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7-4 陛下と宰相はお控えください

 この日の朝食は、王家の皆が集まって摂ることになった。

「ディアが目を覚ましましたよ」

 シルヴェスターのこの一言で、国王も王妃クレメンティアも兄弟たちもほっと息を吐き出し笑顔になった。

「良かったわ。あとで顔を見に行っても大丈夫かしら?」

「王妃陛下なら問題ないと思いますよ。ディアのお祖母様と小母上も登城なさる予定ですし」

「そう。じゃあそこにお邪魔させてもらうわね」


 シルヴェスターは表情を改めると国王に向き直った。

「今日のステイグリッツ帝国の使者との会談ですが、私にお任せいただけませんか」

「どうしたね?急に」

「私は陛下と宰相、プラティニにはイヴァン・ステイグリッツの所業を糾弾する資格はないと思っております」

「シル兄上…………」

「プラティニがあの案を出して、陛下と宰相が承認したのも国の為だと分かっています。だが、公私混同と言われようとディアをあのような目に遭わせたのは許しがたい。端的に言えば、あの皇太子と同罪です」

 国王とプラティニが項垂れた。国の為と言えど、年若い女性に苦手としている男と接触させて情報を引き出そうとしたのだ。心身の危機も貞操の危機もあるにも関わらずだ。しかも間諜や美人局(つつもたせ)的な訓練を受けていない、普通の女性にだ。

 婚約者のシルヴェスターが怒るのも無理はない。

「ディアのお祖母様が光の魔術師でなかったら、どうなっていたと思うのですか」

「ディアの命は無かったでしょうね。仮に生き延びたとしても、心は死んでいた」

「ビンスの言う通りだ。私は危うくディアを失うところだった。到底許せるものではない」

「ごめんなさい。シル兄上」

「そうだな。私や宰相は6属性の魔術師や透視術(千里眼)の持ち主としてディアを利用することばかり考えていたのだな。もうディアを前面に出して相手と対峙させることはしない。させるとしても結界を張るなどの裏方に徹底させる。すまなかったな。シル」

 裏方としてでもディアを利用する気はあるのかと、シルヴェスターは舌打ちした。だがこれは今のところディアに任せるしかないこともシルヴェスターは頭では理解していた。ジャックがクラウディアと同じ程度の魔術を身に付けるまではクラウディアしか頼れるものがいないのもまた事実だ。

「宰相のことはディアの実の父親ですから、私が何を言う訳にもいきませんが、陛下とプラティニはしばらくディアの前に姿を現さないでください」

「シル兄上、そんな……僕もディアの元気な姿見たいよ」

「ディアが私以外の男に怯えないことの確認が取れたらな。まずはギルたちとビンス、それから護衛のコンラートたちに会わせてみるのが先だ」

「心の傷は目に見えないですからね。作戦を提案したプラティニや命令を下した陛下と会って、嫌な記憶が掘り起こされないとは限りません」

 ビンセントの言葉に国王とプラティニはますます深く項垂れた。

「自業自得ですわね。ディアは魔術の訓練は頑張っていましたが、それと魔術を使った戦闘ができることは別の話でしょう。幼いころからディアは貴方たちやギルたちのすることを真似たがりましたが、根本は深窓のご令嬢ですよ。それを忘れないでくださいませ」

 クレメンティアが止めを刺した。


「それから、もう一つご報告ですが、私は昨夜ディアを抱きました。ディアの純潔は私が奪いました。これでもうディアは私と結婚する以外道がありません。この先私に対しても、ディアに対しても無用な縁談は持ち込まないでください。無論側妃を娶るつもりもありませんので、ご承知おきください」

