遅れてきた厨二病と生徒指導教員
「一粒三百メートル。その欺瞞を知ってから、僕は大人たちの言いつけを信じられなくなったのです。そう、サンタクロースなど、初めから存在していなかったのと同じように……」
「……いや、君を職員室へ呼んだのは遅刻が多いからだよ。別に、髪を染めてるとか、窓ガラスを割ったとかではないから」
「バイクを盗もうとして、取り乱したことはあります」
「余罪は、あとで追及するね。まず、名前をちゃんと書こう」
「ちゃんと、とは? 具体性を持たない言葉を用い、誤認へ導いて自己利益に繋げる。これぞ、大人の卑怯さではなかろうか」
「ウチの学校に、横文字の生徒は居ないんだよ、ダークネス・ガーディアン君」
「短剣符をお忘れですよ。神に選ばれし者の証である、究極の標を」
「話を続けるよ。どうして、偽名を書いたの?」
「名前。たかが個人を識別するための記号に過ぎない物など、どうでも良いではありませんか」
「良くないよ。本名を書こうね」
「大人たちが敷いた身勝手なレールを外れたくて、僕は昨日ピアッサーを購入しました。耳朶に針が通る間際の一刹那に、僕をこの世に産み落とした唯一神の名言が想起されたので、封を開けただけに終わりましたが。使いますか?」
「使わないけど、預かっとくね。ママゴンが怖くて、びびってやめたのは正解だよ」
「聖痕は、右目の下にある一点だけで充分です」
「ただの泣きボクロだし、君の家はお寺でしょ。それで、遅刻の理由は?」
「軛を失い、唐突に自由を与えられた奴隷は、戸惑いの結果として、新たな主人を探すそうな。そんな、迷える子猫を導いていました」
「首輪が無ければ、確実に野良猫だよ。あと、成績に関しては、特に問題ないな」
「鮮血に染められし忌まわしき閾値を取るような、愚から行ないはしない」
「赤点どころか、クラス首位だからね。ホント、素行さえ頑張ってくれれば、申し分ないのに。化学の先生から、実験準備室に出禁になってるって聞いたんだけど?」
「悪しき魔物を飼い、怪しき薬物に手を染めているのではないかと懸念されたので、隠密に調査したまでです」
「あとで保健室に行こうか。先生はきちんと法定範囲内で扱ってるから、君が心配することじゃないよ」
「ちゃんとの次は、きちんとですか。笑止千万!」
「それとも、救急車かな。厨二病は麻疹と同じで、若いうちに治療しないと重症化するからね」
「ドクニンジンの杯を呷った古の哲学者、かく語りき。悪法もまた法なり、と」
「だから、何なの?」
「フッ。こじつけだとお思いでしょう? 故事成語だけに」
「やかましいわ。話は終わりだから、帰りなさい」
「帰る? どこへ? 帰るべき場所など、どこにもない。何故ならば、約束の地は、心の中にのみ存在するのですから」
「それは、君の妄想に過ぎない。早く帰りなさい」
「この地は天使による心地よいそよ風が降り注ぎ、かの地は悪魔による灼熱光線が降り注ぐのです」
「冷房が効いてるからってだけで居座られても、困るんだよ。帰りなさい」
「そして、同じ服装を強いられた哀れな隷従者を運ぶための箱は、あと半刻はやってこない」
「バスが行ったばかりなんかい!」