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08話:私はこうして戦闘機たちと出会う。そして恵を身を挺して守る。

【毎日昼の12時と夕方の18時の2回更新します】






 万代と恵は四階に戻っていた。

 村田姉妹と会った二階の下に更に一階があるが、そこは倉庫と空き部屋だけだけなのでさっさと終わらせてこの階に戻ってきたのである。




 恵はこの屋敷観光にすっかり満足した様子だったので、万代はようやく解放されそうだと安堵していた。




「……中西先生みたいね。どこに行こうとしているのかな?」




 ガラス壁を通して橋を渡る中西の姿が見えた。

 橋の向こうは上り坂で頂上は車庫のはずだった。




「ねえ、あれは……なに?」




 万代は車庫の隣に大きな倉庫のような建物があるのに気がついた。

 来るときは車庫の陰で見えなかったのである。

 その建物は奥行きがあり屋根は丸みを帯びて()()()()のような形だった。




「うーんとね。あれはお父様の前にここに住んでいた人が造った建物。

 本物の飛行機がいっぱい入っているんだよ」




 恵が得意気に答える。




「本物の飛行機? それは飛べるの?」 




「わかんない。だってずいぶん古い飛行機なんだって。ほら、前をブルブル回して飛ぶ飛行機」




 万代はなんのことかわからなかったが恵が手を大きく回したのでそれを理解した。




「ああ、プロペラ機ね」




「うん、それ」




 万代は車もオートバイもこなせるが飛行機を操縦したことはない。

 だからそれに興味がわいてきた。元々乗り物好きなのである。




「……行ってもいいのかな?」




「行きたい、行きたい、恵も行きたい!」




 万代は口にしたことを後悔した。恵は万代の袖をちぎらんばかりに振っている。




「わかったわよ。いっしょに行きましょ」




 満面の笑顔になった恵は着替えをするからといって自室に姿を消した。




 万代は三十分ほど解放されたその時間にスーツを脱ぎシャワーを浴びた。久しぶりのお湯のシャワーだった。




「やっぱりこっちの方が落ち着く」




 ひと通り屋敷を散策し住民たちと会ったことで、この屋敷ではあまり着飾る必要がないと判断し、袖の長いカットソーとジーンズに着替えていた。

 それにイザと言うときは楽な格好の方が動きやすい。

 履き替える靴を探していたらバッグに入れっぱなしのスマホが目についた。




「……いざってときに困るわね」




 画面を見ると通話圏外になっていた。崖に囲まれた人里離れた土地なので電波状態が悪いのだと理解した。

 だが万代はそれをポケットにねじこんだ。丘の上なら使えるかもしれないと思ったからである。




 ■ ■





「ニコバレン空軍基地?」




 かまぼこ型の大きな倉庫に到着すると、入り口に白抜きのステンシルでペイントされた巨大な英文が目についた。




 誰かが悪戯に書いた様子ではなく、この倉庫の所有者が大まじめに塗った雰囲気である。

 小国であるニコバレンには実際には空軍などという大金を湯水のように使う部隊は存在しない。この文字は前のオーナー、つまりグラマン氏が書かせたものだった。




「なにこれ……」




 万代は言葉を失った。

 スチール製の重い扉をスライドさせるとそこは格納庫だった。

 中はとても広いのだが所狭しと見上げるほど大きい戦闘機たちが置かれているのでむしろ圧迫感を感じる。




「うわー、涼しいね」




 恵のほっとする声が響く。

 恵はもちろん車椅子に座っていただけなのだが、途中の日差しが強かったので暑さに参っていたのである。




 ここもグラマン館同様にやはり空調は完璧で、外の熱気は見事に遮断されている。

 ただしこの空調は飛行機の部品を錆から守るために湿気を防ぐ目的もあるのだろうか、格納庫中の空気はかなり乾燥していた。

 長くいると喉を痛めて風邪を引きそうだと万代は思った。




