4-1 ステイグリッツ帝国からの書状
ウェンデル公爵家の一件が決着するのと時を前後して、東隣の帝国ステイグリッツ帝国より国王宛てに一通の書状が届いた。
開封して中を読んだ国王は驚愕し、慌てて侍従に宰相と王太子を呼ぶよう命令した。
国王の執務室にやってきた、宰相と王太子にその書状を見せると、そこには、
「貴国の筆頭公爵家シュタインベック家のご令嬢 クラウディア・フォン・シュタインベックを我が妃として迎えたい。
前向きな検討を願う。
ステイグリッツ帝国皇太子 イヴァン・ステイグリッツ」
と書かれていた。
宰相も王太子も目を剝いたが、ステイグリッツ帝国の意図が読めずに困惑した。
ステイグリッツ帝国とギルネキア王国の間にはドロスト山脈と言う7000m~8000m級の山脈が聳え立っており、直接行き来できるような土地柄ではない。
当然のことながら今まで国交も無ければ、経済的な交流も無かった。
国王や宰相・王太子ですら、山岳部が多く、平野が少ない険しい土地柄と言う基本的な情報しか持っておらず、皇族がどう言った執政を行っているのか、国民がどう言った暮らしをしているのか全く分からずにいた。
ドロスト山脈があるが故にその向こう側のステイグリッツ帝国の情報は何も入ってこないのだ。間諜を送り込むことさえ出来ない。
当然、こちらの情報も、ましてや最大機密である白黒火、水、風、土、光、闇の6属性魔術を使用する当代一の魔術師クラウディアの情報など向こうには流れていないものだと思っていた。
だが、皇太子がクラウディアを欲するとなれば、その魔術を欲しているのだろうという予測は立てられた。
国交もなく貿易も行っていない国がクラウディアを欲しがる理由など、そのくらいしか思いつかなかったのだ。
国王は結構な難題を前にしているというのに、何故か嬉しそうに口を開いた。
「宰相。ギルネキア王国国王として正式に申し込む。クラウディア・フォン・シュタインベック公爵令嬢を我が息子シルヴェスターの妃として迎えたい。承諾してくれるか」
「陛下!」
約束が違うではないかとシルヴェスターは声を上げた。
「あの時とは状況が違う。ステイグリッツ帝国がなぜディアを欲するのかは分からぬが、ディアは絶対に他国には出せない。それはわかるね」
「はい」
白黒6属性の魔術を使うクラウディアは悪い言い方をすれば歩く戦闘兵器だ。
本人は至って平和主義でおっとりとした女性であるが、先日のウェンデル公爵家の一件のように必要に迫られればあっという間に犯罪者を捕らえることができる。
もし戦争でも起きれば、クラウディア一人で大多数の敵を殲滅することができるだろう。火炎放射や竜巻、雷などの強力な魔術を使用して。
そんな人物を他国に渡すことなどできるわけがない。
「ならば、他国から文句の付けようが無い相手と既に婚約していると示さねばならぬ。こちらの王太子と婚約しているとなれば、それを解消して自分の妃にする等至難の業だ。何が何でもディアとイヴァン・ステイグリッツの結婚は阻止せねばならない。宰相、承諾してくれるね」
「かしこまりました。シルヴェスター王太子殿下との婚約となれば、クラウディアにとっても我がシュタインベック公爵家にとっても光栄の極み。謹んでお受けいたします」
「お待ちください!陛下!宰相!先日私はクラウディア嬢にプロポーズいたしました。クラウディア嬢はまだ私のことを幼馴染の兄としか見ていないでしょうから、考える時間を与えました。
そこに今国王陛下と宰相から話を持ち掛ければディアが混乱してしまいます」
相思相愛になってクラウディアと結婚したいシルヴェスターは焦ったように国王と宰相を止めようとした。
「ほう。ようやくプロポーズに漕ぎ着けたのか。全く、どうしてもっと早く動かなかったのかね?
ディアほど王太子妃としても王妃としても申し分ないご令嬢などいなかっただろうに」
「それは……ディアが成人するのを待っていましたので……」
クラウディアに自分を幼馴染の兄ではなく、一人の男として意識してもらいたいと言うシルヴェスターの切なる願いだった。
「お前の事情は分かったが、これは国益に関わる問題だ。悪いが、お前たちの状況に忖度してはやれない。
早々に婚約の発表を内外に向けて行わなければならぬ」
「クラウディアも筆頭公爵家の娘です。自分の感情より陛下のご命令を優先させるでしょう。
本日帰宅後、正式に打診があったことをクラウディアに伝えます」
「宰相……」
「王太子殿下にはクラウディアの感情に配慮していただき、大変ありがたくお礼申し上げます。
ですが、ここは陛下のおっしゃる通り国益のかかった問題。悠長なことはしていられますまい」
シルヴェスターは苦渋の表情を滲ませた。
「なんなら、偽装婚約という手もあるぞ。一先ずイヴァン・ステイグリッツを追い払うためにお前とディアの婚約を発表し、もし万が一ディアの気持ちがお前に向かなかったら、こちらの有責で婚約破棄させても良い」
「それこそお待ちください!そんなことをしてはディアに瑕がついてしまいます!絶対に承服できません」
シルヴェスターは大きく息を吐きだした。
「分かりました。しかし、それならせめて、私からディアに説明させていただけませんか。ディアの感情を乱すような話はしたくありませんし、不審を招くような行動も了承できません」
「事は一刻を争うのだぞ」
「承知しております。それでもお願いできませんでしょうか」
シルヴェスターは深々と頭を下げた。
「頭をお上げください。王太子殿下。それならば、明日クラウディアを伴って登城いたしましょう。
それでお二人で話合われるのがよろしいかと。陛下いかがでしょうか。1日の猶予であればお許しになられても」
宰相の言葉に、国王は溜息をついた。
「どのような手段を取ったとしても、結果が変わるとは思えないのだがな。よろしい、宰相もこう言っていることだ。
明日1日猶予をやろう」
「ありがたく存じます」
シルヴェスターは再び頭を下げた。




