独裁者の首
首都アルデラの宮殿では、指揮所の中で総統のビルドゥ・ダッハが独りイラつきを隠そうともせず歩き回っていた。
誤算だった。
これほど早く連邦軍が動くとは思わなかった。
G弾の再現実験が遅れている。
この4年間に、銀河連邦中から見込みのありそうな科学者を、家族ごと拉致してきたというのに——。
あのテイィ・ゲルをアズラードに収監されてしまったのは、痛手だった。収監前に奪取する作戦は、見事に連邦軍にウラをかかれて失敗した。
連邦評議会でラカン側につく惑星政府が1つもなかったことも、ビルドゥ・ダッハにとっては誤算だった。
たかが1つの惑星の内政問題ではないか。ヤツらは何をそんなにムキになって問題視しているのだ?
貧しい惑星が活力を持って生きてゆくには、富を享受する人口を制限するしかない。単純な計算だ。民主制なんかで、それができると思うか!
G弾開発疑惑などと言うが、それがなければ、おまえたちはこうして軍事侵攻してくるではないか。
私が守るのだ。このラカンの繁栄を——。私しかいないのだ! 私こそが、ラカンを救えるただ1人の帝王だ!
このままでは、私と私のラカンが連邦軍に押し潰されてしまう! G弾さえあればヤツらは侵攻を思いとどまるはずなのだ!
どこかの小惑星にエスパーを集めて、実験が成功したように見せかけるか?
いや・・・、無駄だな——。向こうにもエスパーがいるのだから、すぐにバレるだろう。そもそも小惑星では質量が足りなさすぎて、理論的にもG弾の効果は現れないのだからペテンだと丸わかりだ。
科学者ども。手を抜いてるんじゃないだろうな? いや、そうに違いない! おまえたちには十分な待遇を与えたはずだぞ! 家族も含めて——。
ビルドゥ・ダッハはテーブルの通信アプリを立ち上げて、情報部を呼び出した。
「科学者どもの家族の1人を、ヤツらの目の前で拷問・・・・」
そこまで言いかかって、独裁者は驚愕した表情で前を見た。
そこに少女が立っている。
紅い髪。黄金の瞳。
「だ・・・誰だ、おまえは? どこから入ってきた?」
ここは、厳重にESPシールドされた宮殿の指揮所の中だ。
「みんな同じこと聞くんだ。面白いね——。最初の質問はともかく、あとの方はどうでもいいのにね。わたしはもう、ここにいるんだから。」
だが、さすがにこの男は、先ほどの太った「悪魔」とは違った。
瞬時に目の前にいるのが危険なエスパーだと覚ると、攻撃ではなく防御バリアを張って、すぐ脇の非常脱出扉から逃げ出した。
総統だけが通ることのできる通路を通り、総統専用の非常脱出エレベーターに乗り込んで、ビルドゥ・ダッハはようやく呼吸を取り戻した。
アズラード並みにシールドされたこのエレベーターには、どんなエスパーも乗り込んでくることはできない。待ち構えているとすれば、このエレベーターの到着階だろう。
ビルドゥ・ダッハはエレベーターの通信機を使って親衛隊長を呼び出した。
「エスパーの侵入者だ! 非常脱出エレベーターの出口を固めろ! 近づく者は子どもだろうと殺せ!」
通信を終えて、ふう、と肩で息をした独裁者の前に、あの少女が現れた。
紅い髪。黄金色の瞳。
不可能を持たないエスパー。
「お・・・おまえは・・・、まさか・・・・!」
なぜ、そんな『伝説』がオレの敵に回る?
逃げ場のないエレベーターの箱の中で、ビルドゥ・ダッハを絶望が覆った。
扉が開いたエレベーターの中に、親衛隊員たちが見つけたのは、首のない総統の遺体だけだった。
何が起こったのかを理解できないでいる親衛隊員たちの目の前で、今度は隊長と副隊長の首が唸りをあげるESPの鞭で背後から切られ、空中に飛んだ。
まさか! ロゥ・ガールダが裏切った?
ふり返った親衛隊員たちが見たものは・・・・
30センチ角くらいのジラリウム合金のケースを持った、紅い髪の少女だった。少女はそのまま、隊員たちの目の前で消えた。
レジスタンスの本部では、懸命の情報収集活動が行われていた。
各拠点の近くを捜索させたところ、4箇所の拠点で何発ものグランドール弾の残骸が見つかった。
それどころか、キシリアの郊外の湿地帯で、パトロールが壊れたN弾ミサイルの残骸を発見した、という情報まで入った。
「これは・・・、ホンモノだ——。」
マルコ・ヴィットは誰に言うともなく呟いた。
老参謀が無言でうなずく。
「罠・・・ではありませんか?」
いちばん若い警備兵が、不安そうに聞く。
「違うよ、ヤーマ。」
マルコ・ヴィットはその少年兵をファーストネームで呼んだ。
彼はこの少年を「見込みあり」とみて、ゆくゆくはラカンを背負って立つ人材に育てようと、1年前から手元に置いて薫育している。
ただし、他の者の嫉妬を招かぬよう、階級は最下位の警備兵にとどめて。
「これだけの力を持つエスパーが我々を潰す気なら、こんな回りくどいことをする必要はない。被害者意識にはまり込んではいけない。
物事というのは、自分から見える視点だけで眺めてはいけないのだ。相手の動機と全体の構造を俯瞰しないと、判断を誤るものなんだよ。」
夜が更けるにしたがって、首都の内部に潜入させてある『草』からも、少しずつ情報が入り始めた。
それらを総合してゆくにしたがって、次第に浮き上がってきたのは・・・
「政権内部が混乱しているようですね。」
若い情報参謀が、マルコ・ヴィットの目を覗き込みながら見解を述べた。
「アリアが、仕事をしているのだ。 全拠点に総力出撃ができる準備を抜かりなく行うよう、再度念を押してくれ。」
「本当に、罠ではないでしょうか?」
情報参謀もまた、それを危ぶんだ。話がとんとん拍子に進みすぎる。
「私が、何かの可能性を見落としていなければな。」
マルコ・ヴィットは穏やかに微笑んだ。
「もし罠ならば、我々は全滅するかもしれん。もし罠でないなら、こんな千載一遇のチャンスを逃せば、もう戦争は止められん。ラカンの何千万という市民が命を落とすことになるだろう。」
そう言ってから、ちらとヤーマと呼んだ少年の方に目をやり、それからすぐに情報参謀に視線を戻した。
「自分の命と、何千万のラカン人の命。君ならどちらを選択するね? 私は迷いなく後者を選択するよ。そのためにレジスタンスに身を投じたんだ。」
やがて、入ってくる情報は、確実に政府の機能不全を表すようになった。
逃げ出そうとした政権幹部が、別の治安警察によって殺された——というような情報まで含まれていた。
「アリアはいい仕事をしてくれているらしい。」
マルコ・ヴィットがそう言った直後、彼らの目の前に、当のその本人がテレポートしてきた。手に、銀色に輝くジラリウム合金のケースを持っている。
「信じて待っててくれて、ありがとう。」
少女はケースの蓋を開けた。
そこには、無残な姿になった血まみれの独裁者の首が入っていた。
少年警護兵が、口を押さえてうずくまった。