「まあまあまあ!ようやくですのね。大変喜ばしいことですわ。縁談と側妃の件は陛下と私に任せなさい。無駄にあなたたちを煩わせることはしませんよ」

「ありがとうございます。王妃陛下」

 喜んでいるのはクレメンティア1人で、ビンセントまで国王やプラティニと同じくお通夜状態に入ってしまった。

「そんな…………ディアが…………」

「信じたくないな…………」

 プラティニはほとんど泣きそうである。

「大怪我を負って、丸1日意識を失って、ようやく目覚めたんだ。お前たちなら冷静でいられるか?」

「それは、いられないね……」

「私も冷静にはなれないだろうな」

 同じ男として、プラティニもビンセントもシルヴェスターの心情は良く分かった。自分が彼女を抱いて安心させてやりたい、彼女の嫌な記憶を上塗りしたい。そして、自分自身も己の腕の中で乱れる彼女をみて安心したい。そんな心情をシルヴェスターが抱いたことはプラティニにもビンセントにも容易に想像できた。己がシルヴェスターと同じ立場に立たされた時、きっと自分もそう思うはずだから。

美人局(つつもたせ)のようなことをさせようとも考えないでくださいね」

 ことクラウディアに関することに対して、シルヴェスターの国王に対する信頼は徹底的になくなってしまったようだ。先ほどからぎりぎりと国王を締め上げている。もう国王は立派に成長した自慢の息子に糾弾され、自分の娘同様に可愛がってきたクラウディアに怯えられるかもしれないと言われ、瀕死の状態だった。


「話を戻しますが、今日の使者との会談は、表の会談の間を使いましょう。ビンス同席してくれ」

 表の会談の間とは、謁見の間ほど仰々しくはないが、公式の使者や貴族を迎えて話し合いを行うための部屋だ。

「承知しました」

「私の側近からギルとグラシアノ、シュテファンを連れていく。護衛はパトリツとコンラート、お前の所からディーと他何名か連れてこい」

「ですが、それですとヒューが入りませんが。ヒューもディアが傷つけられた直後を見ていると聞いております。よろしいのですか?」

「そうだな。ヒューにも立ち会わせてやりたいな」

「シル兄上。僕も立ち会いたい」

「駄目だと言っただろう」

「でも……余計な口は開かないから、奴と帝国の使者を断罪するところはみせて」

「…………ったく、しょうがないな。ヒューも連れてお前も参加しろ。ただし、余計なことは言うなよ」

「ありがとう、兄上」

 なんだかんだ言って、シルヴェスターは弟たちに甘いのだ。

「シル、私と宰相は…………」

「陛下と宰相はご遠慮ください。先方の使者は奴の異母弟が2人と聞いています。陛下と宰相が出張ってもバランスが悪いです」

 報告書はきちんと上げますからそれで我慢してくださいと、全く取り合わなかった。


 ◆ ◆ ◆


 クラウディアは入浴後朝食を摂ると、お茶を飲みながら久しぶりにゆっくりとした時間を過ごしていた。

 思えば、イヴァン・ステイグリッツに邸宅(やしき)を襲撃されてから、怒涛のような日々だった。

「お嬢様、奥様と大奥様がお見えですよ」

「まあ!」

 クラウディアは嬉しそうな声を上げたが、ソファからは立ち上がらない。というより立ち上がれない。まだ昨夜の影響が残っているのだ。

 部屋に入ってきたビルギットとマルレーネがソファに座っているクラウディアを見て目を見張り、2人してクラウディアに駆け寄るとぎゅうぎゅうに抱きしめた。

「ディア、目が覚めたのね。良かったわ。どれだけ心配したことか。いくら国王陛下や旦那様のご命令と言えど無茶し過ぎよ」

「申し訳ありません。お母様」

「私の教育も間違えていたのでしょう。ディアには一つでも多くの魔術を使いこなせるように教育しましたけど、使いこなせることと戦う事ができるという事の違いを私も認識していなかったわ。それがこんな事態を招いてしまったのね。本当にごめんなさい。ディア」

