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4-2 シルヴェスターの求愛(2)

 翌朝宰相がクラウディアを伴って登城すると、早速国王の執務室に通された。

 国王の執務室には国王の他、王太子も待機していた。

 クラウディアが綺麗な所作でカーテシーを披露する。

「ディア、頭をあげなさい。よく来てくれたね」

「ご機嫌麗しゅうございます。国王陛下、王太子殿下」

 クラウディアが頭を上げて挨拶すると、国王は相好を崩した。逆にシルヴェスターは複雑そうな表情である。

「急に呼び出してすまなかったね。ディア。実は重大な問題が発生している。その件についてシルと話し合いをしてほしい。

 特別に侍女も従者も伴わなくて構わない。ドアも閉じておいてよろしい」

「陛下?」

 クラウディアは戸惑い気味に首を傾げた。未婚の男女が侍女も従者も伴わず、ドアも閉じて一つ部屋で同席するなどマナーに反している。

 戸惑うクラウディアを他所に、シルヴェスターの方を向いた国王はニヤリとした表情を浮かべ「なんなら、そのままなだれ込んでも構わぬぞ」と告げた。 

「「陛下!」」

 クラウディアは意味が分からず首を傾げ、シルヴェスターと宰相は国王を非難する声を上げた。

「陛下、何てことをおっしゃいます!」

「陛下、さすがにそれは父親として了承しかねます」

 2人から責められても国王はどこ吹く風である。

「シルは欲しいのだろう?この際既成事実があった方が、敵を撃退しやすいからな」

 わははと笑う国王に2人は顔をしかめた。

「この問題を盾にそのようなことが出来ようはずがありません!ディアは道具ではないのですよ」

「いや、道具などとは考えておらぬよ。私はお前に機会(チャンス)をやろうとしたまでだ」

「そのような気遣い、無用にございます!行こう、ディア。それでは陛下、御前失礼いたします。宰相、しばらくディアをお借りします」

「シルヴェスター王太子殿下、くれぐれもディアをよろしくお願いいたします。」

 深々と頭を下げる宰相にシルヴェスターは頷いた。


 近衛兵が案内したのは、王家の者が私的に利用する応接間だった。

「こちらにどうぞ」

 シルヴェスターとクラウディアをその部屋に通すと、近衛兵はドアをしっかり閉めて退出していった。

 本当に侍女も侍従も近衛兵すらもおらず、部屋に2人きりである。

 クラウディアは戸惑ったように「シル様……」と呼んだ。

「本当によろしいのでしょうか。このようなこと……」

「世間一般的に考えれば良くはないね。だが国王陛下の思し召しだ。吹聴して回る侍女などもおるまいよ。

 それより、ディア、お茶を入れてくれないか?久しぶりにディアが手ずから入れてくれたお茶を飲みたいな」

 不安げなクラウディアを宥めるように、シルヴェスターはディアにお茶を要求した。

 通された応接間の隅には茶器とお菓子が用意されている。

 クラウディアが魔術でお湯を沸騰させ、お茶の準備をしている間、シルヴェスターはソファに座りクラウディアに分からないように息を吐きだすと髪をかき上げた。

 この部屋の奥には寝室が備え付けられていることをシルヴェスターは知っていたからだ。

「あの狸親父め」


 お茶の準備が整うと、シルヴェスターはクラウディアを自分の隣りに呼んでソファに座らせた。

 シルヴェスターは出されたお茶の香りを堪能し、一口口に含んで味わうように飲み干すと微笑んだ。

「やっぱり、ディアの入れてくれたお茶は美味しいね。昔からずっとだ」

「ありがとうございます。シル様」

 クラウディアもお茶を飲み、なんだか緊張している自分を不思議に思いながら息を吐きだした。


「ディア、性急ですまない。この間私が言ったことは考えてくれた?」

「あ……」

 クラウディアは先日のシルヴェスターの想いを聞かされた時のことを思い出して顔を赤くした。

 同時にドキドキと心臓が早鐘を打ち、緊張感も増してくる。

 クラウディアが小さくうなずいたのを確認して、シルヴェスターが口を開いた。

「今のディアは、私のことをどう思う?」

