第2話 友達が欲しくて…
〜1970年 現在 謎の場所
長い詠唱を唱え終え、乱れた呼吸を整えていると、魔方陣の辺りに魔素が集まり目に見えるほど濃くなって来た。
高濃度の魔素が魔法陣の全ての素材に取り込まれ、集束され1つの物質になった。
魔導書のページをパラパラと捲り、変化を追う。ここまでは本の通りに出来ていることに安心した。
「材質変化も確認できたし死者の門も安定してる。ここまでは大丈夫そう…。」
わたしの描いた魔法陣が複写され、1つの球体になった素材を上下から挟み込むように展開している。
問題はここからで、魂が新たな肉体に定着するかである。
未だに死者転生の魔術を完全に成功させた者はいない。
肉体が形成される段階で崩れ落ちたり、魂を宿す前に魂が拒絶し消滅するなど散々な結果に終わっている。
仮に定着しても数日と持たず命を落とした事例もある。
古い魔導書や様々な文献などで基礎理論や術式、準備する素材すらも、バラバラなのである。
その結果、技術そのものが廃れてい、き今では研究すら行われていない術式になってしまったらしい。
生前、お母さんが大切に保管していた1冊のボロボロの魔導書には死者転生について数千ページにわたって記載されていた。
「大丈夫。絶対、成功する。」
自分に言い聞かせるように呟くと、幾つもの思い出が蘇ってきた。
お母さんが生きている頃に何度かこの魔導書について質問したことがあり、その時母は楽しそうに教えてくれた。
「この魔導書は私の家系が代々守って来たもので、世界で唯一の『 死者転生』に関して本当の事が書かれている本なんだよ。いつか…ううん、なんでもない。」
お母さんの言いかけた言葉は分からない。
もしかすると、このボロボロの魔道書をわたしが使う事を望んでいたのかもしれない。
あまりにも古すぎて、ページの最後の方は文字が消えていたり破れたりして読めなくなっていた。
でも、死者転生を行う上での術式や呪文、準備素材に関しては読み取れたので問題なかったので実行した。
呪文も魔法陣も完璧にこなした。
何度も確認をして準備に3年もかけた。
魔導書を閉じ、それを魔法陣の中の物体に手渡すように魔導書を差し出した。
その物体は差し出された物を受け取るように伸び、魔導書を包み込むと吸収するように球体に戻っていった。
「本当はお母さんが生き返ってくれたらいいのに…。」
思い出というのは厄介なもので、1つ思い出すと思い出したくないことまでつられて思い出してしまった。
ある日突然、お母さんが消え去り1人この場所に取り残された幼いわたしは何度も母を探して外に出ようとした。
だけど、扉を開けても何故か寝室に戻されてしまい、この場所から出ることが出来なかった。
家中を探し回り偶然、母の書斎で1冊のボロボロの絵本を見つけ励まされたような気がした。
その絵本は小さい頃に何度も、何度もせがんでは優しく読み聞かせてくれた。
気の狂いそうな孤独の中、その話がわたしに生きる勇気を与えてくれた。
「お願い、神様…。もう1人で生きたくないんです。悪いことだって分かっています。どんな罰も受けます…。だから…奇跡を、私にお与え下さい」
祈るように手を組みギュッと目を瞑ると懇願と懺悔の言葉を述べる。
願いが通じたかのように、魔法陣の中で1つとなった球体からとてつもなく強い魔力が放たれた。
「あとは、魂が気に入ってくれれば…。」
