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scene4

――4――




 ウィンターバード俳優育成学校は、オレの越えるべき壁、霧谷桜架が設立した専門学校だ。オレも、高等部卒業後の進路として、一応視野には入れている。だがまさか、こんなに早く来ることになるなんて、さすがに想像していなかった。

 手元の入場券をかざすと、警備が中に入れてくれる。なんでこんなところにいるのか、思い出すだけで胸がムカムカしてくる。最近ぽやぽやすることが多くなった妹の凛の、オーディション……の、審査員役を親父が務めるはずだったのに、仕事が入っただなんだとオレに押しつけやがった。


(何が初恋レモン味だ……お袋め)


 これもそれもどれも、お袋が親父に妙なことを吹き込んだせいだ。




『つぐみちゃんの初恋相手が誰なのか心配でしょ? 行ってきたら?』

『海さんがいるわけじゃねーんだろ? 知らねぇよ、そんなの。どうでもいい』

『どうでも良い割に直ぐ海君の名前が出てきたわね。……凛のこと、頼んだわよ』

『……わかってるよ』




 たかだかCMでなにがどう映ろうと、そんなのオレには関係ねぇ。だっていうのにお袋のやつ、まるでオレがつぐみのことをす、す、興味があるみたいに言いやがって。

 おかげで演技の練習にも身が入らない。きっちりアイツを酷評して、ついでに凛の様子を見てやろう。それから、まだ誰も引っ張ったことがないであろうアイツ(つぐみ)のほっぺたでも引き絞ってやれば、さすがのアイツも泣くか?



「あのぉ」



 と、構内を歩いてたら声をかけられた。しまった、ファンか? 霧谷桜架の学校なら騒がれはしないだろうが……仕方なく、振り向いた。


「はい、なんでしょうか?」

「道を伺いたいんだけど、君、最終審査会場って知ってる?」


 目深に被ったキャップからこぼれる、艶やかな黒髪。南京錠の飾りがついたチョーカー。鎖骨まで覆うシャツに、ぶかぶかのジャケット。パンツルックにスニーカーというボーイッシュな出で立ちながら、少女らしい仕草。


 あれこいつ、どっかで見たことがある。そう、えー、確か……。


「君も、審査員? オレも審査員だから、案内するよ」

「ほんと? ありがと。君って確か、虹君だよね?」

「正解。眼鏡くらいじゃ変装にならないかな?」


 一応、ファン向けの猫を被って返事をする。見るからに年下だ。そして、同じ業界だったら上下関係をたたき込んでやらなきゃならないんじゃないかって言うほど、上から目線でなれなれしい。ついでにどこか、いらぬ世話を焼いてくる親戚のような生ぬるさを感じる。なんだこいつは。


「そういう君は、確か、ツナチャンの――」

「わー、待った待った。今ばれるとめんどくさいんだよねぇ。秘密ってコトで、一つ、お願い」

「それは構わないけれど……」


 やっぱりそうだ。凛がよく見ているyo!tuber、『ツナギ』だ。霧谷桜架の伝手なのか? そんなところまでコネがあるのか、霧谷桜架。


「あ、なんで私が居るのかって顔してるね」

「はは、気を悪くさせたかな?」

「ぜんぜん。単純な話、保護者の代わりなんだよね。代わりに行けって言われちゃって」

「そうなんだ? 実は、オレもなんだ」

「あはは、奇遇だねぇ」


 保護者、ということはこいつ、保護者が業界関係者なのか。見たところ、つぐみとそう年齢が変わらないように見える。そんな年齢で配信機材を揃えようってんなら、そりゃあ親が金持ちなんだろう。

 しかしなんだ。妙に流ちょうだな。つぐみですら、日常は舌っ足らずだってのに。


「あ、そうだ」

「ん?」

「呼び名がないと不便でしょ? だから私は別の呼び方をして欲しいんだけど……」

「いいよ、どんな?」


 ツナギはオレの言葉に嬉しそうに手を合わせる。それから、唇に指を当てて微笑んだ。




「鶫」

「え……?」

「今だけは、私のこと――(つぐみ)って、そう呼んで? 虹君」




 オレは、どこかで見たことがあるような、そんな既視感に、ただ曖昧に頷くことしかできなかった。


























――/――




 どうやら、二次審査も終わっていたらしい。

 控え室で休んでいると、スタッフの学生さんにそう告げられたのがつい先ほどのことだ。審査員の裁量にある程度信頼が置かれているらしく、あの場で二次試験までやってしまった、ということだった。

