奴隷エルフのご主人様になったけど、童貞のまま転生したので彼女の愛し方が分からない
こちら連載候補の短編になります。
面白くもない学校にいき、面白くもない勉強をし、面白くもない友達付き合いをする。
よくわからないレールに乗り、将来役に立つかわからない勉強をし、なぜ生きているかも分からないまま今日も生きている。
いい大学に入って、いい仕事をして、いい稼ぎをして、一体その先に何があるんだろう。
自己顕示欲も物欲もそれほど強くない俺には、頑張った先に見える未来に希望がもてない。
どこか冷めた目で人生を見ている自分がいる。
リアルに楽しみはない。そんな俺を夢中にさせたのは異世界、ファンタジーの世界だった。
つまらない勉強はなく、自由気ままに冒険の旅に出たり、追放されてざまぁしてみたり、スローライフしてみたり、悪役令嬢がいたり。
成り上がり、ざまぁし、愛し愛され、そういった人生、冒険、生活を夢想しながらもリアルの灰色な毎日へと戻っていく。
剣と魔法の世界。
そこは現実世界と比べてなんと魅力的なことか!
かといって現実世界にそこまで不満があるわけではない。
ご飯は食べれてるし、住むところも着るものも不自由はしていない。
両親は口うるさいわけでなく、そこまで教育熱心でもない。
裕福ではないが、こんなものだろうという達観みたいなものもある。
そりゃ金があったら欲しいけどね。
非リアの俺にはもちろん彼女なんてものはいない。
キスをしたことがなければ、手を握ったことも、もっと言えば母さんを除けば女子と話す機会もほとんどない。
リア充爆発しろ。
だからといって不満もそこまでなく、満足もなく、そして刺激もない。
めくるめくる冒険というのももちろんないし、あるのは日常という代わり映えのしない毎日だ。
好き勝手生きてる奴らは羨ましくもあるけれど、レールから外れるような度胸はなく、またそこまでの反抗期もなく、なんとなく今日を生きている。
なんとなく勉強して、飯食って、寝て、また朝起きて学校に行く。
そんな毎日が永遠に続くようにも感じた17歳の夏。
俺は子供を助けようとしてトラックにはね飛ばされた。
◇
「ふぇええええええん、ごめんなさぁあああい!」
目の前の金髪幼女は土下座の姿勢で、泣きながらヘコヘコと俺に頭を下げている。
あれ、俺ってトラックから子供を助けて……それ以降の記憶がない。
辺りは何もない真っ白な空間だった。
病院の一室には見えない。それにしては広すぎる。
「あの、なんで泣いてるの?」
「びぇえええええええ、ごめんなさい、ごめんなさぁあああい!」
だから謝る前に状況を説明しろと。
幼女は白いノースリーブのワンピースを着ている。
なんか古代のギリシャ人が着てそうな服だ。
「ぐすっ、田中一樹さんは天国にいけるはずだったんですけど……」
いきなり嫌な予感がする。
どうやらここは現世ではなさそうだ。
非現実的な空間に幼女と二人きり。
もしかしたら夢の中かもしれないが、俺にロリコン趣味はないぞ。
「私の手違いで異世界に転移することに……びぇえええええええん!」
なんだよ手違いって、泣きたいのはこっちのほうだろ。
幼女は碧色の瞳が溶けそうなほどに号泣を続けている。
それにしても今この子、異世界に転移っていったよな。
それってもしかしていわゆる異世界ファンタジーってやつか?
