ending
――ending――
あれから、私の想定通り、さくらちゃんの役は凛ちゃんに決まった。オーディション的には敗北になるのだろうけれど、最高の結果だったことは言うまでもない。凛ちゃんはあのあと、さくらちゃんに呼ばれて、それから何故か謝られたのだという。何故、というのは、私から言うことではないだろう。
ただ、なんだか晴れやかな表情になった凛ちゃんの様子に、一つ、荷が下りたような気持ちにはなったのだけれど。
そんな凛ちゃんは今、妙な生き物のクッションに顔を埋めて落ち込んでいた。
「どうしたの? りんちゃん」
「……おししょーが」
「おうかさんが?」
さくらちゃん、凛ちゃんにまた何かしたんだろうか? そうなら今度はもう、枕元に立つ必要が出てくるんだけど……。
「わたしの好きなものがしりたいからって、グレブレはじめたんだけど」
「わぁ、そうなんだ。よかったね」
あれ、それならなんで落ち込んでいるんだろう。凛ちゃん的には喜びそうなモノだ。
しかし、さくらちゃんとゲームか。さくらちゃんとゲームなんて、TRPGくらいしかやってないからなぁ。今度、凛ちゃんたちともやろうかな。
「ななえいゆうオーバードシリーズのURミチ・ミツカサがきりおうつぐみににてるっていいだして、あろうことか、ばくししたわたしのまえで、てんじょうを……!」
「てんじょう?」
こう、天井に張り付く的な? アレ、減量して筋トレしなきゃイケナイ上に絶妙なコツがいるんだよね。爆死は覚えたよ。ガチャに失敗することだよね?
「九万かきんすると、だれでも手にはいるんだ」
「えっ、きゅうまんえん……九万円も……」
「うぅぅ、つぐみぃぃ、こんどいっしょに、おししょーをこらしめてくれ」
「うん、まぁ、りんちゃんのたのみなら」
ちょーっと大人げないかなとは思うけれど……子供のいたずらくらいなら、許してくれることでしょう。
「しかも、兄まで!」
「兄……こうくんもてんじょう?」
「しらぬ間に、ツナギちゃんをナンパしてたんだ!」
「へぇ、こうくんがナンパ……えっ、ナンパ?」
「レインになまえがあった。わたしは見のがさなかったぞ」
ずるいずるいと足をバタバタさせる凛ちゃんを、なでなでさすさすゴロゴロ窘めながら首をひねる。ツナギとは確か、有名なyo!tuberの子だったはず。その子をナンパしてテル番交換した、と。ふぅん?
「ごろごろ……ん? つ、つぐみ?」
「ん? どうしたの?」
「いや、なんか今すこしだけ、かおがこわかったような?」
うーん、そんなことないと思うんだけれど、どうしてそう思ったんだろう?
「やだなぁ、そんなことはないよ? ほら、ごろごろー」
「うぬぅ、あらがえぬ、ごろごろ」
しかしそうか、ナンパか。虹君も男の子だもんね。でもやっぱり、幼い妹さんのわかるところでナンパは良くないよね。しかも、ツナギちゃんってわたしと同じくらいの年だよね。たぶん。年が離れすぎてないかな? 虹君、十三歳だもんね。
……あれ、ということは、虹君の恋愛対象的には、わたしくらいの年齢でも大丈夫、ということなのかな? ふぅん。
「む、きげんが直ったな?」
「そうかな? いつもどおりだよ」
「そうか?」
首をひねる凛ちゃんをごろごろしながら、まったくもう、と首をひねる。
「あ、虹えんしゅつ」
「へぁ!?」
「けいやくじゅうだ。UR夜ぞくせいポチ」
「つぐみ……うぬぬぬぬぬー!」
「えっ、ひゃっ、きゃあっ!」
凛ちゃんにのしかかられてくすぐられる。こそばゆさに逃げながら、それでも、こうしてじゃれ合えることが嬉しい。
(一件落着、だけど)
そろそろ許してくれないかなー、なんて思うのですけれど!
――/――
防音室に揃えられた配信機材。その死角に配置された棚が、ツナギのプライベートスペースだ。主にはリスナーから勧められた本や小物を配置し、配信中に取り出してみせる。たったそれだけのためにもうけられた棚は、とても整理されているとは言いづらい。
雑多にモノが収められたその棚から、ツナギは一つのメダルケースを取り出す。中から掠れた文字で『――賞』と書かれた金メダルを取り出してゴミ箱に放り捨てると、そこへ、綺麗とは言いがたい、ごく普通の五百円玉を丁寧に収めた。
「ともだち。ともだちかぁ……んふふふ」
口元をだらしなく緩め、乱暴になでつけられたキャップに触れる。どこかへ走り去っていった男の子の姿は、とうてい、忘れられそうになかった。
「はじめての、ともだちだ」
余裕ぶった笑顔ではない。
大人びた笑みでもない。
年不相応な顔でなく。
「にへへへ」
子供らしい、笑い声だった。
――Pikon!
だがそれも、メッセージの通知音が聞こえるまでの間だけだった。パソコンに届いたメールを、ツナギは無表情で開く。なんの感動も感情も見せず、メッセージ画面をぼんやりと黒い瞳に映して読み上げていく。
なにも思うところはないのかも知れない。だが、一つ一つの文を確実に覚え、刻み、実行するために。
「また、均さないとなぁ」
嘆息。
それから、目深に被ったキャップを脱ぎ捨て、放り投げ――ようとして、棚に立てかけた。
「よし。さて、今日も――■■■をはじめよう」
ツナギはそう、目を閉じて――静かに、開いた。
――Let's Move on to the Next Theater――