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scene4

――4――




 客船の五階から眺める光景。見渡す限りの水平線と頬撫でる潮風が胸を高鳴らせる。客船の縁に張り付いて這い出る演技をしたこともあるけれど、あのときよりもずっと揺れが少ない。

 そうだよね、二十年だもんね。技術も進化するかぁ。聞けば、飛行機みたいに座席に腰掛けて高速で移動する、ジェット船なんてものもあるらしい。


「こーくん、ほら、カモメだよ!」

「はいはい」

「虹、あれはイルカかな?!」

「イルカかぁ?」


 虹君は私たちに引っ張り回されて、既にげんなりとしていた。ついつい童心に返ってしまっていたかも。申し訳ない。でもほら、海ってけっこう思い出が多いからさ。土左衛門ごっこは不評だったけれど。ごめんねさくらちゃん。

 伊豆諸島も島影だけなら少し見えてきたような気がする。蜃気楼かも知れないけれど。この海を渡って向かうのは、神津こうづ島と呼ばれる小さな島だ。都道府県で言うのなら、東京都にあたる。海も山も綺麗な良いところ、らしい。東京の名湧泉五十七泉に登録された湧き水があるのは知ってるんだけどね。肩こりに効きそうだなぁ。


「神の宿る島で撮影なんて、ずいぶん粋なことをするよね」

「アーティストってそんなもんじゃないのか? パワースポットも多いんだろ?」

「パワースポットかぁ」


 確か、九十年代頃から徐々に浸透していった言葉だった気がする。その当時は私のようなホラー女優ならともかく、普通の人がすっと話題に出すようなものではなかった気がするのだけれど……これが時の流れかぁ。どこかでブームになったんだろうなぁ。


「つぐみは、パワースポットに興味はないのか?」

「あるよ! のろわれたパワースポットとかないのかなぁ」

「うわ。つぐみ、それは悪趣味よ」

「うぐっ」


 あ、悪趣味……。心なしか、二人の視線が痛い。いやでもほら、人々にパワーを与えるはずのパワースポットが呪われているって、ちょっとドキドキしない? しない?


「この島でどんなMVにするんだか」

「であいとわかれ、だよね」

「さぁ? アーティストの考えることなんかわからないわ」


 ちょっとだけ、うん、あの表情を見ていなければ気がつかなかった程度に、ツナギちゃんの言葉は刺々しい。やっぱり、身近な方になにかあったのかな。どういう事情であるにせよ、それは、ツナギちゃんが話したくなるのならともかく――私が、不躾に聞いて良いことではないだろう。


「到着は十二時半だっけ?」

「こはるさんに聞いてみる?」


 そう言って鈴を取り出すと、虹君は顔を引きつらせて首を振った。


「いや、いい。心臓に悪いんだよなぁ。あのひと、どういう人なんだよ……」


 鈴やベルなど、実のところ気分によって鳴らすモノは変えているのだけれど、呼ぶつもりで鳴らせばどこからともなく来てくれる。私が慣れて気配を読み取れるようになると、また読めなくなるほど精度を上げてくる。小春さんとのこのイタチごっこみたいなやりとり、実は結構好きなんだよね。小春さんも楽しそうだし。

 それもあって、小春さんや春名さんからも鈴やベルを貰うことがある。中には“鳴らない鈴”なんていうのもあって、悪いモノが近づくと鳴るっていうお守りなんだとか。


「こはるさんのお母さんも、うちで働いてくれてるんだよ」

「一家で、か、一族で、かで重みが変わるな……」

「お金持ちってこわいわ」


 こわいとは。いやうん、わからないでもないけれど。


「こーくんの、こがねさんはお米やさんなんだっけ?」


 黄金さんのお話は、以前、凛ちゃんから少しだけ聞いたことがある。なんでもご実家が米農家で、とてもおいしいお米を作るのだとか。


「そうだよ。あの人のところの米、美味いんだよなぁ」

「え? 虹の……えー、黄金さん。そうなんだ?」

「ああ。そういやツナギ、おまえのところのマネージャーは、どういう人なんだ?」


 虹君の質問に、私が聞かれたわけでもないのにドキリとしてしまう。そうか、そうだよね。マネージャーさんの話が話題に出れば、ツナギちゃんに振られてしかるべき、だ。

 ちらりとツナギちゃんの横顔をのぞき見る。するとツナギちゃんは、私の諸々の予想に反して、少しだけ困っているように見えた。


「実は先週、保護者から紹介されたんだよね」

「先週? つい最近じゃんか」

「え、せんしゅう……なのに、同じへやでいいの?」

「それはまぁ、気にしないけど」


 会ったばかりでよく知らない男の人と相部屋は、けっこうハードルが高いと思うのです。そりゃ、辻口さんを知っている私からすれば、もちろん大丈夫だと断言できるのだけれど……ツナギちゃんって、けっこう世間知らずなのかなぁ。