「その異世界って魔法が使えたりする異世界? 中世に近いような世界観の」
「ぞのぼうなぜがいでずぅー」
うん、何言ってるかよくわからん。
号泣しすぎて舌も回らなくなってる。
「あびぶッ!」
彼女は泣きすぎて引きつけを起こしたと思ったら――吐いた。
そしてゲロを喉につまらせ、そのままバタンとその場に倒れてヒクヒクとしている。
俺は慌てて彼女の背中を叩いてやると、「ぐはっ」と彼女は息を吹き返した。
「あ、危ないところでした! ビックリしました!!」
「ビックリしたのはこっちの台詞だ!」
彼女は呆然とはしているが、涙は止まっており、一周回って落ち着いたらしい。
その後、彼女から話を聞き出したのを要約するとこうらしい。
彼女は新米女神で、異世界への転移手続きをしていた。
俺と似た名前の田中義樹という人の転移手続きを完了したが、魂の召還段階になって名前間違いに気づく。
手続きは完了しておりキャンセルはできない。
パニックになった彼女は泣きながら俺の召還を待ち構えていたらしい。
「ぐすっ、わざとじゃないんですぅ」
「誤って済むんだったら警察はいらないよね」
「ゔゔゔーー、そうですよねぇー」
幼女女神は土下座続行でまたその瞳に涙を溜める。
いつも俺ならこんな感じで謝られたら許しちゃう。
いいよいいよーって。
でも今回はそういう訳にはいかない。
剣と魔法の世界は魅力的ではあるが、ここは小説や漫画の中ではなくリアルの世界だ。
当然下手を打てば死ぬ。
現代社会に比べれば死ぬ確率は増えるだろう。
そんなは危なっかしい世界にわざわざ転移して死にたくない。
「当然、そっちの不手際で転移させられるんだから、チートとか貰えるんだろうな」
「本来はダメなんですが、今回は私の一存でチートを付与させてもらいますぅ」
本来はダメってこの子、後で先輩や上司にチート授けたことバレたら怒られるんじゃ……とは思うが余計なことはいわない。
「授けられる能力ってどんなものがあるの?」
「えっとですね……」
駄女神はどこからか分厚いマニュアルようなもの取り出して確認する。
「こちらが授けられる能力の一覧になります」
何もない空間に能力の一覧がずらりと並ぶ。
まるでVRのようだった。
「能力名の横に星がついてのがあるけど」
「えっと……それはレア度ですね! 星一つがレア。二つで激レア。三つでチートで、三つは我々が授ける以外は自然と授かることはありません!」
説明できたことが嬉しいのかニコニコと笑う駄女神。
なるほど。
俺は慎重に検討する。
色々と考えた結果、俺は以下の能力を授かることにする。
①大賢者プラス神聖魔法
全ての属性の魔法が使えるようになるプラス、神だけが使える神聖魔王も使えるようになるチート能力。
②無限成長
レアの成長促進、激レアの成長倍速の上位互換。もちろんチートだ。
③鑑定プラスナビゲーター
全てを見通す神眼にプラスしてOK G○o○le!のようにナビゲートを使用できるらしい。こちらも星三つのチートだ。
④マジックバックプラス無限
異空間収納能力の最上位。こちらもチート。
「そ、そんなチートを四つも授けたなんてバレたら……」
「間違って転移させたなんてバレても怒られるんじゃないか? こっちは上司にクレームつけにいってもいいんだぞ」
「あうーーっ。先輩にバレたらしばかれて……ならこのまま黙ってたほうが……」
命がかかっているので強気でいく。
都合の良いことに先輩がとうやら怖いらしい。
だかこの能力構成でもまだ不安がある。
成長すれば最強だろうが初期では容易に死ねる。
毒殺や武力を行使した不意打ちには対応できないだろう。
幼女女神は一人でぶつぶついっている。
俺はそれはスルーして更に検討を続ける。
最強になれて更に死ぬことがない能力構成を。
「よし決めた!」
⑤全状態異常耐性
こちらもチートスキルだ。
流石に不死身や無敵といったスキルは無さそうだった。
後は……。
「後、全状態異常耐性もお願いしたい。それにお金も。当面は苦労しなくてすむくらいのお金が欲しいです」
「ゔぅーー、これで最後で先輩には告げ口しないでくださいね」
もとより口だけで告げ口などするつもりはない。
俺は黙ってうなずく。
「それではこちらで能力と恩恵を確定させます」
駄女神が何処からか取り出した杖から、眩い光が放たれる。
数秒光った後にそれはおさまった。
何も変わった感触はないけど、これで能力が積まれたのかな。
「ところでチート積み過ぎたらから、後から取り上げとかないよね」
「それは大丈夫です。この確定は我々神族でも変更できませんから!」
洪水のような光に包まれる。
「それでは一樹さん、いってらっしゃい!」
