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7-7 会談(2)

 翌朝エレーヌが起こしに来た時、クラウディアは裸のままシルヴェスターの腕の中ですやすやと寝息を立てていた。

「殿下、おはようございます」

「おはよう、エレーヌ」

「もしや、お嬢様にまたご無理をさせましたか?」

「どうかな。自制をしようとはしたんだけど…………」

 エレーヌはため息をつくと、シルヴェスターにガウンを差し出した。

「殿下はこちらをお召しになって、一度お部屋へお戻りくださいまし。その間にお嬢様のお仕度を整えます。朝食はお嬢様のお部屋でお召し上がりになられますか」

「無理にディアを起こさなくても良いよ。ゆっくり寝かせてあげて。朝食は食堂で摂っても良いのだし」

「いえ、起きますわ。シル様、おはようございます。エレーヌ、おはよう」

 2人の話し声にクラウディアの意識が浮上したようだ。アンニュイな様子で、声は少しかすれている。

「ディア、おはよう。身体は大丈夫?」

「お嬢様、おはようございます」

「エレーヌ、悪いけど一度下がって」

「殿下?何をおっしゃいます?今日もご公務があるのでは?」

「それはそうなんだけどね。1時間で良いから。朝食は抜きになるけど公務には間に合う」

「シル様?朝食を抜くなどと、お体に障りますわ」

「うん。でも今はディアが欲しい。エレーヌ、下がってくれ」

 シルヴェスターの強い口調にエレーヌも逆らうことはできない。渋々と言った様子で一度開けた天蓋のカーテンを再度閉めると部屋から出てい行った。

「シル様?」

「ディアが欲しくて、我慢できそうもない」

「え?」

 シルヴェスターはクラウディアに深く口づけ、約束の1時間クラウディアを愛し貫いた。

 再びエレーヌが起こしに来た時、シルヴェスターは非常に満足そうに微笑んでおり、クラウディアは気を失っていた。


 ◆ ◆ ◆

 

 午前中2度目のステイグリッツ帝国との会談が持たれた。参加者は1回目と同様である。

 会談が始まるとシルヴェスターは、クラウディアの不安を払拭するためにイヴァンの処分から話を切り出した。

「被害に遭った私の婚約者だが、あ奴が貴族牢とは言えこの王宮に存在していることを非情に気に病んでいる。犯罪を起こしたギルネキア王国の法に則って、早々に処分されることを望んでいる」

「あの者の処分をステイグリッツ帝国にお任せいただくことはできませんか?決して甘い処分は下しません。むしろ貴国にご迷惑をおかけし、帝国の品位を貶めた罪で貴国より重い処分を下します」

 ヴィクトルはシルヴェスターの言葉に、こちらにも譲れぬものがあると固い声で主張した。

 それをシルヴェスターは一笑に付した。

「あ奴が罪を犯したのは我が国でだ。それも未来の王太子妃に対して。これでどうして処分を貴国に委ねられると思う。我が国よりも重い処分を下すというが、それをどうやって証明する?こちらには処分したと見せかけて生き延びさせることだってできるだろう。逆に首を送ってこられてもそんなものはいらぬぞ」

 ヴィクトルとマクシムは唇をかみしめた。

「あ奴の処分には我が国の国王陛下、宰相、私、王子2人、被害者の兄弟、防衛・軍務・警察を担当する大臣と司法・法務・公安を担当する大臣が立ち会うことになろう。近衛騎士団の団長もな。国王陛下と宰相の立ち合いの下、即決裁判で量刑を決めることになるだろうが、其方らも滞在期間を延長し、処分に立ち会うか?王子2人の証言であれば貴国の皇帝陛下も納得するのではないか」

 ヴィクトルとマクシムは難しい顔をしながら、内心で喝采を上げた。昨日の手紙で魔道具と食料の貿易を皇帝に提案したところ、皇帝は食料の貿易を選んだ。理由はやはり度々見舞われる天候不順による食糧難だ。早急に手を打ち、餓死者が出ないようにしなければ帝国民が暴れ出さないとも限らない。食糧難は帝国上層部にとってはそれだけ頭の痛い問題だったのだ。それに比べれば国家機密の魔道具をいくつか提供することも安いものだと思われた。イヴァンの処分など言うに及ばずだ。

