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scene4

――4――




 すこし広めにとられた空間。立ち並ぶ机。目の端に見えるのは、少しずつ用意されていく小道具の数々だ。その様子を傍目で確認しながら、私は今度こそ、一つ年上の少女たちに挨拶に行くことにした。

 両親に確認してみれば、やはり、彼女たちの親は芸能界の人間のようだ。しかも、親同士も子供同士も仲が良い、と。なるほど読めてきた……が、子供にはそんな裏事情、関係ないだろう。妙に迫力のある私の両親が向こうの付き添いの親を抑えてくれているうちに、交流を図っておこうかな。


「こんにちは」


 私がそう声を掛けると、大人しい系少女のみみちゃんは活発系少女じゅりあちゃんの背に隠れ、その様子に、クール系少女のりんちゃんが、やれやれと首を振った。


「こんにちは! 三人だけってお母さんがいってたけど、ふえたんだな!」


 それはたぶん、言っちゃいけないやつだと思う。そんな感想を笑顔の裏に隠して、私はじゅりあちゃんに応える。


「うん。きゅうに決まったんだ」

「そうなんだ。そういうことあるんだね。あ、あたしはじゅりあ。よろしく!」

「つぐみです。よろしくね」

「つぐみか! なんかつぐみって、ヨウセイみたいだな!」


 ようせい……妖精か。確かに北欧系の配色は妖精っぽい。シルバーブロンドにサファイアの瞳ってようは、銀髪青眼ってことだし。


「ほら、みみもあいさつ!」

「み、みみです。よろしくおねがいしましゅ」

「りん。よろしく」

「うん。よろしくね、みみちゃん、りんちゃん」


 なんとか三人ともと挨拶を交わすことが出来た。やっぱり、人材交流は基本中の基本だ。思わぬ繋がりになることもあるだろうし。なにより、同じ現場に立つ人間とお喋りの一つもできないのでは、連携も共感もできなくなってしまう。

 さてもうちょっとお喋りでも、と、口を開きかけたところで、また待ったがかかった。どうやら準備が終わったようだ。


「ではまず、簡単な台詞テストを行います。台本をお渡ししますので、台詞を思うように読み上げてください」


 渡された台本は、みんな同じものだ。同じ台詞で、表現の違いを見るのだろう。けれど三人は、さっと目を通すだけだ。これはたぶん、覚えてきているな? まぁでも普通は、子役のオーディションって、二~三日前に台本は渡されるらしいしなぁ。

 もっとも、今日この場の感じだと、他の子も事前に渡される感じではないようだけれど。八百長か? 八百長なのか? なんだか燃えてきたので、台本をさっと目を通して閉じる。高性能ボディの今世は、やたら記憶力が良いのです。


「ではまず、朝代珠里阿ちゃんからお願いします」

「はい!」


 担当をするのは、あの監督だ。なんだかさっきまでよりも、雰囲気が鋭利になっている気がする。

 相手役は、向こう側が用意した女性だ。劇団員ということらしい。シチュエーションは簡単なもので、母親の留守中に置物を割ってしまい、それを隠すというものだ。どうやら大トリのようなので、まずは見守らせて貰おうかな。

 じゅりあちゃんに渡されたのは、置物の破片だ。陶器のように見えるけれど、安全性に配慮して樹脂製らしい。これをどう隠しながら演技をするか、という、アドリブ力も見るようだ。

 台詞も、言い換えや場面設定の自由度を高めた簡易的なもので、こう書かれている。




むすめ「あの、おかあさん」

はは「どうしたの? ○○(お子さんの名前で呼びます)」

娘「……」(黙る、誤魔化す、なにか台詞を入れてもいいです)

母「なに? あなた、うしろに何を隠しているの?」

娘「……大切なものだったのに、壊しちゃった」

母「あら! まったく、あれほど注意しなさいと言ったのに。何か言うことがあるわよね?」

娘「ごめんなさい」

母「それから?」

娘「……もうしません」

母「いいでしょう」




 といったものだ。脚注にも、「演じているイメージに合わせて言い換え可」と記載されていることからもわかるように、娘、というが、本人が自分がやらかしたらどうするか、と演じて良いということだ。

 つまるところ、決定的に逸脱したり、途中で放り出したりしなければ、なにをやってもいいという緩いルールで行われる。これに役者魂が震えない女優がいるだろうか? 少なくとも私は今、あくどい笑みを浮かべそうな自分を押し殺しているくらいだ。


