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7-5 会談

 ステイグリッツ帝国皇帝エツィオ・ステイグリッツと正妃リェーナ・ステイグリッツの間に生まれたヴィクトル・ステイグリッツとマクシム・ステイグリッツは、アレクサンドル・シェスタコフを介した書状の通り、ギルネキア王国王宮の正門前に空間転移してきた。

 そこで、魔術封じと手枷を付けられたアレクサンドルと近衛騎士に迎えられ、本人確認が行われると、ヴィクトルとマクシムは表の会談の間に通された。

 表の会談の間には、シルヴェスターとビンセント、プラティニとれぞれの側近や護衛であるギルベルト、グラシアノ、シュテファン、パトリツ、コンラート、ディートリヒと第二王子付き近衛隊副隊長のルディ・フォン・クラウゼ、第三王子付き近衛隊隊長でヒュベルトゥスの上司でもあるヴェルナー・フォン・ダスティシュ、そしてヒュベルトゥスが顔を揃えていた。

 別途用意された簡易型の檻には魔術封じと手枷、足枷を付けられた、イヴァンが座らせられていた。

 その兄の姿にヴィクトルとマクシムは怒るどころか、呆れ果ててため息をついた。


 ヴィクトルとマクシムは深々と頭を下げると、シルヴェスターに向けて名を名乗った。

「ステイグリッツ帝国第二王子ヴィクトル、および第三王子マクシムでございます。この度はこの愚か者がご迷惑をおかけしたこと、深謝申し上げます。被害に遭われたシュタインベック公爵令嬢へは心よりお見舞い申し上げます。帝国よりの見舞いの品の目録をこちらに」

 ヴィクトルの従者がシルヴェスターに渡そうとしたが、シルヴェスターも彼の側近であるギルベルトたちも一顧だにしなかった。

「貴殿らの兄はそこに囚われているが、何か事前に話すことはあるか」

「いいえ。話すことなど何もございません」

 ヴィクトルのその言葉にイヴァンがぐわっと目を見開いた。

「帝国は私を見捨てようと言うのか!?」

「他国のご令嬢に狼藉を働き、王家や筆頭公爵家の方々にご迷惑をおかけしたのは貴殿でしょう。貴殿は帝国の品位を貶める真似をした。帝国は貴殿を処罰するのみです」

「なんだと!?」

 ヴィクトルはもうイヴァンのことを「兄上」とは呼ばない。

 簡易型の檻にしがみついて大声を上げるイヴァンにシルヴェスターは一言「黙らせろ」と氷のような声で命令を下した。

 近衛兵がランスを向け、檻から離れ黙るよう威嚇する。

 イヴァンが大人しくなったのを見届けると、シルヴェスターはヴィクトルとマクシムにソファに座るよう促した。

 

「そ奴は私の婚約者に対し、色々とやらかしてくれたな。ギルベルト、罪状を読み上げてやれ」

「はっ。

 1.シュタインベック公爵邸へ乱入した挙句、家人や使用人、護衛たちを光の精神操作魔術で精神操作し、公爵令嬢に無体を働いた。

 2.我が国の国王陛下との謁見の際に、光の精神操作魔術を使用しようとした。

 3.舞踏会の最中、我が国への来訪を歓迎する意味でシュタインベック公爵令嬢がダンスの相手をしていたところ、光の幻影魔術で周囲の人間の目をくらませ、空間転移の指輪を使用して無断で公爵令嬢を中庭へと連れ出した。

 4.その中庭でも公爵令嬢に無体を働き、剰え風の鎌鼬の魔術で公爵令嬢の身体を切り刻み大怪我を負わせた」

 ヴィクトルもマクシムも事前にある程度のことを聞かされていたが、罪状として犯した罪の詳細を教えられ青ざめた。

 一方罪状を読み上げたギルベルトは表面上平然としているが、その瞳はヴィクトルとマクシムを殺しかねないほどの怒りを宿している。

「私の婚約者は危うくそ奴によって女性としての尊厳を奪われかけ、剰え殺されそうになった。私は婚約者を失いかけた。この罪、どう償うつもりだ」

「被害に遭われたご令嬢への償いはいかようにも。今回の件でご令嬢の婚約が纏まらなくなってしまったのであれば我が陛下が新しいお相手を仲介なさると」

 ヴィクトルの言葉は正に火に油を注ぐようなものだった。

「馬鹿なことを言うな。仮に私の婚約者が女性としての尊厳を奪われ、身体に消えない瑕が残ったとしても彼女が生きている限り私は彼女の手を離さない。新しい相手の仲介だと?ずいぶんと私を見縊ってくれたものだな」

