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9.狼族の魔女

 


 案内されたのは里で一番目を引く、円形の建物だった。


 中を見れば辺り一面に何かの実験器具が並べられており、床は赤・青・緑・茶色など様々な色のシミが残っていた。

 部屋の真ん中にある机の上には、何らかの植物と、(びん)に詰められたドロッとしたなにかが置かれている。

 まるでおとぎ話の人食い魔女の館のようなありさまだ。


「あれ。これ私たち食べられません?」

「んふっ」


 部屋を見た旦那様がぽつりとこぼした言葉に吹き出してしまった。

 確かにここだけ見たら自分たちが食べられるかもしれないと心配するのはわかる。


(わかるけど、正直すぎよ)


 ふるふると震えていると、長は呆れたような視線を向けてきた。


「人間なんざ食べんよ。これはちょっと実験中だったから散らかっているだけさ」

「……実験? なんの?」

「狼族用の飲み薬の代替品(だいたいひん)が作れないかの実験だよ」

「薬?」


 旦那様は何がなにやら分かっていないようで首を傾げた。


「ああ。獣人族には定期的に自我が薄くなる『猛獣化(もうじゅうか)』ってのがあってね。それを抑えるための薬さ。ウチらにとっちゃ必需品なんだけどさ、ここ数年原材料が取れにくくなっててね」

「だから代替品を作れないか実験していたと?」

「そういうこと。だから別に取って食いやしないよ。……そう言えばまだ自己紹介もしていなかったね」


 長は一つにまとめたグレーの髪を(ひるがえ)してこちらを見た。


「ウチはプラロ。狼族の族長で、魔女と呼ばれているよ。……といっても魔法が使えるわけじゃないけどね。魔女ってのは一族の中で薬草の知識を一番もつ者がなる役職さ。お前さんらのいうところの医者みたいなもんだよ」