安堵したのと魔力の過剰消費でフラフラになったわたしの体は、不意に放出された魔力の波に抗えず、木っ端のように簡単に吹き飛ばされてしまった。
「きゃあっ! !」
幸運にも吹き飛ばされた先には大量の本があり、クッションの役割を果たしてくれたので大怪我にはならなくて済んだ。
「……いっ! 」
しかし、足を挫いたようで立ち上がることは出来そうになかった。
なんとか上半身を起こし魔法陣を見ようとしたけど、白煙に包まれていて、目を凝らしても白煙と舞い上がった埃がカーテンのように視界を遮る。
視覚が頼りにならないので魔力感知を試みてみる。
目を閉じて集中し辺りの魔力を探るけど、鈍い痛みがじんわりと、足元からゆっくりと這い寄るように広がり集中力を乱してくる。
それでも痛みを押し殺して感覚を広げるけど、それらしき魔力は感知出来ずにいた。
次第に白煙が流れていき、徐々に魔法陣のあった場所が見えはじめた。
「う、そ……」
見えてしまった結果に思わず落胆の声をあげた。
悪い夢でも見ているかの様な気分だった。
先程まで魔力を放出していた球体が魔法陣の中央から消えていたのである。
そのまま力なく倒れ込むと同時に、死者を更に苦しめてしまったことへの罪悪感が襲ってきた。
「……さ、い…」
死者転生は術者の負荷よりも死者の魂を苦しめてしまう可能性があるのだ。
だからこそ、失敗なんて許されない。
そう思って臨んだのに、そうならないように何度も確認をして準備も万全にしてきた。
なのに…。
ここに来て、自分の才能の無さを恨んだ。
罪悪感が徐々に後悔に変わっていき、心が黒く染っていくのが分かる。
「ごめん…な、さい…。あなたを…苦しめて、しまって…ごめんなさい」
いつの間にかとめどなく涙が溢れてきていた。
深い後悔と絶望の中、自分を責める言葉と謝罪の言葉を呟き続けた。
過去の自分を恨み、更に心が黒く染っていく…。
そんな時、後ろの方で何か物音が聞こえた気がした。
「オ····ィ、・・・か?」
魔力を使いすぎたのだろう、耳鳴りが酷く上手く聞き取れない。
「もしもーし。聞こえてます?」
幻聴だと思ったけど、違う…。
確かに近くで聴こえる。
先程よりハッキリ聞こえ、その声に反応するように鼓動が大きくなった。
それと同時に一気に頭に血が巡り、思考が活動を再開する。
身体に気力が蘇り腕で体を支えるようにゆっくりと上半身を起こし辺りを見回すがそれらしき姿が見えない。
「後ろ、後ろ。」
その明るい声に驚き、恐る恐る振り向いた。
視線の先には落ち着いた出で立ちの男の人が立っていた。
年齢は18歳くらいだろうか?
綺麗な緑みがかった青い瞳と目が合い、挨拶をしようと口を開いたけど…。
「はっ·······あの···その!はっじ·····はじ·····」
「あ、ちょっと待ってこの位置じゃ話しずらいからそっち行くよ」
挨拶をしたいのに上手く言葉がでなくて戸惑っていると、その男の人はゆっくりと私の体の正面に回り込むように歩きだした。
立ってちゃんとした挨拶をしようと思い身体を起こそうとすると、その男の人は優しい口調で静止の言葉をかけてきた。
「無理に動かない方がいい。ちょっと待ってな」
そう言って私の近くまで来た男の人が怪我をした足に手をかざすと暖かい光に包まれ先程の痛みがなくなってしまった。
どうやら回復系の魔術が使えるようだ。
しかも、詠唱もせずや術式の展開すら見えなかった。
かなり力を持った僧侶なのか、それとも高位の魔術師なのだろうか?
