恋は故意に乞い焦がれるものなのか
これは証明だ
私にだって恋愛小説が書けるってね
時刻は夕暮れ、日が傾き世界がオレンジ色に染まった放課後。
今日の昼休み、我が友から知らない名前の書かれた手紙を手渡され中身を読んでみると、放課後に校舎裏へと来て欲しいと書いてあった。
私のような人間になんのようかと疑問に思いつつこうして指定された時刻に指定された場所へと足を運んだわけだが、そこには顔を赤らめた見知らぬ女子が胸元を握り締めながら待ち構えていた。
手紙の主はあなたかと問いかけるとはいと返事が返ってくる。
はて?名前も知らないこの女子にわざわざ呼び出される理由とはいったいなんなんだろうか。
私が覚えていないだけで実はどこかで会ったことがあるのだろうか、いやしかし私は物覚えがよいほうだ。
可愛らしい顔立ちをしぷっくらと膨らむ唇をしたこの女子を覚えていないなんてことがあるだろうか、いや恐らくそんなことはないだろう彼女とは正真正銘初対面なはずだ。
ならば何故と疑問が浮かぶ、その疑問の答えは私の中にはないのだろうと結論づけ目の前の女子に問いかける
「私に何か御用でしょうか?」
純粋な疑問、なぜ?なにを?どうして?と彼女に問いかけると小さな体を大袈裟に揺らしながら涙が浮かんだ顔で私を見上げる。
なぜ泣く?私が何かしてしまったのか?私はただ問いかけただけだ。決して彼女に対して心ない言葉を投げかけたことも暴力を振るったこともないはずだ。
だとしたらなぜ彼女は泣く、目の前の何一つ理解できぬ存在にただただ困惑する。
段々と彼女に対して気味の悪いものを感じ始めたところ、不意に彼女の口が開く
「褝くん……」
「はい、私は褝快斗です。」
「え、あ……はい、知ってます」
「そうですか」
名前を呼ばれ思わず答えてしまった。
私の苗字である褝、この学校どころか日本全土でも片手で数えるほどしかいない珍しい苗字は間違いなく私のものだ。
そんな珍しい名前を知っていてなおかつ私が褝快斗であることを知っているのであれば最後の可能性だった人違いということは恐らくないだろう。
いよいよもってこの女子の目的がわからなくなってきて私の矮小な頭は無駄な思考で熱がこもってきた。
もうこのまま彼女を置いて帰ってしまおうかと思い始めたところ、赤い顔で目尻に涙を浮かべた彼女がより一層胸元を握りしめながら絞り出すような声を出した。
「ずっと前から好きでした!私と付き合ってください!!」
予想外のその言葉に思考が止まる
いや、こうして考えているのだから思考が止まっているわけではないのだろう、ただ私の出来の悪い頭が彼女の言葉をうまく飲み込むことができなかっただけなのだ。
しかしまた奇特な、この私が好きだなんて
ここで指す好きというのはつまりは恋慕のことなんだろう、味覚的な好みだとか音楽や絵画のような感覚的な好ましさというものとは別物なんだと思われる。
ずっと前から好きだったと言ったが彼女はいつから私を認識していたのだろうか、前述した通り私には彼女を見た覚えがない、私の認識外で彼女は私を観測していたということだろうか。
それは少し恐怖を感じるが今はひとまず置いておこう。
ありったけの勇気を振り絞って伝えたのだろう彼女はどこか満足気でけれども何かを期待するような目で私を見上げている。
はてさてようやく彼女の要望が理解でき私としても薄気味の悪さも晴れて清々しい気持ちなのだが、気持ちを伝えられた以上それに答えるのは私の義務であろう。
泣き出しそうな彼女を落ち着かせようと努めて笑顔で口を開く
「つまりキミはーーーー」
「君は本当にバカだねぇ」
世界がオレンジ色から群青色へと顔色を変えようとしている時間帯、私と私の唯一の友は常は立ち入り禁止の学校の非常階段に腰掛け話をしている。
そしてこの友は情け容赦なく私のことを馬鹿呼ばわりする。
失礼なことを言うやつだ、テストの点はいつも私の方が上ではないか。バカというならお前の方こそ私よりバカであろう。
「僕は物を知らぬ者をバカと呼ぶのではなく、物を知っていてもそれを活かしきれない者をバカと呼んでいるんだよ。」
心当たりがありすぎる私は口を閉ざすしかなかった。
ヒリヒリとまだ痛む右の頬をカリカリと指先でかく
