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opening

――opening――




 防音室。配信機材の前で、ツナギはモニターを眺める。画面に映るのは、つい昨日公開した生放送の動画だ。霧谷桜架のドキュメンタリーの番宣としてオーディション風景が公開されると、世間はその話題でいっぱいになった。この、一番盛り上がっているタイミングで、ツナギもあたかも便乗したように見せかけて、動画の公開にかこつけた。

 あの審査に参加をしたツナギとしては、やはり空星つぐみの完成された実力にこそ焦点を当てていた。なにせ、あの結末すら、つぐみの手のひらの上であろうことは明らかだったから。だから、それをスパイスにして、ちょっとした配信を行ったのだ。



『そういえばみんな知ってた? なんと今回の夜旗よるはた凛ちゃんは、霧谷桜架の弟子なんだって!』



 画面の向こうの自分が喋る。するとどうだろう。純粋に感心するコメントももちろんあるが、ネットの社会、匿名のコメントの場というのは、一様として気が大きくなる。

 気の大きい声は群れの中でシンプルに大きな声になり、少数派はあたかも大多数の人間の意見として捉えられ、それはやがて大きな波になる。





『それって、贔屓なんじゃ』

『自分の弟子を勝たせたってコト?』

『番宣見たけど、あれ、相手の子もすごかったよね』

『おれにはどっちが良かったかわからん』

『拙者の妖精がいじめられているってことか!』

『いじめっ子役なのに?』





 そして大きな波になればネットニュースに掲載され、ネットニュースは簡単にマスコミを動かし、マスコミは霧谷桜架とその周辺に集中することだろう。そうなると、とてもではないが、演技のみに集中できる環境とは言えなくなる。

 するとどうだろう。これまでは一つ二つに集中していた世間の視線に穴ができる。その穴こそが、ツナギの求めるモノだった。



『――というわけで、今回の配信はここまで! しーゆー』



 配信終了まで確認し終えたツナギは、背もたれに寄りかかって息をつく。情報の整理、発信、操作。どれもツナギがずっと行ってきたことだ。椅子の上で片膝を抱え、こぼれるようなため息と達成感。これからのことを想像し、想定し、次のために動くルーティン。

 考えられるのは、思い通りに騒ぎが大きくなるパターン。次点で、大きくなって直ぐ鎮火するパターン。こちらでも、大きな火種は残る。そして、思いのほか、話題に上がらないパターン。これは別に大きな事件があると起こることだ。こうなると、運が悪かったと諦めるしかない。一応、種だけは残る。

 答え合わせはもうすぐ行われる。今から、霧谷桜架に疑惑の回答を迫る生中継が行われる。事前に何の準備もしていないところに突撃されれば、否定にも力がこもる。ツナギだって、あれが決して贔屓などではないことを知っている。そして、見当違いのことをあたかも真実のように吹聴されれば、それに情熱的であるほど怒りの込められた否定になる。単純な人間の心理だ。


(激昂? それとも冷静を装う? 平静に見せかける? あなたは、どんな怒りを以て、口さがない噂という悪意に立ち向かうのか、見せて)


 モニターをテレビ中継に切り替える。右上に浮かぶテロップには、“霧谷桜架、子役贔屓?”と、もし勘違いだったときに言い逃れが可能な範囲の、小狡い煽り文が浮かんでいた。

 これからテレビ局に入ろうという霧谷桜架への入り待ちだ。マネージャー業を自分で行う彼女に、防波堤となるような人間はいない。駆け寄ってきた報道陣に対し、霧谷桜架は、上品な仕草でサングラスを外して微笑み(・・・)かけた。




『おはようございます』

『ぇ、あ、お、おはようございます』




 記者の出鼻がくじかれる。まさか、こんな勢いで来てあんなに柔らかい行動が返ってくるとは想像もしていなかったのだろう。ツナギもまた、予想外の様子に嫌な予感を覚え、背筋を冷たくした。




『こ、今回の審査なのですが、なんでも合格者は霧谷さんの弟子というお話がありますが』

『ふふ、なんだか昔気質な言い方ですね。――ええ、凛は私に師事しています』

『では今回の子役審査にも、やはり多少の色が――』

『ああ! なるほど、審査基準が気になるのですね?』

『――は、はぁ』




 出鼻をくじいて主導権の獲得。

 言いたいことを先に言う予知ともとれる話術。

 相手のペースを瞬時に略奪してみせる、手腕。


「は? いったい、なにが」


 瞬く間に、状況が霧谷桜架を中心に動き始めた。その化け物じみた判断力に、ツナギは呆然と声を零す。




『今回の審査対象は私の推薦した夜旗凛と皆内蘭の推薦してきた空星つぐみ、それからこちらは具体的な名前は相手の方のために挙げませんが、審査員推薦の少女他六名で推薦枠選考を行い、この二名が残りました。書類応募二千五百二十八人から自己PRの内容を具体性・熱意・動機・三十秒の特技披露動画データを各二十点の配分で審査。合格対象を六名に絞り込みました。番宣特集でも彼女たちの奮闘はご覧いただけましたね?』