 そうなると……結局、今日この日の段階まで一度も、凛ちゃんの姿を見ていない。控え室の椅子の上、ノートパソコンでスケジュール確認をする小春さんの隣で、私はスマートフォンを取り出した。メッセージアプリで調子でも聞いてみようか? それとも、グレブレを進めてびっくりさせてみる? なんとなく、どれも気が乗らない。


(凛ちゃん、どうしているかな)


 さくらちゃんと過ごした日々を思い出したからか、凛ちゃんのことが妙に気になる。事故に遭って目が覚めて、前世の記憶という名の“これまで”を思い出した。それから、最初にできた友達が凛ちゃんだ。

 いつも私の手を引いてくれる、小さくてかわいらしい、けれどとても身近な私のともだち。まるで、さくらちゃん、あなたのような。


「あ、メッセージ……?」


 振動。ポップアップ。凛ちゃんと色違いのスマートフォンが、メッセージの知らせを受け取る。慌てて開けば、“ともだちグループ”に通知が来ていた。仕事の日程が合わず、オーディションに参加できなかった二人からのメッセージだ。

 珠里阿ちゃんは確か、ハワイでCM撮影。美海ちゃんは、夏都なつさんと親子出演の生放送だったはず。録画しておいてあるから、一緒に見ようと約束していた。




『ハワイでお母さんがナンパされた』

『ええっ、珠里阿ちゃん大丈夫?』

『マネージャーが追い払ってくれた。美海とつぐみと凛はどう?』

『私は休憩中。生放送って緊張するよぅ』

『二次通ったよ。凛ちゃんはまだ見てない』

『凛のヤツ、さては寝てるな』

『凛ちゃんだから、あり得る……』




 既読の表示が、一つ足りない。どうしてそれがこんなにも寂しいのだろう。不意に、虹君と演じたあの日のことを思い出す。誰よりもキラキラとした目で、私を見てくれた凛ちゃんの瞳を思い出す。

 最初に、わたし(・・・)を見てくれた凛ちゃんの姿を、思い出す。


「つぐみ様、最終審査の時間です」

「ぁ、はい! こはるさん!」


 スマートフォンを小春さんに預ける。小春さんの端末に連絡が来るようだ。最終審査前にはもう、誰にも会わせないし誰にも集中を乱せない。そんなところだろうか。


「最終審査は、舞台の上で審査員を観客に見立てて行うそうです。二次審査までの内容で舞台の内容を決めていたそうで、テーマに沿って行うエチュードに決まった、と通知がありました」

「テーマ、ですか?」


 小春さんが端末を操作する。どうやら、テーマは舞台の上で発表されるそうだ。最終審査は一対一。オーディション参加者同士で即興劇を行うらしい。カメラも回していて、後に使う可能性もあるのだとか。

 廊下を歩き、舞台の裏側から回る。行き交うスタッフさんに挨拶しながら舞台裏を進むと、私とは反対側に位置する舞台袖に、凛ちゃんを送り込む女性の姿が見えた。


(霧谷桜架……さくらちゃん)


 さくらちゃんは私たちを見つけると、微笑みを携えて会釈をする。それから、凛ちゃんと同じく舞台袖に入っていった。

 もう、語り合うことはないのかも知れない。でも、私たちには演技がある。役者としての一瞬がある。



 語り合いたい言葉は、舞台の上で示せば良い。



「いきましょう、こはるさん」

「はい。どこまでも、お供いたします」

「ふふ、ぶたいの上はだめですよ?」

「あっ。申し訳ありません。そうですね」



 舞台袖でマイクをつける。靴を舞台の上でも動きやすい物に履き替え、とんとんとつま先を整えた。袖から垣間見える観客席は、一階のみだがそこそこのサイズ。収容人数は百人ちょっとだろうけれど、二十人程度の人間が観客席を前から詰めているようだった。

