5-5 クラウディアの恐怖
シルヴェスターが先ほどまでいた寝室に駆け込むと、クラウディアは部屋の隅でうずくまって震えながら泣いていた。
それを母であるビルギットと祖母であるマルレーネ、乳母であるエレーヌがなんとか宥めようと取り囲み手を伸ばすも、手を伸ばされた分だけクラウディアはさらに縮こまり、もうそれ以上後ろは無いというのに後ろに逃げようとしている。
「シルお兄様………………シルお兄様………………怖い………………ディアを助けて…………」
小さく呟かれる言葉はまるで幼少期に戻ったようだ。
「ディア」
シルヴェスターが呼びかけると、彼が来ていたことにビルギットとマルレーネが気付いた。
「殿下。ディアが…………私たちが抱きしめようとするのも受け入れてくれません」
「私の光魔術も効果がございませんわ。ディアのほうが魔力量が多いからか撥ね退けられてしまいます」
「そうですか。…………小母上、お祖母様、申し訳ありません。しばらく私とディアを2人きりにしていただけますか」
ビルギットとマルレーネはちょっと考える素振りを見せたが、結局はシルヴェスターの頼みを了承して侍女長のカトリーヌやエレーヌ、キャロライン、他の侍女たちと共に部屋を出て行った。
2人きりになると、シルヴェスターはクラウディアの前に視線を合わせるように座り込んだ。
「ディア。ディア。私だよ。私の声が分かるかい?」
クラウディアが涙に濡れて真っ赤になった目を上げた。
「シル……様……?」
「うん。私だよ。ディア、こっちにおいで」
シルヴェスターが両腕を広げると、クラウディアは迷うことなくそこに飛び込んだ。
「シル様…………」
「ディア、一人にしてごめんね。もう、ここは安全だよ」
クラウディアはシルヴェスターの胸に顔を埋めて泣き出した。
「シル様…………夢を見たのです。……夢の中で、またあの方に…………口づけられて。私は嫌なのに……」
クラウディアの髪や背中を撫でながら、シルヴェスターは怒りに顔をゆがませた。
(精神操作魔術の名残か? それともまさか……心を病んでしまったのか……?)
シルヴェスターは思い切るように顔を上げると、クラウディアを横抱きにして立ち上がった。
そしてベッドにクラウディアを寝かせ、その上に覆いかぶさるようにした。
「ディア。怖かったことも、嫌だったことも私が忘れさせてあげる。だからもう泣かないで」
シルヴェスターが顔を近づけると、クラウディアは一瞬ビックっとしたが、「ディア、大丈夫」とシルヴぇスターが声をかけると体の力を抜いた。
シルヴェスターはそっとクラウディアの唇に己のそれを落とす。クラウディアの恐怖を取り除ければと願いながら、何度も何度も優しい口づけを繰り返す。
「んぅ…………シル様…………」
「そう。ディアは私の口づけだけ覚えていれば良いんだ」
そう言ってシルヴェスターは再びクラウディアに口付けた。角度を変えて何度も口づけを繰り返しながら、それを徐々に深いものへと変えていく
「ん…………」
無意識なのか、息継ぎができずぼおっとしてきたクラウディアから鼻に抜けるような甘い声があがる。
その声とイヴァンに対する怒りがシルヴェスターの理性を焼き切ろうとしている。
だがここでシルヴェスターが理性を失っては、余計にクラウディアを傷つけることになるだけだ。
シルヴェスターは理性を手放さないように気を引き締めると、一度クラウディアから離れて顔を上げた。
そして大きく息を吐き出す。
「…………シル様?」
シルヴェスターを追いかけるようにクラウディアも目を開けた。
「シル様…………私を置いてどこにも行かないでくださいまし」
「ディア。私はどこにも行かないよ。約束しただろう?私はずっとずっとディアの傍にいるって」
「はい」
シルヴェスターは再び深く深くクラウディアに口付けた。もうクラウディアの体からは完全に力が抜けきっている。
「ん…………」
「そう。ディア。覚えて。これが私の口付けだ」
「はい…………」
それからシルヴェスターはクラウディアが気を失ってしまうまで深い口づけを交わし続けた。
クラウディアが寝てしまうと、シルヴェスターはクラウディアの隣りに仰向けにひっくり返った。
「なんとか持った」
理性が焼き切れる寸前だったシルヴェスターはそう言って大きく息を吐き出した。
「これで、ディアの嫌な記憶を塗り替えられれば良いんだけどな。私も光魔術を使えればよかったな。そうすれば今日のことだけディアの記憶から消せるのに」
そう言って、シルヴェスターは自嘲気味に笑った。
一息ついて理性を取り戻したシルヴェスターはそっと眠るクラウディアを抱き寄せた。
幸いクラウディアは落ち着いた表情で軽い寝息を立てている。
シルヴェスターはクラウディアが起きるまでずっとクラウディアを抱きしめていた。




