scene1
――1――
「ついに、これを話す時が来たようだね」
そう重々しく告げるのは、脚本家の赤坂君だ。彼は会議室に集めた私たち子役に、「真実を話すときが来たようだ」といい、これまで秘密にしていたリリィとリーリヤの関係を語った。
だが、こう、さすがに何度も撮影を重ねていれば、前世持ちの私でなくとも察するというもの。珠里阿ちゃんと美海ちゃんと凛ちゃん、そして私は刹那の間にアイコンタクトを交わし、赤坂君を立てることに決めた。
「ぜ、ぜんぜん気がつかなかったでしゅ!」
そして一発目で、美海ちゃんが噛んだ。
「い、いやぁ、気がつかなかったよなぁ、なぁりん!」
「ううううううん、ぜぜぜぜぜんぜんわかんなかった」
「あの、二人とも、えっと、その……わたしもわかりませんでした!」
珠里阿ちゃんと凛ちゃんが、小刻みに震えながら告げるモノだから、一瞬フォローに回ろうかと逡巡し、それから結局合わせてしまった。みんな、根が素直なんだよね。
赤坂君は赤坂君で、私たちの様子から察したのだろう。「いやー、ダマッテイテゴメンネ」と棒読みで合わせてくれている。これもしかして、今ツッコミを入れたら誰もが不幸になるんじゃ……うん、よし、最後まで乗ろう。
「ということで次回の撮影から、リリィとリーリヤの核心に迫るシーンも増えてくる。なにか疑問があれば、いつでも聞いてくれて良いからね?」
「は、はひ」
「わかりましゅた」
「おいりん、かんだぞ。あたしもだいじょうぶでしゅ!」
「たぶんぜんいんかんでるよ……。わかりました、あかさか先生」
どことなく気落ちしている赤坂先生を打ち合わせに送り出し、私たちはこの場で休憩だ。なんとなく、ここのところみんなでこうして集まる機会が減っていたので、四人集まって一息つけて嬉しさもあるような。
「りんちゃんはさいきん、どう?」
「聞きかたがばばくさいぞ、つぐみ」
「たしかに。しんせきのおばさんっぽい」
「りんちゃん、じゅりあちゃん、そ、それはちょっと……」
思わず固まる私の背を、美海ちゃんがそっとさすってくれる。そうだね、確かに「最近どう?」は微妙だ。なんだったら絶妙だ。絶妙に親戚のおばさんだ。
前世の少女時代を思い出せ。友達にどんな風に声をかけていた? 幼稚園……は行ってない。小学校はハイエナのような目で食料を探していた。中学校は休み時間には外郎売を丸暗記したり図書館に籠もってシェイクスピアやなんかを読みあさり、放課後は演技の勉強に費やした。
高校は定時制で、そう、このときに閏宇に出会ったんだよね。閏宇は日中の校舎に通う普通の高校生で、定時制のスタートするまでの間、演技で競った。あの子、さくらちゃんより頭二つ分高いところで身長止まったから、成人しても高校生にしか見えなかったんだよね。だから、よく痴漢やヤンキーに絡まれていた。そういえば、痴漢に絡まれた閏宇をホラー的救助したり……って。
(もしかして私、普通の友達作りって、今生がはじめて……?)