どちらにしてもかなり魔導や魔術に精通しているようである。
「他に痛いところはない?」
「えっと、ありがとうございます」
お礼を言い、立ち上がろうとすると差し出された手に気がついた。
反射的にその手を掴むと、優しく引き上げてくれたので楽に立つことができた。
再びお礼を言おうとすると先に男の人が口を開いた。
「荷崩れでも起きたのか?部屋はちゃんと片さないと危ないぞ。」
「それは……ううん、そうですね…。」
ちょっとムッとして反論しそうになるが相手はわたしが呼び起こしてしまった死者なのだ。
そもそも死者転生を行わなければ起きなかった事だったので完全に自業自得だ。
「…ああ、俺のせいか。ごめん…」
男の人は部屋をキョロキョロと見渡すと何かに気がついたようで謝罪してきた。
「違うんです!これはわたしの…」
「それはともかく、俺を死者転生させたのは、おま…君か?」
「え?あ、はい。」
この部屋で確かに死者転生は成功した。
しかし、素材も魔導書もここにはない。
この男の人の身体を構成する為に吸収されているはず。
残っているとしたら、わたしが描いた魔法陣くらい。
いつの時代の人なのか分からないけど、普通なら解読なんて出来るはずがない。
でもこの人は明らかに陣を見てここで行われたことが分かっている。
もしかしてこの人…念の為に聞いてみることにした。
「あの…記憶が…あるんですか?」
「バッチリあるよ。しかし、俺の知ってる陣とは微妙に違うな。ん…核がない。そもそも、術式が確立されたからってアイツが許すわけ…。」
わたしの描いた魔法陣を見たり、触れたりしながらブツブツと独り言を喋っている。
そんなことより死者が記憶を持って転生した?
死者転生をやると決めた時に死者についても必死に勉強した。
生き物は死ぬとその肉体から魂が抜け『輪廻の輪』に向かっていく。
その時、魂が肉体に記憶を残して去っていくのだ。
稀に記憶を持ったまま産まれてくる者もいるが断片的で前世のことなんてほとんど覚えていない。
なのに…この人は完全に記憶を持ったままここにいる。
「ま、いっか。それよりも…。」
何かに納得し独り言が終わるとこちらに向きを変えた。
目の前のこの人に得体の知れない恐怖を抱き、本能が逃げるように促してくる。
「ん?どうかしたか?」
まるでそれを悟ったように声をかけてきた。
「あ……い、や」
その明るい声が余計に恐怖心を掻き立て、思わず後ずさる。
―――ズルっ……。
後ろを見る余裕もなく、さっきはわたしを助けてくれた本達に足を滑らせ体が宙に浮くようなイヤな感覚に囚われる。
「え……?」
来るであろう衝撃に備え目をつぶり身構える。
しかし、待っていても衝撃が来ない。
恐る恐る目を開くとわたしの体は不安定な姿勢のまま止まっている。
「気をつけないとまた怪我するよ」
どうやら魔力を纏わせて浮かせているようだった。
わたしごと魔力を操り、ふわりと着地させてもらうと、再び真正面の位置に立った。
その魔力からは、とても柔らかく優しい波長を感じ取ることが出来た。
たぶん、この人はわたしが考えていた人とは違う。
悪い人だったらこんなに優しさに溢れた魔力を持っているわけがない。
「あり、がとう…ございます」
「君は危なっかしいな。っと、そういえば自己紹介がまだだったな」
そう言うとゆっくりと手を前に差し出さしながら自己紹介をはじめた。
「はじめまして、俺はコーラルだ。呼び捨てで構わない。魔術に関してはそれなりに知識がある。出来ることがあれば尽力するよ。」
状況が飲み込めずにそのままボーッとしていたけど、握手を求められていることに気が付き、急いでその手を握り返した。
「は、はじめまして!わたしは…アイ、リス…アイリス・グランフェルト、10歳です!」
「アイリスか、いい名……え?10さい?」
「八、ハイ! 」
「いやいや、10歳で死者転生って……いつから……そ……。」
上手く聞き取れないがまたブツブツと1人で喋っている。
こういう所は少し…いや、かなり怖い。
独り言も区切りがついたみたいなので声をかける。
「ぁ、あの〜…。コーラル、さん? 」
「ん?ああ、すまない。考える時の癖なんだ。」
「は、はぁ…」
見た目はすごく静かそうなのに、けっこう騒がしい人なのかな?
「それで?なんで死者転生なんかしたんだ?」
「えっと…。それは……」
どうしよう…。
友達が欲しくて喚びました!とか言ったらさすがに怒られるかな?
どうすれば上手く切り抜けられるのか考えているとコーラルが先に口を開いた。
「まあ、君にかかってる呪いを解きたいとか、そんなことかな?それなら…」
「え、いえ?友達になって欲しくて死者転生したんです」
「What?!」