Extra scene
――†――
さくらちゃんはサンタクロースを信じていないらしい。まだ七歳なのに、毎年テーブルの上に一万円札が置かれる行事が年二回あって、それが誕生日とクリスマスという印象なのだと聞いて、さすがに、胸に来るものがあった。私の子供の頃は……お金すら……いや、それはいいか。脇に置いておこう。
とにかく、そんな訳で、クリスマスプレゼントをこっそり渡したいのだけれど、いい案はないかな。そう、我が親友の閏宇に聞いてみると、閏宇は小さくため息をついた。
「あのさぁ」
「うん?」
とても童顔で、私と同年代とは思えない顔立ちを苦くゆがめ、閏宇はこれ見よがしに首を振る。とても迷惑そうな顔だけれど、付き合いの長い私にはわかる。これ、面倒見てくれるときの顔だ。
「こっそりって、あの子の家ってマンションでしょ? 壁でも登るつもり?」
「なるほど、さすが閏宇!」
「え? ちょっと、待っ――」
我が親友はなるほど、私の思いつかないことを教えてくれる。確かに壁を登れば誰にも発覚することなく、プレゼントを渡すことが出来るはずだ。計画を練るために走り出し、ふと、足を止める。さくらちゃんは、なにを喜ぶのだろうか? やっぱり、ぬいぐるみかな? でもたぶん、お金で買えるものは手に入るんだよね、さくらちゃん。
(しかも、なんの動物が好きかわからない)
うーん、作るか。呪いの人形を実際に作ってみた経験もある。ぬいぐるみも同様だ。さくらちゃんと、私と、閏宇の三体セットでどうだろう。動物のぬいぐるみは経験ないけど、人間なら何度かあるし。
今日はクリスマスイブ。今晩届けて、明日の朝に私はどろん。完璧。さっそく材料を買い集めて、気合いで夜までに仕上げて、届けよう。なんだかちょっと、楽しくなってきた。
「もしもし珠美ちゃん?」
『鶫さん? どうしたんですか?』
「私、今晩から明日の朝にかけて、なにも入ってないよね?」
『はい。ま、まさか、恋人でもできましたか!? だだだだめですよまだ早いです!』
慌てた様子の珠美ちゃんに、軽快にそう返す。こんな中途半端なまま、恋愛だの結婚だのは考えられない。まずはハリウッドを恐怖の渦にたたき落とさないとね。
「ははは、私は仕事が恋人だよ」
『ですよね! あれ、でもでしたらなんで……』
「じゃ、なにかあったら電話するから、ちょっとお休み貰うね。メリークリスマスー」
『はい! って、結局なにが……』
事務所の珠美ちゃんにも許可はとった。辻口マネが風邪で寝込んでなきゃ、彼でもよかったのだけれど、毎年クリスマスは風邪を引くからなぁ。
でもこれで、根回しも完了だ。あとは材料、衣装、ロープ……あ、あと髭か。よしよし。お財布も持っていざ出陣。さくらちゃんの驚く顔を思い浮かべると、なんだか胸の奥が温まってくるようだった。
――十二月二十四日・二十三時半
さくらちゃんのマンションは、都内にある。レンガの壁の上品なマンションで、十五階建て最上階だ。昼間のうちに管理人さんに「子供にクリスマスプレゼントを渡したい」と話を通して、入れてもらい、屋上待機だ。さくらちゃんの家には何度か遊びに行ったことがある。管理人さんとも顔見知りなのが幸いした。
夜が更けて街灯が消え始める。最上階だから、屋上からでもさくらちゃんの部屋の様子は判断できた。念の為、電気が消えてから少し待機して、寝静まった頃に行動開始。屋上の手摺にロープを結わえ、一息に下降した。
(よし、うまくいった)
ロープはそのままにして、窓の様子を確認。鍵は開いている。不用心だけど、開いてなかったらベランダに置いておく予定だったので好都合だ。できることなら枕元に置きたいからね。
今日も家にはさくらちゃん1人であることは調査済みだ。ベランダに靴を脱ぎ揃え、そろりそろりと音を消して歩く。さくらちゃんの部屋まで来たら、慎重に扉を開けて、部屋に入った。
(よく寝てる……)
こんなに小さいのに、さくらちゃんはいつも頑張っている。私はずっと、この小さな友人に何が出来るのか、考えていた。
こんなことで喜んでくれるかはわからない。でも、もし喜んでくれたら、私も嬉しい。
「ん……」
「!?」
あ、まずい。さくらちゃんは小さく声を漏らすと、薄く目を開ける……直前で、とっさのブリッジ。仰け反るように体勢を低くすることで、ベッドよりも低くなる!
