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残党狩り

 アリアは実際には、使われていない旧市庁舎の1室にいる。

 もっとも、残党狩りに参加しているのは本当だ。ただし、透視とテレパスとしての情報提供という形で——。


(前方の廃ビルの1階に6人が休息中。見張りは立っていない。銃を手に持っているのは2人。使いものになるエスパーはいない。5秒後に合図とともに東側入口から突入すれば、銃撃戦なしで拘束できる。)

 こうした情報に、映像までついている。ゲームを1つ上のレイヤーから見ているようなもので、チームはほぼ敵に反撃の隙を与えることなく拘束することができた。


 参加しているほとんどの単位チームに、同様の状況に応じた詳細な情報が提供されていたが、誰もそれをたった1人のエスパーがやっているとは思わなかった。思うはずもなかった。


 残党狩りの部隊は、総勢8000人を超す。それが8つのルートに分かれて、それぞれ途中の街を捜索しながら南部のシャンダーバ地方を目指している。

 15人程度で構成されるチームは、全体で500以上あるのだ。

 その全てに、リアルタイムで正確な情報を同時提供できるようなエスパーなど、いるはずがない。

「我々のチームの担当エスパーは優秀だ。」

と、部隊のそれぞれが思っていた。


 シャンダーバは、ビルドゥ・ダッハの出身地盤である。

 残党が再集結するとしたら、おそらくここだろう——。と、マルコ・ヴィットもアリアも考えていた。

 だから・・・、ここをある程度押さえてからでないと帰ることはできない。

 アリアの中のデイヴィはそう思っている。大丈夫、まだ30時間以上時間が残っている。まる1日はつき合えるだろう。



 シャンダーバが近づくにつれて、レジスタンス軍を迎える人々の目から好意的な光が消えていった。

 民衆の誰もが、子どもまで、「敵」を見るような目をしているように見えた。


 必然、レジスタンス軍の兵士たちは、いつ、どこから発砲されるかわからない——という恐怖感と戦い続けなければならなかった。

 しかもまずいことに、この追討軍に、降伏した政府軍からも志願して参加した若い兵士が数%ほど混じっている。

 彼らは、あの独裁政権に徴兵された反感と、不本意とはいえ数カ月でも「政権軍」にいたという負い目を晴らそうと思ったのだろうが、現実はそれほど甘くはなかった。

 アリアが、いくら残党はいないと伝えても、怯えにとらわれる兵士が現れ始めた。


 ついに——。

 懸念は現実になった。


 1人の若い兵士が住民に発砲してしまったのだ。レーザー弾は12歳の少年の胸を貫き、肺に穴を開けた。

 少年が、その場に声もなく崩れ落ちる。

「ハリト!」

 父親らしい男が駆け寄って少年を抱いたが、この貧しい街にレーザーの傷を治療できるような設備はない。なすすべもなかった。

 少年は口と鼻から、ごぷっ、ごぷっ、と血の混じった粘液を吹き出し、呼吸ができていない。

 古参のレジスタンスが、撃った若い兵士を即座に取り押さえたが、民衆の目の中に明らかな敵意が現れた。


 まずい!

 アリアは即座に現場にテレポートした。


 少年を抱いた父親の前に、突然紅い髪の少女が出現した。少女は少年の胸に手をかざす。

 胸の傷が見る間に消えてゆき、少年は呼吸を取り戻した。

「もう大丈夫。呼吸いきできるよね? 苦しくない?」

 少年は、こく、こく、と小さくうなずきながら呆然と少女を見ている。


 なんて美しい人だろう。

 瞳が黄金きん色? 天使? 僕は、死んだの?


「わたしは本部から派遣されたエスパーです。間に合ってよかった。」

 少女は少年の腕に栄養剤の注射を打った。

「ESPによる治癒ヒーリングは行いましたが、体力は回復していませんから、今日1日は安静にしてくださいね。」

「あ・・・ああ。・・・ハリト!」

 父親は、少女と少年をかわるがわる眺めた。少年の服は胸の部分に焼け焦げた穴が開いているが、その下の皮膚には傷跡すらない。


 状況をサーチして、テレポートして、こんなもの凄い治癒ヒーリングまで? そんなエスパーが、本部に?

 ・・・・まさか!

