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3話

 突然やって来た彼は花束を持つ私の手に触れようとし、条件反射で私は引っ繰り返してしまった。

 花は乾いた音を立て地に落ち、目を丸くして地面に伏す青年。


 悪いことをしたなと思った矢先だった。


「はははは! こりゃどういう状況だ!」

 遠くから聞こえる笑い声に目を上げれば、丘を登って見慣れた男がやってきた。

「ミラン」

「久しぶりに来てみりゃなんだ、随分と元気になったようだな」

「確かに思っていたより力が戻っているようではあるが」

「しかしな、地面にのさばってるそいつは俺の直轄連隊の大型ルーキーくんだ。ついでで言うなら大事な親戚だぞ」

 離してやってくれ、とミランが言ってやっと私は掴んでいた彼の手を放した。

「すまない」

「いえ、少佐殿が息災で何よりです」

 怒るでもなく、服についた土を払いながら言う青年は眉を少し八の字にしていた。

 やはり上司で親戚のミランに見られたことが気まずいか。


「しかしなるほどなるほど……そういうことか!」

「何を一人で納得している。お前のその笑い方は碌な事が起きない」

「そう言うな。ほれ」

 彼は手に持っていた紙袋を私に渡す。

「欲しがっていた茶葉だ」

「あぁ、ありがとう」

 そして先程落とした花束も拾って渡される。

「それで? 大方、こいつの熱いアプローチでも受けたんだろ?」

「大佐殿!」

「いや私の判断ミスだな。彼は何も悪くない」

 応えると、さも面白いとばかりにミランが吹き出し、青年は焦って咎めた。何をどうしてこうなるのか。

「彼に悪意がないことは今きちんと分かったよ」

「ハッ! アリーナって、お前ってやつは! 俺を笑わせる天才だな!」

 不服だ。こいつは何故こんなにも楽しそうなのか。

 面白いことは何もしていない。

「アンケ、少尉だったかな」

「は、はい」

「君の気持ちは充分分かった。だが、見舞いはこれ以上必要ないよ」

 気にすることはない、と添える。

 それにミランはさらに笑いを増していたが、そこは無視だ。

 問題なのは、目の前の青年。何故か私の返答にぎこちない笑顔で、不服そうにしている。労ったつもりだったのだが。


「違います……」

「ん? 君も日々鍛錬や実践もあろう。忙しさは私もよく知っている。この一度で君の優しさは理解したし……まぁ引っ繰り返してしまったのは申し訳ないが、君の時間を大事に使ってくれた方が私としても嬉しい」

「見舞いなど、口実なんです」

「ふむ? 息抜きなら他にもあろう?」

「違います!」

 思いの外大きな声だった。まぁ、訓練の時ほどでもないが。

 ただ違うとすれば、彼の眼の奥の光だった。私が見たことない光。訓練中も戦時中合流した時も見たことがなかった。

「私は貴方をお慕いしているのです!! 見舞いは口実で、ただ貴方に会いたいだけなのです!」

 おおー、横から感心した声が聞こえたが無視だ。

 今、彼はなんと言ったのか?

 慕う、とは?

「もちろん尊敬しているとかではなく」

 私の思考を読んだのか彼が捲し立てる。いや尊敬もしていますがと歯切れが悪くも彼は続ける。ああもうと髪を雑多に掻き毟って、やっと年頃の青年らしさを見せて、目元を赤くしていた。

「好きなんです!」

 だからこれからも貴方に会いに行きます、と彼は声高らかに叫んだ。

 隣で大笑いしている男に肘鉄食らわして黙らせる。いい加減五月蠅い。

「しかし、私は君の」

「おっと! いいこと思いつたぞ!」

 私が返事をする前に肘鉄食らわした男が横槍いれてきた。さも面白いと言わんばかりに。

「いいじゃないか! ルーカス、こいつんとこ来てやれ! 俺が許す!」

「何故お前が許可する」

「いいじゃないか、こいつがいる日は外でリハビリでもしてろ」

 その言葉にほんの僅か言い返せなかった。早く全快になりたい身としては、丁度いいと一瞬でも思ってしまったからだ。


「俺はな、これはチャンスだと思うんだ」

「何が」

「お前にとってルーカスが光になってくれそうな気がするんだよ」

「どういう意味だ?」

「さてな」

 こいつ、最近あの上級大将に似てきて変な言動増えてきたな。面倒なことに。

「ルーカス、俺はお前のこと応援するぞ!」

「はあ」

 青年もあまり腑に落ちてないようだ。

「少尉、私は君の気持ちには応えられない」

「構いません。これからお気持ちが変わると……いえ、変えてみせます!」

 ううむ、若いとはこういうことを言うのか?

 それとも私の見る第一印象が違いすぎただけか?

「そしたらルーカス、水曜と土曜来て良しだ」

「お前」

「俺は直轄の上官だからな。休日の設定なんて簡単だ」

 職権乱用はお手の物だな。目に余らないようにやるだろうから、その当たり本当に昔から容量がいい。

「ありがとうございます……あの、少佐殿」

「何だ」

「これからよろしくお願いします」

 一度決めたらなかなか曲げそうにないこの二人、血筋なのかそういう所は似てそうだ。見た目は全然似てないのに。

「……好きにしたまえ」

 溜息一つ。いつでも断れるし、青年もすぐに諦めるだろうと許してしまった。

 今思うに、この時、私はすでに変わり始めていたのかもしれない。

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