「あ、れ? 夢、か。なんだ……鶫さん……ふみゅう」
あ、あぶなかったーッ!!
さくらちゃんはどうやら再び夢の中に落ちたのだろう。規則正しい寝息が聞こえてくる。分厚い付け髭の下で、思わずほっと一息。のっそりと体を起こし、今度こそ枕の上くらいの位置にプレゼントを設置。
抜き足差し足。そろりそろりと背を向け歩く。あとはベランダから屋上に戻り、非常階段から降りて屋上の鍵を管理人さんのポストに返せば終了だ。
「だれかいるの……?」
だというのに、私の背中に声が届く。いや、まだ大丈夫だ。正体はバレてない。気さくなサンタクロースとして走りさればいいだけだ。
「ど、どろぼう?」
そっちかー! そうだよね、そうなるよね!
咄嗟に声色を変えて、にこやかに振り返る。この暗がりだ、私だとはわかるまい。
「ほっほっほっ、サンタクロースじゃよ」
「変質者!」
「良い子のみんなの前からダッシュ!」
ダメだったので即逃走。さすがに追いつけないとは思うけれど、ベランダからロープで出ていくところを見られたら即終了だ。なので、幻想的に消えなければならない。
扉から出て壁を蹴り天井と壁の二点を支えに張り付いた。すると、慌てて追いかけてきたさくらちゃんの視界から消える。
「よ、妖怪……?」
妖怪かぁ。
「鶫さん、鶫さんに、電話しなきゃ」
さくらちゃんはそう言って、固定電話のあるリビングに向かおうとする。でもごめん、今私、家にいないんだ。
「でも、あの妖怪、どこへ行ったんだろう?」
ああ、さくらちゃん、そうだよね、気になるよね。
さくらちゃんは恐怖を振り払うように笑い声を零すと、それから小さく「妖怪だったら定番があるんだよね、確か」と呟いた。
そして。
「そういえば、鶫さんだったら天井に――」
何気なく、本当になんでもない事のように、さくらちゃんが顔を上げる。するとどうだろう。その視界の先には壁と天井の二点を軸に張り付いた私の姿。
彫像のように固まるさくらちゃん。停滞する時間。とにかく、何か言わないと、さくらちゃんに、ええと、なんだ、そうだ!
「み」
「……み?」
「見ぃぃたぁぁぁなぁぁぁぁッッッ!!」
こう、ドッキリみたいなノリで行こうと思ったわけです。空中でひねりながらブリッジで着地、そのままさくらちゃんの足下までカサカサと高速移動。ばっさばっさと髭を揺らして明るく元気に声掛けて。
「あわ、あわわわ、あわわわわわわッ!!」
「メェェリィィクリスマァァスゥゥゥゥ!!」
壁に張り付いて悲鳴を上げるさくらちゃんに、ブリッジのままジャンピング挨拶。
「……」
「……」
そうして、無限とも思える沈黙の果て。
「……きゅう」
結果、さくらちゃんは可愛らしい声と共に、そっと意識を手放した。
「あ、あはははは……ごめん、さくらちゃん。改めて、メリークリスマス」
そっとさくらちゃんを持ち上げて、優しくベッドに寝かせる。魘されているけれど、呼吸とかも正常だし、うん、ほんとごめん。
私はさくらちゃんの額を撫でると、今度こそ静かに退出して、屋上へ戻っていく。明日、怯えていたら素直に土下座しようとそう誓って。
――翌日
さくらちゃんはなんら変わらない様子で私に電話をくれた。信じられないかもしれないけれど、サンタクロースがプレゼントをくれた、と。
こっそり、夜のことを覚えているのかそれとなーく聞いてみたところ、どうやらなにも覚えていないようだった。あんな記憶、忘れてしまった方が良いよね。うん。
『それでそれで、とってもステキなぬいぐるみなんです!』
「そっか、良かったねぇ」
『鶫さんにも見て貰いたくて、それで、えっと』
私はその言葉にそっと頷いて、それから、「今晩空いてる?」と切り出す。見せてくれるというのなら、ついでに閏宇も誘って女三人、クリスマスパーティ、なんてどうかな?
『!!』
そう問うと、さくらちゃんのとても嬉しそうな声が、返事の代わりに響き渡った。
――Let's Move on to the Next Theater――