皆内みなうち蘭です。ヨロシクお願いします」

「はい! じゅりあです! よろしくおねがいします!」


 皆内さんは、おそらくまだ二十代前半くらいの若い女性だ。子供相手なのに、ちゃんと相手を尊重している。きっと、真面目な方なのだろう。

 じゅりあちゃんは、好きに使って良いと言われた小道具から、バケツを持ってくる。そして、床に置いた陶器の破片を、バケツですっぽりと隠してしまった。


「では、準備は良いかな?」


 監督が告げると、じゅりあちゃんはバケツに両手を置いて、皆内さんに背を向けた。


「それでは……シーン、アクション!」


 監督の声に合わせて、演技が始まる。さて、拝見拝見。




「あのぅ、そのぅ、おかーさん」

「どうしたの? じゅりあ」

「えーっと、あたし、掃除してて!」

「そうなの? ……じゅりあ、あなた、後ろになにを隠しているの?」




 気まずそうな声。皆内さんも、じゅりあちゃんの演技に合わせて台詞を変えてくれている。けっこう柔軟な対応が期待できそうだ。



「じ、じつは、これ」

「まぁ!」

「ごめんなさい! だいじなものだよね? わっちゃった……」

「まったく。あれほど気をつけなさいって言ったのに。なにか、おかーさんに言うことがあるわよね?」

「うぅー……もうしません」

「よろしい。もう誤魔化しちゃ駄目よ?」

「はい……」



 しゅんと項垂れるじゅりあちゃんは可愛らしい。きっと、家でもあんな感じなのだろう。誤魔化して、ちゃんと謝るところも良い。

 でもこれ、台詞的に見ればけっこう変えてきたな……。周囲のグループに耳を傾ければ、どこも完全に台本どおりだ。むしろ、皆内さんの対応力が試されているのではないか? という気さえしてくる。


「カット! いいね、さすがだ」

「えへへー」

「結果はあとで公表するから、次に行こう。次は……みみちゃんだね」

「は、はい! が、がが、がんばります! すぅ、はぁ」


 みみちゃんはそう、こぶしを二つぎゅっと握って宣言する。一生懸命な子なんだろうなぁ。ただ、ちょっと気弱なだけで。そんなみみちゃんは、陶器の破片をもので隠したりはせず、ただ、陶器の破片を背で隠した。両手を胸の前でもじもじとさせていて、どこかいじらしい。

 同じように監督が合図を出すと、みみちゃんは目をぎゅっと瞑って、台詞を始めた。



「あ、あの、おかあさん」

「どうしたの? みみ」

「わ、わたし、おかあさんの大切なものだって知ってたのに、わたし」

「みみ? ……後ろに、なにを隠しているの?」



 みみちゃんは、皆内さんの視線に、怯えたように目を逸らす。代わりに、震える足で一歩横に退いた。



「あら! ……壊しちゃったのね?」

「うん。ごめんなさい、ごめんなさい、おかあさん!」

「まったく。怪我はないのね?」

「うん……もうしません、ごめんなさい」

「良いでしょう。次から気をつけようね?」

「はい……」



 素直にちゃんと謝るのは、隠した罪悪感も含めてのものか。きっと、厳しいご家庭なんだろうなぁ。ついつい、みみちゃんの素のご家庭に思いを寄せてしまう。

 それはそうと、皆内さん、ほんとにすごいなぁ。お子さんなんてまだおられないだろうに、完全に、母親として演技している。アドリブ力も高いし、もしかしたらこの人も今回のドラマに関わりがあるのだろうか?


「カット! いいね。うまく言い換えられているし、表情もなかなかだ」

「は、はい。……ほっ」

「よし。じゃあ次は、りんちゃんだね? もう、いけるかな?」

「はい」


 りんちゃんは率直にそう告げると、破片を足下に置く。あえて隠さないスタイルで、斬新だ。でもよく考えるとこれ、これだけのパターン出されちゃうと、普通の子だったらなにしていいかわかんなくなっちゃうな……。

 りんちゃんと皆内さんの間に破片がある状態で、定位置につく。皆内さんもちょっと思案気味だったが、監督が定位置につくと、表情が切り替わった。そしてまた、同じように幕が上がる。



「……」



 つん、と澄ました表情で、りんちゃんはそっぽを向いていた。



「りん。これはどうしたの?」

「……こわれてた」

「おかあさんが出かける前は、壊れていなかったわよ」

「うっ……こわしました」

「まったく。おかあさんに、なにか言うことがあるでしょう?」

「もうしない」

「そうだけど、もう一つ。言ってごらんなさい」

「…………ごめんなさい」

「よろしい。もう、嘘吐いちゃだめよ?」

「はーい」



 これは、中々。クール系だと思ったけど、けっこうものぐさな子なんだね。アットホームなご家族なのかも。アレンジもよく利いていた割りに、一番台本に近い。台詞も少ないし、もしかしたらあまり話さなくてもいいようにしたのかも。

