少女の願い
いける——。この人物なら、次のラカンを任せられる。
情報部から一応の情報は得ていたが、やはり人間は直に会ってみることだ。こういう人物がレジスタンスのトップにいたことは、ラカンにとって得難い僥倖というものだろう。
あとは、どうやって短時間にこの人物の信を得て、動かすか——だ。
洞窟のいくつかから、ばらばらと兵士が銃を構えて出てきたが、マルコ・ヴィットは片手を上げて彼らを制した。
「君の本当の目的は何だ?」
マルコ・ヴィットは、穏やかだが鋭い視線を少女の黄金色の瞳の奥へと突き刺してきた。
「先ほども言いましたが、わたしは戦争を止めたいのです。信じてください。
将軍はもう、情報を得ているのでしょう? 連邦軍はすでに、この星域に艦隊を集結させつつあります。このままでは10日もすれば進攻が始まってしまう。」
マルコ・ヴィットは、ふむ、という感じで一呼吸おいた。
「それをどうやって止めると言うのだ?」
「ビルドゥ・ダッハと主だった幹部さえ殺せば、あの組織は機能しなくなる。今夜中にわたしが彼らを殺すから、その混乱に乗じて一気に首都を掌握してほしいの。ラカンが民主制に戻って連邦基本法を遵守する姿勢を見せれば、連邦は攻撃する大義を失う——。
わたしの能力は見たでしょ?」
「おまえのような・・・」
1人の兵士が声を上げるのを、マルコ・ヴィットは片手で制した。
「私は君が何者かも知らない。どこから来たのかも、このラカンの住民なのかどうかさえ——。それで、君の話をどうやって信じろというのだ?」
「わたしの名は、アリア。・・・今はそれだけにして——。どこから来たか・・・については・・・・」
少女は少し逡巡を見せた。
「わたしは・・・、連邦軍に所属している・・・。」
「それで読めたぞ!」
と、最初からマルコ・ヴィットを警護していた兵士が叫んだ。
「我々を先兵として戦わせ、連邦軍の損害を減らした上で・・・」
「傀儡政権ができる。」
と、マルコ・ヴィットが最後の部分を引き取って言った。
「なぜ、ラカンにビルドゥ・ダッハのような独裁者が出てきたと思う? 貧しいからだ。この上、連邦に搾取などされたら、たとえ民主制を取り戻してもまた、第2、第3のビルドゥ・ダッハが出てくるだけだ。」
先ほどの警護兵が再び声を荒らげた。
「連邦の犬なんぞの姑息な話には乗らん! 戦争上等だ! ビルドゥ・ダッハと連邦軍が戦っている間に、我々が独力でヤツを倒してみせる!」
「ばかなことを! それこそ後で、新しい政権が巨額の賠償を請求されるだけじゃない! わからないの? 戦争になったら、犠牲になるのはビルドゥ・ダッハの支持者ばかりじゃないのよ! 兵士には、ただそこに組み込まれてしまっただけの人も大勢いる。
わたしはエージェントなんかじゃない。軍に内緒で1人で動いてるの! だから、長く空けることもできない。 わたしは、何の条件も出してないでしょ?」
警備兵と少女が言い争っている間に、老参謀がマルコ・ヴィットに何かを耳打ちした。
マルコ・ヴィットは目だけを老参謀の方に向け、やや驚いたような表情を見せた。それから軽くうなずくと、すぐに視線を正面に戻し、立ち上がって2人の言い争いを制した。
「いいだろう。シノ・タカマさんの娘さんの治療は請け合おう。君の言うとおりになったらな——。それで・・・、君が約束を果たす、と、どうやって私は信じればいいのかね?」
少女は、ぱあっと光が灯ったような顔をした。
「ありがとうございます! 将軍!」
それから少女が見せた眼は、人間のそれとは思えないほどに美しかった。
「皆さんが、まだわたしを信用できないのは、十分に理解できます。だから・・・」
アリアと名乗った少女は、可愛らしい笑顔のままで地面を指差した。
「動くのは、わたしがこの基地にビルドゥ・ダッハの首を持ち帰ってからで結構です。」
「首・・・だと?」
「夜明け前には戻りますから、それまでにいつでも出撃できる準備だけはしておいてください。機を逃さないで——。」
それだけ言うと、少女は強い視線をマルコ・ヴィットの目にまっすぐ注いで、そして次の瞬間その場からかき消えた。
テレポートしたのだ。
「信じるんですか、将軍?」
少女と言い争っていた警護兵がマルコ・ヴィットに疑問をぶつけた。声に、不満そうな響きがある。
「この状況を俯瞰してみれば・・・」
マルコ・ヴィットは落ち着いて言った。
「他に選択肢はあるまい。 情報を集めるぞ! 他の拠点にも壊れたグランドール弾は落ちているか、キシリアとザイダバードは無事か、N弾ミサイルは本当に発射されたのか——。あの子の言ったことの裏を取れ。同時に出撃準備も進める!」
それから、2人のステルス機パイロットの方を見た。
「客人を基地にご招待しろ。くれぐれも丁重にな。あとで頼みたいことがある。」