表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

英雄の運命

 情報部の上げてきた情報は、マルコ・ヴィットがシャンダーバ地方の残党に拉致されたらしい、というものだった。

 No.2のオゥ・ザナイが「奪還と報復」を呼号して、シャンダーバを攻める準備を始めているという。


「おかしい。」とデイヴィは表情を険しくした。

「シャンダーバに、そんなことが出来るような残党は残っていないはずだ。『イツミ』でサーチしてから引き上げてきたんだから——。」

「では、情報部の情報に間違いが・・・?」

「いや、おそらく・・・オゥ・ザナイが何かをやらかした・・・。いや、予断はいかんが・・・。イー・シヴァ総司令の下に編入される予定のラカン軍が、シャンダーバを攻めたりしたら、せっかくのイーロイのお膳立てが水の泡になりかねん。

事は急を要する! サラ、すぐに行ってくれるか。・・・イーロイ・・・、無事だといいが。」

「わかりました!」


 サラは転送ポッドに飛び乗った。

「状況はできる限り中継してくれ。私がやっていたように——。必要なら、こちらも動かねばならん!」





 ラカンの首都アルデラの宮殿の屋根に、紅い髪の少女が現れた。片膝と片手をついた姿勢で、宮殿の中を透視している。

「そういうことか——。」

 サラは『イツミ』の目を使った「過去見」の結果を、デイヴィにテレパシーで送った。



 これより遡ること、2日前——。

 暫定総督としてラカンの民主体制の再構築に忙しいマルコ・ヴィットを、オゥ・ザナイが2人の腹心の部下と共に執務室に訪ねてきた。

 オゥ・ザナイの表情がおかしい、とマルコ・ヴィットが気がついた時には、部下の一人が彼に踊りかかり、グリップタイプの注射器を彼の首に押し付けていた。

 瞬間、マルコ・ヴィットは後ろへ跳び、ESPシールドされた背後の窓ガラスを割って地上20mの中空に飛び出すと、そのままテレポートして消えた。

 室内にいた警備兵のヤーマも、同時に消えた。

 おそらく、マルコ・ヴィットがほとんど無意識に、この少年も引っ張ってテレポートしたのだろう。

 マルコ・ヴィットに襲いかかっていた男は、1人だけで悲鳴をあげながら20m下の地面に向かって落ちていった。


 もう一人の警備兵ファル・イルは、部屋に残ったオゥ・ザナイの部下と銃撃戦を演じながら敵の銃弾の雨をバリアでかろうじて防いで、やはり窓から飛び出した。

 バリアを巧みに操って、まるで見えない木の枝から枝へ跳び移る猿のような動きで空中を飛び、ビルの陰へと消えていった。


「しまった!」

 オゥ・ザナイが、ぎりっと歯を鳴らした。

「追え! 3人とも必ず仕留めろ!」


 ただ、そのあと下に落ちた部下の手にあった注射器を調べてみると、毒の半分ほどはマルコ・ヴィットの体内に注入されているようだった。

(ならば・・・)

と、オゥ・ザナイはほくそ笑んだ。

 即死はしなくても、数日のうちには確実に死に至るだろう。モリカー系の毒は一度体内に入れば容易に排出されず、徐々に内臓を蝕んでゆく。

 しかも、検出も難しい。

 全量打ち込まれていればその場で即死だったろうが、半分、ということは本来の用量だ。

(抵抗しなければ、楽に死ねたのに——。)

 オゥ・ザナイが片頬だけを歪めて笑った。


 マルコ・ヴィットは死ぬ。それでいい。

 しかし、現場を見られた2人の警備兵は、必ず殺さねばならない。それも、他に話が拡がらないうちに早々にだ。

 オゥ・ザナイは極秘の捜索隊を組織した。腹心の部下しか使えないために、人数は多くない。

「殺してもいいが、脳は傷つけるな! 誰に話したか、スキャンにかけなければならん。できれば、マルコ・ヴィットの死体も極秘に回収しろ!」



 オゥ・ザナイはかつて、マルコ・ヴィットと同じように連邦軍のラカン支隊に在籍していた。

 ビルドゥ・ダッハ政権が出来上がり、支隊が連邦から切り離されてビルドゥ・ダッハの私的な軍隊にされた時、いち早く脱走してレジスタンスに投じたのが、マルコ・ヴィット率いる第一次レジスタンス軍だった。