最後、駄女神の元気のいい声に送り出されて、俺の意識は途絶えた。
◇
顔にちくちくとした草のむず痒さを感じて起き上がる。
気がつくとそこは平原のようだった。
気持ちのいい風が通り抜けていく。
おしりを払いながら立ち上がる。
服装はベージュの長袖に紺の長ズボン。それに革靴。
小袋が一つあり、他に持ち物はなさそうだった。
小袋を開けてみる。
へぇー、その中は異空間につながっているようでどこまでも広い。
たぶんこれがマジックバックなんだろう。
駄女神は中にちゃんと金貨を入れてくれていた。
少し先に町らしきものが見える。
俺はとりあえず町へと向かった。
町はそれなりに栄えているようだった。
町へ入るときは少しドキドキしたが、人とすれ違っても特に奇異に見られることはなかった。
どうやら異世界に溶け込めているようだ。
ほっと胸をなでおろして、辺りをキョロキョロと眺めながらうろつく。
幸いなことに道交う人々が喋っている言葉もわかったし、文字読めた。
店の前にはなんの店か分かるように説明書きの看板が立てかけれていた。
大抵の店では分かりやすいように武器屋なら剣、防具屋なら盾といった感じで絵も描かれいて分かりやすい。
当然のことながら電気も自動車もない。
中世のヨーロッパのような町並みで、地面は石畳で整備されていた。
しばらくの間、町をうろつく。
探していた宿屋にはわかりやすくベットの絵が描かれていた。
特にノックはいらないだろう。
人見知りの俺は少し緊張しながら宿屋のドアを開ける。
玄関の先にはすぐ受付のカウンターがあった。
「あの泊まりたいんですけどいくらですか?」
「一泊銀貨5枚ですよー」
恰幅のいい宿の女将さんがこたえる。
お会計をして部屋の鍵を渡された後、ベットまで辿り着く。
ベットに寝転び天井を眺める。
ふぅーっと一息つく。
なんのことはない。緊張するようなことでもなかったな。
さてこれからどうしよう。
当面のお金はあるが一生遊んでいけるほどではない。
何かしらの仕事は必要だろう。
だがまだ高2だった自分に、何かしらの仕事の技能がある訳ではない。
異世界といえば冒険者。
冒険者として簡単の依頼をこなしていくのが無難かな。
まあそれにしても情報収集は別途、必要だけど。
そうと決まれば早速冒険者ギルドを探しにいく。
宿の女将さんに道を聞いて向かう。
冒険者ギルドも剣と魔物の絵が描かれていてすぐにわかった。
だがすぐに入れたわけじゃない。
心の整理をするためにギルドの周りを1週2週とする。
俺は人見知りの陰のものだ。
他人と簡単に仲良くなることはできないし、慣れない集まりに参加するときには緊張する。
3週目にそろそろ足も疲れていたこともあって、俺は意を決してギルドの中に入った。
入った瞬間に寄せられる無遠慮な視線。
まるで転校してきた初日の転校生の気分を味わっているようだ。
そこはむさ苦しい男の園だった。
野球部などの部室の独特の臭い匂いまでは流石にしないが、そんな匂いがしてきそうな気もする。
ギルドは酒場も兼ねているようで、真っ昼間からエールをあおっているものもいた。
冒険者と思われる男たちは、顔や腕に裂傷の後があったりの威圧感たっぷりのムキムキの筋肉マンたちで、かの世紀末覇者の世界に出てきそうだ。
前世界では決して関わり合いにならなかったような人たちだろう。
俺は彼らと目を合わせないよう、なんでもない風を装ってギルドの中に入っていく。
奥にはカウンターがあり、そこに若い制服姿の女性が座っている。
途中通りかかった壁にかけられているコルクボードには依頼がいくつか貼り付けられていた。
簡単なお手伝い系の依頼から、薬草の採取、移送の護衛、魔物の討伐など雑多様々な依頼があるようだ。
「すいません、ギルドの冒険者登録をしたいんですけど」
「はい、できますよ。それではこちらの所定の用紙に必要事項を記入してください」
ニッコリと愛嬌のある笑顔を浮かべながら女性は登録用紙を差し出す。
ただ記入欄は氏名と職能しかない。
出身地に最終学歴、保護者欄に志望動機などといった、履歴書にあるような項目は必要ないらしい。
書ける、書けるぞぉーとム○カ風に思いながら、日本語や英語とも違う言語を書きなぐる。
職能には魔術師と書いておいた。
登録用紙を渡すと女性はテキパキと登録処理を行う。
「あのーこの辺りに図書館とかありますか?」
「ありますよ。貸し出しとかは行ってないですけど」
女性は作業を進めながら答える。
よかった本が読めるのか。
本で得られる情報ならできれば本で得てしまいたい。
「はい、こちらが冒険者カードになります」
金属製のカードを渡される。
カインと俺の名前が刻まれている。
どうやってこんなに早く名前を刻んだのだろうか?
