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首都制圧

 首都の北の荒野に、大部隊が忽然と現れた。


 もちろんレーダーはそれを捉えたが、報告すべき上層部がすでに溶解してしまっている。

 反政府軍の進軍が始まった。

 東の空にようやく明るさが混じり始め、小さな星から順に1つずつ消えてゆこうとしている。


 指揮車となる装甲車の車内で揺られながら、マルコ・ヴィットは少女に話しかけた。

「ひとつ聞いていいか?」

「なに?」

「これほどの能力ちからのエスパーを、連邦軍はなぜ直接使わない?」

 少女は少しの間だけ沈黙した。

「わたしは能力ちからを隠しているの。」

 今度は、マルコ・ヴィットが少し沈黙した。

「連邦軍は大きな組織よ。あなたたちを説得するのとは、わけが違う。それに、置かれた状況もね——。」

 首都の灯りが見えてきた。

 東の空はしらじらと明けかかってきている。今のところ、首都からの攻撃はない。

「わたしがもし能力ちからを全て見せたら、連邦は期待するよりむしろ、わたしを脅威と見なすわ。わたしだってバカじゃない。

こういう状況だから、将軍はわたしに期待するけど——、もし平時だったら、あなただってわたしを『脅威』と見るでしょ? わたしは、静かに暮らしたいの。」

 マルコ・ヴィットは、ふっと軽く笑った。

「そうかもな・・・。」


 ヤーマともう1人の警備兵が、それをじっと聞いている。老参謀は眠っているのか顔を胸に埋めていた。

「しかし・・・」とマルコ・ヴィットが続ける。

「そんなことができるものなのか? あの連邦軍のESP検査で能力を誤魔化す、なんてことが・・・?」

「わたしの力ならね。」


 少しの沈黙のあとに、この若い将軍はひどく誠実な声で少女に尋ねた。

「そんなふうに暮らしているのか、いつも? 『アリア』は偽名なんだろ?」

 少女は小さく微笑んで、静かに言った。

「『アリア』で通して——。ここでは・・・。今回は、姿を現し過ぎている。」

「やはり・・・・。ジラドは、最初から・・・」

「アリアさんだ。その子は——。」

 眠っているように見えた老参謀が、顔をあげずに、ぼそり、と呟いた。その呟きに反政府軍を率いるほどの将軍が、無防備とも言えるような微笑みを見せた。

「ああ、紹介がまだだったな——。私の恩人にして、最も信頼する参謀でもあるジラド・ザキ・シャグリだ。」

 ヤーマだけが、何の話かわからないという顔をしている。


 やがて首都の城門が見えてきた。平和だった頃のアルデラには、そんな武骨なものはなかった。

 かつてはティクース川を抱え込むように広がっていた美しい都市だったが、今は他者を拒絶している。


 城門から散発的な銃声が起こったが、それ以上の攻撃は何もなかった。

「アリア、あんたはどこまで壊してきたんだ?」

 マルコ・ヴィットが呆れたように少女に言った。

「政権と軍の幹部を殺してきただけよ。あのテの組織は、頭さえ潰せばあとは溶けちゃうのよ。『上』がいなければ、自分では責任を持った決断なんかできない腰抜けばかりだから——。」


 おおかた、上から何の指示も得られないままでこの大軍を見て、攻撃を仕掛ける気力も失せたのだろう。独断で命令するようなガッツのある下士官もいないにちがいない。

「そろそろ、朝日が昇るわ。 ナイスタイミングね。」

「それを狙った位置にテレポートさせたんだろう?」

 マルコ・ヴィットはまた苦笑いせざるを得なかった。


 先頭をゆく戦車の砲塔の先に、ビルドゥ・ダッハの生首がぶら下がっている。それに朝日が当たって、凄惨さがいやがうえにも際立った。

「抵抗をやめよ! おまえたちの総統は、すでにここに首になってぶら下がっている。降伏する者は命までは取らない! 武器を置いて両手を上げてひざまずけ! 城門を開けよ!」

 城門に向かって飛んだドローンの拡声器から、マルコ・ヴィットの底響きする声が流れた。


 それに合わせるようにステルス爆撃機が2機、城門の上をかすめるように飛んだ。そのまま親衛隊本部にミサイルを撃ち込んで、跳ね上がるように高空へと上昇する。

 通常ミサイルでしかなかったが、首都の親衛隊本部に上がった黒煙は、十分すぎるほどの効果を持っていた。つい数時間前まで政府軍のものだったはずのステルス機が、親衛隊本部を空爆したのだ。