やだなにそれこわい。
「言いすぎたか? ごめん、つぐみ」
「う、ううん。いいの。ちょっと色々じかくしちゃっただけで」
「そうなの?」
「うん。あ、あははは」
だめだ、この話題は私の心が死ぬ。そもそも前世の私の友達って、閏宇以外に……事務所の珠美ちゃん、年が離れていたくせにこういうのも向こうに悪い気がするけれど、さくらちゃんも友達でライバルで妹のような存在だった。あとは玲貴、は、どうだろう。柿沼さんは先輩。マネージャーの辻口さんは、相棒のような友人のような、そんな関係の男性だった。
いやいや、やめておこう。どのみち桐王鶫は死者だ。今は空星つぐみとして、最大限、今生の友を大切にしよう。ええ、もちろん、過去の自分がぼっちな可能性に気がついたわけではなく。
「そ、そうだ、ねぇりんちゃん。グレブレなんだけど……」
「あ、それって、りんちゃんがしょにんきゅーでかきんするーって言ってた」
「そういやあたしたちにも、しょにんきゅー入ってるんだよなぁ」
「そうそう、それ。あたらしくガチャでひいたキャラクターのせいのうが、ちょっと」
みんな同じに見える、とは言いませんとも、ええ。ただこう、炎、海、嵐、地、夜、日の六属性があって、私は夜属性しか使わないんだけど、一度に五人しか使えないみたいだから誰を選んで良いかわからないんだよね。
こう、武器を揃えて、スキルをレベルアップして、契約獣を考えて……で、脳みそがふわふわになっちゃいそうでなんとも凛ちゃんの指南どおりにうまくいかない。
「りんちゃん?」
「あ、えーと、グレブレ?」
「りん、ちゃん?」
凛ちゃんは……いや、そういえば凛ちゃんは最近、あんまりスマートフォンを見ていなかった。とても熱心に演技の本を読んでいたから邪魔をしなかったのだけれど、もしかしてゲームに飽きちゃった、とか?
――あんなに好きだったのに? 初任給で課金を宣言して、とても熱心にルールを覚えて、ゲームのやり過ぎでスマートフォンを没収されたら泣いてしまったというあの凛ちゃんが?
「りん、さいきん、べんきょーたくさんしてるから、ぬけちゃったか?」
「む、じゅりあ。わたしは日々レベルアップしているぞ」
「そ、それは楽しみだけれど、むりしてない?」
珠里阿ちゃんと美海ちゃんが、凛ちゃんを左右からなで回す。凛ちゃんは頭をぐらぐらと揺らされながらも、しっかりと受け答えしていた。
いやしかし、記憶が飛ぶほどのレッスンはやり過ぎじゃないかなぁ。そりゃあ私だって一度、“恋鬼夜業”の撮影で猫のフリをしすぎて自分を猫だと思い込み、閏宇にじゃれて怒られたことがあるけれど……それも、閏宇の「不用心!」っていう説教で我に返った。
「グレブレ、グレブレ、うーん。つぐみ、ためしに見せて」
「うん……わかった」
ポーチからスマートフォン(事件以来持ち運ぶよう言われている)を取り出して、顔認証で起動する。慣れない。じゃなくて、ええっと、アプリをタップして、キャラクター一覧を呼び出して、凛ちゃんの前に見せてみた。
「これがグレブレ……グレートブレイブファンタジアげんていオーバード夜リリー!?」
「り、りんちゃん?」
凛ちゃんはそう叫ぶや否や、かぶりつくように私のスマートフォンを私の手ごと掴み、穴が開くんじゃないかというほど見つめる。
「ひっさつ技は【やみおうのきが】でゲージオーバーロックに味方全体のかくてーれんぞく攻げきときゅうしゅう!? かいほうウェポンは!?」
「え、えーと、れいこんかいほうウェポン……これ?」
「攻げき上しょう二式【だい】と四面そか【だい】と百二十で急所【だい】……ピックアップ、ピックアップは!? お、おわってる」
凛ちゃんは私ではまだわからない言葉をつらつらと連ねる。それから、真っ青になった顔で私を見た。
「りんちゃん……?」
「ぐすっ」
「あわわわわ、りんちゃん!?」
「う、うぇっ、ぅあ、ぁぁぁ」
目にいっぱいの涙を溜めて、ついに泣き出してしまう凛ちゃん。撫でたり摩ったりしても中々泣き止まず、とりあえず、手を握って落ち着くのを待つことにした。
「泣かせたな」
「な、泣かせたね」
「ええっ、わたし!?」
「ちょっと席はずしてやるから、ちゃんとなぐさめるんだぞ、つぐみ」
「そ、そうだね……(ファイト、りんちゃん!)」
珠里阿ちゃんと美海ちゃんが、そう言って席を外す。凛ちゃんは頷いているようだけれど、よくわかってないよねこれ。あと、二人とも、隠れているつもりなんだろうけれど、扉の隙間からばっちり見えてるよ。
まぁしかし、私が原因で泣かせてしまったのは間違いない。今は凛ちゃんに寄り添って、彼女を慰めよう。
(でも、こんなに好きなのになんで忘れていたんだろう?)