 王太子の婚約だ。2人の婚約は政略によるもので愛情は無いと思っていたし、本人のせいではなくとも瑕疵のあるご令嬢を王太子妃には迎えられないと思っていたから、シルヴェスターの激情にヴィクトルとマクシムは身体を震わせ言葉を失った。

「兄が兄なら、弟も弟か。帝国の償いとやらがその程度であれば、会談など無駄だな。我が国の法に則ってそ奴に処分を下すまでだ。まあ、死罪以外ありえないがな」

 そう言うとシルヴェスターは席を立って会談の間から出て行ってしまった。ビンセントとプラティニも後に続く。

 残された側近や護衛に憎しみのこもった目を向けられ、2人は正に針の筵だった。

「そ奴を貴族牢へ戻せ。顔を見ていたくもないわ」

 ギルベルトが吐き捨てると近衛兵がさっと動き、イヴァンを会談の間から連れ出した。

 シルヴェスターの側近であるシュテファンがそっと2人に近づいてフォローを入れた。

「王太子殿下と第二、第三王子殿下は、かのご令嬢の幼馴染だ。先ほど罪状を読み上げた男は彼女の実の兄だ。この護衛の中にも実の兄が2人いる。どうあってもイヴァンとやらの犯した罪は償えないよ。一先ず部屋へ案内させるから、今後の対策を練るんだね」

 そう言うとシュテファンは近衛兵に命じて、ヴィクトルとマクシムを滞在する部屋へ案内させた。

 ギルベルトにはグラシアノが声を掛けた

「ギル、大丈夫…………ではなさそうだな」

「当たり前だ。あの顔が目の前にあれば、私の火魔術で骨の髄まで炭化するまで焼き払ってやりたくなる」

「まあ、そうだろうな。ディートリヒ殿とヒュベルトゥス殿も同じ顔をしているし。お前も殿下も帝国に戦を仕掛けるなどと言い出さないでくれよ」

「ああ。そんなことをしてもディアが喜ばないのは分かっているからな。だがシルも早々に腹を立てて席を立ってしまったし、こちらも出方を検討しないとならないな」

 

 ギルベルトがシルヴェスターの執務室に戻ると、シルヴェスターは執務机に座って頭を抱えていた。

 ビンセントとプラティニはソファに座っており不機嫌全開だ。

「シル…………」

「…………ああ、ギルか。あ――参ったな。奴だけじゃなく、弟もあそこまで大馬鹿者だとは思わなかった」

「そうだな。空間転移の指輪とやらでギルネキア王国に来れるなら、間諜を入れたりしていないか?普通。余りにも王家と筆頭公爵家の関係について知識が無さすぎだ」

「私がディアを手放し、ステイグリッツ帝国の皇帝がディアの結婚を仲介するだと?ふざけるにもほどがある」

 ―――あの場で奴とあの兄弟を焼き殺さなかった私を誰か褒めてくれとシルヴェスターは呟いた。

 その思いはビンセントもプラティニもギルベルトも同じだ。おそらくディートリヒとヒュベルトゥスもそうだろう。直情径行型のディートリヒがあの場で暴れ出さなかっただけでも奇跡だ。

「ディアのあの国への要望は、私的には奴が二度とディアの前へ姿を現さないこと、公的には魔道具の貿易だそうだ」

「ディアらしいな」

 シルヴェスターの言葉にギルベルトが少し表情を和らげた。

「それはそれで帝国に認めさせれば良いのでは?争点は奴の扱いだと思いますね。恐らく帝国側も自国で奴を処分したいと言ってくるでしょう」

 今まで黙っていたビンセントが口を挟んだ。

「そうだな。だがこちらとしても最低限ギルネキア王国の法に則って奴を処分することは譲れない。可能なら私刑にしたいところだが」

「私刑にしたいのは私も同じですよ。シル兄上。ディアが味わった苦しみを奴に味あわせてから殺してやりたい」

「交渉は平行線になりそうだな。さて、どうするか…………」

「先程グラシアノに「私もシルも帝国に戦を仕掛けるなどと言い出さないでくれよ」と釘を刺されてしまったよ」

「その手があったか……と言いたいところだが、無関係な騎士団や国民を巻き込むわけにはいかない。何より戦などディアが望まない」

「私も同意見だよ。シル」

 断固としてイヴァンは渡さないと言えば良いのだが、なんとなく手詰まり感があって、皆黙り込んでしまった。

 

