第9話 魔物の友達
「ケイゴ?」「警護?」
わたしと親コボルトで同時に同じ質問をし、思わずお互いに顔を見つめあってしまう。
「期間としては一月くらい頼みたい。その間にアンタを操ってた奴を、ぶちのめそうと思ってる」
「…イいだろう」
「あと、あんまり苛めないでやってくれないか?回復するように提案してきたのはこの子なんだ」
黙り込んでいたわたしを見ながら、コーラルがそう言うと再び、隻眼の巨獣がこちらを向く。
「そうか。ニンゲンのメスよ。アリガとう」
「ううん。わたしは何も出来なかったから……」
事実、言っただけで何もしていない。
むしろ、最初は自分たちの保身の為に倒そうとまで考えていた位だったのだから。
お礼を言われる筋合いなんてない。
「ナは、なんとイう?」
自分の浅はかさに後悔をしていると気を使ってくれたのか、名前を聞かれた。
「アイリスです…」
「いいナだな。ワタシはヴァーユだ」
「ヴァーユ、さん?」
「メスどうし、ナカよくしてくれ」
「はい!……って、お母さんだったんですか? !」
女性だった事に驚き大声を出してしまい、急いで口元を隠す。
「メスっぽさがタりんか?もっと、ツヨくならねばな」
そういう事じゃないと思って唖然としていると、コーラルが耳打ちで教えてくれた。
「…コボルトの雌は強ければ強いほどモテるんだ。だから、筋肉隆々な事が女らしいってことなんだよ」
種族が違うのだから、価値観が違うのは当たり前なのかもしれないけど…。
ふと、ローブのポケットから何かが出ていることに気づきそれを引っ張り出した。
ポケットに入っていたのは髪を纏めるためのリボンだったようで、先端がヒラヒラと風に舞っている。
「ナンだ、それは?」
握っているリボンとヴァーユさんを交互に見ていると、ある事を思いつき近付く。
「少しだけ、屈んでくれませんか?」
「……コレで、いいか?」
「はい。あとは、目をつぶって…ありがとうございます。」
先程から前髪で目が隠れたりして邪魔そうだったので、上に髪を纏めあげた。
「もう、アけてもいいか?」
「はい。…どうですか?」
「ケを、シバってくれたのか。おかげでミやすくなった。
アリガとう」
「どういたしまして!それに…リボン、似合ってますよ。ね、コーラル!」
「ん?…ああ〜、そう…だな。
最初見た時よりも可愛らしくなったぞ」
コーラルにも話を振ると、合わせてくれたのかいつもの様な笑顔でそう答えてくれた。
何となくだけど、ヴァーユさんが嬉しそうに笑っているような気がした。
「イロイロと、セワになったな」
「もう行くのか?」
「ああ、アンシンしろ、ヤクソクはハたす」
「じゃあ、子供達を起こしてくるから上手くやってくら」
コーラルはそう言い残し、森の方へ歩いていってしまった。
「ヴァーユさん…また、会えますか?」
「モチロンだ。だから、そんなカオをするな」
子供達にかかっていた効果をコーラルが解除すると、目を擦ったり、欠伸をして次々と起き出した。
すぐに、コーラルやわたしを見つけると臨戦態勢に入り、今にも飛び掛ってきそうだった。
それを見たヴァーユさんは低い唸り声を出して、子供達を制止させる。
今度は、高らかに遠吠えをするとそそくさと、子供達は森の中へ撤収して行った。
まるで隊を指揮する隊長の様なヴァーユさんが、とても凛々しく気高く見えた。
「すごい…!ヴァーユさん、かっこいいです!」
「アリガトう。…また、アおう。アイリス」
それだけを言うと、巨体とは思えない跳躍で木々の中に飛び込んで行った。
「また、会いましょう。ヴァーユさん。」
独り言のように森に向かって呟く。
「良かったな。友達が増えて」
いつの間に近くに戻ってきていたコーラルが話しかけてくれた。
「友達…になれたのかな?」
「コボルトってさ、相手の心を感じ取るのが得意なんだ」
「心を感じ取る?」
「本能的なものだろうけど、アイツらは真心には真摯に答えてくれる、そういう奴らなんだよ」
本で読んだコボルトは悪戯好きのタチの悪い魔物って書いてあったけど、そんな事はなかった。
本当は、とても家族思いで、優しい魔物だった。
「おー!無事だったか!何か、やってたのか?」
心配したダンさんがわたし達を迎えに来てくれた。
「コボルトのお母さんと友達になりました!」
「ハァ?!どういう事だ?」
「契約して少しの間ですが、この森の警護をしてくれる事になりました」
ダンさんに、あの場で起こった事を簡潔に説明してくれた。
「なるほどな。しかし…アンタらはそれでいいのか?」
何の事なのか分からず、思わずコーラルの顔を見る。
反応が無かったかからかダンさんが話を続ける。
「何か目的があって旅をしてるんだろ?この村1個の為に時間を潰しちまっていいのか?」
「俺には逃がしちゃった責任があります。それに、コボルトと約束もしちゃいましたしね。…アイリスはどうしたい?」
「わたしは、困ってる人を放っておきたくない。それに、ヴァーユさんみたいな魔物が他にもいるかもしれないし…」
「んじゃ、決まりだな」
コーラルが笑顔でそう言い、2人でダンさんの方を向くと、申し訳なさそうにしていた。
「すまねぇな。無関係なアンタらを巻き込んじまって…なんか礼をしたいんだが、何がいい?」
「あの、村で1泊させて貰えませんか?出来たら、食べ物も…」
ダンさんのその言葉に、苦笑しながらコーラルが提案する。
「そういえば、ヴァーユさんに全部あげちゃったんだっけ」
「ガッハッハッ!そんなことなら任せろ!何が食いたい?好きなもん言ってくれ」
そう言えば、コーラルは何が好きなんだろう?