 オゥ・ザナイとその部隊は、出遅れた。一時期、市民に向けて発砲したことさえある。

 それもあって、レジスタンスの中では彼の人気はイマイチだったが、程なく全体のリーダーとなったマルコ・ヴィットは、そんなオゥ・ザナイの戦術的力量を評価して、1拠点の指揮を任せていた。

 そんな状況が、彼の中に嫉妬という毒を少しずつ溜め込んでいったのだろう。決定打となったのが、あの奇跡的大逆転を創り出した謎のエスパーだった。


 そいつはなぜ、オレのところではなく、ヤツのところに行った?

 オレとヤツの力の差じゃない。そのエスパーがヤツのところに行った、というそれだけの幸運で、ヤツはこの星の『英雄』になった。


 だが、ヤツはもう死ぬ。

 オゥ・ザナイは、残忍さを隠せていない笑いを浮かべた。

 死体が回収できれば、なおいい。『英雄』の葬儀を大々的に行い、シャンダーバを華々しく征服して、オレがヤツの後継者であることを内外に認めさせる。


「英雄は往々にして、その果実を手に入れることはできないものなのさ——。それは歴史が証明している。」

 オゥ・ザナイは破れた窓を見ながら、独り『名言』を呟いて満足げに口の端を上げた。





 イツミとなったサラが、宮殿の屋根に到着した時点で、マルコ・ヴィットは意識不明ではあったが、まだ生きてはいた。

 サラはそれを『イツミ』のサーチで知ると、すぐにデイヴィにもテレパシーで情報を送った。

(すぐ救命に向かってくれ! 彼がいなければ、話は全部水の泡になる。イーロイの命が最優先事項だ!)

(了解!)

