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8話

「よう、ルーカス」

「大佐殿、お久しぶりです」

 私はミラン大佐率いる第三部隊に所属。

 彼は、本来大佐という身分でありながら、末端の兵にも声をかける人物で有名だ。いくら次の大規模遠征で関係しているとはいえ、直接こうして話すのは親戚だからというよりは、やはり彼自身の矜持なのだろう。決して階級に驕らない、自分のやり方を実践する。


「少し時間あるか?」

 そう言われ、コーヒー片手に話をする。

「最近アリーナとはどうだ?」

 思わず吹いてしまう。

 それに大佐は面白いものを見る目で見てくる。笑いのためなら割となんでもやる人なので昔からこういう面には困っている。

「はあ」

 直近の話をすれば大笑いされる。わかってたことだ、こちらは苦い顔しかできない。

「ははは、奴ら面白い方向にでるなあ! あいつがそんなタマに見えるか?」

「……」

「ルーカス、君も面白いなあ! そこまでしてプロポーズしなかったのか?」

「いえ、私も頭に血が上っていたので……あれが精一杯でした」

「そのまま抱きしめてキスぐらいはしてもいいだろう」

「人事だからって適当なこと言わんでください」

 明らかに楽しんでる姿に溜息がでる。

 確かにそうしたい気持ちもあったが、少佐からすればいきなり私が脈絡なく迫っていったようにしか見えない。

 そこであれ以上のアプローチを?

 手に触れてひっくり返されなかっただけ行幸と言える。


「にしたって、なんだ。君とあいつはそんな関わりなかったように見えたが?」

「……」

 いつから好意を持つようになったのか、そんなことを聞いてくる。

 酒の席でもない太陽真上の時間によくきいてくるな、この人。

「君が入隊してからアリーナに気があるのはなんとなくわかっていたさ。だがな、俺にはそれ以前に何かあったんじゃないかと思ったんだが」

 鋭い。

 さすがよく見ている。観察眼もあり、分析力もさながら。本当普段ふざけてなければ大佐で収まるような人物ではない。それにしたって、入隊時から大佐には知られていた事の方が恥ずかしいな。

「貴方の望むような話ではありませんよ?」

「構わん構わん」

 促される。あの日の帰路、ノアにも話した昔の話。


「ミラン殿が士官学校にいた頃、末の弟たちが生まれたのを覚えてますか?」

「あぁ、そういえばそうだったな」

 あの時、何回目かの多産で母の身体は出産に耐えられるかどうかと医師から宣告されていた。

 確かに妊娠初期から体調は優れず、床に臥すことが多かった。お腹にいたのが双子なこともあり、母体への負担が大きかったのもある。

 私はなんとかできないかと子供ながらに考え、ミランに会いに何度が訪れていた士官学校の図書館にノアと一緒に行くことにした。

 医学に関する書物を探しに。

 士官学校の図書館は元々市民に開放している。私たちが行き来しても問題がなかった。図書館以外の構内の出入りは原則厳禁だったが、割と堂々と歩いていれば、身内に会いに来たのか程度に周囲は思わないらしく、私達は比較的自由に動けていた。

 問題は持ち運びだ。

 開放されているとはいえ、図書館の蔵書は閲覧のみ、持ち出しは士官学校の生徒のみ配布されているカードがないと駄目だった。

 さらにいえば科学や医学エリアにある薬品にも欲しいものがあった。医学書を読み進めていくうちに必要なものが数種、どれも一般の物流には出ていない、軍部にしかないものだった。いくら私の生まれが多少良くてもさすがに手に入らない。

 何度も忍び込んで試すにも薬品の持ち運びはまったくうまくいかない挙げ句、図書持ち出しについても無許可で持ちだしがあることが知られたのか、見張りが増えてしまった。さすがに構内は歩けても持ち運びしてればばれそうだ。


 そんな中、図書館裏のフェンスから本を抱えて出入りする私は出会ってしまった。

 アリーナ・ミュラー少佐、当時は士官学生だが……彼女はなんとも読みがたい表情で転んだ私を見下ろしていた。ノアはその時図書館で持ち出す本を準備しているとこだった。

 彼女は足元に転がった本を手にし、ふむと言って私に本を戻した。驚きつつ本をもらうと、次に小さいカードが落ちてきた。手に取ったそれは図書館の利用カードだった。

「好きに使いなさい」

 そう言って彼女は去っていった。

 私は何も言うことができなかった。

 結果、私は彼女の利用カードをいかんなく使わせてもらった。姉が忙しいから代わりに借りに来たといえばあっさり通った。授業をタイトにいれてる学生は割と家族に蔵書貸出を頼んでいる現状もあったし、理由があれば利用カードは二親等親族まで使用可だったのも大きい。

 このおかげでノアは医学の道に目覚めた。母を救うのが初めだったが、いつのまにか私より多くを知るようになっていた。そこは余談だろうか。


 数日後、同じ場所で再び彼女と相見えた。

 運がいい、ほっとしつつもお礼を伝えカードをかえす。

 そしたら彼女は何がほしいと言うのだった。どうやら彼女は私とノアが薬品棚を覗いていたことを知っていたらしい。

「これか?」

 と彼女はポケットから薬瓶を数種取り出した。確かにノアがこれがあればと言っていたものだった。

 なぜわかったのかと恐る恐る聞くと、薬棚を覗く目線とあの日の書物からだと端的な答えが返ってきた。

「私の母親も同じだったからね」

 彼女自身、以前の経験もあったようだった。

「適切に対応すれば快復するものだ、安心なさい」

 そう言って私の頭を撫でた彼女は眉を八の字にして悲しそうに微笑んだ。そこで彼女の時は間に合わなかったことを子供ながらに悟った。

 そう、彼女は恩人だった。

 この二つが叶って初めて私の母は助かったといっていい。結果末の弟たちは健康に生まれることができたし、母も無事だった。


 どうしてももう一度会いたくて私は士官学校にもう一度忍び込んだ。

 あの場所から近いところを歩いていた彼女に走り寄る。程なく彼女は私に気づいてこちらを向いたとき私は盛大に転んだ。出会ったときと同じ、なんとも情けない。立ち上がると彼女はもう間近で私を起こしながら土を拭ってくれた。

「ほら」

 彼女の士官制服のスカーフをもらい顔を拭くように言われる。

 もらったはいいが何もできず、彼女が服についた土を払うのを見ていただけだった。そんな風に呆けていると彼女は小さく吹き出した。

「はは、どうした?」

 はっとしてお礼を言う。

 君はそれだけのためにわざわざ来たのかと彼女は答えた。

 それだけだ。けど私にはそれがとても大事なことだった。

「あぁ、そうか」

 君は優しいな、と笑ったから。

 私はそこでしっかり彼女に掴まったのだ。本当に優しいのは貴方じゃないかと。

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