03 流行り病は魔法のポーションで
「これで素材は集まったな。後は……」
俺は森に降りて、あらかじめ覚えておいた流行り病を治すポーションを作るための素材をかき集め、砂浜でガラスを集めて、簡単なビーカーを作り、中に素材を入れる。
こんだけ動き回ったってのに、全く疲れないな、この身体は。
「ウォーター」
書庫にあった<サルでもわかる魔法の書>の3ページ目、<これ使えないとサル以下>と書かれたページを思い出し、魔法を発動する。
ビーカーもどきに水を生成し、半分くらいまで入れる。
「ファイアっ」
ビーカーもどきを浮かせていた台の下に薪を入れて、それを燃やして、ビーカーもどきに入った水を沸騰させる。
ぐつぐつと沸騰する水に様々な色の葉っぱを煮込み、煮汁を試験管を模した細いガラス管に抽出する。
「こりゃ、ちゃんとした設備がほしいなあ……」
地面に穴を掘り、ポーションの原液が入ったガラス管を突き刺して固定する。
「さて、①の液体は完成だ! あとは、②の液体を作って、まーぜてまーぜてまぜまぜ……」
「完成!!」
ピンク色の液体と、青色の液体を混ぜて、淡い紫色の完成品が出来た。こんなこと、日本に居たときはやったことなかったからな。
本に書いてあった通りの手順を正しく踏んで、間違いなくポーション作りを成功させた俺は、嬉しくてついガッツポーズをする。その手を見ると、土や草でとても汚れていた。
「うわっ、服もぐしょぐしょだあ……」
泥まみれ、砂まみれの服を払い、ポーションが入ったガラス管にあらかじめ作った木の栓を差し込み、液体が漏れ出ないようにする。
◇◇◇
「おまたせしました」
「きゃあっ!?」
もう外は真っ暗だ。先ほどの家に行き、ノックして猫族の女性が出てくる。……そして、俺の泥まみれの姿を見て叫ぶ。
「ど、どこへ行っていたんですか!?」
「これを」
俺は出来立てほやほやのポーションを見せる。女性はソレがなんなのか、分からないようだった。
「とりあえず、着替えてください……風邪を引いてしまいます」
「ありがとうございます……お母さん」
用意していたお風呂を一番に入れてもらい、体に付着した汚れを流す。なんというか、この身体で風呂を入るのは初めてだが、別に違和感がないぞ……。
むしろ、身体が小さい分、洗う時間が省けていいな。社会人・小峰太一だったころは、生まれつき体臭がきつかったので、人一倍風呂には時間をかけていた。
……あいつは、それを知っていたのだろうか……いや、それって俺の風呂シーンのぞき見してたってことじゃん!!
風呂を上がり、体を拭いて、裸のまま浴室から出る。猫族の女性は驚いて、こちらに駆け寄ってくる。
「いけません! 風邪を引いてしまいます!」
着替えを持ってきて、下着からすべて着せてくれた猫族の女性。
「お母さん、やさしいんだね……」
「えっ?」
俺は、最初に出会う人を見事間違えなかったようだ。
「これは、お礼です。受け取ってください」
淡い紫色の液体が入ったガラス管を差し出す。それを受け取った猫族の女性……お母さんは、やっとこの液体の正体に気づき、手で口を覆い、涙を流す。
「ありがとう、ございます……ありがとうございますっ!!」
「ごほっ、げほっ!! うがあ、あああ……」
「リク! しっかりして!」
少年、リクと言うのか。彼がひどい咳をして、胸を抑える。そろそろポーションを与えないとまずいな。
俺はお母さんからポーションを受け取り、木製の栓を取って少年の口に液体を流し込む。
すると、先ほどまでとても苦しそうにしていた少年が、スンっとまるで死んでしまったかのように眠りについた。
「えっ、リク……リク!?」
「安心してください。息はあります。……先ほどよりも大分落ち着いています」
「そう……治るのね……リク……っ」
おんおんと泣き出すお母さんの肩あたりを支える様にして、落ち着くまで隣にいた。
「ありがとうございます……あなたのお名前は……?」
「へっ、名前?」
向こうでは、吸血鬼は太一として生きているんだし、俺もキリエとして生きていこう。……うーん、ミドルネームとか、欲しくね?
キリエ・ホワイト……なんかしみ・そばかすに飲んで効きそうな名前だな……。
キリエ・エベレスト・ヴァンパイア……まんますぎてダサいな……。
あーっ、もう!
「キリエ……ただのキリエです。おr……あたし、昨日までの記憶が無くて、家も分からなくて、困ってるんです……お礼と言っては何ですが、今夜一晩だけ、こちらに泊めて頂けないでしょうか……?」
今朝会った時と同じ嘘をつく。お母さんはあっさり承諾して、俺のために押し入れから布団を出す。……なんだここ、本当に江戸時代の日本なのか?
「キリエさん、ご飯とか、必要ないですか? その、顔色が悪いようですので……」
この人は、吸血鬼を見たことが無いのか。私は飛び出した耳と白い肌に指を指す。
「あたし、吸血鬼なんです」
「吸血鬼って、5000年前に大厄災を引き起こしたっていう……?」
急に物騒なワードを出してくるお母さん。もしかして、吸血鬼ってやばいの?
「あーえっと、多分別の人かと……えへへ」
「そうよね、貴方のような聖女が、この島の半分を消し飛ばす訳ないわよね……」
はぁ?
なんだそれ、島を半分消し飛ばす!? ……ちょっと気になるけど、とりあえず。
「あたし、ちょっと外を歩いてきますねっ」
「ちょ、ちょっとキリエさん!?」
水晶玉を持って家を出る。そして、また先ほどの森にやってきた。
玉の奥を覗き込むと、ヤツは居た。
「おい、夜になったぞ」
「やっと来たね、キリエちゃん?」
「その呼び方やめろ」
「今頃、村人からそう言われてるような気がしてねっ」
こいつとのやり取りは、水晶玉を持っている俺からしかできないはずだ。だから、こいつはただの予想を当てたことになる……さすがだ。
「太一としての生活はどうだ?」
「まだわかんないけど、仕事辞めるのはオーケー?」
「おま、忙しすぎて死ぬくらいのがいいんじゃなかったのか?」
矛盾したことを言う太一。俺のくせに、意味不明なこと言ってんじゃねー!
「ボク、起業しようと思うんだ。この街でなら、トップを狙える気がしてね」
「はぁっ!? 中身が変わるだけでそんな出世できっかよ」
無謀なことを言い出す太一。俺はこっちの身体に慣れて来たのか、段々俺だったはずの太一が他人のように思えてきた。
「まあ、こっちはこっちでがんばるから、何か気になることとかあったら言ってよ、キリエちゃん?」
「……わーかった。お休み、太一」
こいつ、人種間違えたろ……。
悠久の時を生きる吸血鬼は、別に誰かに好かれようが、たたえられようが、嫌われようが、憎まれようが、数百年もすればすべてまっさらに消えてなくなる。それを繰り返し、段々<今を生きる>ということを忘れていくようだ。
だから、限りある現代社会の、必死にあがく俺にあこがれを抱いていたと。
……まあ向こうが好き勝ってやるってんなら、俺だって好き勝手やらせてもらうぜ!
……まずは、一人称を直す所から、だな……あたし、わたし、わたし、たわし、ワシ……
しばらくは無理っぽい! ……あれっ。
もういい時間だと思うんだが。なかなか睡魔が襲ってこない。
まさか、睡眠も要らないとか言うんじゃねーぞおおおお!?