 ◆ ◆ ◆


 一方のヴィクトルとマクシムも通された部屋で頭を抱えていた。

「間諜どもは何をやっているんだ。王太子殿下とシュタインベック公爵令嬢が恋愛による婚約だなどという情報は入ってきていないぞ」

「お陰で火に油を注ぐことになってしまったね」

「王太子殿下を怒らせて、席を立たれてしまったしな」

 さて、どうするか。今後王太子が交渉の席についてくれるかどうかも怪しいと二人は深々とため息をついた。

 帝国側としてもイヴァンを引き取り自国で処罰することは譲れない。だがギルネキア王国とてそこは一緒だろう。

 ギルネキア王国側は王太子と2人の王子だけでなく、側近や護衛たちの目にも明確な殺意が籠っていた。

 

「シュタインベック公爵令嬢への賠償でどれだけ誠意を見せられるかどうかかな」

 マクシムの言葉にヴィクトルも頷いた。

「だが、もし魔道具を要求されたら、それはそれで問題だぞ。あれらは国家機密だ。外へ出すわけにはいかない」

「そうなんだよね…………でも彼らとて空間転移の魔道具だけと言えどその威力を見てるからね。寄こせと言ってくるのは必然じゃないかな」

「くそっ!考えなしの兄上のせいで、このざまだ」

 ヴィクトルはそう吐き捨てるとソファに深く沈み込んだ。

「一先ず本日の会談の結果を本国に送ろうか。皇帝陛下が怒り出しそうな報告しかできないけどね」

「そうだな、ついでにもし先方から魔道具を要求された場合の対応方針を聞いておいてくれ」

「了解」

 2人は内密に本国への手紙を書くと、空間転移の指輪で転送させた。


 その後侍従がやってきて、夕食の準備が整ったと言ってきた。

 晩餐会に招待されるような立場ではないため、夕食は彼らが滞在する部屋へ運び込まれた。

 まずは食前酒とアミューズ(お通し)、冷製オードブル、焼き立てのパン、温製オードブル、スープ、ポワソン(魚料理)、口直しのソルベ、メインのアントレ(肉料理)、新鮮な野菜のサラダ、チーズ、アントルメ(甘い菓子)、フルーツ、カフェ・ブティフール(コーヒーと小菓子)が2人の王子が食事をするスピードに合わせてサーブされた。

 他国からの使者に料理長がどれだけ気を使ったのかは分からないが、2人の王子にとっては生まれて初めて食べたと言っても過言ではない豪華な食事だった。食材の新鮮さ、豊富さどれをとっても帝国にはないものだった。特に魚介類は初めて食べたが、生臭さも無くとてもおいしかった。

 王宮でだからこそ、これだけの料理を出せるのだろうが、普通に市場で売っている食材を見てみたくなった。

 ステイグリッツ帝国は山岳地帯の多い険しい土地で海にも面していない。その中で摂れる食材となるとかなり限られ、天候不順によって食糧難にも陥りやすい。

「こんなに沢山の食材があるとは、ギルネキア帝国は豊かなのだな」

「天候不順の対策や土地の改良まで魔道具で出来る訳では無いからね」

「これ、使えるかもしれないね」

「兄上?」

「ギルネキアに空間転移の指輪を含む魔道具を渡す代わりに、これらの食材を輸入するんだ」

 空間転移の指輪があれば新鮮なままステイグリッツ帝国の市場にこれらの食材を並べられる。国民の食生活がぐっと豊かになる。うまくいけば、食糧難に陥った時でも餓死者を出さずに済むかもしれない。

「そうだね。陛下はイヴァン兄上の身柄を連れて帰るように言ってたけど、どうせ処刑される人間のことより、生きてる国民のことを考えた方がいいね」

「明日、もし魔道具の話が出たら提案してみるか。食材の貿易ができるなら、魔道具も兄上も渡しても良いかもしれないね」

 おいしい食事がきっかけで、だた無条件に魔道具やイヴァンを渡すのではなく、貿易と言う形で国民に還元できる方法が見つかり2人は手を合わせて喜んだ。

「よし、追加で手紙を送り、皇帝陛下の許可をもらおう」

「うん。早速手紙を書くよ」

 

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