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02話:私はこうして伯爵令嬢、迫水慧から依頼を受ける。

【毎日昼の12時と夕方の18時の2回更新します】



 


 万代と彗は会話の場を移していた。

 場所は彗が宿泊するホテル最上階のスイートルームである。




「テスト?」




「……そうテストなの。あなた以外にも何人かの探偵に同じ条件で人捜しをさせた。

 だけど、あなたほど調べ上げた人物はいなかったわ」




 天井が高いこの部屋にはリビングと寝室とバーと遊戯室があり、バスルームだけでも万代が暮らす事務所兼自宅よりも広かった。




 内装は白を基調としたシンプルかつあっさりとした造りで一見質素に見えるが、よくよく調べると建材やインテリアは最上のものが使われていた。

 そのひとつを破損しただけでもとてもではないが万代の経済力では弁償することは不可能だと理解した。




 ふたりは今、窓から街を一望し遠くに水平線が見下ろせるソファに向かい合わせに座っている。

 眼下の国道は熱帯の太陽に照らされて真っ白に反射している。

 昼近くになり気温は相当に上昇しているはずだが、この部屋はやはり空調が完璧で外の熱気とは無縁である。




「……そのテストの結果は私ってこと? それはそれはとても光栄な話ね」




 決して喜んでいない表情で万代は謝辞を述べる。

 はっきり言えば嫌みだ。




「あなたが優れているって意味なのに、嬉しそうじゃないわね?」




「まあね。でも……それはあなたが悪いって意味じゃないから安心して」




 テストに受かったことは悪い話ではない。だが試されていたとすれば話は別だ。

 それに探偵同士は本来同じ依頼を競い合うものではない。




 一口に探偵といっても探偵の数だけ得手不得手があり、

 ある種の仕事が得意だとしても違う条件の依頼にはその実力を発揮できないこともしばしある。




 万代を例にすれば万代はリトルヨコハマを中心とした裏世界の情報網を使うことが得意であり、その人脈を駆使して人や物を捜索することに長けている。




 が、その反面堂々と存在する表の閉鎖された社会の調査などは例え高額の支払いが見込まれても手が出せない。

 表の閉鎖社会とは政府政党や軍、警察など国家権力の中心に位置する機関のことである。




 年が若いだけでなく外国人でもあることから万代はその方面に有力な人脈を持っていない。

 従って今回万代が勝ち得たからと言って万代が最高の探偵であることを証明する訳ではなく、この件で他の探偵に勝ったと吹聴して回ればたちまち同業者たちから総スカンを食らうことになる。




「で……私になにをさせようっていうの?」




 万代の問いに彗は窓の外遠くを見つめた。

 その先にあるのは計画された都市の向こうに見える海である。その海は今朝死体が見つかった海浜公園と同じ海であるが公園は建造物に視界に遮られて見えない。




「あなたはご家族や兄弟は?」




 突然彗が不意打ちのように質問してきた。




「……今はいない」




 万代は一瞬口ごもった後に答えた。そう……、と彗は目を伏せる。




 少なくとも完全な嘘ではない。

 違う苗字の家族なら日本にいるが、少なくとも一円(いちまどか)を名乗る家族はもういない。




「グラマン館って知っているかしら?」




「グラマン館? ……ええ、知ってはいるけど」




 彗の会話が再び飛躍したので万代は面食らった。

 ……グラマン館とは、リトルヨコハマからそう離れていない今朝の海浜公園の湾に大きく突き出した岬に立つ伯爵領の屋敷のことである。




 万代は記憶を辿りながら話を続ける。




「……確かアメリカ人の変わり者の建築家が建てた変な屋敷のことね?

