16話
朝起きれば、とうに三・四・五軍は遠征に出ていた。
街は通常通り活気に溢れている。
「よう、ねーちゃん」
「あぁ、朝から精が出るね」
先日のデート中に会った商人の彼と再会し、輸入商品を購入する。
生活雑貨衣服から食品まで幅広い。彼にしか手に入らない地方の名産や伝統工芸品も揃ってる当たり、この道に才能があったとしか言いようがないな。
「なぁ、彼氏は軍人なんだな?」
「知っていたのか」
どうやら早朝の出兵を見ていたらしい。相当数の兵の中からよく彼を見つけたものだ。目利きはそんなとこでも役に立つとは素晴らしい。
「結構いい家の坊ちゃんだな」
「そうだね」
ミランとこの一族なのだから当然のことではあるが。話し方や佇まいからもそれがわかる。
軍内部での階級は彼の能力や努力もあるだろう。ミランの直轄部隊に所属出来るというのはそういうことだ。人事に関しては厳格で、私はミランのそういう所は一目置いていた。
「ま、いいとこの坊ちゃんだろうがなんだろうが、なかなかいい男だ」
「真面目な青年だからね」
「それだけじゃねえよ。ガッチガチの軍人のあんたを変えた男だぜ?」
そこだけですげえよ、と。
「私はそんなに変わったのか?」
「うげえ、分かってない当たりがねーちゃんらしいんだがな。少しはにーちゃん労ってやれよ」
「答えになってない」
「うるせーいわねーよ!」
何故か怒られた。
以前ノアやミランも似たような事を言っていたし、そのあたりは自分で解決する気でいる。
うむ、久しぶりに難題にぶつかっているな。
現役時代にも何度も体験しているが、こういう経験は自分を成長させるにもってこいだ。俗に言う逆境というものだな。
「分かったところで階級があがるとかじゃねえぞ」
「私は退役している」
「知ってるよ。なんだかそんな考え方してんだろうなと思っただけだ」
確かにそうかもしれない。仕事で例えた方がわかりやすいからな。
「デートん時みたく普通に買い物してろよ」
「普通に?」
そうだ、と頷く。
あぁ、ルーカスと一緒だと街を歩くのも仕事抜きで出来たのに、一人だとすぐ逆戻りだ。人は新しいことを身につけるのに訓練が必要だなとつくづく思う。
「アリーナ?」
新しく声をかけられる。珍しく大通りに出てきている引きこもりだ。
「お、茶屋のにーちゃん」
「帰ってきてたのか」
顔が利くな。元より裏通りにいた人間だから、二人は旧知の仲なのだろうが。
「買い物か?」
「あぁ」
「そうか。調度いいところに会えた。新しい茶葉はあるか?」
「おう、新作入手してるぜ」
直接仕入れをしているが、こうしてたまに珍しい茶葉を求めて買い出しに出ている。情報云々除けば純粋な茶好きだ。ミランに茶に関しては変態と呼ばれる程に。
「アリーナ、茶でも飲みに来るか?」
「いいね、頂こう」
「浮気はやめとけよー」
「はは、俺がルーカスに半殺しにされるな!」
「……何が面白い?」
男二人笑いあうのはいいが何が面白いのか。
というかいくら軍人でも彼がそこまでするとは思えない。
「ルーカスは結構嫉妬深いぞ?」
「ぽいなー! 独占欲強そうだ」
「嫉妬? 独占?」
「そういうとこでねーちゃん災難だよなーいい男なんだが」
「そうだな、ことアリーナの件については見境がない」
そんな視野が狭いのか。
今一ピンと来なくて悩んでいると、二人が微笑んでいる。何か企んでる時の嫌な顔だ、祿なこと考えてないな。
「ねーちゃんは知らなくていいんだよ。男の問題だ」
「その通り」
「男女差別ではないか」
そういえばさらに笑う。さっきから置いてけぼりなのは私だけ。気に入らない。
「男のプライド、アリーナの言う矜持というとこだ。これ以上きいてくれるな」
「ふむ、そういうことなら」
商人と別れ、茶屋に行く。そこで先程仕入れた新しい茶をもらいながら、情報提供だ。
「今日はなかなかすいていてな」
「ほう」
この言葉から始まる時は、用心して話せと。
実際話す言葉の裏を読み解く。
遠征後、監視カメラへの介入と盗聴の確認、今はブロック済みセキュリティ強化済み、あちらの動き無し。
奴らが私の元へ来る気配も無し、ミランの言う集団で突撃してくることはなさそうだと。
遠征先への到着は二日後。
負傷者なし、現在は遠征先への情報操作も封じ込めに成功しているため、一時より落ち着いてはいるが、このままの進軍だと一部で接触の可能性ありと。
「ふむ」
「この新作上々じゃないか。仕入れ元について聞いておこう」
「よかったな」
ルーカスについて、聞いてみる。
とはいっても安否が無事ということぐらいしか情報がない。
面白いことに私の直轄小隊が連携を組んでいる。私の管轄だった第六部隊はほぼ解体されたからな。奴らが欲しがりそうな人材は軒並みミランが先に引き入れたあたり感謝しかない。また伍長のように利用されたりしたらと危惧していただけに。
幸い、ミランの手筈もあってか奴らの差し金は今回の遠征で紛れ込んでいないらしい。
現地にいた監視役や陽動役も一足早く出向いたミランの別機動が抑え込んだという。
相変わらず仕事が早い。
「ルーカスとは当面会えないな」
うっかり本音で話してしまった。暗号を使わなければいけなかったのに。
私のうっかりに店主は目を瞬かせた。
驚くのも無理はない。暗号使って会話することに間違いをおかすことは今までなかったからだ。
「すっかり骨抜きにされたな」
「え?」
「何かにつけてルーカスの話じゃないか」
言われてみればその通りだった。
遠征の予定はおおよそ一ヶ月だけ。
物資補給やインフラ整備の準備ならその程度だろう。大規模な設備整備ならもっと時間がかかるが、今回はその前段階、私もよく経験しているから分かっている。
なのに、毎週二回ルーカスに会えることがなくなって、今こんなにも気になっている。安否はもちろんだが、どうやら私は純粋に会えないことを気にしているようだった。
「不思議だな」
「そうか?」
やっと人らしくなったじゃないかと店主。
「そういえば、ルーカスと街に出た時は楽しいという事を久しぶりに感じた」
「そうか」
ずっと忘れていたような気もする。
仕事で成功を収める事や戦時下において優位に進められる事による優越とは全く違う、表現し難い思いと感覚。
彼は優秀な人間だ。
私に関わることでリスクを背負っても決してそこで倒れるような人物ではない事は分かっている。
それでも、彼のことが気がかりで何かにつけて無事なのか情報を仕入れようとしているあたり、答えはとうに出ていたのかもしれない。




