scene5
――5――
墓参りを終えると、かつての祖父母の家で過ごすことになった。定期的に熱を入れないと、家って直ぐに朽ちちゃうんだよね。昔ながらの和風建築二階建て。坂の下側が一階で、坂を登った方に回ると一階兼二階になっている。おばあちゃんが趣味で文房具屋をやっていたから、二階側の玄関先には今でもガラスのショーケースが並べられている。そこから、左右に二部屋ずつ。左側の部屋には先祖代々の仏壇があって、そこに私の位牌がおいてあるモノだから、なんだか変な気分になってしまった。
一階に降りると居間が一つ。居間から降りて土間を歩けば、台所やお風呂につながっている。トイレはくみ取り式だったんだけれど、老朽化が進んでいたから生前に水洗に変えたんだよね。到着して立ち寄ったら、当時よりもさらに新しくなっていたけれど。
「夕飯は焼き肉にしようと思うのよ」
桜架さんがそうおっしゃるものだから、あ、それなら網は棚に……と言おうとした自分を押し止める。あ、危ない。アットホームに釣られて色々と台無しにするところだった。
「おにくだ! つぐみは、おにく好き?」
「好きだよ、りんちゃん」
凛ちゃんにそう言うと、何故か、目を見張った美海ちゃんが挙手する。
「! つ、つぐみちゃん、お、お魚は?」
「うん、お魚も好きだよ、みみちゃん」
「お魚抜いて!!」
ぇぇ……どういうことなの……?
「うぅ」
「ははは、ざんねんだったな、みみ」
「じゅりあちゃん……好きぃ」
「うんうん、あたしもみみが好きだぞー」
何故かうなだれてしまった美海ちゃんを、珠里阿ちゃんが快活に慰める。珠里阿ちゃんは美海ちゃんを元気づける傍ら、私に妙に様になっているウィンクを一つよこしてくれた。口パクでありがとう、と伝えながら、不意に考える。珠里阿ちゃんってけっこう、女の子に好かれそうだよね、なんて。
「さ、蘭。今度こそ、準備は私がやるわよ」
「――もう終えています」
「えっ、御門さん、いつの間に……?」
私が美海ちゃんたちとじゃれ合っている内に、小春さんがだいたいの準備を終えてくれたようだ。土間の部分に炭火焼きのセットが置かれ、椅子が並べられている。席順は子供四人で並べはせず、桜架さんの両脇に私と凛ちゃん。正面に珠里阿ちゃんと美海ちゃんが並び、その両隣を外から挟むように小春さんと蘭さんが並ぶ。
「三大肉と鹿、猪を用意しました。野菜も各種」
「ありがとう、こはるさん!」
「いえ。その一言で報われます。至福」
小春さんは相変わらず大げさだなぁ。でも、こうして親身に寄り添ってくれる小春さんだからこそ、信頼できるのかも。
「つぐみ、つぐみ、シカって食べられるの?」
「うん、おいしいよ、りんちゃん」
「あら、鹿、食べたことがあるのかしら?」
「はい、おうかさん」
前世はもちろん、今生でも食べたことがある。鹿のロティなんだけれど、うん、高級なヤツなんだよね……。前世であんな良いお肉、振る舞われた以外で食べたことなかったよ……。
今回も小春さんが用意してくれたみたいだし、びっくりするくらい良いお肉なんだろうなぁ。野生の鹿って雑食だから、ちゃんと臭み抜きしないときついんだよね。前世では、半日くらいワインとショウガにつけ込んでから食べたものだ。
「では、こほん――故人、桐王鶫はこうした団欒がとても好きな方でした。それに準え、今日は深え……天国にいる鶫さんに満足していただくためにも、しっかりと楽しんでいただければ幸いです。……献杯!」
桜架さんの音頭に合わせて、オレンジジュースの注がれたコップを軽く上げる。それから直ぐに、桜架さんが充分に火の通ったお肉を、私と凛ちゃんに振り分けてくれた。
「はい、どうぞ。――蘭も、しっかり食べるのよ」
「……英気を養うのですね。ええ、ええ、桜叔母さんの無茶振りは今に始まったことでもありませんから」
いつもさりげない気遣いで控えめな様子の蘭さんが、何故か、どんよりと重い雲を背負っていそうな表情で肉をひっくり返していた。英気って?