「……シル様がお兄様ではなく一人の殿方なのだと言う事は理解できたように思います。……だからなのか、今こうして2人きりで部屋にいることがとても……」

「とても?」

 クラウディアは赤くなった顔をうつむけるとふるふると首を横に振った。クラウディア自身、どう言葉にして良いのか分からないようだ。

「ディアが私を意識してくれていると捉えても良いのかな?」

 シルヴェスターの期待交じりの声が上から降ってくる。

「……分かりません。ただもう幼馴染の兄妹ではいられないとだけ……」

「そうか。それでも、ディアがそう考えてくれただけでも嬉しいよ」


 シルヴェスターはクラウディアの肩を抱き寄せ、自分の胸にクラウディアの頭をもたれかけさせるようにした。

「シル様……」

 クラウディアの顔はさっきから真っ赤で、心臓も早鐘を打ちっぱなしである。

 追い打ちをかけるようなことはやめて欲しい、心臓が持たないとクラウディアが内心思っていると、シルヴェスターはそんなクラウディアとは正反対に酷く真面目な声を出した。

「ディア、私はこの前「そんなに時間はあげられないけれど、私のことを一人の男として考えてみて欲しい」と言ったね?」

「はい」

「ごめんね、ディア。あの時と情勢が変化してしまって、考える時間をあげられなくなってしまった」

「え?」

「イヴァン・ステイグリッツ」

 突然出てきた聞いたこともない名前にクラウディアは首を傾げた。

「東の隣国ステイグリッツ帝国の皇太子だそうだ。そいつがディアとの結婚を陛下を通して正式に申し込んできている」

「え…… 今初めてお名前をお聞きしたような方がどうして……?」

「さあ、私も陛下も宰相も全く理由が分からない。ドロスト山脈が横たわっているから、あの国には間諜も送り込めないしね。しいて言えば、ディアが6属性魔術の使い手であることが何処からか漏れたとしか」

「あ……」

「ごめんね。ディア。もしディアがそのイヴァン・ステイグリッツとやらに好意を持ったとしてもディアをギルネキア王国から出すことはできない」

 それはそうだろうとクラウディアは思う。イヴァン・ステイグリッツに関係なく、国から出られないのは昔から決まっていたことだ。


「はい、承知しております。国から出られないことは…… (わたくし)、小さいころからなんとなく悟っていました。

 父と陛下が従兄弟同士であり家族ぐるみで円満な関係を築けていたからこそ、(わたくし)は自由に成長することができたのだと」

「ディア……」

 シルヴェスターは痛ましげな目でクラウディアを見た。

「もし他の家に生まれていたら、(わたくし)は生まれた直後に魔術封じの首輪を付けられていたでしょう……あるいは親元から引き離されて王家に引き取られるか、……殺されるか。いくら6属性の持ち主と言えど、生まれたばかりの赤子ならいかようにも手を下せますから」

「ディア、そんなことを言わないでくれ。私の心が引き千切られてしまう」

「シル様、ごめんなさい。でも可能性として多分にあったことと思うのです。……成長した(わたくし)の能力を使えば王家に弓を弾くことも可能だったでしょうから」

 シルヴェスターはたまらなくなってクラウディアを抱きしめた。

「ごめんディア。ディアが小さいことからそんなことを考えていたなんて……私は分かっていたのにディアに何もしてやれなかった」

「そんなことはありませんわ。ギルお兄様たちやシル様たちと共に育って、(わたくし)はとても幸せだったのですから」

「ディア……」

「ですから、本当は分かっていたのです。国外に出られないことも、(わたくし)の嫁ぎ先が王家しかないことも」

「ディア」

 シルヴェスターはクラウディアを抱きしめる腕に力を込めた。狂おしいほどにクラウディアを抱きしめる。

(わたくし)、シル様が恋をしても良いと、それを望んでいるとおっしゃってくださったこと、嬉しかったですわ」

 クラウディアはシルヴェスターの腕の中で赤い顔のまま微笑んだ。

 


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