13話
「……ルーカスは凄いな」
「急にどうしたんです?」
彼が良く知る品の良い店で食事をとりながら、つい零してしまった。
テラスにあたるこの席からは星空が良く見えた。久しぶりに空なんてものを見上げている気がする。
「羨ましいんだよ」
「私がですか?」
その通りだ。
私は彼に感じたことをまま伝えた。少尉は考えるように沈黙して、真っ直ぐに私を見やった。
「これから取り戻せば」
「?」
「アリーナは知ってるのでしょう? なら、思い出せばいい」
簡単に言ってくれる。
今日この日ただただ焼き付けられた生活の断片。
心地がよかった。
拒否したいものではない、受け入れたい。
しかし、これを思い出して自分の身になって私は耐えられるのだろうか。一度心地良いものを知れば、私は今度喪失に耐えられるのか。
「……」
そうか、私は失うのが怖いのか。
それは私が今まで積み重ねて見ないようにしてきた弱さか。
「私は弱いな」
「そんなこと」
「ルーカスは不思議な青年だね。親交深い者が出来ても、こんな思いを抱いた事なんてなかった」
「そ、れは、」
彼が言葉に詰まる。
酒もだいぶ飲んでいるから少し酔ってきたのか。瞳も少し揺れている。あまり飲めないようならこのあたりで終いにした方がよいだろうか。
「この限られた時間でも楽しんでもらえたらと思っただけで」
「あぁ、そうだね」
「はい」
「きっとこれが楽しいって事なんだろう」
眉は八の字にしながらも、彼は笑って私に感謝した。感謝したいのは私の方なのに。
「……良いと言ったのだが」
「いいえ、譲れません」
良いと言うのに、彼は結局私の家まで送ると言い張り、連れ立って歩いている。
彼は私の為に購入した雑貨類食品諸々を手にしている。そのぐらいの荷物ならもう持てるというのに、彼は少々心配性なのではないか。それとも手のかかる兄弟が多くいるとこうなるのだろうか。
街から自宅まではすぐだ。
特段多くを話さず進む道は完全に夜の帳が下りて静かだった。街の喧騒は聞こえない。
握られた手は彼の体温で温かかった。
いくら季節が過ごしやすくなったとはいえ、夜はまだ冷える。心地の良い体温の温かさと、慣れなかったこの手を繋ぐ態勢に安心感を覚えてしまっているのは何故なのだろうか。
これが思い出すことなのだろうか。
「……着きましたね」
「そうだな」
ここまで有難うと伝え、するりと手を放す。
少し名残惜しいと言えば目の前の青年は笑うだろうか。
「こちら」
「あぁ、有難う」
持ってもらった荷物を貰い、後はもう別れの挨拶だけだ。けれど、それが出ない。不思議だ。
しばし沈黙し、お互い目を合わせるだけで。
あれだけ雄弁に自分のことを話す彼には珍しく、言葉を選んでるようだった。
「……あの」
「あぁ」
「また、伺います」
「そうか」
「また街に一緒に出てもらえますか?」
「……あぁ」
喜んで。
言えば嬉しそうに帰って行った。
彼が丘を降りるのを見送って、一つ溜息をつく。
「……で、お前は何しにここに来た?」
「おっとばれていたか」
庭の大木から降りてきたのは馴染みの同期だ。
「ミラン」
「よう!」
いやいやデート中だったとこをすまなかったな、と宣いながら飄々と現れる。相変わらずのようだ。
「にしても、君達いい感じじゃあないか! 喜ばしいことだな! 結婚式はいつだ?」
「付き合ってもいないのに、いきなり結婚の話か」
「なんだ、つまらん」
「人で遊ぶな」
こと彼と私の関係については野次馬精神が旺盛なようだ。根掘り葉掘りきいてこようとする。
もちろん応える義理はない。
「で、こんな時間に来て何があった?」
「ふん。まあアリーナには話しておこうと思ってな」
「遠征の件か」
「そうだ」
出発の日取りが早まった。三日以内には出るだろう。
現地での戦闘に及ぶ可能性もある。
「聞いてはいたが……そうか」
「遠征についてはまあ目途が着いたってとこだが、ちょっとばかり心配でな」
「何が」
「お前の安否だ」
なるほど、奴らめ、この機会に私に仕掛けてこようとしているのか。なかなか小賢しいことをしようとする。
「まぁ、奴らなら多勢でここに来ても可笑しくないな」
「大丈夫だと思うが気をつけろよ」
「私を誰だと思っている?」
「お前の身体の安否が心配なんじゃない、こっちの方だよ」
と、自身の手を自分の胸に当てる。心臓にしては身体の中心だな。
「心だよ」
分かってない私に答えを出すミランは、困った奴だと苦笑する。
「復讐を果たそうなんて思うなよ」
「……あぁ」
驚いた。
私は今の今まで復讐を頭の端に置くどころか忘れていたのだ。
何故か。
思い当たる所はもう彼しか見当たらなかった。
少尉。
今日過ごした時間の中で、復讐の事を考えていたか?
正直、ミランからこの話が出るまで、とんと考えていなかった。彼が関わってきて、彼の存在が奴らに知れて、守ろうと日々の情報に付随して彼のことばかり気にかけていた。
「どうした?」
沈黙を続ける私を不思議がって小首を傾げる。
「いや、そうだな。正直なところ、ここ最近は少尉の安否の方が気にかかっていた」
「お?」
「復讐を成したい気持ちに偽りはないが、奴らにマークされてから特に心配で」
「おお?」
「なんださっきから変な声しか出してないじゃないか」
理路整然と誇大に嘯ける奴が同じ奇声しか出ないとはどういうことか。
変な薬でも盛られたのかと冗談でも言わない方がいいことを言ってやろうかと思えてくる。
「いや、すまない。ちょっと意外だったもんでな」
「そうか」
一体何がと問うてもミランは答えなかった。
「たぶん近い内に分かるさ」
本来の調子を取り戻したのか意気揚々として笑う。
「じゃ、俺は戻るわ。ノアは残るから安心しろ」
「もう医者の診療は必要ないと思うんだが」
「そこはノアに直接言え。俺もお前も医者じゃないからな」
「それもそうだ」
コートを翻して去っていく。
忙しい最中、こうして会いに来る当たり、ミランも相当なお人好しだ。
こういう点では私は本当人に恵まれている。
『これから取り戻せば』
「……そうだね」
どこかで一線引いていたのは私だけで、今もこうして会ってくれる者たちは与えてくれていたのだろう。
私が見て見ぬ振りしていた本当に欲しいものを。