やっぱり魔法か何かかな。
その後、冒険者についての説明、注意事項を受ける。
俺が知ってる異世界ファンタジーの話とあまり大差なかった。
予習はばっちりというところだろう。
他の冒険者の獲物を横取り、強奪しちゃ駄目だととか、依頼には適正ランクと報酬があるとか。
冒険者ランクはFからはじまってSランクまであるらしい。
昇級試験などはなく、実績だけで判断されるらしい。
まずはFランクからのスタートだ。
まずはソロでいくつもりだ。
パーティーを組んだりクランに所属したりなんてのはあまり得意ではない。
あっこれは前世界でのゲームでの話ね。
ただソロの限界というのもあると思うから、そのときにはまた考えていかなければならない。
モジパみたいに簡単にレイドメンバーを集められるようなサービスがあればいいんだけど、当然そんなものはないだろう。
少しずつこの世界の情報収集をしながら、実力を高めていくつもりだ。
異世界転生でよくあるチートものですぐに強くなるやつ。
あれを現実でやっちゃうと間違いなくヘイトを買う。
まあ初心者狩りなんかを跳ねのける実力があれば、そういうのも有りかもしれないけど。
ヘイト買いすぎて下手したら暗殺で毒殺、なんてのもあるかもしれない。
まあ俺は耐性があるから毒は効かないけどね。
地味に落とし穴があって下は針山とか、そんなものでも容易に死ねる。
できればスローライフ的に田舎で少しずつ密かに、周りにバレない形で強くなれればベストだ。
そうすれば誰のヘイトも買わない。
結局のところ怖いのは魔物でも悪魔でも神様でもない。
一番怖いのは身近な人間だ。
お金に関しては駄女神からふんだくったから、当面の生活の心配はない。
百枚超の金貨がマジックバックに格納されている。
金貨1枚で元世界の価値に換算すると10万くらいだから、1000万近くの手持ちにはなる。
その後、1ヶ月ほどかけて図書館で情報収集しながら、ギルドの簡単な依頼をこなした。
ある程度は情報収集できたので、俺は早々に田舎に移動するつもりだった。
その日、たまたま見かけた奴隷のオークションを見学するまでは。
「はい! それでは次は獣人族、猫科の若い女になります! 処女ではありませんが、まだ十二分に若いです! こちら金貨3枚から開始します!」
「4枚!」
「5枚!」
「8枚!」
競り落とそうとするものたちから次々と声が上がる。
販売を行っているのは奴隷商だろうが、競り落とそうと買い付けを行っているものたちは、犯罪者のようには見えない。
身なりがいいものが多いところからどちらかといえば貴族が多いのだろう。
本で把握した通り、真っ昼間に大ぴらにされている所から、この世界での奴隷売買は条件付きで合法のようだ。
「それでは金貨12枚でこちらの獣人族は落札されました!」
一人が終わるとまた次の奴隷が壇上に上がってくる。
オークションにまでかけられているということで奴隷は女性で若く、そして美しい奴隷が多かった。
彼女たちはこれから一体どうなるんだろう?