「ツナギちゃん」

「なに? えっ、本当になに? そんな真剣な顔して」

「お菓子をくれるっていっても、しらないひとについて行っちゃダメだよ?」

「はぁ?」


 やっぱり、こういうのはどこかでキチンとお話をしておいたほうが良いからね。何があるかわからない世の中だし、お巡りさんがついてきてくれているとはいえ、物騒な事件も流行っているのだし。

 そう一人で頷いていると、唐突に、頬に熱を感じた。



「つぐみ」

「ツナギちゃん……?」



 私よりもほんの少しだけ背の高いツナギちゃんが、そっと、私の頬を両手のひらで挟み込むように触れていた。



 そして。




「生意気なことを言うのは、この口かな……????」

「ふみゅうっ!?」

「あ、すごいなにこれ、うわ、柔らかい」

「にゃ、にゃんれぇ!?」




 縦横に伸ばされる頬。これは、ちょっと、なんでこんなことに?!

 思わず助けを求めようと虹君を見ると、彼は何故か打ちひしがれていた。え、なんで。


「まったく。子供じゃないんだからそれくらいわかるよ」

「うぅ。わたしたち、まだこどもだよ……。なんでみんなわたしのほっぺたを、こう」


 頬をさすって伸びきっていないか確かめる。みんな、人の頬をなんだと思ってるんだ。餅じゃないんだぞ。


「おい、つぐみ。みんな(・・・)って、どういうことだ」

「へ? え?」


 何故か、もうこればっかりは本当に何故か、虹君はちょっと不機嫌そうに私に問いかける。

 しかし、どういうことだと言われても、言葉のままだと思うのだけれど……まぁ、別に隠すことでもないから答えるけれど。


「おうかさんと、あと、海さんだけど……」

「海? トッキーの時か……?」

「う、うん」


 虹君はそう言いながら、一歩私に近づく。私がそれに合わせてなんとなく一歩下がると、虹君は片眉を上げた。なんだろう、こう、とても迫力があるのですがいったい私に何をしようと。



「……」

「……」

「虹? つぐみ? おーい」



 一歩進む。

 一歩下がる。

 一進一退。



「ツ、ツナギちゃん、たすけ――」



 ツナギちゃんに助けを求めようと声をかけた、瞬間、稲妻のように迫る虹君の両手が私の頬に向かって急速に伸び、そして。



「つぐみ様、打ち合わせをしたいとスタッフの方がお呼びです。……皆様も」



 何故か、瞬きの間に、小春さんに抱きかかえられていた。私の眼下では、両手が空振り、変なポーズで固まる虹君がいた。これはひょっとして、その、危機一髪だったのではないでしょうか。びっくりした。


「あ、はーい。……さっきから何やってんの? 虹」

「……なんでもねぇよ。っていうか、ほんと何してんだオレ……」


 額に手のひらをつけて頭を振る虹君の様子に、ツナギちゃんと目を合わせて首をかしげる。なんか今日の虹君、ちょっと変かも。そう、小春さんを見上げれば、小春さんは何故か得意げな表情をしていた。解せぬ。
















 明るく開放的な造りになっている共有レストランルームで、机を近づけて打ち合わせをする。主だって進行するのは、今回の撮影スタッフのディレクター、海藤かいどうさんだ。監督は現地で歌手の“るい”さんが海藤さんたちと協力して行う。ご自身のミュージックビデオだもんね。


「撮影場所は神津こうづ島港から近い前浜海岸と病院施設の一室、それから遊歩道などを使って行います。MVなので台詞は入りませんが、編集で音を消しますので、台詞ありの方が良い演技ができそうであれば、その辺りはアドリブで台詞をつけていただいても構いません。なるべく、テーマと歌詞に合わせた上で自由な演技をして貰いたい、と、“るい”さんからお話を貰っています。基本となる絵コンテをお配りいたしますので、一応、それをベースにMV撮影を進行します」


 回ってきた絵コンテと注釈書きに目を通していく。虹君とツナギちゃんは幼なじみで、ずっとこの島で暮らしてきた。そこへ、病気の療養のために都会から引っ越してきた私と出会う。最初は身体が弱いという程度であったが、緩やかに悪化していくみたいだ。

 その最中で、私とツナギちゃんと虹君で三角関係が発生。先が長くないと思っている私は身を引くことを決意するが、私の体調のことを知らないツナギちゃんは、あっさりと引き下がる私に友達として複雑な気持ちを抱き、ツナギちゃんと喧嘩になってしまう。

 その後、私が倒れて病院へ。クライマックスへつながる、という内容だ。けっこうしっかり決まっているように思えるけれど、喧嘩の内容など含め、アレンジをしやすい形にしてあるようだ。


