第5話 魂の叫び
魔風のダンジョン 隠し部屋
コーラルと別行動をとる事になったので、自室前にに戻ってきた。
外に出て汚れた靴を脱ぎ自室に入る。
部屋にある靴箱にさっきまで履いていた靴をしまい、壁掛け時計を見ると、もう21時を過ぎてる。
いつもならすでに寝ている時間だったけど、食事も入浴も終わっていなかった。
しかも、明日から旅に出るのでその準備もしなければならない。
「…とりあえず、お風呂沸かそう。」
ベットから降り、箪笥から寝間着を取り出し浴室へと向かう。
浴室に入り、棚から赤と青の2種類の石を取り、青い石を浴槽の中にそっと置き、詠唱を唱える。
辺りの魔素が浴槽の中の青い石に集まり、水に変化していく。
浴槽内が水でいっぱいになったのを確認すると、腕捲りをして青い石を回収する。
今度はその中に赤い石を入れ再び詠唱する。
「この位かな。沸くまでの間にご飯食べよっと。」
青い石を元の棚に戻して、浴室を後にした。
調理場のある部屋に着き、食料保冷庫を覗く。
中から昨日作って置いたシチューの入った鍋を取り出し四角く作ってある竈にのせる。
竈に向かい詠唱すると、その中にあった大量の赤い石がその声に反応したかのように微かに光り、石が燃え上がる。
火の加減を確認すると、椅子に座り少し休憩する。
「外って危ないけど、本当に綺麗だったなぁ…」
竈の火を眺めながら、今日の景色を思い返したり、明日からの旅を想像するだけでも楽しかった。
そうして、5分ほどゆっくりしているとある事を思いつき、竈の火を消して鍋に蓋をする。
「よし。あとは余熱で大丈夫だし、そろそろ沸いたはずだから……その間にお風呂〜」
調理場のある部屋を後にし、再び浴室に向かう。
浴室の扉を開けると温かな白い湯気が出迎えてくれた。
浴槽に手を入れ、程よい温度になっているのを確認すると、脱衣所に戻り服を脱ぐ。
今日来ていた服を洗濯カゴに入れ、浴室に入る。
浴槽から桶でお湯を掬い、ゆっくりと体にかけると1日の疲れが流れていくようなこの感じがたまらなく好きなのだ。
腰位まで長くなった髪を洗い終え、纏め上げていると、鏡が目に付いた。
「少し…大きくなったかな…? 」
浴室に設置してある大きめの鏡。
その鏡を背中越しに見ると大きな火傷の痕が見えた。
この痕こそ、わたしが呪われている証拠であり、わたしからお母さんを奪った元凶なのだ。
「…火傷の痕を見せろ。とか言われないよね…」
女の子なのにこんな肌を見せるのは、さすがに恥ずかしい。
そんな考えを流すように急いで体を洗い、待ちに待った湯船に浸かる。
「ふぃ〜……、気持ちいい〜」
充分に風呂を堪能し、温まった体をフカフカのタオルで拭く。
後はベットで寝てしまえば1日が終わるが、今日はまだやる事がある。
そそくさと服を着て、先程まで着ていた服のポケットから宝石を取り、キッチンに向かう。
先程のシチューの入った鍋の蓋を開け、中を覗く。
湯気が立ち上っているが、食べ頃の温度になっているかお玉で掬い、味見してみる。
「うん。これなら猫舌な人でも食べられる」
急いで深皿に盛りつけをして、パンの入ったバスケットをテーブルに置く。
シチューの入った皿を並べ終え、スプーンとコップそれに自家製のアイスティーを用意する。
テーブルを眺め、全ての準備が整ったのを確認し終え、宝石を手に取り魔力を込める。