「被害に遭われたご令嬢は、我が国に対し何かご要望はございませんか?」

「要望か…………私人としてはあ奴が二度と目の前に姿を現さぬこと、公人としては魔道具を我が国に流通させたいと言っていたな」

「魔道具をご所望なさるとは、お目が高いですね。ですがあれは我が国の国家機密です。被害者のご所望でもそう簡単にお渡しするわけには参りません」

「は、渡せぬというなら、なぜクラウディアの要望などを聞く必要があるか?」

「我が皇帝陛下はできるだけご令嬢のご希望に沿った形で賠償をさせていただきたいと思っておりますゆえ」

「先程も申した通り、クラウディアの要望はあ奴の処分と魔道具だ。それらを渡せぬと言うのであれば、貴国の皇帝陛下の意思とも乖離しているのではないかね」

 ここが正念場だとヴィクトルは腹に力を入れた。

「では、こういうのはいかがでしょう。あの者の処分につきましては貴国にお任せします。無論私たち2人を処分の場に立ち会わせていただくことが前提となりますが」

 急に手の平を返したヴィクトルにシルヴェスターは怪訝な面持ちになった。

「処分に立ち会うことはこちらから提案したことだ。立ち会いたいと言うのならその要望は受け入れよう」

「そして魔道具についてですが…………一方的に供与するのは難しいものとなりますが、貿易と言う形をとるのはいかかでしょう」

「貿易だと?クラウディアが望んだ賠償に条件を付けると言うのか」

「それだけ魔道具を他国に出すのは難しいものだとお考えいただければ」

「それで?魔道具と我が国の何で貿易をしようというのだね」

 だんだんシルヴェスターや他の者たちにもヴィクトルとマクシムが考えていることが読めてきた。

「食料を是非に」

 ヴィクトルの答えはシルヴェスターたちの考えた通りだった。ステイグリッツ帝国の情報は少ないが、険しい土地故食糧難に陥りやすいと聞いている。おおかた昨日の夕食で目にした食材の豊かさに心を揺さぶられて当初の予定を変えてきたのだろう。

「なるほどな。それならば悪い条件の貿易ではないな」

 ヴィクトルとマクシムは勝ったと思ったが、シルヴェスターもそこまで甘い訳では無かった。

「食料の提供はあくまで魔道具との貿易によるものだ。貴国が食糧難に陥ったとしても無償で食料が供与されるとは夢にも思うなよ。あくまで賠償の品としてクラウディアが魔道具を望んだという大前提を忘れるな。貴国の民には悪いが、我が国上層部が無償で食料を供与してやろうと人道精神を発揮するには、あ奴はクラウディアに対して無体を働き過ぎた。それから、あらかじめ無償で相当数の空間転移の魔道具を供与していただく。それが無ければ貿易も何も始まらぬからな。また、貿易対象としての魔道具は、貴国の持つ魔道具の全てを開示してもらう。其方らが選んだものだけで貿易ができると思うなよ。何を貿易対象とするかは我が国が決める。それでもよければその貿易の話に乗ってやろう」

 クラウディアも一方的な供与ではなく貿易と言っていたしなとシルヴェスターは呟いた。

 一方のヴィクトルとマクシムはシルヴェスターの厳しさに青ざめた。魔道具も隣国に渡しても害のない物だけを選別して開示しようと考えていたし、貿易の相手国なら食糧難で困っていれば助けてくれるとも考えていた。自分たちの甘さが身に染みる。

「なに、大したことはあるまい。食料が欲しければこちらが望む魔道具を提供すればよいだけだ。簡単なことだろう?」

 グラシアノとシュテファンが「鬼だな」と呟いた。

 ヴィクトルとマクシム一度お互いの顔を見やり意思を確認し合った。

「かしこまりました。その条件で構いません。早急に魔道具と食料の貿易を始めたく存じます」

「ビンセント、プラティニ、実務は貴殿らに任せるがよいか」

「「は。承知いたしました」」

「言っておくが、相手はディアを傷つけた国だ。手心を加えてやる必要は無い。こちらの希望が通らないのであれば即貿易など打ち切っても構わぬ」

「承知しております」

「帝国と貿易せずとも我が国の経済も民たちの生活も回っておりますからね。需要と供給のバランスが崩れぬよう、帝国への貿易量には最大限の注意を払いますよ」

 ビンセントとプラティニは、ヴィクトルとマクシムとそう年齢も変わらぬと言うのにやはり甘さの欠片も無かった。

「我々に忖度してもらおうと思っても無駄だよ。クラウディアが傷つけられたことで怒っているのは王太子殿下だけじゃないからね。ビンセント第二王子殿下も僕……私も、私たちの側近も怒っているのだからね。それを努々(ゆめゆめ)忘れないことだね」

