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規格外

 少女は軽く微笑んだ。

「誰の紹介でもないわ。ここのことは自分でサーチして知ったの。将軍がここにいることもね。」

 その天使のような微笑とはうらはらに、黄金きん色の瞳には年端もゆかぬ少女のものとは思えない凄みが垣間見える。

「止しましょうよ。つまんない茶番は——。あなたは将軍じゃなくて、新しい参加希望者を審査する役のスキャナー。名前は、シスタ・ビダさんでしょ? わたしの脳内、読めなくて困ってるでしょ。ごめんね。」


 ESP中和物質で出来ているエスパー拘束リングが、座ったままの少女の身体からバラバラと外れて床に落ちた。

 2人の男が、恐怖をその目に浮かべて銃を構えた。すぐにも発砲しそうな殺気だったが、少女は気にするそぶりも見せず、部屋の入り口に向かって話しかけた。

「マルコ・ヴィット将軍。そこにいますよね? お互いに目を見て話しません?」


 1人の男が苦笑いしながら部屋に入ってきた。短いあご髭を生やし、浅黒い肌をした筋肉質の人物だ。日焼けだろうか、地だろうか。歳は意外に若い。

 新たに2人の銃を構えた兵士と参謀らしい初老の男が付き従っている。

「とんでもないエスパーが紛れ込んできたものだな——。呆れたね。こんなやり方で、どうやって信用しろと言うんだね?」

 少女はぱっと顔を輝かせて椅子から立ち上がった。

「将軍、お会いできて光栄です! 思ってたとおりの方だわ。優しそうな・・・。」

「優しい? 私が——? 殺した政府軍兵士の数は、数えきれんぞ。今だって、おまえを殺せと言うかもしれん。」

 そう言いながら、マルコ・ヴィット将軍はまた苦笑いをした。が、その表情はどこか人を惹きつける温かみを持っている。


 こうでなくっちゃ——。と、少女の中のデイヴィは思った。極限状態の中でも、人々をまとめていける人物というのは・・・。

 これなら、いける——。


「時間がないので、単刀直入に行きます。わたしの目的は、連邦とラカンの戦争を止めることです。」

 他の兵士たちが目を怒らせたまま緊張している中で、マルコ・ヴィットだけが、ぴくり、と反応した。

「そのために、将軍に暫定政権の大統領に就任していただいて、連邦と交渉してほしいんです。」

「何を言ってるんだ、君は・・・?」

「わたしがこれから・・・・、あっ!」

 少女が突然、顔を上げた。

「なんてことを! ・・・いや、あの独裁者ならやりかねないか・・・・。ちょっと待ってくださいね。」



 少し間をおいてから、少女は再び将軍の顔に視線を戻した。

「北部のキシリアとザイダバードの2つの都市にN弾ミサイルが発射されました。でもこれはもう弾頭を無力化して、人の住んでいない場所に落ちるように軌道修正も終えました。」

 淡々と報告するような話ぶりは、まるで、すでに将軍の部下になったかのようだ。


 キシリアとザイダバードは、ビルドゥ・ダッハ政権と対立して自立を保っている最後の武装自治都市である。

 レジスタンスへの支援も行っており、互いに連携して動いているが、このところは劣勢に次ぐ劣勢だった。


「レジスタンスの主だった5つの拠点のうち、ここを含む4箇所にもステルス爆撃機が向かっています。1箇所に2機ずつ。1チームだけは見当はずれのところに向かってるようね——。

1機が12発ずつのグランドール弾を搭載してるけど、安心してね。こっちの弾頭も全部鉄屑にしちゃったから ♪」

 少女が、悪戯が成功した子どもみたいな無邪気な笑顔で言う。


「レーダーには何も反応はないようです。」

 肩の通信機で通信していた兵士が、将軍に報告した。

「そりゃあ、そうでしょ。ステルスだもの。」


(何を言っているんだ、この子は?)

 マルコ・ヴィットの中に疑念が持ち上がってきた。ひょっとしてこの子は、一人芝居をしているだけではないのか?

 あのエスパー拘束リングの件も、ただの手品でしかなくて、ここにいる7人のいい大人がこの子に担がれているのでは?

 いや待て、しかし・・・。先ほど間仕切りの後ろにいた私を見つけたことは? 間仕切りはESP拡散パネルだ。

 しかも、ただの子どもの悪戯にしては、この落ち着きっぷりが普通ではない。

 だとしたら、この子は何をしようとしているのか・・・?