ほんの少しの魔力を込めると、宝石が微かに暖かくなり、少し離れたところに光が集まった。
光が消えたと同時に見覚えのある後ろ姿が現れた。
「あの、コーラ…ル?」
何故か座り込んで居て、こちらを振り向こうとしない。
その様子を不思議に思い、近づこうとすると気まずそうに話してきた。
「あ〜…今、こっちに来るのはオススメしないんだけど…」
片手で何かを抑えているのがなんとなくわかった。
この辺は魔物や魔獣が多いって言ってたし、襲われて怪我をしてるのかもしれない。
「大丈夫だから、動かないで」
回り込むように正面にたどり着くと、コーラルが押さえ込んでいたものの正体に気付いた。
「回復魔術なら、わたしだ…って……」
「…蛇はお好き?」
左手で頭の部分を押さえつけられたその子は、どうにかして逃げようとウネウネと動き回っている。
それも、かなり大きい。
光景を理解するまでに、数十秒程かかっていたと思う。
「う……」
「う?…美味そう?」
「―――うにゅやぁぁあ!!」
言葉にならない叫び声をあげ、そのまま盛大に尻もちを着く。
「うお?!…あ゛っ…」
わたしの魂の叫びに驚いたコーラルが思わず、蛇を放してしまったようで、解放された蛇は何故か、わたしの方に向かって進んでくる。
「ひっ、やっ!やだ…、こ…来ないで…」
腰が抜けてしまい、ズリズリと邁進する蛇から目を離せず、懇願することしか出来ないわたし。
「こら。逃げるな晩飯!」
残り数センチという所でコーラルが再び蛇の頭を掴み上げ、布袋にしまってくれた。
「あ、ありが……え?」
お礼の途中でコーラルの言ったことが引っかかっり、言葉につまる。
「大丈夫か?それにしても、すげえ、タイミングだな。危うく飯抜きになるかと思った。」
飯って晩御飯のことだよね…。
今、ハッキリと言ったその言葉で聞き間違いではない事が確認できた。
「ちょ、ちょっと待って!その子…食べるつもりなの?!」
「え?そうだけど。」
さも、当たり前と言わんばかりに答える。
どうやって食べるつもりなのかはわからないし、知りたくなかった。
「そういや、なんかあった?」
「……晩御飯、いっしょにどうかなって思って」
チラッと、テーブルの方を見ながらそう言うと、コーラルもつられて同じ方向に首を向ける。
「いいのか?俺、結構食うぞ」
「うん。足りなくなったら違うものもあるから。今日のお礼もしたかったし」
言葉では伝えているけど、それだけじゃ足りない気がしたから、何か形にしたかったのかもしれない。
単純に1人で食べたくなかったのもあったんだけど…。
「誘ってくれてありがとな。手を洗ったら食べようか」
「いいの?……その前にその子はどうするの?」
「ん?非常食にでも…」
「ダメ!絶対!逃がして!それから手を洗って晩御飯にしようよ。……ねっ?」
「わ、わかったから、少し待っててくれ」
何がなんでも食べる気だったんだその蛇…。
布袋から蛇を取り出して、扉を開け部屋を後にする。
2、3分程してコーラルが帰ってきた。
「…ちゃんと逃がしてきたぞ」
「よく出来ました。じゃあ、手を洗って御飯にしましょう」
手拭きタオルと青い石を棚から取り、手洗い場に案内する。
そこで先程取ったものを渡すと、青い石が気になるのかじーっと見ていた。
「何か気になるの?」
「……これ、魔石だよな?」
「そうだけど、どうかしたの?」
「しかも、高純度の天然物だな」
そんなに珍しいのかな?
