5-4 クラウディアの告白
寝台に横になったクラウディアの隣りにシルヴェスターも腰かけ、そっとクラウディアの髪を撫でた。
「ディア。泣かないで」
「…………」
「ディア、辛いことを思い出させるようで申し訳ないけど、何があったか話してくれるかい?」
「…………はい。……先程の方は私の結界を破って邸宅内に侵入してきました」
「うん」
「それで、お母様やお祖母様、使用人の皆に対して、白の光魔術で精神操作を行ったのです」
「白の光魔術で精神操作?聞いたことがないな」
「はい。精神操作には通常は黒の闇魔術を使います。それで、相手を自分の思う通りに動かしたり、心を痛めつけたりします」
「うん」
「白の光魔術で行う精神操作は、本来治癒魔術の一環なのです。心が疲れてしまった人や壊れてしまった人を救うために使う魔術です。
それをあの方は自己流で改変し、邸宅の皆が自分に好意を持つよう精神操作を行いました。…………私の対抗魔術は間に合いませんでした。自分自身に結界魔術をかけるのが精いっぱいで…………」
「うん」
「皆が操られている間に、あの方は私の前に来ました。手を取られそうになって、一度目は振り払いました。だけど…………」
「ディア…………」
シルヴェスターはクラウディアの涙をぬぐうと、クラウディアの隣りに横になり、片腕を首の下に通し抱きしめた。
「ディア。ごめんね。辛いだろうけど、続きを聞かせて」
「…………はい。あの方は、私のことを「気に入った」とおっしゃって、私の前に跪き、プロポーズなさいました。その際右手を取られ、…………今度は振り払えませんでした。私が自身にかけていた結界魔術を破り、手の甲に口付けられました。精神操作魔術が浸食してきて、何とかそれを食い止めるのが精一杯で…………。それでも私はあの方のプロポーズを拒絶しました。私にはシル様がいるからと…………帝国にも行かないと告げました」
「うん」
「あの方は立ち上がると、突然…………」
クラウディアの瞳からとめどなく涙があふれた。
「…………私を抱きしめ、…………長い時間……私が気を失うまで…………口づけを…………」
「ディア!」
シルヴェスターは力一杯クラウディアを抱きしめた
「ディアには私が付いているよ。だから泣いて良い。今日あったこと全部忘れるまで泣いて良いんだ」
クラウディアはシルヴェスターにしがみついた。
「シル様はこんなになった私の傍にいてくださるのですか?…………私はもう、…………他の殿方に汚されたというのに…………」
「ディアは汚されてなんかいないよ。私の知るかわいいディアのままだ。私はずっとずっとディアの傍にいるよ。だから泣いて良いんだ。どんな時も私の腕の中がディアの居場所なのだから」
「シル様…………」
クラウディアを嗚咽を漏らし始め、次第に声を上げて泣きじゃくった。
「…………シル様…………シル様。私は嫌だったのです!抵抗したかった!でも力が足りなくて!」
「うん。うん。分かっているよ。ディア」
クラウディアは泣いて泣いて泣きじゃくった。そして力尽きたように気を失ってしまった。
その間シルヴェスターはずっとクラウディアを抱きしめ、髪や背中を優しく撫でていた。
クラウディアが気を失ってからしばらくして、ギルベルトがノックの音と共に寝室に入ってきた。
寝台の上の2人を見て額に青筋を立てる。
「シル、お前!」
「ギル、落ち着け。私は何もしていない。泣きじゃくるディアを抱きしめていただけだ。それよりせっかくディアが寝たところだ。大きな声を出すな」
そう言うとシルヴェスターはクラウディアの首元から腕を抜き、寝台から起き上がった。
「キャロラインを呼んでくれ。ディアに付き添っていてもらおう」
「ああ、分かった」
キャロラインが入室してくるのと引き換えに、シルヴェスターとギルベルトは部屋を後にした。
ギルベルトがシルヴェスターを案内した部屋には、すでにシュタインベック家の一同と家令のクロード、侍女長のカトリーヌ・モデナが揃っていた。