大した力でもなかったので腫れてはいないが少しだけ熱を持った頬はあの女子の怒りが染み込んできているようで少し不愉快だ。
友は立ち上がり非常階段の手すりへともたれ掛かりバカにするような目で私を楽し気に見つめる。
ニタニタと歪めている口元が腹立たしい、そのまま手すりを乗り越えて落ちてしまえ、ここは4階だから死ぬか大怪我をするかはするだろう。
「それで?キミはなんて彼女に言ったんだい?」
さっき話しただろうにこのバカはもう忘れてしまったのか、いや私の失敗談を反芻して何度でも楽しむためにあえてもう一度聴いているんだろう。
本当にいい性格をしている、我が友はこの学校一の性悪なんだろうさ。
このまま無視してもよかったと思うがしつこく追求されそうでめんどうだ。
「つまりキミは私と性交がしたいのか?……っと答えた」
「アッハッハっ!!ほんとにそんなこと言ったのかいこのバカは」
蔑むように笑ってもいない笑い声をあげた友が私を見つめる。
そうだ、私は確かにあの女子にそう聞いた。
好きだと、恋慕していると言われたのでならば性交がしたいのかと聞き返すのはそんなにおかしなことだろうか。
「いや、おかしいだろう。人として最低の分類だと思うよ」
「しかしあの女子は確かに私のことが好きなのだと言った。ならば性交がしたいということなのだろう。認識の齟齬があってはいけないと確認するのは当然だろう。」
「なんでそこでセックスの話に繋がるのか何度聞いても理解できないよ」
この友は何を言っているんだ。
恋慕とはつまりは性欲である。
人は本能的により優れた遺伝子を求める、身体的に知能的に外見的に精神的に己にはない他人の優れた部分に惹かれて焦がれ求めるものだ。
その本能的な欲求から引き起こされる錯覚が恋慕というものだ。
その証拠に世界中あらゆる歴史を紐解いても恋慕の先にあるのは生殖である。
ようは好きだという感情はあなたの遺伝子情報が欲しいと言っているようなものでつまりは性交へのお誘いというわけだ。
私は何も間違ってはいない
「キミは本当の本当にバカだな」
ニタニタ笑いをひっこめ割と本気で軽蔑している顔になった友。
その顔をやめてくれ、割と本気で傷つく
「人間の感情がそんなに単純なものだと思うのかい?」
「あぁ、単純だとも」
「なぜそう言い切れる?」
「感情とはつまり欲望だからだ。そして欲望とは七パターンしかないから単純明快だろう。」
私は人間には七つの欲望が存在すると考えている。
食欲
睡眠欲
性欲
支配欲
独占欲
加虐欲
物欲
前者三つは生命の3大欲求、それに4つの人間的欲求を付け加えたものが全ての感情の根底にあると思っている。
先ほどの恋慕の話もそうだが感情とは根底にあるこれらの欲を満たしたいがために表面化する現象なんだと私は考える。
故に単純、どのような複雑と言っている感情だとしても七パターンの欲のいずれかを満たしてやることで人間とは簡単に満足するものだ。
「ならばなぜキミは彼女に叩かれたのかな?」
「彼女の支配欲の琴線に触れてしまったんだろうね、性欲の発散のために求めたものに図星を突かれプライドが傷つけられたんだろう」
「それがわかっていながらなぜキミはそんなことを言ったんだい?」
「最初に言った通り、彼女の意図が私の認識で合っているかの確認のためだよ。結果は見ての通り認識にズレが生じていたようだがね」
そう言いながら赤くなった頬を見せつけるように向けてやると友は大きなため息を吐いた
幸せが逃げるぞ
「キミは……顔がいい」
突然なんだ照れるだろ
「勉強もできる、スポーツもできる、芸術のなんたるかも光るものがある。おおよその人間が求めてやまない天性の才能をキミはあらかた持ち合わせている。神に愛されていると言っても過言ではないだろう」
誉め殺しか、普段ツンケンとしているキミにしては珍しい嫌がらせだ
「そんなキミでも欠点はある」
褒めて上げたところで落とすか
「キミは常人よりも優れてしまったが故に人の心が未成熟なんだ。」
「どういう意味だ」
「人は完璧でないからこそ失敗をする、だけどその失敗は無駄なものではなく失敗したという成功なんだ。失敗した成功は経験となり人の心の栄養となる。だけどキミはなんでもそつなくこなしてしまって失敗の成功が極端に少ない。だから心の栄養が足りなくて人としてまだ未熟なんだ。」