 ステルス機は翼を翻して再び急降下すると、宮殿の尖塔ギリギリを衝撃波でへし折らんばかりにかすめ飛んでみせた。

「いいウデね。それにナイスタイミングだわ。あなたもやるわね、将軍。よく、この短時間でここまで味方につけたよね。」

 少女が軽くウインクすると、マルコ・ヴィットも軽く微笑みを返した。

「あんたに負けちゃいられんからな——。」


 さほど待つこともなく、城門が開いた。

 両脇に政府軍兵士が並んでひざまずき、両手を上げている。中には頭の上で拍手をしている兵士もいた。そういう兵士は階級が低い新兵のようだった。

「あんたの言うとおり、ああいう新兵を殺さなくて済んだのは幸いだった。感謝するよ。」

 マルコ・ヴィットが、指揮車の車窓からその光景を眺めながら言った。


「それにしても、首の力は絶大だったな・・・。あんた、かわいい顔してエゲツないこと考えるんだな。首をぶら下げて入城すると聞いたときは、古代の野蛮人の戦争かと思ったぞ。」

「あら、戦争はもともと野蛮なものよ。」

 少女がしれっと言うと、マルコ・ヴィットは声を立てずに笑った。


 首都の制圧は、ほぼ無抵抗の中で終わった。

 逃げ出す幹部はすでに逃げ出してしまっており、逃げそびれた者たちは、ほとんどが武器を捨てて両手を上げた。

 中には、隠れているところを市民に引きずり出され、袋叩きの末に半死半生で引き渡された者もいた。

 首都の中央まで進軍するのに、半日ほどしかかからなかった。


「あんた・・・とんでもない戦略家だな、アリア。 打つ手といい、タイミングといい、我々もビルドゥ・ダッハも、連邦軍も・・・いや、あんた自身の能力ちからでさえ、手のひらの上で転がすみたいに計算の中に組み込んで動かしてみせる——。」

 宮殿に近づく指揮車の中で、マルコ・ヴィットは呆れたように言った。

「だが、悪い気はしない。これで、本当に戦争を止められるかもしれない。」


「まだよ。ここから先はあなたにかかってる。連邦軍と話をして——。下っ端はダメよ。直接、長官か副長官と話すのよ。」

「わかっている。——しかし、なんだな。あんたは、その気になれば連邦軍の長官にでもなれそうな戦略の才を持ってるぞ。」

 マルコ・ヴィットは、そう言ってまた笑った。

 少女は、あいまいに微笑み返す。

(もう、なってるけどな・・・)

 この内心の呟きを聞いたサラが、副長官室で爆笑した。





 この間、サラもただお留守番をしていただけではない。この機会に、連邦軍情報部の能力を試していた。

 サラのもとに入ってくる情報部の報告は、『イツミ』のテレパシーによる中継から、おおむね6時間程度のタイムラグであらかた正確な情報として上がってきた。

(なかなか優秀だな、ウチの情報部。)

 現在、サラのところにまで上がってきている情報は、ビルドゥ・ダッハを含む政権幹部が暗殺されたらしいこと、首都にレジスタンス軍が進攻した可能性があること、などである。

 もちろん、すでに首都はレジスタンス軍によって掌握されてしまっていることをサラは知っているのだが、それはおくびにも出さずに「報告」だけを聞いている。

 その上で、それら情報部の「最新情報」を中央司令室を通じて軍全体で共有するようにし、大統領にも重要な部分だけは報告を入れていた。

 さらに情報部には「関係筋から」ということで、この政変情報の一部をマスコミにリークするようにも指示した。

 戦争回避への「世論」を作っておくためである。





 首都アルデラの宮殿では、ビルドゥ・ダッハが指揮所として使っていた部屋に、レジスタンスの各拠点からの主要なメンバーが集まっていた。

「それにしても、ビルドゥ・ダッハもまさか首になってまたここに舞い戻ってくるとは思ってもみなかったでしょうな。」

 クレハの拠点を指揮していたNo.2のオゥ・ザナイが大きな腹を揺すって笑った。滑稽な皮肉だと思えたのだろう。

 数人がつられて笑ったが、マルコ・ヴィットは口だけで苦笑いしただけだった。


「・・・で? 将軍。 お手柄の新入りエスパーはどこに?」

 オゥ・ザナイが、やや嫉妬の混ざったような目で室内を見回す。

「南部の残党狩りに向かった部隊に同行させたよ。役に立ちそうなんでね。」



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