「医者……」


 旦那様が視線を向けてきたので、軽く頷く。



 彼の読み通り、わたしがこの森にきた目的こそプラロさんと会うことだった。

 プラロさんは狼族の中でも薬学に秀でた優秀な医者なのだ。

 彼女と出会えたからこそ、一度目で飢餓を乗り越えることができたといっても過言(かごん)ではない。


「で? あんたらは?」

「申し遅れました。わたしは先見の聖女と呼ばれております、エルピシラと申します。こちらはわたしの夫のノスティヴィア様と、使用人のミールとセージですわ」

「ふーん。先見の聖女に使用人の双子、それに……()()()()()()()坊っちゃんね。変な組み合わせだけど、相談とやらはその坊っちゃんのことかい?」

「えっ!?」


 プラロさんの言葉に旦那様が大きな声を上げた。

 突然毒におかされているだなんて言われて驚いたのだろう。


「なんだ知らなかったのかい? 顔を見ればすぐにわかるだろうし、そっちのお嬢ちゃんは知っていたみたいなのに」


 皆の視線が集まる中、わたしは怒りを抑え込んで頷いた。


「……ええ。旦那様の不調が毒によるものだと知っておりました。病気ではないと」


 そう。

 旦那様のお体が弱いのは生まれつきのものではない。

 彼は生まれてからずっと、王都の手の者達に毒を飲まされ続けていた。

 それも生かさず殺さずの量を、ずっと……。


 そう考えると、握る拳に力がこもる。


 それでも今は冷静でいなくてはいけない。

 わたしは荒くなる息を整えてプラロさんをまっすぐにみつめた。


「――毒を混ぜていた者はすでに排除しましたわ。わたしにできる看病もしております。……でも」

「解毒の方法までは分からなかった、ってところかい?」

「ええ、まさにその通りですわ。あなたなら解毒薬を作ることができるでしょう?」



 一度目でもプラロさんは旦那様の毒を消し去ってくれた。今よりもはるかに状態が悪かったにも関わらず、だ。

 小康(しょうこう)状態の今であれば、より簡単に治療できるだろう。



 期待をこめて見つめれば、プラロさんは得意げに胸を張った。


「ふふん。そりゃあウチにかかれば造作もないさ。……でもねぇ」


 彼女はそういってニヤリと笑った。なにかを企んでいるような顔だ。



「人にモノを頼むってんなら、対価(たいか)が必要だろ?」

「対価……何をお望みです?」


 そう尋ねると、プラロさんは目を輝かせて顔を近づけてきた。

 鼻息も荒くなっていて興奮が隠せていない。


「聞くかい? 聞いちゃうかい? じゃあね……お前さんを調べさせてほしい! 普通の人間とどう違うのか知りたいんだ!」

「調べる……というと?」

「血を抜いたり、目の細胞を見たりかな! じっくり見たいのだよ!」

「……あらぁ」


 彼女は知的好奇心の強い女性だから、聖女などという人間がいたらいろいろと調べたくなるのも分かる。

 けれど。


 わたしは一歩下がって首を振った。


「あいにく今は少しでも早く解毒をしてもらいたいのよ。調べるとなると時間がかかるでしょう?」

「えー? じゃあ、やんない。やだ」


 プラロさんは口をとがらせてそっぽを向いてしまった。

 まるで幼子のような反応に笑いそうになった。


「そう言わず。もちろん代わりに対価になりそうなものを用意してきていますから」


 そういって鞄から白い小さな花と緑の葉を取り出す。


「そ、それは!?」


 花を目にした途端、プラロさんは勢いよく飛び上がった。

 あまりにもいい反応をしてくれるから、クスリと笑ってしまった。



「ミラーシスよ。さっき言っていた獣人族用の薬の原料って、これでしょう?」

「あ、ああ。そうだ。だが、なぜお前さんが知って……?」

「先見の聖女だって言ったでしょう? 見えたのよ。あなた達がこれを必要としているとね」


 一度目で助けてもらったとき、干ばつで枯れてしまった作物の中で残っていたミラーシスをみて、プラロさんはその食べ方を教えてくれた。


 助言通りに根を食べ、生き残ったわたしたちに、狼族は残った花や葉を対価として要求してきた。

 食用にできる根や他の部分には目もくれず葉と花を欲したのは、獣人族用の薬に必須な材料だったからだった。


「ミラーシスは少しの栄養で成長できる、生命力の強い植物よ。でも陽の光を十分に浴びられる場所でないと生息できない。だからこの森では貴重(きちょう)なものなのよね」


 古代樹の森は他の生態系とは異なる独自の生態系(せいたいけい)を築いていて、そこに自生する植物たちはどれも大木と言っていいほど大きく成長する。

 そのため地表に十分な日光が降り注ぐ場所が少なく、育つ場所も限定されてしまうのだ。



「そんなミラーシスだけど、森の外では意外と簡単に手に入るの。といってもスキアー辺境伯領以外では雑草とされているし、花が開くほど大きなものはほとんどない。それにあなた達が森から出てくるといろいろと都合が悪いでしょう。……そこで提案なのだけど」


 わたしはニコリと笑って人差し指をたてた。


「一度の契約ではなくて、継続的な交流をいたしませんこと?」

「ど、どういうことだ?」

「わたしたちは確かにミラーシスを栽培しているわ。でも必要なのは可食部だけ。花や葉は使わないの。だからその分をあなた達が必要とするだけ分けることが可能。その対価としてあなた達の知識を教えてほしいのよ」

「知識?」

「ええ。薬草に関する知識よ」


 狼族は森で暮らす性質上なのか、医学薬学に秀でたものが多い。

 対して、スキアー辺境伯領には医者も薬も存在しない。

 風邪をひけば死んでしまうこともあるし、実際にそれで命を落とした者も少なくない。


 だからこそ薬や医学を学ぶことは急務ともいえるのだ。


「わたし達とあなた達はお互いにお互いを必要としているわ。だからこそ友好的で永続的な交流がしたい。どう? あなた達にとっても悪い話じゃないでしょう?」


 もちろん狼族に不利な契約ではない。


 彼らはわたし達を見捨ててミラーシスを根こそぎ奪うこともできたのに、そうしなかった。

 わたし達を助け、あくまで対価として受け取ってくれたのだ。


 そんな優しい人たちだったから、わたしも彼らを襲う悲劇を食い止めたいと思ったのだ。

 狼族の悲劇……わたし達が出会う一年前、狼族の半数を失う結果となった大規模な猛獣化を食い止めたいと。


 ミラーシスを栽培していたのは、そういう理由もあったのだ。



「ふむ……」


 プラロさんは考え込むようにミラーシスの花を凝視(ぎょうし)した。


「……本物かどうか確かめても?」

「ええ、もちろん」


 もちろん本物だ。森に自生するものと全く同じかどうかは分からないが、成分はほぼ同じはず。

 ミラーシスの代替品を今から探すよりははるかに作りやすくなるだろう。


 その証拠にミラーシスの鑑定を終えたプラロさんは深く息を吐きだしてこちらを見つめてきた。


「本物のようだな。確かに、これは今ウチらが一番欲している物。いいだろう。坊っちゃんの解毒薬を作ってやる」

「本当ですか!」

「ただし!」


 びしりと指がたてられる。


「交流をするかどうかはお前さんらの領地を見てから決めたい。それでいいか?」


 プラロさんの申し出はこちらとしても望むところだった。

 領地を見てもらえばわたしの言葉が嘘ではなかったと分かってもらえる。


 それにプラロさんとはじっくり話したいこともある。

 断る理由などあるはずがなかった。


「ええもちろん。でしたら明日の朝、森の入口までお迎えに上がりますわ」

「分かった。なら解毒薬は明日持っていこう」

「お待ちしておりますね」


 約束をとりつけると帰路につくことになった。


 わたしは期待を胸に歩みを進めたのだった。



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