 今の伯爵は日本人になっているって話だけど、正直その建物を見た人間は少ないんじゃないかと思うわ。 

 そもそも治外法権だから許可なく入れないし」




 万代はリトルヨコハマに居住する人間なら誰でも知っている知識で答える。

 それ以上のことはいくら万代と言えども知らない。




 だがこの回答でも彗には十分だった様子で、その形の良い唇の端が引き上げられた。

 つまり微笑したのである。




「なら話は早いわ。

 単刀直入に言うと私とそこに向かって欲しい。この意味わかるかしら?」




「……ああ、そういうことか。納得したわ。

 なるほどどうりであなたがこんな高そうな部屋にひとりで寝泊まりできる身分のはずね」




 万代の察しに早さに目の前のお嬢様はいたく満足した様子であった。




 グラマン館の現当主は迫水(さこみず)伯爵。

 そして万代の目の前にいる迫水(けい)という女性が伯爵家の令嬢であることに気がついたのだ。




 外国人が外国籍のままこの国の貴族になっていることは、このニコバレンではそう珍しいことではない。

 ニコバレンには高額で土地を購入しその土地の領主となっている迫水家のような爵位を持つ人物が十人程度いる。


 


 彼らは同時に貴族院の終身議員でもあり、この国の政治にも一定の発言力を持つ高官でもある。




「……その屋敷に私の家族が集まっているわ。集まっているのは父と二人の兄、そして私と妹」




「五人だけ? 相当大きな屋敷なんでしょ?」




「家族は五人という意味よ。

 その他には使用人……執事とかメイドとかを含めれば十人くらいになるかしら」




 万代はとたんに苦い顔になる。

 そういう屋敷にかつて万代自身が暮らしていたことがあるからだ。だが良い思い出はない。




「で……、その貴族令嬢が私になんの用があるの? 

 まさか話し相手ってことはないわよね? 