心配に思わないでもなかったが、俺に彼女たち全員を救えるわけでもないので、途中から、無感覚、無感情にそのオークションの様子を眺めていた。
奴隷のオークションの相場と様子がどんなものかは大体掴めたので、そろそろ帰ろうかなと思った時だった。
壇上に上がってきた一人のエルフの女性に俺の目は釘付けになる。
端正な顔立ちに白磁のようになめらかな白い肌。
美しい銀髪は背中でたなびいている。
彼女をひと目みることで俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。
「こちらエルフの処女という上玉になります。エルフという永きの時を生き、絶対数の少ない種族で処女は希少でございます。なぶるもしゃぶるもお客様次第! こちら上玉につき、金貨10枚から開始させて頂きます!」
「11枚」
「12枚」
次々と値上げの声が上がっていく。
「100枚!」
俺の値付けの声の後、会場は水を打ったようにシーンと静まり返る。
「ひゃ、100枚の声がでました! 他にそれを超える提示をされる方はいらっしゃいませんか!」
仲買人は興奮した様子で尋ねる。
半ば無意識に近かった。
彼女を見て衝撃を受け――そして他の誰にも決して渡したくないという激情が走り――自身の全財産に近い金貨100枚という値付けを口走ってしまっていた。
「おめでとうございます! それではこちらのエルフは魔術師のお客様の所有となります!」
ざわめく観衆たちをかき分けて、俺は壇上に上がる。
「金貨100枚ってあまりにも高すぎ……」
「あの格好、あいつ魔術師だろ。きっと贄に使うんだぜ……」
「だからといって100枚は高すぎる。処女のエルフに特別な効用があるのか……」
外野の贄という言葉が気になるが、俺の目はエルフに釘付けになっている。
一体なんなんだこの胸の高まりは?
彼女と早く話してみたい。
名前を聞いてみたい。
彼女の笑顔を見てみたい。
そして――白磁のようになめらなその肌に触れてみたい。
壇上に上がり彼女を目の前にした途端。
俺の隠しスキル、コミュ障が発揮される。
(可愛すぎて緊張する! 奴隷を買った初対面で、一体なんて声をかけたらいいんだ?)
頭が半ば真っ白になるが、彼女に首につけられた首輪が目に止まる。
「……これは?」
「そちらは奴隷の逃亡防止の為の首輪になります!」
確かに魔術紋が薄っすら見える。
行動制御の魔法効果がかけられているのだろう。
「これは外せないのか?」
「そちらは生涯制約がかけられていますので……」
強い制約がかけられればその分、魔法の効果が強まる。
奴隷ということで命を担保にするような制約がかけられたのだろう。
俺の彼女に首輪など相応しくない。
そのうちなんとしよう。
彼女は俺を目の前にしてもピクリともしない。
表情は無表情で何を考えているのかよくわからなかった。
「名前は?」
「ほら! ご主人様にご挨拶をしろ!」
「ソフィといいます。ご主人様よろしくお願いいたします」
ペコリとソフィはおじぎする。
ゔゔ……声も可愛い。
ソフィ……いい名前だ。
思わずギュッと抱きしめたい衝動に駆られる。
可愛すぎて顔がニヤけそうになるが、俺はなんとかポーカーフェイスを保つ。
「何か書類にサインなどは?」
「それは必要ございませんが、血を一滴こちらに頂けますでしょうか?」
仲買人は銀の小皿とナイフを差し出す。
俺は指を切り、小皿に血をたらす。
「ありがとうございます。それではこちらを……」
仲買人が俺の血をソフィの首輪にかけると首輪が一瞬光り輝いた。
「これで主従契約は終了になります。このままお引き取り頂いて構いません」
「そうか……じゃあ、いくぞ」
「はい、ご主人様」
(やった! やった! これで彼女とずっと一緒にいられるぅ!)
俺は涙が出そうな程の喜びを感じていたが、それを顔に出さないように気をつけて、奴隷販売会場を後にした。
「何か必要なものがあればいってくれ」
俺はカフェのテラス席でソフィと向かい合って座っている。
彼女は相変わらず表情を変えずに無表情であった。
「必要なもの……ですがあの世に持っていけるものはありませんので」
「ん、あの世? それはどういう事だ?」
「私を贄にするおつもりでは?」
ソフィは首を傾げる。
くっそ! 可愛いなちきしょう。
「贄ってなんだ?」
「贄とは……ご主人様は魔術師では? こうして分かっていることを質問して、私をなぶるおつもりですか?」
「そんなつもりはない! まあ、俺は……ちょっと独学でやってるからな」
「……そうですか」
多分この感じだと、俺のいうことを信じてないだろうな。
「魔術師の方が使う贄とは、魔術の触媒として使用する生贄のことをいいます」
「なっ! 俺がお前のことを生贄なんかにする訳がないだろう!」
通行人たちがクスクスと笑いながらこちらを見て通りすがっていく。
思わず立ち上がった俺は顔を赤くしながら席に座る。
ソフィはというと――口を開けて驚いた表情をしている。
彼女に出会ってはじめて、表情の変化を見た気がした。
だが口だけで言っても彼女はおそらく俺のことを信用しないだろう。
なんとかして彼女の信用を得る方法はないか……?