「……見事なものね」




 翼をぴんと張った戦闘機。

 戦うために造られたこれらには装飾と呼べるものはなにひとつないが、それがまた筋肉質の引き締まった印象を与えている。

 機能美なのだと万代は思った。




「またお会いしましたね」




 声に振り向くと中西が立っていた。

 万代は会釈を返す。いるのはわかっていたので驚きはない。




「私はよくここに来るのです……」




 中西は辺りを見回しながらゆっくりと歩いてきた。




「……ここまで綺麗に保管しているなんて予想していませんでしたから、初めて来たときはとても驚きました」




「予想? 中西先生はグラマン館にこれがあると知っていたみたいね?」




「ええ、この本に載っていましたから。これらはすべて『南太平洋の決闘』に出てきた戦闘機たちなのです」




 中西は小脇に抱えた本を指さす。それは先ほど見たグラマン氏の自伝である。




「なるほどね……」




「お父様は元気なときよくここに来てたよ。それにときどき飛行機会社の人たちが来てきれいに掃除していたの」




 恵の話によると迫水伯爵はなかなかの飛行機マニアで、この土地を買うことに決めたのもこの戦闘機たちがあったのが理由のひとつになったらしい。




 万代は格納庫中央のいちばん目立つ高い台座に展示されているネイビーブルー色の機体に近寄った。

 その飛行機は全長が十メートルほど、両翼はそれ以上に長い。全体的にずんぐりとした戦闘機であった。




「……グラマン?」




 足下のプレートに書かれている英文を万代は読んだ。プレートには『グラマンF6Fヘルキャット』と書かれている。




「ええ、グラマン戦闘機です。グラマン氏と同じ名前なのは偶然ですが、彼は出演した映画ではこれに乗っていましたから私としてはもうグラマン氏と言ったらこの戦闘機ですね」




 中西はそう説明する。




 翼の下にすでに色あせている当時の映画ポスターを入れたパネルが置かれてあった。

 グラマーな美女の肩を抱きながら、パイロット姿で白い歯をむき出しにしたにやけた顔の男が主演のグラマン氏に違いない。




「……よく手入れされています。少し整備したらきっと飛べますよ」




 万代は周りを見回した。

 周りには三年前に離れた故郷の印をつけた戦闘機たちが並べられている。




「……こっちは日本の飛行機ね?」




「ええ、そうです」




 中西、つかつかと濃緑色の塗装がされた一機に歩み寄った。

 それはグラマン戦闘機と同じく三枚プロペラを持つ戦闘機だったが、グラマンと比べるとずっとスマートで優雅なラインを持つ飛行機だった。




「これが有名なゼロ戦です。映画でライバルが乗っていた戦闘機がこれなのです」




 万代はへえ、と感心した声を出す。

 飛行機――昔の戦闘機などはまったく知識がない万代だが、さすがにその名前は知っている。

 第二次世界大戦初期、太平洋インド洋戦線の米英軍を恐怖のどん底に突き落とした当時最強といわれた戦闘機である。




「でもこれ本当にゼロ戦? ジークって書かれているけど?」




 プレートを読んだ万代は疑問の声を出す。




「ああ、それは当時の米軍がつけたニックネームなのです。ゼロファイターとも呼ばれていましたがジークとも言われていたそうです」




「ニックネーム? つまり勝手につけた名前ってこと?」




「ええ、当時は戦争中なのですから相手に自分たちの航空機の正式名をわざわざ教えている訳ではありません。今ほど情報が飛び交っている時代ではありませんから互いに勝手に名前をつけて識別していたのです。他にも……」




 中西はその隣にある戦闘機を指さした。

 それは日本機だったがゼロ戦と比べるとだいぶずんぐりなシルエットだった。相撲取りみたいでグラマン戦闘機といい勝負である。




「……これはジャックと書かれていますが正式には雷電(らいでん)という日本の海軍機です。その向こうにある戦闘機はジョージとありますが本当は紫電改(しでんかい)というゼロ戦の後継機です」