 あなたの容姿なら少なくとも男友達にだけは決して不自由しないでしょうし」




「そうね。

 確かにあなたの言葉通り私自身に関しての不満は一切ないわ。でも半分は当たっているかしら?」




 万代の皮肉を彗はさらっと受け流す。

 それは言葉通り男に不自由していない意味にも取れるし、それ以上に自分自身の魅力に十分自信がある態度にも思えた。




「半分?」




「ええ、そうなの。話し相手が欲しいってのは本当。

 でも話し相手が欲しいのは私ではなくて私の妹の方なの」




「妹?」




「ええ、詳しくはこれを見てちょうだい」




 彗はそう言って奥から書類を持ってきた。

 それには彗の家族たちが一人一人詳しく書かれているものだった。




 そしてロビー内のカフェとは彗と立場が変わったことに万代はひそかに楽しんでいた。

 先ほどは万代が彗にレポートを提出していたが今度は万代が彗が渡した書類に目を通しているからである。




 おそらくたぶん彗は最小の時間で確実に説明するために事前にこれを用意していたに違いない。

 見ず知らずの他人に家族のすべてを短い間に口だけで説明することは非常に困難である。

 だから写真付きの書類を作成することが結局は手っ取り早い。




 万代はまず話題になった妹のページを捲った。




「妹さんは足が悪いの?」




 写真の妹は車椅子に座っていた。

 まだあどけない表情をした少女で年齢は十三歳とある。




「ええ、そこに書いてあると思うけどもう何年も前に交通事故にあって両足を複雑骨折しているのよ。

 見た目には完治しているわ。でも……お医者様の話だともう……」




「歩けない……?」




 彗は静かに俯いた。




「ええ。……今ではあの子の世界は屋敷の中だけだわ。

 ……妹はそれ以来すべてに対して成長を止めてしまったわ。心も身体もね……」




 確かに写真の少女は年齢よりも幼い服を着ていた。

 フリルやリボンはまだいいとしても、膝に乗せたクマのぬいぐるみはどう見てもこの年頃の少女には幼すぎる。




 万代はプロフィールの項目に目を落とす。




「ちょっと待って、ねえ、あなたの妹の名前はなんて読むの? メグミ?」




「違うわ。私と同じケイ」




 万代は驚いて目の前の迫水(けい)を見た。そして書類に再び視線を戻す。

 そこに書かれているのは迫水(けい)……。

 漢字こそ違えど読みは同じサコミズケイである。




 そこで、あ、っと思いついた万代は残りの兄弟のページを慌ただしくめくる。




「どういうこと? あなたの兄弟はみんな同じケイなの?」




「……そういうことなの。

 父が自分の名前の一字の読みを取ったのよ。だから私たちはすべてサコミズケイなの」




 父親で迫水伯爵家の当主である人物の名は迫水敬一(けいいち)。長男が(けい)、次男が(けい)、目の前の依頼人が長女の(けい)、そして末娘が(けい)であった。




「嘘みたいな話ね。……悪いけどあなたの父親の神経を疑うわ」




「確かに変わっていると思うわ。他人から見たらかなり変な家族だと思われても仕方ないわね」




「混乱しないの? これじゃ誰が誰を呼んだのかもわからないじゃない」




「まあその辺はそれなりに解決しているわ。

 例えば私がいちばん上の兄を呼ぶときは長慶(ちょうけい)兄さんと呼ぶのよ」



「チョウケイニイサン……? じゃあ次男の兄を呼ぶときは、ジケイニイサン?」




「ええ、その通りよ。次の兄を呼ぶときは次景(じけい)兄さんと言ってるわ」




 万代はしばし考え顔になる。




「……妹の(けい)があなたを呼ぶときは()()()()()なのは想像できる。

 この子の容姿や雰囲気からしてもケイと呼び捨てするのはあり得ないから問題はない。

 でも……あなたの父や兄たちはあなたと妹を呼び分けるときは……?

 まさか妹一号と妹二号って訳じゃないわよね?」




(けい)(けい)よ」




「同じじゃないの!」




 万代の問いに彗は口を押さえて笑う。



「違うのよ。

 父や兄たちが私を呼ぶときはケイ。そして妹を呼ぶときはケエという感じでしっかり分かれているのよ」




 なんとも合点がいかない万代だが本人がそう言っているのだから、

 それはそういうものなのだろうと納得することにした。




 そして万代は改めて家族のプロフィールを熟読し始める。

 そして完璧なレポートだと思った。




 家族すべてについて完全に客観的な視点で書かれており、まるで他人が調べ上げたような詳細さだったからである。

 やがて万代が読み終えた書類をテーブルに放り出したのを見て彗が口を開く。




「……感想や質問はなにかあるかしら?」




「ある」




「どんな?」




 万代はしばらく目を閉じて考えをまとめた。




「お父さまは元気? 失礼だけどそれなりに高齢ね?」




「いいえ……」




 一瞬固まった後に彗は首を横に振る。

 突然の話の切り口に驚いた感じではあるが、まるで他人事のようにあっさりとしていた。




「……もう余命は幾ばくもないってお医者様に言われているわ。

 元々丈夫じゃない上に最近は体調を更に崩してすっかり自室にこもりっきりなの」




 万代は彗の様子を見て切り出した。




「はっきり言っていい?」




「……ええ、どうぞ」




 では、と万代は居住まいを正し、彗に真正面に向き直る。




「あなたがなにを企んでいるのか私にはわからないけど、遺産相続のもめ事は正直守備範囲外。

 どこまで力になれるかわからない、とだけ言っておくわ」




「……どうして遺産相続だと思ったの」




「あなたたちの兄弟はすべて異母兄弟。

 これはこのレポートに母親が載っていないのもそうだし、それ以前に各兄弟たちの年齢が離れ過ぎているからこれは簡単に導き出せる推理……」




 彗は軽く頷いた。




 父親の敬一が七十九歳。

 長男の迫水慶が四十三歳。

 次男の迫水景が三十四歳。

 目の前にいる迫水彗が二十二歳。

 そして末娘の迫水恵が十三歳。



 いちばん下の恵はもちろん三番目の彗とも父と娘は祖父と孫くらいに年齢が離れている。




「……そして母親たちなんだけど、いったい何人いるの? 