「お母さま、謝らないで下さいませ。考えが甘かったのは(わたくし)も同じですわ」

 ウェンデル公爵家を急襲した時のように、結界で覆って岩をぶつけるか、水を満たして呼吸困難にして意識を奪うか程度がクラウディアにとっての「戦う」だったのだ。鎌鼬の魔術を使えても、それで人を切り刻むなど考えたことも無かった。

「さあさ、ディア、お祖母様に精神状態を診せてちょうだい」

「はい」

 クラウディアは目を閉じた。だが…………

「あらあらあら、やっぱりディアに意識があるときは駄目ね。ディアの魔力に私の精神操作魔術がはじかれてしまうわ」

「お祖母様の魔術を弾いているつもりはないのですが…………」

 クラウディアにそのつもりが無くても、マルレーネとの魔力量の差が大きいため自然と弾くことになてしまうのだ。

「気分はどう?怖い思いや辛い思いはしていない?」

「全く平気とは言えませんけど、今はお母様やお祖母様、エレーヌやキャリーがいてくれるので落ち着いていますわ」

「そう。良かったわ。…………あら、この跡はどうしたのかしら」

 マルレーネはクラウディアの首筋からドレスの襟から出ているデコルテ部分に手を当てた。

「あ、これは、その…………」

 クラウディアは真っ赤になって俯いた。

「もしかして、シルヴェスター王太子殿下に?」

 クラウディアは俯いたままこくりと頷いた。

「あらあら、まあまあ。もしかして最後まで殿下に身を任せたのかしら」

「はい。申し訳ありません、お母様、お祖母様」

 婚約式も結婚式も未だなのに、純潔を散らすというはしたないことをしたとクラウディアは母親たちに謝った。

「あら、なぜ謝るのかしら?おめでたいことじゃない。反対していたのは旦那様だけで、私もお義母様もディアには殿下と早くそうなって欲しかったのよ。余計な横やりが入らないようにね。だから王妃陛下も私もクラウディアとこの部屋へ来た時閨事の話をしたのですよ」

「お母様…………」

「おめでとう。ディア良かったわね」

 クラウディアは真っ赤な顔でふわりと笑った。その顔は一人前の大人の女性の顔だった。

 

「奥様、大奥様、くれぐれも今のようなことをシルヴェスター王太子殿下の前でおっしゃらないでくださいましね。

 殿下は自制という言葉を持っておられません。今朝なんて、お嬢様は一人で立って歩けなかったのですよ。今もまだ違和感が残っていらっしゃるようですし」

「エレーヌ!恥ずかしいからやめて!」

「長年求めていた相手を前にして、しかもあんなことがあっては自制できなくても仕方ないのではありませんこと?」

 急に別の声が割り込んできて皆驚いたが、部屋に王妃が来ていた。

 ビルギットとマルレーネがカーテシーの礼を取る。クラウディアもそうしたかったが、なにせソファから立ち上がれないので頭を下げた。

「ビルギット、私もお茶に混ぜてくださる?」

「ええ、勿論ですわ。エレーヌ、お茶の用意をお願い」

「かしこまりました」

 ビルギットたちがクラウディアの部屋に来てから、王妃が来るまで、お茶も用意させず、ソファにもきちんと座らずに話し込んでいたのだった。

「ディア、体調はどう?どこも問題ない?」

「はい、あの方に傷つけられた所はお祖母様が綺麗に治してくださいました。あ、お祖母様、お礼が遅くなって申し訳ありません。この度はありがとうございました」

 クラウディアは深々と頭を下げた。

「かわいい孫の窮地ですもの。何を置いても飛んできますよ。ですが、傷を治したのは私でも、ディアを目覚めさせたのは殿下のようですわね」

「いつの時代も女性にとっては、好きな殿方の腕の中が一番安心できる場所と言う事なのでしょうね」

 女性たちの話は尽きない。主にクラウディアとシルヴェスターの仲を微笑ましげに聞き出しながら、お茶会を楽しんだ。


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