わたしは日用品として扱っているので、普通の家にもあるものだと思っていた。
「魔石って魔素と因子の結晶なんでしょ?これって、そんなにすごいものなの?」
「ああ、魔素と因子が長い時間をかけて結合して鉱石化する、それが魔石だ。これだけ純度が高いと500年はかかるんじゃないかな?」
「そうなの?でも、それと同じ様なの他にもいっぱいあるよ。竈の中とか」
竈の方を指さしながらそう言うと、コーラルもそっちの方を見て驚いていた。
「え゛?」
「御飯食べ終わったら見せてあげる。」
「あ、ああ…」
念の為に使い方を説明しようとコーラルの方を向くと、先程の魔石がフヨフヨと浮いている。
何が起こったのか分からずに唖然としていると、魔石の周りに水がまとわり始めた。
「石鹸ってこれでいいのか?」
「え?あ、うん。」
「いい匂いだな。もしかして、自分で作ったのか?」
「そうだよ。その香りが1番好きなんだ」
石鹸作りも楽しくていつの間にか趣味になっていた。
灰汁を作ったり油を温めたり色々大変だけど、とても面白くて今では趣味になっている。
綺麗な形に出来上がったり、好きな香りのものが出来た時はそれまでの苦労なんて、なかったみたいに嬉しくなる。
「石鹸まで作れるのかホント器用だね。おま…君は何者だ?」
笑いながら聞いてくるが、むしろわたしの方が聞きたい。
呪いを解いたり、魔石を浮かせたり、今だって詠唱もせずに魔石を発動している。
この人って何者なんだろう?
「コーラルこそ…」
「よっし、洗い終わった。待たせちゃってごめんね」
聞こうと思ったら、コーラルの声でかき消されてしまった。
タオルで手を拭き終わり、浮いていた魔石を手に取り、わたしに返してくれた。
「あ…ううん。大丈夫だよ。冷める前に食べよっか。」
「ああ、実はすっげー楽しみだったんだ。」
無邪気な笑顔をわたしに向け、食卓まで軽い足取りで歩いていく。
知識も能力もあるのにこういう所を見ていると、とても年上とは思えない。
その後に続いてわたしも食卓に向かい合うように座ると、懐かしい気分になってきた。
ふと、前に座っているコーラルが静かなのに気が付き目線を向ける。
椅子に座ったまま目をつぶり、両手を合わせて何かを祈っているようだった。
わたしもマネをするように同じ動作をとる。
「いただきます」
「いた、だきます?」
スプーンでシチューを掬い口に運ぶ、その動作を目で追いかけ反応を伺う。
「…ど、どう?美味しい?冷たくない?温め直す?」
変に緊張してしまい、矢継ぎ早に質問してしまう。
ちょっと待ってと、手で制止しながら咀嚼し、飲み込んでからゆっくりと口を開いた。
「めちゃくちゃ美味い。温度もちょうどいい、このレベルならすぐにでも店開けるんじゃないか?マジで美味い」
「ホント?!良かったぁ。合わなかったらどうしようかと思ってたの。」
感想を聞いて安心したので、わたしも食べようと思い中央のバスケットからパンを取った。
パンをちぎり、シチューに着けて食べる。
シチューといえば、わたしは昔からこの食べ方が好きで、口の中に広がるパンとシチューの味がたまらない。
「おかわりある?」
「ふぇ?」
わたしがパンを1口食べ終わる頃には、コーラルのお皿が空っぽになっていたのだ。
「まだ、食べてるのにごめんね。場所教えてくれれば取ってくるよ。」
「ううん、大丈夫だよ。あ、シチューはもう無いんだけど別の物ならあるからちょっと待ってて。」
食料保冷庫の扉を開け、ベーコンと卵が目に付いたのでベーコンエッグを作ることに決めた。
「パンがあるから食べて待っててくれる?」
「わかった。」
「ベーコンエッグでいいかな?」
「お?いいね。パンに挟んで食べたら上手いんだよな。」
「あ、それじゃあ、バスケット持ってきてくれる?ホットサンドにしたらもっと美味しくなるから」
テーブルからパンの入ったバスケットを持って軽い足取りで近づいてくる。
結局、わたしがシチューを完食するまでに、コーラルは作ったホットサンド8個を全て完食していた。