昨日の夜は蛇を食べようとしてたけど、もしかして…。
「コーラルは蛇が好きなんだよね?おいしそうって言ってたし…」
昨日の夜の事を思い出しその事を告げると、コーラルが呆然とした顔でわたしを見ていた。
「兄ちゃん変わったもんが好きなんだな…。流石に今から取ってくるのは…」
「違うから!昨日の夜は罠を仕掛けてもあの蛇しか獲物が取れなかったんだよ!」
「えっ?そうだったの?」
「美味いやつもいるけど、あの蛇はあんまり…」
「やっぱり、好きなんだ」
「だから、好物じゃないって!」
こうしていると、複合魔術を使ってコボルトを無力化したりする凄腕の魔術師には見えず、ただの偏食家のように思えた。
「まあ、落ち着け。蛇は出ねえけど、美味いもん食わしてやっから!」
おいしいもの、という言葉に即座に反応したコーラルはダンさんの方を振り向く。
「ホントですか?」
「おう!任せときな…っても今からの支度だからちょっと時間かかるぞ」
「いくらでも待ちます」
「悪いな。今、村の連中にも事情を説明してくっから、ちょっと待っててくれ。」
「「ありがとうございます! 」」
2人同時にお礼を言うと、ダンさんは村の中へと入っていった。
「ごめんね」
「どうしたの?」
謝罪の理由が分からず、聞き返すとシュンとして、その内容を話してくれた。
「勝手に決めたうえに、巻き込む形になっちゃったから」
「さっきも言ったと思うけど、わたしは困ってる人を放っておきたくないの。助けて貰えない辛さを知ってるから…」
「…ありがとな」
「それに…2人で旅してるんだから、コーラルも、もっと…」
「おーい、了解が出たぞ!あと、村の連中も飯の支度してくれるからそんなにかかんねぇで飯に出来そうだ!」
言葉の途中でダンさんが村の入口から叫び声を上げてわたし達を呼んだ。
「行こう、コーラル」
「さっきなんて言いかけたんだ?」
―――…もっと、自分の意見を言ったり、わたしを頼って欲しい。
でも、その言葉を飲み込む事にした。
「ううん。なんでもないの。ほら、ダンさんも待ってくれてるし、行こうよ」
「ああ…わかった」
気持ちだけじゃ無力だって知ったから、困ってる人を助けるにはきっと、力も知識も必要なんだ。
だから…もっと自分に自信がついたら、その時に言うことに決めた。
その為に、この旅で学べる事は全部学びたい、出来ないことは出来るようになりたい。
これは…誰にも言わない、わたしだけの目標だから。
そう強く思い、村の人達の所まで歩いていく。
「この子達が魔物を追い払ったの?」
「まだ子供じゃないか。」
「すごーい!複合魔術が使えるの?」
小さな子供達やそのお母さん達、それに高年の方がチラホラ見える。
そんな村の人達が出迎えてくれてくれたけど、何か違和感があった。
コーラルの顔を見ると、同じ考えなのだろうか、不可解な面持ちをしている。
「ほらほら、道を開けてやれ。2人が通れねぇだろう。」
ダンさんが村の人達に声を掛け、どいてもらうと村の中に案内してもらった。
村の中はとても、のどかな雰囲気でおいしそうな野菜や果物が畑に実っていて何処と無く甘い香りもしていた。
集会所という所で食べ物をご馳走してくれる事になり、その途中でコーラルが小声で話しかけてくる。
「アイリス…気付いたか?」
「…うん。なんでこの村には男の人がいないんだろう?」
小さな男の子はいる、でも青年や壮年と言った世代の男の人が全くといっていいほど見当たらない。
コーラルがダンさんに声をかけると立ち止まってくれた。
「すいません、1つ質問よろしいですか?」
「おう!何でも聞いてくれ」
「なんでこの村には若い男性が居ないんですか?」
その質問にダンさんの顔が少しだけ曇ったけど、すぐに笑顔に戻り、こう告げた。
「…出稼ぎに出てんだよ」