そうだ!
「ソフィ、行こう!」
「どちらへ?」
「良いところだ!」
「……処刑場ですか」
「違う!」
「それでご予算は?」
「予算は……金貨2枚だ……」
俺は青くなりながら答える。
これでほぼ一文無しに近くなる。
思いついたままに勢いで不動産屋に来てしまったが、この先を想像すると不安になってしまった。
だがここまで来て引くわけにはいかない。
「はっ、たったの金貨2枚か」
仲介人の男はわかりやすく態度を変えて踏ん反り返る。
こいつ……。
前世界でも自分で家など借りたことはない。
やはり金貨2枚だと足りなかったのか?
「で希望は?」
「……どうだソフィ?」
「わ、私でございますか?」
「もちろん」
「……そういうことでございますね」
どういうことだろう?
何か勘違いされてる気がしないでもないが、まあいいか。
「郊外の近くに民家がないところ。利便性が少し損なわれてもそういう場所がいいです。平屋ではなく2階建て以上で、築年数は予算が予算ですのでこだわりません」
……完璧だ。素晴らしい!
まず近所付き合いなんてものは面倒くさいからしたくない。
部屋はできれば多い方がいいだろう。
俺の希望をそのまま言ってくれたようなものだ。
これは俺とソフィ、好みなんか合って相性いいんじゃないか?
「金貨2枚でその条件?」
仲介人は嫌そうな顔して耳くそをほじっている。
こいついっぺんしばいたろか。
そこでゴニョゴニョと仲介人に耳打ちする事務員。
「そうかあそこがあったな」などとコソコソ話ししている。
聞こえてるちゅうに。
こちらに向き直ったときには、はじめて会った時と同じような営業スマイルをしていた。
なんか胡散くさいな。
「如何でしょうこちらの物件?」
「まあいいんじゃないかな」
内見で案内されたのは、ソフィが要望した通りの物件だった。
仲介人にはニコニコと揉み手をこすっている。
気持ち悪い……。
だが物件は申し分なかった。
「どうだ?」
「……はい、問題ありません」
ソフィはいつもの無表情だが、何処かしら悲壮な感じもする。
少し気になるが、問題ないと言っているし、まあいいだろう。
「じゃあここで頼む」
「それでは契約書のこちらに拇印を……」
その後、滞りなく賃貸契約は終了した。
「よし! じゃあ今日はここで寝よう!」
「はい……」
俺は傍のソフィをチラリと見る。
やはり暗い感じがする。
やっぱり地べたに直接寝るとかいやだよな。
だが今は家具もなにもないし、それを買う金もない。
申し訳ないなと思う。
「明日で最後ですか……」
ポツリとソフィが気になることを呟く。
「何? 明日が最後って」
「っ!? 失礼しました!」
無意識の呟きだったらしい。
「私の命も後残り少ないと……」
「えっ? ソフィ何か病気なの?」
「いえ、病気ではありませんが……」
「じゃあなんで?」
「……ここで私は贄にされるのでは? 私の最期の場所を選ばせてやるために、賃貸の希望の物件を言わせたのではないのですか?」
「違う! そんな訳ないでしょ!」
そんな勘違いしてたのか。
だからなんか悲壮に見えたり、暗く見えたりしたんだな。
「俺がここを借りたのは、二人で住む場所がなかったというのもある。だけどソフィが贄だとか言い出すから、俺がソフィを大切に思ってるって分かって貰いたくって、それもあって借りたんだ!」
ソフィの表情が無表情から驚きへと変わる。
そしてソフィは俯く。
分かってくれたのかな?
よく見るとソフィの長い耳がピクピクと動いていた。
翌朝。
俺は眠い目をこすりながら起き上がる。
隣で横になっていたはずのソフィはいない。
一瞬慌てそうになるが、ソフィの姿を目にしてそれは直ぐに解消する。
ほうきを手に持っているところから掃除をしてくれているみたいだ。
「ご主人様、おはようございます」
朝日の後光に照らされたソフィは天使のようにも見える。
「おはよう!」
こうして俺とソフィの新たな一日がはじまりを告げた。
反応良さそうでしたら連載しようと思います。