「随分抽象的でふわっとした意見だな、それに私だって失敗くらいするぞ」
「あぁ今こうして僕と話せるくらいの心を育むくらいの失敗はしてきたんだろうね。だけどそれでも同年代と比べると極端に幼い」
幼いか…
なぜだかその言葉がスッと胸の中に滑り込んで腑に落ちる
今まで冷たいだとか機械的だとか人の心がないんじゃないかとか色々言われたことはあったが、幼いと言われたのは初めてかもしれない。
他の言葉は私には響かなかったがどうしてかこの言葉は私の琴線を揺らした。
「幼い……うん、なんだかその表現はしっくりくる気がする」
「意外だね、反論するものかと思ってた」
「私も私で私自身に違和感を覚えなくはなかったんだ。周りの人間が考えていること感じていること伝えたいことを私はいまいち理解できていなかった。それはただ私と他人は違う人間だから感じ方も異なると思っていたが、君の言う心が幼いからというのが一番しっくり来ると思うよ」
私は今までの私を反芻する
例の名も知らぬ女子のことを思い出す。
彼女は私に好きだと好意を伝えた、それを受け取った私はまず彼女の好意の先を読もうとした。
そしてそれは性欲からくる生殖的本能なのだと結論づけ性交が目的なのだと早合点した。
だけど彼女の目的はそんな先にはなかった。
恐らくは彼女は私の導き出した結論の過程こそが目的だったのだろう。
性交に至るまでのお互いを知り愛を育むその過程を
なるほどこう考えると確かに私は幼いな
結論を急ぎすぎ彼女の気持ちなど考慮の外に置いて勝手に暴走してしまったのだ。
それはまるで親の手を離し好奇心のままに走り回る子供のような身勝手さだ。
「彼女には悪いことをしてしまったのかもしれないな」
「しれないではなくしてしまったんだよ」
「うん……謝ったほうがいいだろうか」
「その謝罪は誰のためのものだ?これ以上彼女の心を傷つけるような真似をするのかい?」
「………なるほど私は謝る権利すらないのか」
これはキツい、私は彼女の心を傷つけるようなことは言っていないと思っていたがとんでもない
彼女の心を踏みにじるようなことを言ってしまっていた。
それは友もバカだバカだと私を罵倒するわけだ、私はバカだ大バカだ。
「まぁ今回の件はキミにとっての失敗の成功だ、キミの心の経験として刻み付けておくといい」
「あぁそうするよ、すまない」
今日の事はきっと生涯忘れる事はないだろう
私に好意を抱いてくれた女子に深い傷を与えて無神経にも不快感を抱いていた愚かな男のことを
「友よ、ありがとう。君のおかげで私はまた一つ成長することができた」
友は勉強はできないがいつも私が気づかないことに気づかせてくれるかけがえの無い存在だ。
そんな友がこうして話を聞き相談に乗ってくれて共に答えを探してくれることのなんと幸せなことか。
幼い私があるがままに甘えることができるのはこの友だけであろう。
「君が我が友でよかった、これからもよろしく頼む」
嘘偽りのない感謝の気持ちを伝えよう
この喜びが七つの欲のどれから来ているものなのかわからないが、それでもこの気持ちを伝えたい
感謝の言葉を受けた友は少し目を見開かせたあと、やれやれと首を振りそのまま黙って校舎の中へと戻って行った。
私も少しここで頭を冷やしてから家に帰ろう。
すっかり暗くなった空を見つめながら満たされた気持ちで失敗の成功を反芻するとしよう。
彼は言った
人の感情とは欲望が表面化したものだと
だとしたら僕のこの感情は間違いなくそうだろう
日も暮れてきてさて帰ろうかと帰り支度をしていると、右頬を赤くした友がバツの悪そうな顔で話があると言ってきた。
いつもの秘密の場所で話を聞いて思わず頭を抱えかけた。
どうしてそんな結論に辿り着くのか理解に苦しむ
告白してきた女の子に対していきなりキミは私とセックスがしたいのかと返す男がこの世のどこにいるというのか、いやここにいたのだが。
前々から思っていたが我が友は能力と引き換えに人の心というものを何処かに落としてきてしまったのではないだろうか。
頭脳明晰スポーツ万能、アイドル事務所からスカウトがかかるほどの美男子である友は兎に角もてる
だがあまりの美男子っぷりに周りの女性は近寄りがたいらしく、誰も彼と話そうとしない