 少女はすぐにテレポートした。


 イーロイ・マルコ・ヴィットが潜伏していたのは、意外にも首都アルデラの中だった。

 そこは、まだレジスタンスが小さな地下組織だった初期の頃、アジトの1つとして使っていたものだ。

 今はもう何もない、ガランとした空き室である。

 何本ものチューブと人工呼吸器につながれて、マルコ・ヴィットが粗末なベッドに横たわっている。

 傍に3人の人物が座っていた。

 目を赤くした少年警護兵ヤーマ。同じく警護兵のファル・イル。じっと目を閉じた老参謀のザキ・シャグリ。

 ファル・イルはひどくうなだれている。彼は自分の責任だと思っていた。自分の命と引き換えにできるなら・・・。

 たぶんそれは、他の2人も同じように思っていることだろう。叶うならば・・・。


 そんな3人の前に、突如、髪の紅い少女が出現した。

「イ・・・アリアさん!」

 最初に反応したのは老参謀のザキ・シャグリだった。

「ごめんなさい。遅くなって。」

 それだけを言うと、アリアはマルコ・ヴィットの体の上に両手をかざした。


 マルコ・ヴィットの体から紫色の煙のようなものが立ち上がり、それがアリアの手とマルコ・ヴィットの体の間の空間に溜まってゆく。

「アーキ666P。モリカー系の代謝毒ね。 大丈夫。全部抜くから——。」

「そんな・・・ことが、できるのか・・・?」

 ファル・イルが、唖然とした表情で呟いた。

「わたしなら、ね——。壊れた内臓も全て治療するから、少し待ってて。時間をかけないと、本人の体力が弱ってるから・・・。」

「驚いたな・・・。」

 老参謀が大きく目を開けて、低い声で言った。

「不可能がない、という噂は聞いてはいたが・・・。」

「さすがに死んだ人を生き返らせることはできないよ。間に合ってよかった。」


 やがてマルコ・ヴィットが、こほっ、と弱々しい咳をして、自発呼吸が始まった。バイタルがみるみる改善してゆく。

 3人が驚愕の表情でそれを見ている。


「う・・・ん・・・」

 マルコ・ヴィットがうっすらと目を開けた。

「あ・・・アリア・・・か? ・・・来てくれた・・・のか・・・。」

 弱々しいが微笑を浮かべた。3人が口々にイーロイの名を呼んで、枕元に駆け寄った。

「遅くなってごめん。」

「いい・・・さ。来てくれただけで・・・。私は・・・どのくらい気絶していた?」

「毒を注射されて、まる2日だ。」

 老参謀が答えると、マルコ・ヴィットは起き上がろうとした。

「まずい!・・・オゥ・ザナイ・・・が・・・シャンダーバへの攻撃・・・を始めてしまう!」


 今度はアリア(サラ)が驚く番だった。

「なぜ、それを?」

「ほ・・・他に・・・ヤツが、私の後がまに・・・座る方法があるか? ・・・私の弔い合戦・・・だと・・・言って・・・」

 サラは感嘆した。

 なるほどフォー・クセス長官が絶賛するわけだ。この洞察力は、並じゃない! 今の今まで昏睡していたんだぞ?


「起きちゃダメ! 夕方までは寝てないと! ESPで治療したといっても、体力は戻ってないんだから・・・。1日くらいなら、車両のあちこちを故障させてでも、わたしが止めておくから。

栄養剤の点滴するから、ね? 内臓の機能は全部治ってるから、夕方にはちゃんと活力が戻ってくるから——!」

 マルコ・ヴィットは、素直にまた頭を枕に預けた。

「しかし・・・あれらの装備は・・・イー・シヴァ総司令に引き渡すものだが。」

「だいじょうぶ。その時にはまた、全部ピッカピカに整備した状態に戻しておくから ♪」

 マルコ・ヴィットは横になったまま、ふふ、と小さく笑った。

「本当に・・・不可能がないんだな・・・・。便利なもんだ・・・。」


 アリアは手際よく点滴の準備を進めてゆく。

「その能力ちからを・・・自分のために使おうと思ったことは?」

 アリアの手際を眺めながら、イーロイ・マルコ・ヴィットが聞いた。

「わたしはいつも自分のために能力ちからを使ってるよ。自分が大切だと思ったもののために——。」

 血管にチューブを挿し込む手際も、素人とは思えない。

「看護士の資格でも・・・持ってるのか?」

「わたしは何の資格も持ってはいないわ。」

 サラ自身は入隊間もない頃、一時軍医補佐を目指したこともあり、応急処置技術は熱心に学んであった。

 その後、エスパー部隊に配属され、エリートコースに乗ったことから、それはただのちょっとしたスキルだけになってしまっていたが。

「診療所をやったら・・・儲かると思うがな。どんな病気も怪我も治します——。」

 イーロイに冗談を言う余裕が戻ってきているのを見て、付き添っていた3人は胸をなでおろす思いだった。

「そんなの・・・」とアリアが苦笑する。

「それこそ、連邦に目をつけられるだけじゃない。」

「いやいや、正規のじゃなく・・・。怪しげな『心霊治療』でさ・・・。」

「ほらほら、冗談言ってないで、ちゃんと眠るのよ。夕方には、嫌でも動いてもらわなきゃいけないんだから。あなたにしか出来ないことがあるんだから。」


 病院の看護士みたいな口調で言いながら、サラの頭をちょっとだけよこしまな考えがよぎった。

(それは、けっこう儲かるかも・・・。でも、さすがにしょっちゅう変身してそれやるわけにはいかないよね。)

(当たり前だ。)とデイヴィのレスポンスが返ってきた。

(しまった! 中継してるんだった——。)

 長官室で、デイヴィが声を立てずに笑った。


(2人で、こっそり小遣い稼ぐか?)

(ちょ・・・長官・・・・・)



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