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6-6 イヴァン・ステイグリッツの処分

 忽然と中庭から姿を消したイヴァンをパトリツらは王宮内くまなく探した。

 するとなんと彼は、自分に充てられている貴賓室のソファで堂々とふんぞり返っていた。

「本日の件、国王陛下とシルヴェスター王太子殿下の前で釈明してもらうぞ。来い」

 近衛騎士らがイヴァンを両側から拘束し、引っ立てる。

「こいつの従者と護衛騎士には見張りを付けておけ」

 そう言うと、パトリツはイヴァンや近衛騎士と共に部屋を出て行った。


 パトリツがイヴァンを謁見の間へ連れていくと、そこには国王、王太子、第二、第三王子、宰相、シュタインベック家の3兄弟が揃っていた。

 パトリツと近衛騎士はイヴァンを国王の前に跪かせる。

「何故このような真似をしたのかね?其方はクラウディアとの婚約を望んでいたのではないのか?」

「今でも望んでいますよ。ただ、6属性の魔術師と聞いていたのに余りの甘ちゃんぶりに腹が立ってね。少し鍛えてやりたくなったまでです。それに身体に瑕が残れば彼女は私に嫁ぐしかなくなる」

「貴様!そんなことでディアをあんなにしたのか!?」

 シルヴェスターが激高して怒鳴りつけた。

「甘ちゃんと言うがな。彼女は我が国の筆頭公爵家の一人娘だ。6属性の魔術を使いこなす訓練も受けている。だが騎士ではない。人を殺す訓練を受けているわけではない。其方と同じように魔術を使えなくても致し方ないのではないかね」

「この国ならそれでも良いのかもしれませんがね。帝国ではそうはいかない」

「私はこの国の国王として、其方のクラウディアへのプロポーズを却下したはずだが。どうしてまだ帝国へ連れていけると思っている?」

「私の運命に彼女が必要…………というより、私の命運が彼女にかかっているからですよ」

「勝手な戯れ事だな。其方の命運とやらが何かは知らぬが、そこに見ず知らずの彼女を巻き込むな」

 

「さて、其方の処分だが…………通常なら其方の母国へ連絡し、皇族の誰かに迎えに来てもらい、処罰と賠償を決めるのが筋なのだが。

 我が国から貴国へ連絡する手段がない」

「ディアに……我が国の王太子妃にあんなことをしたんだ。斬首刑で良いんじゃない?」

「簡単に言うなプラティニ。後からこいつの行方を尋ねられた時に窮地に陥るのが我が国になる可能性もある」

 シルヴェスターは手の平に爪が食い込みそうなほど拳を握りしめて、血を吐くような声でプラティニを窘めた。

「兄上…………」

 その様子は一番イヴァンを殺したがっているのはシルヴェスター自身だと言っているも同然だった。それを必死に理性で抑え込んでいる。

「王太子の言う通りだな。迂闊な処刑は避けたい。一先ずは魔術封じの首輪を付けて貴族牢行きだな」

 その場でパトリツが出力最大の魔力封じを付け、身体検査を行い、偶然か否か左手の指輪や耳に付けられていたピアスも押収した。

「連れていけ」

「はっ」

 国王の一言で、パトリツと近衛騎士がイヴァンを貴族牢へ放り込んだ。


「陛下、あの皇太子のお付きの者をこちらに連れてきましょう。その者たちの中に母国へ連絡できる者がいれば、そやつに連絡を取らせましょう。いなければ同様に牢へ」

 宰相の提案に国王が頷き、近衛騎士がイヴァンの従者と護衛騎士を連れてきた。

 従者たちに事のあらましを告げると、イヴァンの側近であるアレクサンドル・シェスタコフは目を見開いて驚いた。

「お言葉ですが、何かのお間違えではありませぬか?我が皇太子殿下はシュタインベック公爵令嬢に求婚するために貴国へ参っただけで、その彼女を傷付けるはずがございません」

「間違いなどではない。ここにいる王太子をはじめ何名かが傷だらけにされたクラウディアを実際に見ている。その上、其方の皇太子も自分がやったことを認めておる」

「そんな…………」

「して、其方らの中に母国へ連絡を取れる者はいるか?其方らの母国の皇族とイヴァン・ステイグリッツの処遇を決めねばなるまい」

 国王や王太子をはじめとしたこの場にいる面々の圧力に、アレクサンドルは抵抗できなかった。声を震わせ頷いた。

「…………帝国への連絡でしたら、私めが取ることができます」

 アレクサンドルは決して無能でも弱気な従者でもない。だが彼の皇太子が牢に入れられ人質同然となっていることを思うと国王らの言葉に従う他無かった。

「よかろう。すぐに貴国の皇帝陛下へ宛てて書状を書こう。その間、貴殿らには牢へ入っていてもらおう」

 彼らも身体検査を受け、武器になりそうなものやアクセサリー類も含めて押収したうえで牢に放り込んだ。


 国王も王太子も宰相もできれば王家とシュタインベック家のみで事を片付けたかったが、他国へ書状を出すとなれば、外務を司るゼクセン公爵を無視するわけにもいかない。

 幸いゼクセン公爵家は王家やシュタインベック家に近い家だ。急遽呼び出されて事の詳細を聞かされても、こんな目にあったクラウディアを王太子妃から解任すべき等とは言い出さなかった。

 国王、王太子、宰相とゼクセン公爵とで国王の執務室へ篭もり、書状を書き上げる。そこにはイヴァン・ステイグリッツの犯した罪とこの件についてイヴァンの処遇、賠償を決められる権限のある者をギルネキア王国へ寄こすよう書かれていた。

 国王や王太子、宰相に任せておくと文章が壊滅的に物騒になるので、ゼクセン公爵が何とかなだめて多少はオブラートに包んだ書状が完成した。

 完成した書状をアレクサンドルに送らせようとしたところで、彼は首を振った。

「なんだ?」

「先程押収されました私の指輪をお返しください。あれがないと書状を送ることができません」

「どういうことだ」

「………………あれは、一種の魔道具でございます。私自身の魔術で書状を送るのではなく、あの魔道具で送るのです」

「魔道具だと?」

 ゼクセン公爵がなぜ今の時代に廃れてしまった魔道具があるのか首を傾げたが、国王たちは詳しい事情は後回しにしてまずは指輪を返し、書状を帝国へ送らせることを優先させた。

 アレクサンドルは特に抵抗することもなく、渋々とではあるが皇帝宛てに書状を送付した。

 その後国王らに魔道具のことを問い詰められ、彼は国家機密である魔道具の秘密を話さざるをえなくなった。

 再び押収された指輪を手に取りながら、国王は「これがあれば、書状だけでなく人間も送り込むことは可能なのか」と尋ねた。

 この問いにも彼は抵抗できず、自分たちがこの指輪を使ってギルネキア王国へ来たことを話した。


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