ざわざわと、胸がざわめくような不安を覚える。凛ちゃんは飄々としているように見えて、自分の好きなモノとそうでないモノをちゃんと理解して口に出せる子だ。なのに、さっきまでの凛ちゃんは、どこかふわふわとしていた。
なんて言えばいいのだろう。凛ちゃん自身の心の境界が、溶け出してしまったかのような。
「ねぇ、りんちゃん。さいきんなにか変わったこと――」
「失礼します」
「――ふぇ?」
不意に、意識が途切れる。なんとか涙を拭った凛ちゃんと、そんな凛ちゃんにハンカチを渡していた私の前に現れたのは、オーディションでもお世話になった、共演者の皆内蘭さんだった。
蘭さんは私と凛ちゃんを見比べて、ちょっとだけ困った顔をしている。
「あ、りんちゃんにごようですか?」
「ああ、いえ、泣いているようでしたので。不躾に見てしまって、ごめんなさい」
「ぐす、だいじょうぶ、です。もうだいじょうぶです。かきんで乗りこえる……!」
「そっか、しょにんきゅー出てるもんね……」
「?」
課金、課金かぁ。つまり、せっかく録画したのにホラーシーンが地上波用にカットされているのを知って、泣く泣くあとから丸々一本入ったVHSを買うも、全編スペイン語だったから辞書を買うようなものだよね? わかるわかる。
「つぐみー、あたしとみみは別どりいってるからなー?」
「またあとでね、つぐみちゃん、りんちゃん!」
「あ、うん、わかったー!」
珠里阿ちゃんと美海ちゃんは、そう私たちに声をかけると、マネージャーさんたちに連れられて場を離れた。そうすると自然と、この場には私たち三人だけになる。
ちょっとだけ気まずい沈黙の中、先に口を開いたのは蘭さんだった。
「本当は御門さんにも一緒にお話しした方が良いのでしょうけれど」
そう、蘭さんが切り出したので、私はあの事件以降に小春さんから受け取ったベルをポーチから取り出し、二度振った。
「つぐみちゃん、それは――」
「お呼びでしょうか、つぐみ様」
「――えっ?! あ、み、御門さん、えっ」
すると、どこかで待機してくれていたのだろう、小春さんが蘭さんの後ろにスタッと現れた。呼んでおいてなんだけれど、どこにいたの? 小春さん。
「き、気を取り直して……実はつぐみちゃんに、オーディションのお誘いがあります」
「わたしに?」
「はい。正確には、凛ちゃんとつぐみちゃんに。凛ちゃんには既に別方面から承諾を頂戴しております」
「ぶい」
まだちょっぴり、瞼が赤い凛ちゃんが、二本指を立ててピースサインを作る。ちょっと、調子が戻ってきたかな。
「書類選考の他に推薦枠が二枠あります。それを、つぐみちゃんと凛ちゃんに」
「すいせん……」
書類選考から勝ち上がりたい気もするけれど、目の前のチャンスを逃すほど愚かではない。なにより、ちょっと心配な凛ちゃんも参加するのであれば、断る理由はない。ないのだけれど……気になることもある。
「あの、らんさん」
「はい、どうしましたか?」
「なんのオーディションなのでしょうか?」
蘭さんは「ああ、失礼しました」と告げると、スマートフォンを開いて企画書のタイトルを見せてくれる。
「『霧谷桜架の波瀾の半生』――ドキュメンタリー特番の、霧谷桜架幼少期、“さくら”の子役オーディションです」
告げられた言葉に息を呑む。それは端から見れば、大女優の子役オーディションに驚く子供のように見えたことだろう。心なしか、蘭さんの表情が誇らしげに見えた。
けれど、私の内心は、もっと別のことでいっぱいだった。霧谷桜架。あの日、ポスターで見かけた優しげな女性。それが、前世でとても仲の良かった“さくらちゃん”であったことに、脳裏で結びついて。
(逢えるの? さくらちゃんに、私が)
上手く言葉が出てこない。でもこれだけは伝えなければならないと、私は、ただ蘭さんに頷いて見せた。