 中西はさすがに『南太平洋の決闘』のファンらしく博識であった。




「このニコバレン辺りは当時かなりの激戦地でしてね。グラマン館から離れた丘の上にも当時の日本機の残骸がありました。それはご覧になりましたか?」




「いいえ。それもゼロ戦なの?」




 万代は記憶をたどったがそれらしきものを見た覚えはなかった。

「違います。あそこにあるは陸軍の(はやぶさ)という戦闘機です。シルエットがゼロ戦によく似ているので米軍もよく間違えたそうです」




 ひと通り見終えると肌が冷たくなっていた。冷房が強すぎるのである。




「ねえ、万代姉ちゃん、もう行こうよ」




 退屈になっていた恵が万代の袖を引く。

 恵も寒く感じていたようで捲っていた袖をすでに伸ばしている。

 そろそろお暇しようと思った万代だが、そのときふいにある疑問が浮かび上がってきた。




「中西先生。これは……これらは、ぜんぶ本物の戦闘機なの?」




「さあ、どうでしょうか。私は専門家ではないのであくまで素人の好事家ですから詳しくはわかりませんが、おそらくぜんぶ本物です。でもいったいどうしたのです?」




「ぜんぶ本物だってお父様は言ってたよ」




 恵がすっかり冷えてしまった腕を摩りながら言う。




「なるほどね……趣味の範囲ってこと、か」




 ひとりで万代は合点していた。

 このグラマン館に来る途中で彗に聞かされた話を思い出していたのである。




 貴族の中にはアンティークな銃やサーベルなどの武器を美術品や骨董品として所有している人物が多いらしいが、故グラマン氏が集めたこれらは規模といい本来の破壊力といい、それらとはまったく比べものにはならない。




 おそらくたぶんこれらの機体には実弾も燃料も搭載されてはいないであろう。

 だからこそこうして飾ることが許されているに違いない。




 だが……もしこれらの機体が完全装備で飛び立ったら、このニコバレンで時速五○○キロ以上を出し大口径機銃という強武装を持つこの戦闘機たちを阻止する手だてはまずない。




 ……面白い。グラマン館だけでも十分に趣味性が高い上に、こういう危険視される可能性が高いものを「ニコバレン空軍」と名付けて収集して、ひとり悦に浸っていたと思われるガトー・グラマン氏と言う人物の子供じみた発想をおもしろいと思ったのである。




 □




 ニコバレン空軍基地を後にした。

 外は快晴で足下にできる影は限りなく黒い。万代は恵の車椅子を押し、その横を中西が歩いている。




 格納庫と車庫は並びで建っており、その脇を抜けると芝生の斜面だった。

 先ほどと比べ駐車場では空きスペースが目についた。

 商談に訪れていたビジネスマンたちの半数くらいが帰ったためである。




「おや、メールが届いたみたいです」




 中西が歩きを止めた。

 そしてスマホを取り出す。そして画面を見つめて相好を崩した。




 それに興味を示した恵がその画面を覗き見て、かわいいと声を上げる。

 写っているのは生まれたばかりの赤ん坊であった。




「お孫さん?」




「ええ、そうです。孫は何人いても嬉しいものです」




 去年結婚したいちばん下の娘の子だと中西は説明した。すでに五人目の孫らしい。




「……ここだと電波が通じる、か」




 万代は自分のスマホを取り出してみた。確かに通話可能な状態である。




「……しかし残念な話です。あれらの飛行機はどうも売られてしまうようですね」




 スマホをしまった中西がいう。先ほどと違い少し寂しそうな顔である。




「売る? 博物館かなにか?」




「はい。迫水兄弟の話では屋敷を訪問しているビジネスマンの中にはアメリカの博物館あたりのエージェントも来ているようですから」




「スミソニアン?」




「よくご存じで。おそらくそうです」




 アメリカ最大の博物館であるスミソニアンには国立航空宇宙博物館があり、そこにはライト兄弟が作った人類初の飛行機であるフライヤー号や大西洋単独無着陸横断の記録を作ったリンドバークのスピリッツ・オブ・ セントルイス号、原爆投下で有名な重爆撃機B29のエノラ・ゲイ号など歴史上有名な航空機たちが展示されている。