 兄弟の年齢層がバラバラだから、もしかして全員が違う母親ってのも考えられる」




「ええ、正解よ。私たちの兄弟は全員母親が違うの。

 もうすでに亡くなっている人もいるし、父と違う他の男性と結婚した女性もいるわ」




 万代は深く頷いた。




「そしてこれはおそらく間違いないんだろうと思ってるんだけど……。

 父の敬一氏はずっと独身で、あなたたちは全員愛人の子供」




 彗は驚きのあまり両手で口を押さえたまましばらく固まりやがて口を開いた。




「ええ、当たりよ。でもどうして?」




「大概の資産家は社会に出た子供たちに家の事業を継がせようとするはず。

 なのに長男は大手自動車メーカーに勤務、次男はスポーツ用品の店で働いているわ。

 だからこの二人はおそらく養育費だけを受け取って育った息子たちだと考えられる。


 それに……資産家の一部には時々、息子たちに外の世界を体験させるために若い数年間を一般の会社に勤めさせてから家業の会社の役員に登用する場合もあるけど、このふたりは四十代と三十代よ。

 家業に戻すならとっくの昔に呼び戻している」




「ええ、そうね」




「……そしてあなたと妹も本妻の娘じゃない。

 もし本妻の娘なら婿を取って家業を継がせるはず。


 すると遺産はあなたか妹にすんなりと渡ることになるから、わざわざ日本から遠く離れた腹違いの兄たちを呼ぶ必要はない。

 そう考えると父の敬一氏に死期が迫っている条件を加えれば遺産問題だとわかりそうなものだけど」




「……」




「それにね。あなたが本妻の娘じゃないことを推測したもうひとつの理由があるの」




「……言ってみて」




「あなたが父親に深い愛情を感じていないこと、ね」




「……それは、どうして?」




「他人に自分の父親の死期が近いってことを話すのに悲しみをまったく感じさせないから。

 ふつうは涙ぐむなり俯くなりするわよ。例え演技でもね。

 ま……そりゃ確かにそういうのには個人差があるけれど、あなたの場合かなりクールだったし」




「……そうね。確かに私は父にあまり愛情を持っていないかもしれない。

 いっしょに暮らしたことは一度もないし、あまり会話をしたこともない。

 特に優しくされたことがある訳でもないし。


 ……でもこれだけは誤解しないで。私は少なくとも父を恨んではいない。

 それに兄弟仲も悪くはない。

 父はすべての兄弟に平等に養育費を送ってくれるわ。


 確かにふつうの家庭ほど愛情は深くないかもしれないけど、忘れることなく毎月しっかりと養育費を送ってくれているし、それは今でも変わらない額で続けてくれているから感謝しているわ」




 ……変わらない額とはいったいいくらなんだろう? と万代は考えていた。




 都内の名門私立大学に通わせるだけでなく、海外に行けばこの部屋のような最上級のスイートルームに宿泊できるのだから一般人から見れば勤労するのが馬鹿馬鹿しくなるほどの額には違いない。




「わかったわ……。

 でも当たったからよかったようなものも、推理に材料がこれしかないから半分以上は当て推量よ」




 そう言って万代は目の前の書類を指さす。




「そうね。確かにすべてが当たっている訳ではないわ。

 ちなみに父の家業の件は外れているわ。父に家業なんかないもの……」




「ならいったいどうやって、この国で爵位を買うほど資産を持っているの? 

 まさか先祖が残した財宝でも掘り当てたとか?」




 万代は大げさに両手を広げ彗を茶化した。だが彗は真剣に頷いた。




「ええ、半分正解と言ってもいいわ。

 ……父は元々地方の大地主の出身だったのよ。だから土地だけはかなり持っていたの」




「それが売れた……しかもかなりの金額で?」




「ええ、だいぶ昔の話なのだけど、父の実家の近くに空港だったか鉄道だったかが建設されることになって広い土地が高額で売れて財を築いたのよ。

 その他にも株などの投資などもあるけどね」




「で……働きもせずに巨額の富を得て生涯独身で女遊びに明け暮れた。

 そして自分の死を意識したとき妙な親心が芽生えて、子供たちにせいぜい父親らしく遺産を分配しようと思い立った。

 ま、男に取ってはある意味夢のような人生ね」




 吐き捨てるように万代は言う。

 こういう話は好きではない。自分自身にも身に覚えがあるからである。




 だが……依頼人の父親であり死期が迫っている人物に、ここまでいう万代にさすがの彗も少し顔をしかめたが、やがてすぐに立ち直る。




「まあ、あなたが言うことは決して間違いではないわ。

 でもね、仮にも依頼人である私とその家族の悪口は少しは謹んで」




「……そうね。悪かったわ」




 万代はふてくされたように呟く。これで反省しているつもりなのだ。

 だが同時に万代は今の彗の言葉に取ってつけたような印象も持った。




「ま、これで私の家族についてはだいたいわかってくれたものだと理解していいのよね?」




 彗の質問に万代は頷いた。

 だがすぐに顔を上げ真っ直ぐに彗を直視する。




「でも……それが私の仕事とどう関係あるの? 