「つぐみ様、ジュースのおかわりは――」
「みかどさん、あたしもおかわり!」
「わ、わたしも良いですか? みかどさん」
「はい天使様方もちろんですオレンジジュースでよろしかったでしょうか?」
なんか間に何か聞こえたような気がするけれど……小春さんも、なじんでいるようだ。けっこう破天荒でマイペースな私の専属スタイリスト、ルルと幼なじみなんだもんね。馴染むのは慣れているのかも。
お肉も焼けてどれにも箸を延ばせるくらいの時間になってくると、次は雑談が盛り上がり始めた。
「桜架さんは近隣の野良猫に名前をつけて回っているのですが、それがご近所に知られると思うと気が気でありません」
「らんさん、なにがモンダイなんですか?」
あー、と、察してしまった私を余所に、珠里阿ちゃんが首をかしげて尋ねる。うん? なんで桜架さんも首をかしげているのかな? もう。
「ひとつ谷熊五郎、斜め星小次郎、安西」
「それなに?」
「桜架さんのつけた、猫の名前です」
「ぇぇ……」
引く珠里阿ちゃん、真顔になる美海ちゃん、オレンジジュースを吹き出しかけてむせる凛ちゃん。美海ちゃんは猫を飼っているから、我がことのように考えてしまったんだろうなぁ。
「ちょっとひねりすぎたかしら?」
「捻り切ったのですか?」
「らーんー?」
何故だろう。ちょっとだけ、蘭さんから私怨のようなモノを感じる。
「ね、ね、つぐみ」
「うん? りんちゃん?」
小さな声。桜架さんの向こう側から、窺うように声をかけてきた凛ちゃん。
「なんか、こういうのも、たのしいな」
「うん――うん、そうだね」
どうなることかと思ったお墓参りも、無事に終わった。あとは食後に“楽しいこと”があると言っていたけれど、花火とかかな。なんにせよ、何事もなく終われそうだ。
なんて、思っていたのだけれど。
夕食後、一休みをしてからやってきたのは、家の二階部分の玄関だ。小春さんから一人ひとつ、“魔除け”と称して音の鳴らない鈴を渡されると、私たちは何故かみんなで並んでいた。
「故人、桐王鶫はとてもホラーが好きな人だったわ。そこで、彼女が存分に楽しめるよう、鶫さんと生前関わりがあった女性、黒部珠美さんが発案したのがこの行事――」
珠美ちゃん、えっ、珠美ちゃん?
事務所の所長夫婦の娘さんで、昔はよく一緒に遊んだあの、珠美ちゃん?
「――それがこの第十五回、チキチキ肝試し大会よ!!」
きもだめし……肝試し?!
そんな、そんなの、悪霊側として参加したくなるじゃない!
「つ、つぐみちゃん、なんでワクワクしてるの?」
「え、だって、みみちゃん。おもしろそうじゃない?」
「わかる」
「つぐみもじゅりあもずるいぞ……」
珠里阿ちゃんはホラーゲームなんかも嗜むだけあって、肝試しも得意そうだ。逆に、凛ちゃんと美海ちゃんの二人は小刻みに震えている。
「私たちはお化け役として分布します」
「危険な場所、野生動物への接触、その他の可能性など肝試し以外に恐ろしいポイントは対策済みですので、ご心配なく」
「桜架さんの暴走は、私が頑張って止めますので、みんな、頑張ってね……」
生き生きとした桜架さん。
いつもどおりにすごいことを言う小春さん。
何故か煤けた様子の蘭さん。
「チーム分けは、つぐみちゃんが白、珠里阿ちゃんが赤で、凛と美海ちゃんでこの札を引いて」
なるほど、必ず、こういうのが得意な私か珠里阿ちゃんの、どちらかにつけるようにする、と。二人は同時に札を引き、凛ちゃんが赤、美海ちゃんが白。ガッツポーズの美海ちゃんとは対照に、凛ちゃんは弱々しく珠里阿ちゃんの手を握りしめた。
「じゅりあ、たのむ、手を引いて……」
「ああ、まかせろ!」
凛ちゃん、相当必死だね……。この分じゃ、悪霊側への参加申請は難しそうだ。むぅ。
「ルールは簡単。階段の先にあるお社に設置済みの札を持って帰ってくるだけ。順番はどうする?」
楽しげに告げる桜架さんに対して、真っ先に手を上げたのは凛ちゃんだ。
「おししょー、おししょー、わたし、先におわらせたいです……」
「わたしはあとでも良いけれど、みみちゃんは?」
「だ、だいじょうぶだよ」
「じゃ、あたしとりんが先だな」
まるでそういうアクセサリーみたいに、凛ちゃんを左手にくっつけた珠里阿ちゃん。珠里阿ちゃんの目にはいっぱいの高揚感があって、実に楽しそうだ。
「ふ、ふふふ、いっぽリードはカクジツ……ふふふふふにゅにゅにゅにゅ」
「みみちゃん?」
「な、なんでもないよ?」
みみちゃん、もしかして意外と怖がっていないのかな?
「では……用意、スタート!」
「よーし、行くぞ、りん!」
「あわわわわわわ」
スタートの合図と同時に凛ちゃんを引き摺るように進んでいった珠里阿ちゃんを、二人で並んで見送る。この場には小春さんだけが残り、蘭さんと桜架さんは既に夜の森へ消えていた。
「ねぇ、つぐみちゃん」
「どうしたの?」
「つぐみちゃんと、いっしょのチームで良かった、って、えへへ、そ、それだけ言いたくて」
「うん――わたしも、みみちゃんと同じチームで、うれしいよ」
美海ちゃん。色々あったけれど、こうして美海ちゃんと並んで笑い合えるようになったことは純粋に嬉しい。眼鏡の奥で目を細め、照れ笑いをする美海ちゃん。そんな美海ちゃんを覗き込んでいると、美海ちゃんと目が合った。
「だ、だから、だからね、わたし――」
美海ちゃんはそう、真っ向から私を見て。
『ひぁああああああああああああああああああああああ!!!!!』
響き渡った(たぶん凛ちゃんの)悲鳴に、思い切り飛び上がった。
「――ひぃ、な、なに? なにが!?」
「みみちゃん、どうどう」
震え上がる美海ちゃんを、宥め賺して落ち着かせる。これは……その、凛ちゃん、大丈夫かなぁ。
震えが止まらなくなり、目に見えて真っ青になる美海ちゃん。きっと脳裏でリフレインするのは、“竜の墓”で見た光景であることだろう。でも残念、桐王鶫の霊は美海ちゃんの隣にいるんだよね! ……とは、言わない、言えないけれど。
なんだか、とんでもない肝試しになりそうな、そんな気がした。