「王太子殿下。この度は誠に申し訳ございません。邸宅を襲撃され、殿下の婚約者であるクラウディアに危害が及ぶなどと」
当主であるウーヴェの言葉にシュタインベック家の一同が頭を下げた。
「いや。私の方こそすまない。ディアを王宮で保護すべきだった。忙しさにかまけて、そこまで考えが及ばなかった自分が許せないよ」
「殿下…………」
「殿下、クラウディアはどうしていますの?」
母親であるビルギットが問いかける。
「ああ、泣き疲れて寝てしまったところだ。キャロラインについていてもらっている。小母上とお祖母様もクラウディアの所へ行かれますか?」
「そうですわね。お言葉に甘えて私たちはクラウディアの許にいましょう。この場は殿方だけの方がよろしいかと」
「殿下、御前失礼いたしますわね」
ビルギットとマルレーネ、カトリーヌが一礼して部屋を出ていく。
「それでディアはシルに何を話したんだ?」
シルヴェスターはクラウディアから聞き出したことを包み隠さず話した。
無理やり口づけされた下りはクラウディアの名誉のためにも本当は黙っておきたかったが、イヴァン自身が「腰砕けになるまでクラウディア嬢の唇を奪ってやった」等と宣った上に、シルヴェスターたち3人の前で口づけて行ったのだ。
隠しおおせるものではなかった。
「なんていことを!」
「帝国の皇太子だか何だか知らないけど、魔術をかけて身動きできない女性に口づけるなんて、下種のやることだ」
ヒュベルトゥスが憤慨してそう言った。ディートリヒも同調する。
「全くだ。とっとと消し炭にしてやりてぇよ」
「殿下はクラウディアとの婚約をどうなさるおつもりです? クラウディアはもう…………」
「宰相、馬鹿なことを言うな。クラウディアとの婚約はこのまま継続する。当たり前だろう?別に純潔を奪われたわけではないんだ。
傷ついたディアの心は、時間をかけてでも私が治していくよ」
「殿下…………そうですか……クラウディアをよろしくお願いいたします」
「ああ。最も間一髪だったようだけどね。私たちが到着した時、イヴァンはクラウディアを抱いて別室に移動しようとしていたから」
「そうだね。ディアが力を振り絞って奴の精神操作魔術から我々をかばってくれなかったらと思うとぞっとするよ」
「それで、今後はどういたしますか。明日は謁見式と舞踏会ですが」
「予定通り行うつもりだ。クラウディアへの申し込みは陛下から正式に断ってもらう」
「奴が簡単にあきらめるかな。なんだかさっきのディアの話と使用人たちの証言を合わせると、急激にディアに執着を見せ始めたようだし」
「大人しく諦めないというのなら、私が白手袋を投げつけるまでだ」
白手袋を投げつけるとはつまりは決闘を申し込むということだ。
「殿下、それは…………」
「宰相、当たり前だろう?私の大切な婚約者にちょっかいをかけられたのだ。黙って見過ごせるわけがない。陛下もお許しくださるさ」
「負けるなよ」
「誰に言っている」
「まあ、学園時代負け知らずだったのは覚えているけどね。相手は私たちの知らない魔術も使ってくる。油断するなよ」
「ああ」
そこまで話していたところで、侍女のキャロラインが青ざめた様子で飛び込んできた。
「殿下、旦那様!大変です。お嬢様が目を覚ましたのですが、泣いて、怯えて手が付けられません。奥様や大奥様のこともきちんと認識されていないようで!」
「なんだと!」
「シル、早く行ってやれ」
「ああ」
「それでは、殿下、私とギルベルトで登城し、今日の件を陛下にご報告いたしましょう」
「宰相、ギル、そうしてくれると助かる。頼んだぞ」
「かしこまりました」
「もう今日は来ることはないと思うが、念のためディーとヒューは邸宅の警備を強化をしてくれ」
「承知しました」
そう指示をするとシルヴェスターはクラウディアが寝ている寝室に駆け込んだ。