 あなたの妹の話し相手でしょ? 


 確かに私は探偵だけでなくなんでも屋みたいなものだから、お年寄りの話相手なんかの仕事をしたことはある。

 だけどあなたはあんなテストしてまで私を選んだ。

 それが心の成長を止めてしまった少女の話相手だとは納得できない――」




 万代はここで一息を吐く。




「――それにあなたの金銭感覚にまで干渉する気はないけど、一万ドルにプラス二万ドル上乗せはちょっと多すぎる気がする。まだ正直イメージがわかないんだけど……」




 万代が一気に問いかけた。

 すると彗はすくっと立ち上がり末娘の恵の資料を持って窓際まで歩いた。




 外の空がにわかに曇りスコールが迫っているのが見えた。

 青空を暗雲が急速に覆い尽くそうとしている。




「命をね……狙われているの」




「命? あなたの妹が?」




「ええ……。もう何度も狙われているの。

 重いものが突然落ちてきたり、車いすに細工がされていたりすることもあったわ」




「……誰が犯人か、あなたなりに目星は立ってるの?」




 万代が訪ねると彗はゆっくり首を横に振る。




「わからない。わからないわ。でもね……ひとつだけわかっていることがあるの」




「ひとつだけ?」




「恵はね……父のいちばんのお気に入りなの。

 父は元々人嫌いで自分の側にあまり人を近づけたがらないわ。


 そして最近になって歩くこともままならなくなってから一層酷くなって、今では私たち兄弟の中で父の部屋へ出入りが許されるのは恵だけなの……」




「……つまり遺産の相続人になる可能性がいちばん高いのが末娘の恵ってこと?」




 彗は辛そうな顔で頷く。




 外では激しいスコールが降り始めた。

 南国特有の局地的豪雨はこの部屋の窓ガラスにも容赦なく叩きつけている。

 雨水が滝のようにガラスを滑り落ちるのが見えた。




「……だとしたら、だとしたら……」




 万代は残りの言葉を飲み込んだ。

 古今東西遺産相続で殺人事件が起こる場合の犯人は、被害者が死ぬことでいちばん利益を得る人物に決まっているからである。

 つまり……犯人の可能性が高いのは恵の上の異母兄弟たち。




 嫌だな……ここにも嘘の家族がある。




「表向きはあくまで恵の話し相手として。

 でも本当にあなたに依頼したい仕事は恵を守ることなのよ……」




 万代は無言になる。

 誰が犯人かわからない状況でひとりの人物を守るのはかなり難しい仕事である。

 不謹慎だがもう殺された後の方が正直仕事としてはやりやすい。




「警察には相談したの? 頼りになるかは別として」




「この国の警察なんか当てにならないわ。

それにスキャンダルは避けたいの。これは父の命令なのよ」




 万代は頷いた。子供ひとりの命か家の世間体か……。

 納得はできないが資産家の家庭にはよくある話である。




「駄目……かしら?」




「引き受ける」




 窓の外の雨は一層強くなり厚い雲の中では激しい稲妻が光るのが見えていた。






よろしければなのですが、評価などしてくださると嬉しいです。


私の別作品

「甚だ不本意ながら女人と暮らすことに相成りました」連載中 

「墓場でdabada」連載中 


「甚だ遺憾ながら、ぼくたちは彼の地へ飛ばされることに相成りました」完結済み

「使命ある異形たちには深い森が相応しい」完結済み

「空から来たりて杖を振る」完結済み

「その身にまとうは鬼子姫神」完結済み

「こころのこりエンドレス」完結済み

「沈黙のシスターとその戒律」完結済み

 も、よろしくお願いいたします。

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