時々彼と仲良くなろうと近寄る子はいるにはいるが、親衛隊なる謎の集団によって制裁が加えられ二度と近寄ろうとしなくなる。
親衛隊の子たち曰く、褝様は天上より降臨なされた天使であり卑俗なる我らが話しかけるなど不敬にもほどがあるだとかなんだとか
オイオイ、キミたち大丈夫か?親衛隊ではなくて信仰団体だとかじゃないだろうな。
それにしても我が友は遠くから見てる分には非常に眼福なのだが、口を開くとアレなのだ。
そのギャップの違いで、昔から数々の事件を引き起こしてきたのが我が友なのだ。
僕から言わせてもらうとあのギャップもそれはそれでクセになるものがあっていいと思うのだが、まぁゲテモノの類だとは思うので共感は得られないだろう。
話が脱線したな、彼の話だ。
その後話を聞いていくと遺伝子だとか本能だとか、なんとも小難しいことを長々と語ってくれた。
お前の話は長いなと若干呆れつつも聞いていたが、まぁなんとも下らない話だった。
ようはこの男、他人に興味がないのだ
人と話していてまず結論や目的から考え始めるのはその人物との会話を早く切り上げるため
目的を推察してさっさと本題に入ろうとするのも無駄な時間を使いたくないがため
人間の感情が七パターンしかないと思っているのも、人によっての対応というのを最初からマニュアル化して深く考えようとしていないがためだ。
目の前に誰がいようと関係ない
彼はただただ早く話を切り上げたくて適当に話しているだけなのだ。
なんともくだらない、なんとも怠惰、なんという傲慢
顔が良くても中身はクソだという典型的な例として教科書に載せてもいいレベルのクズだ。
そんな彼の人間性を幼いと表現してやると予想に反してスッキリした顔になった。
そうかこの男、人との関わりが少なすぎて自分の気持ちを明文化することすらできないのか。
ほんとうにガキだな。
しかし僕の言葉から何かを掴んだ彼は急激に態度を改めた。
彼の中でどういう結論に至ったのかわからないが彼の中の何かが少しでも変化したならばそれはそれで喜ばしいことであろう。
その変化のきっかけが僕であるのなら少し小気味いいものがある。
彼女に謝ったほうがいいかなど僕に聞いてきたのでそんなこと知るかと適当にやめたほうがいいと助言をしてやる。
この期に及んでまだ相手の気持ちも汲み取れないのであれば謝りに行っても逆効果であろうよ。
謝る権利すら自分にないことに気づいた彼はひどく落ち込んだ様子を見せたがあっという間に持ち直し、心なしかキラキラとさせた瞳を僕へと向けた。
「友よ、ありがとう。君のおかげで私はまた一つ成長することができた」
あぁ……
あぁ………やめろよ……。
「君が我が友でよかった、これからもよろしく頼む」
心臓が止まったかと思った
呼吸の仕方すら忘れ、今言われたことを理解しようと全身の血液が脳へと駆け登った気がした。
あまりの衝撃になんと返せばいいのかわからなくなり無言でその場から立ち去る。
フラフラと暗い廊下を歩く
月明かりだけしかない暗い廊下はまるで夜空の中を歩いてるような幻想的な光景だ。
あぁなんだそれは、そんな恥ずかしい表現なんて僕らしくない。
浮かれているんだろうか、彼からあんな顔であんなことを言われたことが嬉しくて
目を瞑り先程の光景を反芻する
「君が我が友でよかった、これからもよろしく頼む」
自然と口角が上がる
ふらついていた足が羽が生えたかのように軽やかになる。
踊るように、舞うように、膝下まであるスカートをクルクルと回す。
浮かれている、喜んでいる、舞い上がっている
こんなの僕ではない、僕なんかじゃない、僕はこんな……
「フフ、ウフフフフ……」
勝手に口から笑い声が漏れ体は自然に踊り出す
誰もいない校舎の中で一人笑いながら踊る僕は不気味だろう。
もしこの光景を誰かが見ていたら新たな学校の七不思議とかになるかもしれない。
でも構うものか、いまはこの心地の良い感情を欲望を発散させるために踊ろう。
彼が友と呼ぶのは僕だけで良い
彼が弱さを見せるのは僕だけで良い
彼が感謝を告げるのは僕だけで良い
彼が微笑みかけるのは僕だけが良い
なんとも醜く愛しい僕の感情
願わくば彼には知られませんように。
理解も共感もいらない
これが彼の彼女の私の恋愛小説