 こうなると本格的に、ひととおり家で練習してきてるよね? 承知の上なのかな。まぁ、私には関係ないが。私は私のベストを()るだけだ。

 ただ、両親に悪いから、悪霊モードはやめておくけれど。


 さぁ、今日も楽しい演劇を始めよう。

 お題目は“大事なものを壊した少女”。

 昔からの自己暗示。人差し指で胸をとんっと叩くと、役が私に降りてくる。


 スイッチは、まだ入れない。それは、監督の役目だから。


「はい、良かったね。りんちゃんもなかなかだ」

「はい」

「では……このグループは、次で最後だ。いけるかな? つぐみちゃん」

「はい。いつでもだいじょうぶです!」

「良い返事だ。それでは、位置について」


 オーディエンスは充分。

 共演者も準備は出来ている。

 さ、それじゃあ、始めようか。



「アクション!」



 監督の、かけ声で――意識が、かちりと切り替わった。

















――/――




 この演目、最後のターンはあの子だ。一人だけ、台本を事前に渡されていない――つまり、なにもかも即興で考えなければならない時間。

 普通の子供なら、台本どおりにやるかテンパって終わりだろう。でも、俺の直感が、そんな生易しいことにはならないと、警鐘をかき鳴らしていた。


「(さぁ、みせてくれ、空星つぐみ)……アクション!」


 陶器の破片は、皆内と彼女の前。夜旗凛のときよりも、彼女側にある。それに対してつぐみは――ぺたん、と、髪を垂らして座り込んだ。



「……」

「どうしたの? つぐみ」



 ここまでは、台本どおり。だが、皆内の困惑が伝わってくる。そして、皆内がアドリブで次に繋げようと口を開きかけたタイミングで、つぐみは顔を上げた。

 血の気の引いた顔。白く、引き結ばれた唇。大きな青い瞳から、星の瞬きのように、零れる一筋の涙。



「……っ」



 口を開きかけたタイミングだったことも合わさって、皆内は二の句を告げぬまま息を呑む。まるで、そう演技するように誘導された(・・・・・)かのように。



「ごめん、なさい。おかあさんは、気をつけなきゃって言ってくれたのに」



 宝物であったのだろうか。

 大切なものであったのだろう。

 つぐみは、羽の折れた小鳥を掬うように、破片を持ち上げる。



「大切な、ものだったのに……っ」



 落とされた視線。

 宝物を持つ手は震え。

 流れる涙は、床を濡らす。



 力ない足。/スリッパが脱げても駆け寄るような。

 破片をなぞる手。/リビングのフローリングだろうか。

 心の痛みに震える肩。/点滅する電球。/月明かり。/夜風。/肩を抱きしめ――



「かわいそうに」



 俺はそう、隣で呟かれたスタッフの声に、不意に、我に返った。



 ――ちがう!

 ここは、あの子の暮らす家ではない。ここは、思い出に想起されるような場所ではない!

 言い聞かせなければ、あの世界に没入してしまうような……魅了の、声だ。


 周囲の人間は全ての行動を辞め、いじらしく涙に濡れる少女に魅入っていた。よくとおる声、胸に染みるトーン、場の空気を世界に取り込んでしまうかのような、真に迫った演技。

 もしこれが、涙を誘う物語なら観客も枕を濡らし、怒りを覚える物語なら観客も怒りに震え、歓喜の物語ならば観客も心底から歓声を上げ、恐怖の物語ならば――想像するだけでも恐ろしい。


「(五歳でこんな――俺は、歴史のワンシーンに立ち会っているのか?)」


 相対している皆内は、“あの大女優の秘蔵っ子”は、いったいどう思っているのか。いや、第三者ならまだしも、直接演技に巻き込まれているんだ。考える暇も無いだろう。

 皆内は、最初の沈黙が響いている。これがもっと役の作り込まれた舞台ならまだしも、これは即興劇のようなものだ。合わせて演じるしか、ない。



「つぐみ」

「おかあさん……?」

「いいの。いいのよ」

「で、でも。これがなかったら、もう」

「いいの」



 皆内はそう、震える彼女を抱きしめる。壊れてしまったものよりも、大切なものがあると、示すように。


「カット……いや、驚いたよ」


 俺はそう、最高のタイミングで幕を下ろした。二の句を告げさせるよりも、これで幕を引いた方が美しい終わりになる。そう、経験が告げていたからだ。

 そしてそれは、空星つぐみにとっても同じだったのだろう。彼女は幕が終えるまで、じっと黙っていたのだから。


「つぐみちゃん。君はどうして、ああいった劇にしたんだ?」


 皆内に笑顔で頭を下げて礼を言っていた彼女に、俺はそう聞いた。他の三人にあったのは、“母親の大事なもの”を壊したコトへの罪悪感だ。けれど、彼女だけは、身を切るような痛みを演技に乗せていた。


「えっと。だいほんに、“だれの”たいせつなものか書いてなかったので、わたしのとってもだいじなもの、だと思って、えんぎしました」

「なるほど、確かに」


 そうか。確かにそうとも捉えられる。そして、それを見抜く目があることすらも、わからせられる。

 子供だと思って侮れば、喰われるのは俺だ。天使のように愛らしく、演技の内容も心清らかな少女のものだった。だからこそ、次のテストで確実に見極めなければならない。


「ありがとう。じゃあ、次のテストまでの間、少し休憩していて」


 そう告げて、未だ夢見心地のスタッフに指示を出す。もう、止まっている暇はない。

















 ――あとになって思い返せば、俺はこのとき、たかだか演技のテスト程度では彼女の底は計れない、と、思い知らされることを、想像もしていなかったのだ。





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[良い点] この章をありがとう [一言] ハハハハハハ、残念でした、監督さん. 残念だから、あなたわ何も。。過ぎもつぐみわ試してしないで、ねえ?
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