 その直後、けたたましく警報が鳴り響いた。

「ミッ・・・ミサイルが! 突然、レーダーに!」

 兵士の!人がレーダー室から緊急報告を受けて血相を変えた。

「将軍! シェルターに・・・!」

「だぁいじょうぶ ♪ 鉄屑にしたって言ったでしょ。」

 少女だけが、にこにこ笑っている。


 しばらくたっても、爆発も何も起きない。


 何が起こっているのかを理解できないでいる大人たちを相手に、少女は友だちを遊びに誘うみたいな口調で言った。

「ここに来たステルス機2機はついでに捕まえちゃったから、外に出て見てみない?」

「なんだと?」

「あ、暗号とか面倒くさいことしなくていいよ。ここにいる7人とも、わたしがテレポートで一緒に運んじゃうから。」


 次の瞬間、7人と少女は基地の外の夜の岩山の斜面に立っていた。正確には、1人1人が地面の数センチ上にテレポートされ、すとん、と靴底を地面に下された。

 マルコ・ヴィットを含む7人は呆然としている。

 これを・・・、この少女がやったのか? 8人まとめてテレポートするなんて離れ業を——。


 少女は無言で片手を上げて、星明かりの岩山の地面をを指差した。次々と指差してゆく先に、ドリル部分が無残に壊れたグランドール弾のなれの果てが転がっている。

 最後に少女は頭の上に指を向けた。

「!」

 見上げた7人の頭上10メートルほどの空中に、2つの黒々とした影があった。ステルス爆撃機だ。

「だいじょうぶ。機能はすべて停止しているから。パイロットも気絶してるし——。今、下ろすから、パイロットを保護して。『拘束』じゃなくて、『保護』ね。」


 爆撃機がゆっくりと降下を始めて、やがて7人の目の前に2機とも『着地』した。

「テレキネシスで・・・やっているのか・・・?」

 兵士の1人が、かすれた声で言った。

「もちろん。戦力になるって言ったでしょ?」


 4人の兵士が2人ずつチームになって銃を構え、用心深くそれぞれの爆撃機のコックピットに近づこうとする。

 この時にはマルコ・ヴィットはすでに冷静さを取り戻し、少女の当面の目的を見抜いていた。この少女は能力ちからを誇示しようとしている。

 何のために?

 少女の言葉をそのまま信じるなら、戦争を止める手段として「わたしを使え」と言っているのだ。


「保護だ。」と、マルコ・ヴィットは兵士たちに念を押した。

「ありがとう、将軍。銃は下ろして。気絶してるから危険はない。」

 少女は自らのテレキネシスで、2人のパイロットをコックピットから持ち上げ、地面にふわりと下ろして機体にその背中をもたれかからせた。

 それから、茫然とする兵士たちを尻目に、とっとっ、とパイロットに駆け寄ると2人の肩を、ぽん、ぽん、と軽く叩いた。


 2人はハッと気がついたが、しばらくは何が起こったのか分からない様子だった。

 やがて捕虜になったのだと理解すると、パイロットのうちの1人が深い絶望をその目に宿し、そして両手で顔を覆った。

 そのパイロットに向かって、少女が優しく声をかける。

「だいじょうぶよ。あなたの娘さんは来週も治療を続けられるわ。」

 少女の言葉にパイロットは両手を顔から離し、理解できない生き物でも見るように少女を見た。


「この人の4歳になる娘さんはね、難病なの。高価な治療機器は首都の中央病院にしかない。そこは今は、政権の幹部とその家族でないと優先的に入院できなくなってるの。

この人は娘さんに治療を受けさせるために、この任務を買って出て、ビルドゥ・ダッハに忠誠を示そうとしたのよ。

ただ、山を吹き飛ばすだけ——。そこにレジスタンスの基地はないかもしれない。それで4歳の娘さんは治療を受けられる・・・。誰か責められる?」

 パイロットはまた、両手で顔を覆った。肩が小刻みに震えている。

 泣いているようだった。


「ビルドゥ・ダッハは、連邦との開戦の前に後顧の憂いを消しておこうと考えたんでしょうね。都市を丸ごと灰にしてでも——。人の心を持ってないよね。

でも、都市の場所は分かっていても、レジスタンスの基地の場所については正確な情報を持っていなかった。だからグランドール弾を使って、見当つけた場所を全部吹き飛ばそうとしたのよ。」

 それから少女は、請うような眼差しをマルコ・ヴィットに向けた。

「来週、暫定大統領に就いているはずのマルコ・ヴィット将軍は、4歳の女の子から治療手段を取り上げたりはしないわよね? そういう人だと、信じていいよね?」


 マルコ・ヴィットは大きく息を吐いた。

「それも全部、サーチなのか?」

「うん、さっきスキャンしたんだけど——。ごめんなさいね、シノ・タカマさん。勝手に頭の中、覗いちゃって。」

「な・・・なぜ、オレの名前まで・・・?」

「だから、スキャン。今は少しでも情報が欲しくて・・・。」


 マルコ・ヴィットは近くの岩に、どかっと腰を下ろした。

「分かっているとは思うが、私はエスパーなんだ。ESP科学も一応かじっている。君のような・・・強力なマルチ能力者というのは、通常ではあり得ない。何か、改造しているのか? ナノマシンのようなもので——。」

 この異常事態の中で、彼だけが冷静に全体を眺めようとしている。

「君の目的は何だ?」

 少女がかすかに微笑んだように見えた。



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