悪魔と残酷な天使
連邦軍中央司令室では、ロン・ミマナ副長官が、長官代理として次々に入る情報や報告を処理していた。
フォー・クセス長官は出張中。行き先は極秘。——ということになっている。
困ったのは、G弾に関する判断を求められていることだった。
「敵が復元製造に着手した以上、抑止力として持って行くべきだ」という意見と、「世論を考えれば、連邦側が使える兵器ではない」という意見の両方が上がってきていた。
サラは当然、後者の意見なのだが、とにかく判断は長官が帰ってから——ということにしてある。
G弾の技術も現物も、長官と副長官のみがアクセスできる最高機密として、今は連邦軍の奥深くに封印されている。
おそらく、G弾がどういうものかさえ知らないまま、彼らは騒いでいるのだろう。
テレパシーでこの件を伝えた時に、デイヴィが返してきたのは「バカを言うな!」の一言だけだった。
しかし、その一言で浮き足立った軍全体を鎮めるには、29歳のサラでは重さが不足していた。だから「長官が帰ってきてから」ということにしてある。
デイヴィが『イツミ』として出動してから、すでに12時間が経過している。
ここまで、デイヴィは『イツミ』の能力を使って要所要所をサラにテレパシー中継し続けていたから、彼女も今の状況はわかっている。
それは、この先サラが『イツミ』を引き継いだ場合、向こうで出会った関係者との話に齟齬をきたさないためと、状況に応じて軍の動きをいち早くコントロールするためだ。
今回は各々70時間と、タイムリミットをギリギリに設定してあるが、それでもたったそれだけの時間で「戦争回避」に道筋をつけられるのか、サラは不安だった。
動かすのはマルコ・ヴィット将軍だけではない。大統領も、連邦議会も動かさなくてはならないのだ。
長官は、あの冗談みたいな言葉の裏側に、どんな勝算を持っているのだろう?
ラカンの首都アルデラでは、政府軍トップのロゥ・ガールダ将軍が怒りに顔を引きつらせていた。
「すべて不発とは、どういうことだ!? しかも、2機が行方不明だと?」
「わ・・・わかりません。・・・帰還したパイロットたちは、全弾発射したけれど全て不発だったと・・・・。」
居並ぶ士官たちは、皆怯えていた。
敵味方から「悪魔」と恐れられたこの冷酷な将軍から、いつ自分に向かって死刑が言い渡されるか。
いや、この男はそんなまどろっこしいことをする必要すらない。この男の左手から発せられるESPの鞭は、瞬時に目の前の人間の首を、文字通り切り落としてしまうのだ。
今まで何人が、この男の癇癪の犠牲になってきたことだろう。
「てっ・・・敵の、エスパーの仕業ということは・・・」
整備部の将校が、言わずもがなのことを言いかかった。自分の責任になることを恐れたのだろうが、この場合はしてはならない発言だった。
ロゥ・ガールダの左手が動き、この将校の首は恐怖の表情を浮かべたままで胴から離れた。他の全員が凍りついた。
「そんなはずがあるか! ESPシールドされたステルス機にESPシールドされたミサイルだぞ!」
ロゥ・ガールダ自身が怯えていた。
ありえないほどの失態である。これが総統の耳に入ったら、いかに軍のトップとはいえ殺されるのは自分だ。
直ちにリカバーしなくてはならなかった。
「整備員だ。整備員の中にスパイがいる! 整備員を全て入れ替えて、再出撃しろ! 今回関わった整備員は全員処刑だ! 直ちにかかれ!」
そこにいた士官たちは、とりあえずこの場での将軍の怒りと処刑を免れたことに安堵しながら、それが再び我が身に襲いかかることから逃げようと、急いで敬礼すると、きびきびとした動きに見せて我先に部屋から出ようとした。
だが、扉が開かない。
極限の恐怖の中でふり返った士官たちが見たものは・・・・。
将軍の前に立つ1人の少女の姿だった。
燃えるように紅い髪。見たこともない黄金色の瞳。
「き・・・きさまは、誰だ!? どこから入ってきた?」
これほどの恐怖に歪んだ将軍の顔を、士官たちはかつて見たことがなかった。
「レジスタンス。再出撃なんて無駄よ。全部わたしがやったんだもの。」
少女は、およそその場に相応しくない玉が転がるような声で言った。
ロゥ・ガールダの左手が動いた。
あの禍々しい鞭が少女の首を一瞬にして・・・・切り落としたように見えたが、鞭はまるで灰を吹き散らすようにして空中に霧散した。
次の瞬間、少女と将軍の間に白い光が閃き、美食がしっかり詰め込まれたような将軍の太い腹に、胴がそっくりなくなるほどの大きな風穴が開いた。
「あ・・・は?・・・」
悪魔と恐れられた将軍の断末魔にしては、ずいぶんと情けない間の抜けたような声だった。
ロゥ・ガールダの体は、穴からくしゃけるようにして床に崩れ落ち、ゴン、と頭が床にぶつかった。
その目はまだ、自分の体に何が起こったのかを理解していない目だ。
大穴の傷口から流れ出る血が、ざわざわと騒いでいる。
この男はESP増強の意図もあって、ナノマシンを注入しているらしい。それがなんとかして生命を維持しようと、懸命の「治療行為」を始めたようだった。
少女は容赦しない。ナノマシンを発火させた。
将軍の顔が苦痛に歪んだが、肺の下部を切り取られてしまっているので悲鳴は出せない。
黒焦げになった肉塊を残して、少女の姿はその部屋から消えた。厳重にESPシールドされているはずの部屋から——。
あとには、ただ恐怖に打ち震えるだけの士官たちが残った。