『は、はい。みなさんとても魅力的で』




 あ、と、ツナギの口から小さな声が漏れる。




『ふふ。そうですね。そこで、皆さんに彼女たちの魅力を知っていただくために、審査の状況からより何に特化した特技や演技が可能であるか、情報をウィンターバード公式ホームページに公開いたします。もちろん、相手の了承を得たモノに限りますので、ログインの上、確認してくださいね。――今回の審査では残念ながら通過は叶いませんでした。けれどそれは今回の役柄に対してのみのお話です。そして私は俳優育成学校の設立者として、あるいはみなさんの先達として、人材育成に力を入れて参りました。どうぞ皆様、参考になさってくださいね。あ、もう行かないと。また聞きたいことがありましたら、今度はぜひ、学校にまでお越しくださいね』

『は、はい。ありがとうございました』




 一息。まくし立てるのではない。ただ、聞き取りやすい速度とトーンで伝え、納得させた(・・・・・)。頷いてしまった以上、これ以上は追及は難しい。

 悪意の宣伝には被害者が必要だ。本来なら、残った火種は“贔屓によって落選した名もなき子役未満”が導火線をつないでくれる――はずだった。だが、データが公開され特技を発表するというのなら、それは大女優霧谷桜架による“支援(・・)”と受け取ることができる。そこまでして霧谷桜架を非難できる落選者がいれば、業界から鼻つまみ者にされるのは想像に難くない。


(やられた……これでは、贔屓云々なんてもう炎上させられない。炎上させたら、今回応募したすべての子役に、余計な泥をかぶせる。大人の審査ならまだしも、倫理がどうので、子供を追い詰めるようなことはできない)


 だが、そうだというのなら、霧谷桜架はいつからこの返しを想定していたのか。それとも、あらゆるパターンを想定していたのか。天才、という二文字が、ツナギの脳裏には災いのように浮かんでいた。

 仕方なく、ツナギは“次善策”を確認する。近年、多くの利用者が存在する大型SNSであるTritter(ツリッター)での、ちまちまとした炎上作業だ。霧谷桜架の力を削がなければ、できることもできなくなる。そう、トレンドを確認すると、一番上には霧谷桜架の名があった。もう、先ほどのインタビューが話題になっているのかも知れない。そう、彼女の公式Tritterを確認し。









『霧谷桜架@ouka_thrush


 グレブレはじめました。

 どなたか、ラグナ編成について教えてください。

 #グレブレ #ラグナ編成 #初心者


 ※ギルドは凛とつぐみのギルドに所属しています。   』









 たくさんのリプライ。トレンドの二番目に輝く#グレブレの文字の意味。あの大女優霧谷桜架が、勝敗の垣根なく同じゲームで遊んでいる画像。ゲームが好きな人間たちが、興奮した様子で、この話題について盛り上がっている様子。



「もうだれも、贔屓のことなんか気にしていない……?」



 立ち上がり、ツナギは小さく笑い声を零す。笑うしかなかったから笑った。そう言わんばかりの引きつった声だ。やられた、なんて小気味の良い言葉なんて告げられない。

 ツナギは笑い声をぴたりとやめると、スマートフォンを壁に向かって投げつける。そんなことでは壊れない狼印のスマートフォンが、より一層ツナギを苛立たせた。






「――――霧谷、桜架ッ!!」






 食いしばった歯の間から怒気が漏れる。激昂をあらわにしながら、ツナギは、次の作戦を根っこから考え直さなければならないことに気がついて、崩れ落ちるようにへたり込んだ。





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― 新着の感想 ―
[一言] ツナギと霧谷桜架に対してなんか言おうと思ったけど、最後でひっくり返された。 さすがダディの会社の製品…素晴らしい!
[一言] もうっ!さくらちゃんったら隙あらば自分が関わるものの名前に鶫の名前を混ぜようとするんだから笑
[良い点] 強い!強すぎる!。 [一言] つい感想漏れるくらいつよつよで笑ってしまった。
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