「息の合った演技を期待したい、ということですので、撮影開始前に先に観光の時間を設けます。この船旅と観光でゆっくりと神津島を楽しんでいただき、明日から本格的な撮影を行いますので、よろしくお願いします」


 なるほどなぁ。それで、早く着くっていう件のジェット船ではなく、この大型客船なんだね。

 撮影メンバーはディレクターの海藤さんの他に、プロデューサーの清水さんと音響や照明のスタッフさん、カメラマンさんはなんと三台もいる。プロデューサーの清水さんは先に歌手のるいさんと一緒に島へ渡っているのだとか。



「それでは皆さん、本日からよろしくお願いいたします」



 海藤さんが頭を下げ、それから個別で質疑応答。その間、私たちは“親睦”を深めようと言うことで、私たち子供勢は再びデッキに舞い戻ってきた。


「さて、アドリブか。つぐみ、ツナギ、どうしたい?」

「これ、虹の要素が薄いから、そこを足す?」

「そうだね。わたしとツナギちゃんの板ばさみになるから、こーくんがどう動くかでも変わるよね」


 私が身を引くのであれば、虹君の気持ちは私に向いていても良いのかも知れない。ツナギちゃんに向くのであれば、私が身を引いたら話が直ぐ終わっちゃう。それに、喧嘩、喧嘩かぁ。


「わたしは、こーくんのこともツナギちゃんのことも好き、っていうのは?」

「なるほど。『今の関係を変えたくない』!って言って、私と喧嘩になるんだ」

「あ。だったらオレは、つぐみの方を好きになって、ツナギが『もう関係は変わった』って怒るワケだな」


 うんうん、二人ともすごく頭の回転が良いおかげなのかな? とても話がスムーズだ。


「お、いいねぇ。さすがプレイボーイ」

「こーくん、プレイボーイなの?」

「茶化すな。まったく」


 方針が決まったら、とりあえずは各自一度部屋に戻って音楽の聞き込みを行うことになった。到着したらそのまま観光みたいだからね。逆に、音楽を聞き込む時間が後からどの程度とれるかわからない。

 さっきの黄金さんのお財布から私もツナギちゃんも飲み物を奢って貰い、ペットボトルを片手に階段を登っていく。その道すがら、ちょっとだけ気になってツナギちゃんに声をかけてみた。


「ツナギちゃんは、恋ってしたこと、ある?」

「うーん。そうだね、ないよ。恋なんてしたことはないし――良く、わからないかな」

「そうなんだ。うん……えへへ、じつは、わたしも」

「ま、そうだよねぇ」


 恋、恋かぁ。前世では仕事が恋人だった。仕事が恋人、と、思い込んで、誰かが私を恋愛対象として見ていた……なんてことに、気がつきもしなかった。気がついた上でのことだったら……なにか、変わったのかな。

 ツナギちゃんはあっけらかんとわからない、と言いつつも、少しだけ声が沈んでいる。ツナギちゃん自身は本当にわからなくて、でも、身近に恋愛関係で厄介ごとがあった、とか? 憶測だけれどね。ただ、人気よ、よ、よつば、そう、yo!tuberだったのだから、視聴者から色々あったのかも。


「じゃ、つぐみ、虹。またあとで」

「うん、また!」

「おう」


 ツナギちゃんが部屋に先に戻り、私と虹君が廊下に取り残される。そうすると、なんだかこう、不思議な沈黙が流れた。


「恋愛」

「へ?」

「まだ、なのか」

「う、うん。そうだよ?」

「ふぅん」


 虹君はそんなことを口ずさみながら、自室の扉を開けた。そして、部屋に入り込む直前、振り返って私を見て、不敵に笑う。




「お子様だな」

「えっ……ちょっ、こーくん!?」




 なんだか、今日の虹君は上機嫌になったり不機嫌になったり忙しい。それも、まぁちょっとよくわからないのはそうなんだけれど――仮にも女の子に、“お子様”はないんじゃないかなぁ、なんて思わないでも。

 これで虹君の初恋が桜架さんだったりしたら思い切り笑ってやろう、なんて、とりとめもないことを考えながら私も部屋に戻る。






 ほんとに、まったく、もう!





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― 新着の感想 ―
[一言] B(僕が)S(先に)H(引っ張りたかったのに)ですね!
[良い点] いつも楽しみにさせていただいています(^^) [気になる点] 他の方も気になっているようですが、どうしても年齢が気になります [一言] 次回も楽しみにしてます!
[一言] 今五歳だから恋愛まではいかなくていいかな。鶫は恋愛メンタルは幼児レベルだし、鶫から見ると三十歳越えの女性が重大の子供に本気になってるってことになるし、つぐみに恋しても五歳児に惚れるってって感…
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