 舞台もだいぶ広い。だからこそマイクなのだろうけれど(全然重くなくてびっくりした)、普通の子供だったら緊張しちゃうんじゃないだろうか。




『これより、霧谷桜架子役オーディション最終審査に入ります』




 アナウンス。この声は、さっきの審査員をやってくれた女性の方だ。滝田さん、といったかな。声のとおりがとても良かったので、声優なんかもやっている方なのかも。

 舞台袖から出てきて、中央に歩み寄る。同じく舞台袖から凛ちゃんが現れた。普段ならちらりちらりとこちらを盗み見てくれる大きな目が、今は、ぼんやりと虚空を眺めているようだった。




『霧谷桜架という女優は、多くの役柄を持つことで有名です。今回のドキュメンタリーでは、人と人とのふれあいによって、演技の中で成長していくさくら、という人間について演じることになります。その中で、さくらは大きな離別を経験します』




 大きな離別。その言葉に、胸が跳ね上がる。




『そこで今回は、“別れ”をテーマに、片一方が離別を、片一方がそれを引き留めます。皆さんは、このショートストーリーの“主役(・・)”がどちらであるのか、全力で演じる二人の演技から判断していただきます。主役である、と、判断された方がオーディション通過といたします』




 別れ、別れか。前世で経験したのは、大好きな祖父母たちとの離別だ。一緒に過ごせたのはたった二年だけだったけれど、毎日が幸福だった。あの人のおかげで、私は、人を思いやる気持ちを学ぶことができたのだから。




『では、くじを引いてください』




 舞台中央に置かれた箱。私と凛ちゃんはその箱に向かって、同時に歩き出す。きゅ、きゅ、と、舞台を歩く音が不思議なほど胸に響いた。


「まけないよ、りんちゃん」

「――うん。つぐみ、わたしは……」


 凛ちゃんが顔を上げる。星の瞬く夜空のようにきらきらと輝く、黒い瞳だ。黒髪をなびかせて、ただ、ただ、凛ちゃんはまっすぐに私を見た。




「わたしは、つぐみを守れるわたしになる」




 虚空を見ていた目が、私に揃ったとき、意思を持って紡がれた言葉が炎のように私を包む。彼女の心に宿る情熱が、私に呼吸を忘れさせてしまうかのようだった。

 でも、守る? なにから? どうして? 困惑は、けれど、演技に入ろうとする私の心が押しとどめた。そうだ。語り合いたいことがあるのなら、舞台の上でやればいいのだ。




『それでは、三分ほどでだいたいの方針を決めてください。今回はあえて、素の表現を引き出すために袖には戻らず、この場で行っていただきます』




 私が引いたのは、奇しくも、離別する側だ。凛ちゃんが引き留める側となる。凛ちゃんは、どんな様子だろう? 多少離れていても、空星つぐみのスペックなら充分様子を窺うことができた。




「セレクト・あいずによりえんぎじょうたいにいこう・ログイン」

(セレクト? ログイン?)

「ワードアクセス・ひきとめる・たいせつな友だち・主役・セット」

(これって、以前どこかで見たことがあるような……?)

「設定完了・プログラム・スタートアップ」




 スポットライトが輝く。

 私の困惑とは裏腹に、私自身の準備はできていた。






『それでは――最終審査、スタートです!』






 そして、幕が上がる。

 あるいは火蓋が切られるように、煌々と、舞台が光に満ちた。





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― 新着の感想 ―
[一言] > まだ誰も引っ張ったことがないであろうアイツのほっぺたでも引き絞ってやれば あー………(憐れむ表情でそっと目をそらす) ……こー君、ガンバっ!
[一言] 鶫…だと…? 凛ちゃんがタチでつぐみがネコ…キマシタワー! 凛ちゃんの入り方はVR MMOっぽい!でもやっぱり良い状態には思えない…
[良い点] 早く・・・!早く凛ちゃんの演技が見たい! わくわくです。 プログラマブル凛の成長も既に楽しみです。笑 [気になる点] 収容人数100人ちょとは、一般に小劇場ではないでしょうか?マイクを使用…
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