 レジスタンスのうちの何人かが、その『伝説』のことを思った。


 まさか!

 本当にいたのか・・・?


 少女は立ち上がって、部隊全体を見据えた。その黄金の瞳の圧力は、尋常ではなかった。「気」の力とでも言うのだろうか。このルートの1000人の部隊が、一瞬にして鎮まった。

 1人1人が、まるで閲兵でも受けているかのように自然に姿勢を正していた。


「マルコ・ヴィット将軍の伝言を伝える!」

 アリアはESPで他の部隊も含めた全軍8千人の通信機のボリュームを最大に上げ、その声をあたり一帯にまで響かせた。

「クトゥセルを進行する部隊に、怯えから少年を撃った兵が現れた。

市民に発砲してはならない。もし、市民から撃たれるならば、甘んじて受けよ! 己れの命惜しさに子どもを撃つような腰抜けは、我が軍には必要ない! レジスタンスの誇りを持って進め! 以上だ!」


 少女の声が雷電のようにレジスタンス軍の兵士たちの背骨を突き抜けた頃、少女の姿は現場から消えていた。


 冷静に考えれば、あの短時間にそんな「伝言」を託す余裕も、エスパーの派遣を指示する余裕もなかったとわかるだろう。

 しかし、あの状況の中、少女の発した「気」の凄まじさは、人々にそのファンタジーを信じ込ませるだけの力があった。

 それは『イツミ』のESPではない。デイヴィの持つ何かであるらしい。


 やがてその「伝言」は、南部の人々の口から口へと伝わって、マルコ・ヴィット伝説の1つになっていった。




 アリアが首都アルデラに戻ると、ラカン全土に向けたマルコ・ヴィットの演説が生放送で流れ始めていた。

 この放送は、銀河全域に衝撃と共に拡がってゆくだろう。

 ビルドゥ・ダッハ独裁政権は倒れ、マルコ・ヴィット将軍がラカンの首都と軍を掌握した。戦争を止める条件はそろったのだ。


 演説を終えてザキ・シャグリ参謀と旧市庁舎に顔を出したマルコ・ヴィットに、アリアはシャンダーバ地方の田舎町であった事件のあらましと、その処理について報告した。

「ずいぶんとカッコいい『伝言』を言わせてくれたな。私の頭ではすぐには出てこんぞ、そんな気の利いたセリフ。」

 マルコ・ヴィットが苦笑した。

「連邦軍とは接触した?」

 サラのところにはまだ何の話も上がってきていないのだ。

「イー・シヴァ総司令とは話はできた。総司令は話のわかる人だったよ。ただ、開戦の権限は中央司令部にあるからと・・・。取り次いではくれたんだが・・・、長官は不在だということだった——。」

 マルコ・ヴィットは、アリアの前では不安を隠さなかった。


 デイヴィは『イツミ』の能力ちからを使って、中央司令部をサーチしてみた。どうやら、参謀本部長が自分のところで止めているらしい。

 歳若いサラでは話ができないと見て、デイヴィが帰るまで待とうというハラのようだった。

(あのバカ。人を見かけや年齢で判断しおって!)


「もはや、開戦は既定路線で、『不在』ということにして話をするつもりがないのかも——。」

「諦めないで、粘り強くやって! わたしはフォー・クセス長官を知っている。そんなふうに逃げるような人じゃない。」

(本人が言ってるんだから、間違いないって(^_^;)。 ただ単に、バカな中間管理職がいるだけだよ。)

 ああいうヤツは、サラがどやしつけても効くまい。オレが言うしかないだろう。これはさっさと帰らないとタイミングを失するな——。


「わたしも、そろそろ一度戻らないと——。あまり長く空けていると、いくら予備役でも怪しまれる。」

「予備役なのか、あんた?」

「その方が動きやすいでしょ? 大丈夫。必要になったら、タイミングを見計らってまた来るから。軍は必ず話に乗るから、諦めないで。」

 それだけ言うと、少女は部屋の中から消えてしまった。何の条件も出さず、要求もせずに——。まるで、初めからそこにいなかったみたいに。


「誰も彼女を止められないんだな・・・。」

「そりゃあ、止められんさ。」

 老参謀が、穏やかに笑いながら呟いた。

「伝説だからな——。」



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