掴ませないように何度もいろんな場所、商人を経由していまして、足どりを追うのにはかなりの時間が必要かと……」

「何ですって!?」


 アナンダは驚愕(きょうがく)の声を上げた。



 それもそのはず。マーケリー家は王家に信頼された家柄。

 つまり、貴族界のすべての情報が集まる家といっても過言(かごん)ではない。


 そんなマーケリーの情報網をもってしても、ただの平民であるエルピシラの足どりがつかめずにいる。



(いくらアンビション伯爵が隠していたといっても、たかが平民風情の情報が得られないだなんて……)



 そんなの認められるはずがない。

 これはマーケリー伯爵家のプライドの問題だった。


 アナンダは手に持っていた報告書を握りつぶし叫んだ。


「総力を挙げて調べなさい! それとすぐに辺境へ視察団を派遣して!」

「視察団を、ですか?」

「そうよ! これだけ想定外が続いているのだもの。今のエルピシラの状態を見ておくべきよ。お父様にそう伝えてちょうだい!」

「ですが、旦那様は長期の旅行に出ておりまして……」

「はあ!? 帰ってくるのはいつ!?」

「最短でも来月くらいかと……」

「じゃあお母様は!?」

「奥様は……屋敷にほとんどいらっしゃらないと言いますか」

「ああもう! じゃあとりあえず手紙を渡して! それからお父様が帰ってきたら派遣するように伝えるの!」


 アナンダは内心で舌打ちをしながらも命令を下すと窓枠に寄りかかった。

 息を吐きだしながら乱れた心を整える。


 アナンダの父母は王都にはいない。

 マーケリー伯爵領にて、スキアー辺境伯領の監視をする任に就いているはずだった。

 けれど実際は領地で遊びほうけているようだ。


(困った人たちよね)


 昔からそうだったわけではない。

 父は戦えば右に出るものはいないほど強いし、母も頭がよく敵を追い詰めることに余念(よねん)がない人だった。

 けれど平和な時間を過ごすうちに怠ける様になったらしい。


(大丈夫だとは思うけど、もしもスキアー辺境伯領に変化があったら……)



 一番大切な役目を怠っていると考えたくはないが、一度苦言(くげん)(てい)す必要があるかもしれない。



 そんなことを考えていると、屋敷の前に一台の馬車が止まったのが見えた。 


「……ん? あれは……」


 そう考えた瞬間、勢いよく部屋のドアが開かれた。


「アナンダ! 来てやったぞ!」

「……ルシオン様」


 やってきたのは第一王子、ルシオンだった。エルピシラの元婚約者だった男で、アナンダが奪い取った男でもある。

 けれどそんな男が訪ねてきたというのに、アナンダは少しも嬉しそうではなかった。



「今日もたっぷりと可愛がってやろう。こっちにこい」


 ルシオンは挨拶(あいさつ)もそこそこにアナンダの腰を抱いた。

 アナンダは反射的に避ける様に距離を取る。


「……殿下。わたくし、今忙しいんですの」


 ルシオンはマーケリー伯爵の別荘に足しげく通っていた。


 アナンダが仕事をしているときも、重要な客がいるときもお構いなし。

 しかもアポイントすら取らない。

 極めつけに、どんな状況だろうとすぐに体を触ってくる。とんでもない好色家だったのだ。


(こんなに体ばかりを求められては身が持たないわよ!)


 アナンダはそんなルシオンに辟易(へきえき)していた。

 自分が望んでこの座についたけれど、ルシオンの異常さが浮き彫りになって来てからは、ルシオンを避けたいと思うようになっていた。


 そろそろ我慢の限界だったのだ。

 自分は王子妃としての教育や、仕事、そして裏で王妃様との約束を果たさなくてはいけないのに。


 それなのにルシオンときたら、こっちの忙しさなど気にせずに自分のことばかり。

 配慮もなにもあったものではないのだから。



「なんだ。オレ様よりも大事な用事などあるはずがないだろう? さあ……」

「っ! いい加減にしてください! 今本当に忙しいんですから!」

「な、なんだ急に。怒りっぽいやつだな」

「とにかく! 今日はおかえりください! いいですね!?」


 アナンダは半ば強引に手を引きはがすと、仕事を理由にルシオンを締め出した。




 屋敷から放り出されたルシオンは首をかしげて屋敷を見上げた。


「なんだ、アナンダのやつ。……まあいい。今日は他の女のところにむかうか」


 アナンダに拒否されるのは初めてという訳ではない。

 今までも何度かこんなことがあった。

 そのたびにルシオンは違う女性に会いにいき、自分の欲を満たしていた。



「初めは美しくて豊満ないい女だと思っていたんだけど、失敗だったかもしれないぞ」


 女は大人しく自分に体を差し出せばいい。

 可愛がってやるというのに嫌がる女など必要性を感じない。


 ルシオンはそう思いながら馬車の窓から道行く女性を眺めていた。

 そしてふと、自分の思い通りにならなかった女性のことを思いだす。


「思えばシェイファーもそうだったな。俺からの誘いに乗ったためしがなかった。あいつに未練はないが、あの素晴らしい体を堪能(たんのう)できなかったことだけが悔やまれるな」


 アナンダが自分を拒否すると分かっていたら、追放などしないで手元においておいたのに。

 地下牢にでも繋いで玩具にするという選択肢だってあった。

 けれどその条件を提示する前に逃げられてしまったのだ。


「まったく、うまくいかないな」


 とはいえアナンダをぞんざいに扱う訳にはいかない。

 なにせアナンダは王国随一(ずいいち)の軍事力を誇るマーケリー家の令嬢なのだ。


 自分にとって貴重な後ろ盾になるというのは理解しているし、母親である王妃からも再三言われている。


「はあ。面倒だ」


 ルシオンは憂鬱そうにため息を吐きだした。



ここまでお読みいただきありがとうございました!


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