12話
「少佐殿、お願いがあります」
「なんだ?」
少尉は至っていつも通り訪問してきた。
いつも通り花束を貰って、茶を入れた時、珍しいことを言ってきたものだ。お願いとは。
「デートをしてくれませんか?」
「デート?」
「はい」
今日の時間をくれと。
「デートとは何をするんだ?」
「それはおいおい考えましょう。まずは外に、街へ出ませんか?」
「あぁ、構わない」
「少佐の体調は」
「君に体術では勝てないままだが、街を出歩くぐらいは苦もないさ」
苦笑される。
私は全快を望んでいるから、基準はやはり現役時代に近しい状態であることがより良いだろう。
その一つの目安が少尉に勝てるかどうか。非常にわかりやすいかと思うが、少尉の認識は違うのか。
第三者の意見も聞いておこうかと口を開く前に少尉が話を進めてきた。
「デートでは名前で呼び合いましょう」
「あぁ、かまわない」
道行く先々で軍の階級で呼び合っていたら市民も気にかかるだろう。街の平穏が比較的緩やかに推移してる今、小さいことで刺激を与えないほうが良い。特に遠征を控えてる今は。
「では」
丘を下れば、変わらず賑わいを見せる大通りに入る。
人並みも多く、人々の表情も豊か、小競り合いもない。実に良い状態を維持している。
「お、丘のねーちゃん」
「やぁ、こちらに来てたのか」
「丁度昨日戻ったんだよ……ん?」
「どうした?」
「いや、顔つきが違うな」
やたら人の顔を凝視してくるから、何かと思えば顔つきか。
まぁ痩せはしたから、そこから全快に至ってない時点で多少顔つきは違うだろう。
「あの、こちらは?」
「お?」
「あぁ、街の出身者だが個人で貿易の小売をしてるんだ、あまり見かけたことがないだろう。名前は、」
「おおおおいやいや、ねーちゃん」
「どうした」
「彼氏できたのかよ!」
後ろで少尉が軽く吹いた。
顔つき変わったのそれかよと度々私の顔を凝視しながら言ってくる。
「おー、ねーちゃんの彼氏つーと、兄さん余程の腕っぷしなんだな」
「え?」
「そうだな、私より強い」
「ぶっは! すげーな!! じゃ俺はデートの邪魔しないようさっさと退散するわ!」
「気遣い有難う」
「おう! しばらくここにいるから商品買いに来てくれ」
別れ際、耳元で囁かれる。
「だいぶやばいことになってるぞ。いつ始まってもおかしくねえ」
「そうか」
やはり外の状況はそんなにも良くないのか。行商人は戦時下においても巻き込まれることはそうないが、しばらくここに留まるということは。
「……少佐」
「名前で呼ぶんじゃなかったのか?」
うっと詰まる少尉。自分から言い出しておいて階級で呼ぶとは。少し意地悪してやるとなかなか素直な反応が出てくる。面白い。
「アリーナ」
「なんだ」
「今の方は」
道を歩きながら、先程の商人について説明する。
出会いは私の現役時代。
街中に調査に出た時、あれは違法薬物が出回った問題の時だったか。
素行の悪い青年程度だったが、何故か殴り合いに持ち込まれ、叩き伏せた結果、素行の悪い違法薬物を売買する青年が、輸入専門の小売に変わった。殴り合いで勝てなければ、こちらに従うと言って有言実行できる当たりなかなか筋の通る人物だ。
なので、彼は私が軍人という事も知っているし、こうして会えば商品を買う買わない関係なく情報を提供してくれる。と、ここは伏せて少尉に伝えると、何が面白かったのか笑っていた。
「アリーナらしいですね」
「ん? そうだろうか?」
「ええ、あ、ちょっと待っててください」
言って小走りに場を去る。
黙って待っている間に周囲を確認するが、なるほど、監視カメラの種類が変わったな。
「お待たせしました」
「ん、どうした、それは」
持ち歩き用の飲料だった。
「今日は少し暖かいので、どうぞ」
「あぁ、有難う。お代は」
「結構です」
何を言うのか、払うと主張しても笑顔で却下された。終いには私の顔を立ててくださいと言うものだから、有り難く頂くことにした。
「そういえば、何を見てたんですか?」
「監視カメラが変わったなと」
「監視カメラ?」
このエリアの監視カメラはそろそろ取り換えの時期だったから妥当だろう。変にアンテナが増えているわけでもないから、おかしな細工はされていない。最新機器の情報では内臓する部品の中に仕込むことは難しいから、なにもされていない純粋な新しい監視カメラに変わったのだろう。
「……アリーナ」
「どうした」
「これはデートですよね?」
「そうだね」
「では、仕事はしないでください」
「仕事?」
盛大に溜息をつかれた。そもそも私はもう仕事をする身分ではないのだが。
「街の治安を確認してるでしょう」
言われてみればだ。
確かに街へ出る度に確認するのは市民の生活の質が保たれているか。犯罪が減っているか、生活の格差があるか、諸外国の動向、使える全ての手段で把握に努めていた。なるほど、指摘されないと分からないこともあるものだ。
「……確かに、ルーカスの言う通りだ」
うっかりという言葉があるが、まさにそれだ。
「では、今この時からはなしです」
「そうだな、無粋だった」
「……」
本当にできるのか、それは私も習慣になっているので無意識でしてしまいそうだが。それを安易に少尉は目線だけで訴えているようだ。
「デートに集中するとしよう」
納得はしていないようだったが、私の回答に妥協した少尉は、はいと短く返答した。そして空いてる手を差し出してきた。
「?」
「手を」
自分の手を添えれば握られてそのまま歩き出す。
両手が塞がっているのは機動力が下がるな。誰かに支えてもらって歩く程でもないのだが。
「これがデートでは必要なのか?」
「そうですね、ぜひ」
半歩先を歩く少尉の耳が赤くなっていた。指摘しない方がいい気がしたのでそのままにしておこう。
デートとは不思議なものだ。
ただ少尉と街中を歩いたり、食事したり、買い物をしたり。
市民の生活を二人で体験しているだけだったが、少尉は楽しそうだった。そんな彼を見ていると、不思議なことに私はひどく穏やかでいられた。理由は分からないが、デートというものを楽しんでいるのだろう。
街一回り、よく知ってるはずなのに、初めて来るような感覚さえあった。店にお客として入るのも新鮮なもので、久しくそういう体験をしてなかったことを思い知らされる。
一方で少尉は慣れているようだった。
そういえば、見舞いに来て話をする時も兄弟とやれ街のどこへ行ったとか何を買ったとかそんな話をしていたな。だからなのか、少尉は街の事をよく知っていた。もちろん娯楽と言う点において。
羨ましかった。
1人で過ごすことに慣れ、私自身が1人の民であることを忘れていた。
かつては知っていたはずなのに。
何をしていても少尉のように笑えるのだろうか。