「博物館なら悪いようにはしないと思うけど」




「ええ、ですが展示される前に一度飛ばしてやりたいとつい思ってしまうのです」




「確かに……」




 万代は飛行機のことはよくわからないが車に置き換えるとその気持ちはよくわかる。

 価値あるものの保存は否定しないが、自動車は走ってこそ自動車である。飛行機もまた同様であろう。




 そのときであった。

 ガサガサと茂みを揺らす音が聞こえてきたのである。

 振り返ると……斜面の上に一台のセダンの後部のトランクがせり出して見えた。

 狭いスペースで無理に切り返そうとしているようだが後輪が斜面に落ちそうであった。




「大丈夫でしょうか? あまり運転が上手ではないようですね」




 中西の言葉に万代は頷いた。

 そこでドアが開けられたようだが万代たちの立ち位置からは誰だか判別できない。

 やがて……車はガクリと傾いた。




「ああ……!」




 中西が呻いた。やはり脱輪してしまったのだ。

 濃紺の車体が重力のまま後ろに滑り落ち始めたのである。

 斜面の凹凸にバウンドして開いたドアがちぎれそうに開閉するのが見える。




「な、中西先生! 避けて!」




 万代は中西の背中を突き飛ばす。

 そして恵の腕を強引に取り車椅子から引き剥がした。

 弾みでバランスを崩したが恵の頭を抱え脇へと大地を蹴った。




 痛い! 受け身を取れずに肩から着地した。

 その万代の鼻先を二トン近いセダンが通過した……。




 万代は倒れたままの姿勢で視線を送る。

 やがてガガンと堅い音がした。グラマン館への通路上にある大きな岩に激突して停止したのである。




「……だ、大丈夫?」




 万代の両手の中で恵が頷くのが見えた。

 声が掠れていた。気がつくと口の中がカラカラに乾いている。肩がズキズキと痛んだ。




 半身を起こした万代は腕を回してみる。

 ……大丈夫。打ち身だけ……折れていない。




 車椅子は横倒しになっていたが起こしてみるとどこも壊れていないようだった。




「誰もいません!」




 中西がセダンを覗き込んでそう言った。

 セダンの後部は無惨につぶれトランクの蓋がガラスを突き破って座席に突き刺さっていた。




 なんだって……! 

 万代は立ち上がる。




「中西先生! 恵をお願い! 犯人を捕まえるから!」




 万代はそう叫んで斜面を一気に駆け上がった。




 下手くそが脱輪して坂を落ちた訳ではない。誰かが意図的に恵を狙って車を突き落としたのだ。

 だが……駐車場には誰の姿もなかった。




 万代は犯人が隠れていることを考慮して停車している車の一台一台を綿密に調べたが人の気配はまったくない。

 念のため屋敷所有のトラックの荷台も確かめたがやはり誰もいなかった。




 ……おかしい。

 誰かが車を運転していたのは間違いない。ドアが開く音も確かに聞いている。

 ……そしてここには逃げ場がないのである。




「どうです?」




 振り返ると中西が恵を乗せた車椅子を押して斜面を上がって来るのが見えた。

 万代は首を横に振る。




「誰もいないわ」




「いない? どういうことです?」




「この車庫には誰もいない。そして格納庫に向かうには斜面を必ず通らなければならないわ」




「誰の姿も見ませんでしたね」




 中西の言葉に万代は頷いた。眼下にグラマン館が見えた。

 だが、あそこに逃げ込むには隠れるところが一切ない鉄橋を渡らなければならないのである。

 可能性としてない訳ではないが目撃される確率が高すぎる。




「……だとすると車道を逃げたか、ね」




 万代は視線を道路に向けた。

 すると遠くに白い車体が見えた。カーブを曲がりこちらに向かって来るのがわかる。




「……お姉ちゃん」




 確かに彗が乗る白いクーペだった。

 恵が手を振る。向こうもこちらが見えたようでライトを点滅させて合図するのが見えた。




「やはり噂は本当なのですね?」




 恵がクーペに気を取られているのを見て中西が小声で話しかけてきた。




「噂?」




「はい。村田さんたちからこっそり聞いていたのです。万代さんの正体は探偵でこの子を守るために派遣されたのだと……」




 ……今更隠すことはできない。

 この事件の主導権は明らかに犯罪者側にある。万代は首を縦に振ることしかできなかった。




「……私は顧問弁護士としてこの屋敷のすべての人たちの中立の位置にいなければならないのです。疑惑があっても立証できないのであれば特定の誰かの側に付くことはできないことを理解してください。しかし……」




「しかし?」




「……私が万代さんの味方であることは確かです」




 確かに中西はその立場上、万代側に肩入れすることはできないのは道理である。




「あなたを雇えるほど、私は金持ちじゃないわよ」




 言うべき台詞が違うのはわかっていた。

 だが万代の性格上これがこの場面での最大限のお礼の言葉であった。




 



本日より私の別作品「生忌物倶楽部」を連載いたします。

こちらも、どうぞよろしくお願いいたします。



よろしければなのですが、評価などしてくださると嬉しいです。


私の別作品

「生忌物倶楽部」連載予定

「甚だ不本意ながら女人と暮らすことに相成りました」連載中 


「墓場でdabada」完結済み 

「甚だ遺憾ながら、ぼくたちは彼の地へ飛ばされることに相成りました」完結済み

「使命ある異形たちには深い森が相応しい」完結済み

「空から来たりて杖を振る」完結済み

「その身にまとうは鬼子姫神」完結済み

「こころのこりエンドレス」完結済み

「沈黙のシスターとその戒律」完結済み

 も、よろしくお願いいたします。

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