19話
二ヶ月。
予定の期日はとうに過ぎた。
長期戦にもつれ込んだ挙句、一ヶ月過ぎてから情報が遮断されたようだ。
定期連絡もない。
持ち得る全ての情報網を使っても掴めないとは、やはり奴らに知られたくないからか。ミランから独自の暗号による連絡が入るわけでもない。
援軍はもちろん送られることはないし、最初の帰還者以降の帰還はない。あるとすれば、全軍帰還になってしまうだろう。
さすがに情報が入らないというのは気掛かりだった。
ミラン直轄の情報戦線用の小隊もいくらか戦場に駆り出されているし、先遣隊もいたはずだ。
そのいずれからも連絡がないし、戻った様子もない。
「さて」
ノアの定期巡回だけが安定してやってくる。
診察を終えた後、共に本部へ行き、知る者と談話して帰る。これをずっと繰り返している。
「少佐、今度家にでも来るか?」
「どうした、突然」
「いや、気晴らしにいいかと思ってな」
ここ最近、口を開けば遠征先の情報やらルーカスの安否やらを問うていたからか、ノアが気を遣ってくれている。
兄弟も多いから遊んでやってくれと。
「私と遊んで楽しいか?」
私は割かし感情が表情に出ないから赤子にはよく泣かれる。
前の少女みたいのは稀だ。私がいい人と思えるきっかけがないと幼い子供はなかなか警戒心を解かない。
「まあ少佐はいつもクールだからなあ」
「赤子に泣かれる事が多い」
「家はさすがにそこまで小さいのはいないぞ。それに今の少佐なら大丈夫だ」
「そうか」
そしたら、今度遊びに行かせてもらおう。
子供達と触れ合うのは学校の生徒が本部に見学にきたとき以来だ。あの少女のように可愛いらしい子達に会えるなら楽しい一時になるだろう。
「体力も戻ってるから訓練なら余裕だな」
「はは、追いかけっこでもしてやってくれ」
「なるほど、それなら私にもやれそうだな」
私の中で奴らに復讐するという使命がだいぶ薄れている。
正直、訪問者が減り、私の身体が万全な今は好機だ。本部には奴らが盾にするような人材も少ない。
けれどどうしてか、やろうという気持ちには至らなかった。
気になるのは遠征の状況、動くのは決まって本部への立ち入ることだけ、少ない者との会話。
随分と変わったものだ。いや、元々変わってなどいなくて、最初から決めていた結論が出てきているだけなのではと思わざるを得ない。
もはやルーティンと化した日常を歩み、月夜を見上げて眠りにつく。やることは同じなのに消化しきれない何かだけは大きくなっているようだ。
「満月か」
彼が発って二度目の満月、相変わらず綺麗に輝いて丘を照らしている。
この夜も訪問者が来ることはなかった。
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よく晴れた日だった。
画面の向こうに情報があがる。この日をずっと待っていた。
帰ってくる。
「来た!」
用意なんてしてられなかった。すぐに行かないとという思いが先行して、無駄に家具ががたつく。
咄嗟に机の上に置いてあったネックレスを手にした。
ネックレスの先には彼から貰った指輪。
最初の帰還者と話してから小箱を開けた。チェーンに通して、それを首にかけようか逡巡して結局机の上に置くだけになっていた。
それを今、私は躊躇いもせずに首にかけて走っている。
咄嗟とはいえ、私はこれを身に着けることに抵抗を感じていなかったのではと今更ながらに思う。理由を勝手に作って身に着けないようにして、本音の部分では決まっていたんだと。
大きな扉は開いていた。
私以外にも市民がいることから、帰還することは概ね知れ渡っているようだ。
まだ帰還者は誰もいない。後三十分もしない内に到着はするだろう。
「少佐!」
「……ノア」
この程度で息が上がっている自分がおかしい。
体力の面でこうなっているのではない、これは緊張で息が上がっているのだと分かる。
あぁ本当おかしいな。
「そっちにも情報きたか」
「あぁ」
「全軍帰還だ」
「あぁ」
言葉が大して出てこない中、重厚な扉が重い音を立てて開いた。
凱旋、成功を告げる内容、湧き上がる歓声。
先頭はもちろんミランだ。
本来はあるはずだろうが疲労の影が見えない、余裕を持った成功者の様だ。素晴らしい、軍の上官としてあるべき姿を体現している。
「おう、アリーナ」
「終わったのか」
「ああ、ばっちりだぜ!」
無事成功したと。
その言葉に策の成功、和平の確立、負傷者無しということが分かり、安堵するものの残る不安は消せなかった。
私の会話も間もなくミランはすぐに囲まれてしまったので、私は彼を探した。
今残る不安を消してくれるのは彼の安否だ。
最初はその場で入ってくる中から探そうとしていたが、すぐに塀の中が兵で溢れてしまい、私は堪らなくなって兵達の間を縫って小走りに歩き出しだ。
後ろからノアの声がしたが関係ない。私は私の為に動く。
人と人との間をすり抜けるのは容易だ。周りは遠征終わりで気も緩んでいるし、入ってきて立ち止まり安堵するものが多い。
ミランの部隊をの配列を見ながら、彼がいるであろう場所を予測して進む。
「少佐?」
「……カハッツ少尉」
懐かしい顔に会った。となると、彼はすぐ近くだ。
「私達よりも後方です、少佐」
私は何も言わなかったが、カハッツ少尉が教えてくれる。私はそれに有難うと端的に返して進んだ。本来なら、カハッツ少尉にも激励の言葉を送り、今までの事も踏まえた上で積もる話をしたいところだったが、それよりも先にどうしても会いたい人がいて、私は言葉少なに去った。
後少しだ。
「……あぁ」
「……アリーナ」
数人、間に挟んで向こうにいた彼と目が合った。驚いて瞠目している様は見慣れたものだ。彼は私といるとよく驚く。
少々土まみれになって汚れ、疲労の色が見え隠れしていたが、それだけだった。兵として少尉としては及第点と言える。
ゆっくりと一歩ずつ進んだ。何も言わなかった。静かに進んで、そして目の前までにきて私はようやく安堵した。
今まで持て余していた感覚が解消されていく。
「お帰り」
「……はい」
「怪我は」
「ありません」
「そうか、よかった」
何故ここに、と驚いた様子をそのままに聞かれる。
どう応えようか1度口を開いて閉じる。なんて言えば良いのか。言い様のない感覚を解消しに、と言ったところで伝わりそうもない。
「……あ、それは」
私が応えないでいる所に彼が何かを見つけたらしい。
掠れた声で言うものだから一瞬聞き逃すところだった。彼と目線が合わないので、その視線を辿ると私の身に着けていた輝くものに行き当たる。
「あぁ、これか」
手にとって持ち上げる。彼の視線も同じように上がり、私の瞳を捉えた。
「それを、着けて」
「あぁそうだ」
「あ、あの、つまり」
今ここではっきり言える。
私は笑っているのだと。
「君の予想通りだ」
「!」
「君の気持ちに応えよう」
大勢でざわつく中、背伸びをして彼の耳元で囁いた。彼だけに伝える為に。
「君が好きだよ」
私がかつて持っていた、そして積み重ねて見て見ぬ振りをして蓋をしてきたものを取り戻した瞬間だった。




