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透き通った雨上がりに・308号室で・ほんの僅かな寛ぎを・ぎゅっと抱きしめました。

 青年が帰る前のことである。少女は308号室にて、ベッドに座り込んでいた。青年はホテルマンに保護され、階下に案内された後に、少女はひとりで部屋に残されている。シティホテルといった風貌だが、窓から海が見えていた。3階の部屋でも海が見えるのだから、青年が送ってくれた車道の向こう側は砂浜になっていて、遮蔽物が何もない。

 悲しみの砂浜が広がっている。護岸の工事は行われている。結構遠くまで青年を連れ回したことに、少女は悪いとも思わなかった。青年は車の運転は慣れていなかったようで、道中の高速道路では何回か不安そうに振り返っていたし、車線変更に大きな息を吐いて緊張感を隠し切れていなかった。そんな青年が無事に運転を終え、少女にシティホテルを目的地に設定してもらえた瞬間にぱっと顔を輝かせた瞬間を、少女は形あるものに取っておきたいと考えた。まさしく暗闇の中に一筋の光明が差し込むお手本のような顔であった。少女はその時青年に優越感を覚えなかった、といえば嘘になる。自分の行動一つで他人が振り回される瞬間は、今後の生においてあまり無い瞬間であろう。それはあまりにも美しい瞬間であった。そして自分に、その時の輝きが付与されてレベルアップしたような気がしたのだ。この高揚感は何事にも代え難い。だから青年を愛しいと少女は思った。とはいえ、彼をずっと拘束する訳にも行かなかったので、彼の記憶は少しいじらせてもらわねばならなかった。この技術を読者諸君に説明するのは難しい。テンプレートのように指先から光が出て、その光を見た者の記憶が操作できるというものは、現代技術を持ってしても困難かつ荒唐無稽なものとして扱われる。だが少女はその技術を持っているということで、一つ先に進ませてもらいたい。

 少女は308号室で青年の気が抜けたまま立ち尽くしているのを放っておき、自分はベッドに腰掛けた。少女は傍若無人であった。それは人ならざるものであるからかもしれない。彼女は窓の外の風景を、ただぼうっと眺めると枕を引き寄せて膝に置き、抱きしめる。これで少女の役割は終わるのだ。役割が終わった少女がどうなるのかは、彼女自身も分からない。ただ、彼女に与えられた青年に会うためだけの自我は、消え失せてしまうのだろう。それを少女は恐ろしいとも思わない。ただあるがまま、なすがままであると考えている。少女は窓の向こうの雲を眺めながら、枕をぎゅっと抱きしめた。冷たい枕は、次第に少女の体温を反映してあたたかくなってくるだろう。その前に、青年を心配したホテルマンの来訪が来る。少女は数え始めた、5、4、3、2、1・・・。

 「お客様、お客様失礼します。お客様?」

 少女はその瞬間に役目を終えて消え失せた。ただ残されたのは呆けていた青年に、静寂。だが青年が指一本ふれていないのに、ベッドには立てられた枕だけが残っていたのだった。

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