「話は纏まったようだな。私は国王陛下と宰相に報告してくる。ギル、グラシアノ、シュテファン付いてこい」

「「「は」」」

 シルヴェスターとギルベルトたち、護衛のパトリツたちが退出すると、ビンセントとプラティニによって実務的な話が開始された。


 シルヴェスターが会談の結果を国王と宰相に報告すると、国王はすぐに各大臣と防衛・軍務・警察部門の上層部、司法・法務・公安部門の上層部を集め即決裁判を行った。結果は斬首刑一択だった。

 

 ◆ ◆ ◆


 その日の午後、公務の合間をぬってクラウディアの部屋へやってきたシルヴェスターは、どことなく足元の覚束ない彼女をエスコートして皇太子夫妻が利用する応接間へ案内した。

 その応接間には既にギルベルト、ディートリヒ、ヒュベルトゥスが揃っていた。

 応接間の扉をシルヴェースターが開け、クラウディアを中へ通すと、彼女は部屋にいた兄たちを見て瞳を輝かせた。

「お兄様!」

 クラウディアは少しよろけそうになりながらも走ってギルベルトの腕の中に飛び込んだ。その彼女をギルベルトが抱き返し、横からディートリヒとヒュベルトゥスが抱きしめる。

「「「ディア!」」」

「お兄様!」

「良かった。ディアが無事に起きてくれて」

「もう、どこもなんともないのか?」

「ディア、怖かったよね。すぐに助けてあげられなくてごめん」

 3人はぎゅうぎゅうにクラウディアを抱きしめ、無事を喜び、助けてあげられなかったことを謝罪した。

(わたくし)なら大丈夫ですわ。傷を負ったのは私の力量が足りなかっただけで、それもお祖母様が全部治して下さいましたし」

「お祖母様には感謝だけど、間違ってもディアの力量が足りなかったせいじゃないよ」

「ああ、そうだ。何の訓練も受けていない素人の女性に間諜のような真似をさせること自体が間違えている」

「父上を止められなかったこと、申し訳ない」

「ギルお兄様、頭を上げてくださいまし。お兄様が謝るようなことではありませんわ。ディーお兄様とヒューお兄様もそんなお顔をなさらないで」

 3人とも父を止められなかったことで、ディアが怖い目に遭い辛い思いをしたことを許せずにいて、痛みと悲しみが混じった辛い顔をしていた。

「お兄様たちは大広間から消えた(わたくし)のことを一生懸命探して下さったと聞いておりますわ。それだけで十分です」

 シルヴェスターとは別の意味で安心できる兄たちの腕の中で、クラウディアは微笑みを浮かべた。

 兄たちもようやくぎこちなくだが笑い返した。


「ところで、ディア、これはどうしたのかな?」

 ギルベルトがクラウディアの首筋からデコルテをそっと撫でた。

「うわ!?なにこの跡の山!」

「シル兄上の仕業か?」

 3人がキッとシルヴェスターを睨む。

「ディアが無事に起きてくれたんだ。こうなるのも仕方ないだろう?」

「まさかシル、ディアを…………」

「ああ、抱いたよ。これでディアは私に嫁ぐしか無くなった。やっと一安心だよ」

「シル、お前一発殴らせろ」

「僕も!」

「俺もだ」

 クラウディアはいたたまれなくて、3人の腕の中で赤くなって俯いていた。

「おい、ちょっと待て、お前ら」

「シル、よくも私たちのディアに手を出してくれたな」

「シル兄上、せめて婚約式まで我慢することはできなかったんですか」

「うわー、それでさっきディアの走り方変だったんだ。足腰たたなくなるまでなんて、どこまで節操無しなの!?」

「ヒュー、何てことを言うんだ!」

「あ、あの、もうやめてくださいませ。恥ずかしいです」

「ああ、ごめんね。ディア。ディアを責めている訳じゃないからね。でもあの小さかったディアがシルと閨を共にするようになるなんて、兄として寂しくてね」

「「うん、うん」」

「あいつの処分も決まったし、今日は家に帰ろう?それで4人で仲良く寝ようね」

「おい、ギル!何を言っている!?そんなの許せるわけないだろう!?それより私のディアを返せ」

 クラウディアが元気になったのは良かったものの、その直後にシルヴェスターに純潔を奪われていて、3兄弟とシルヴェスターはまるで幼少期に戻ったように愚にも付かない言い争いを繰り広げて収集が付かなくなっていた。



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