scene2
――2――
一通り顔合わせを済ませると、一息ついて、リムジンに乗り込む。行き先は、凛ちゃんたちの待つ夜旗家だ。
いつもいつもお邪魔してご迷惑にならないかとも心配したが、真帆さんが快く受け入れてくれているそうだ。あの、サラちゃんの一件から、とても良くしていただいている。
「ネットでの評判は上々なようですよ、つぐみ様」
「ほんと? よかったぁ。みせてください」
「はい、どうぞ」
インターネットに掲載された記事に、コメントがつけられているようだ。一番はじめに飛び込んでくるのは、柿沼さんだったことに笑みがこぼれる。往年の天才、返り咲きか、だなんて。
次に瑞穂さんと東吾さんの今後を期待させるような、相棒からどう関係が変化するのか? というシーンについて。それからその直ぐ下にはもう、私たち子役の記事があった。
『子供なのに、怖い!』
『ほんとにあの妖精みたいな子がやってるの、これ?』
『主要子役の演技がずば抜けて巧い。黄金期を目の当たりにしているよう』
『というかこの配役“???”のリーリヤって誰がやってるの???』
『リーリヤの演技がすごい。ほんと誰だよこれ……』
ふふふ、リーリヤを隠す、という現場一丸の作戦は達成されているみたいだ。極力少年に見えるように演技をしているからね。たとえ私との類似点をあげられても、“姉妹か親戚”で通る程度には違う。
それから、凛ちゃんの、台詞は少なめなのに表情や仕草で見せる演技、珠里阿ちゃんの持ち前のノビをうまく活用した演技、美海ちゃんの――本質はまだ先のシーンだから、評価少し控えめだ。でも、あのシーンを見たらみんな驚くだろうなぁ。
「到着しましたよ」
「あ、はーい」
小春さんの手を借りてリムジンから降りる。凛ちゃんの家は、閑静な住宅街の一角にある大きな一軒家だ。犬でも飼えそうな大きな中規模の庭で、万真さんが育てているというチューリップが植えられている。ファンの方からもらったものだそうだ。
普段は小春さんにチャイムを押してもらうのだが、せっかくの“友達の家に遊びに行く”というシチュエーションだ、やってみたかったことがある。
「こはるさん、だきあげてもらってもいいですか?」
「っ――私で、よろしいのでしょうか?」
「えー。こはるさんだから、いいんだよ?」
「はい――わかりました。不肖、この御門小春、微力を尽くします」
小春さんは相変わらず真面目というか、律儀な方だなぁ。……私が事件に遭った日から、ちょっとだけ、小春さんが私との距離を測りかねているのは感じていた。きっと、大人の女性として、私が怖がらないか心配してくれているのだろう。
けれど、私は小春さんを信頼しているし信用している。こういった些細なことでも全力で小春さんに甘えて見せて、今度は前以上に篤い信頼で結ばれるように努力しよう。裸の付き合いが良いとも聞くし、一緒にお風呂に入ってみようかなぁ?
チャイムを押し込むと、軽快な音が淡く響く。それから直ぐに、声をかけてやるのだ。
「りーんーちゃーん、あそびましょー」
声を大きくして言うと、なかなか気持ちが良い。前世の小学生時代は完全なサバイバルで、こんな気の良い友達はいなかったからね。幸い、栄養失調気味だった頃は“目つきが鋭すぎてこわい”とか言われてたおかげでいじめもなかったけれど。
懐かしいなぁ。一度、近所のお金持ちの子がいじめられていたから、眼光で追い払ったことがあるんだよね。お団子みたいに丸々とした子だったけれど、あの子は元気だろうか?
「つぐみ!!」
ベランダから顔を出した凛ちゃんが、手を振る。私が何か答える前に引っ込むと、家の中から大きな声が響いた。
「じゅりあ、みみ! つぐみがすごくかわいいやつやった!!」
すごく可愛いやつって……可愛いのは凛ちゃんだよ。もう。
「いらっしゃい、つぐみ!」
「おちつけ、りん」
「わあ、つぐみちゃんだ。まってたよ!」
「おまたせしました」
玄関まで迎えに来てくれるみんなと合流する。小春さんはまた「後ほど参ります」といって私を預けてくれた。近くで待機なさっているのだろうけれど、無理はしないで欲しい。
玄関から入って手洗いうがい。真帆さんは昼頃まではいたけれど、出かけてしまったらしい。夕方くらいに虹君が帰ってくるまでは、私たち子供の時間だ。
「なにしてあそぶ?」
私が尋ねると、三人は顔を合わせて笑う。それから、まるでお姫様でも扱うかのように、私を丁重に座椅子に座らせた。
「え? え? え?」
「じつは、あたしたちがツナチャンにしょーかいされたんだ!」
「え? ツナ? 海のトリ?」
ミニテーブルの小さなこたつの上。かわいらしいピンクのノートパソコンが開かれている。私の右側に膝を立ててマウスを操作する凛ちゃん、左側に座る珠里阿ちゃんは良いとして、なんで美海ちゃんは私の背中側で立て膝をして、私に覆い被さっているのだろう?
首をかしげる私を余所に、準備は進んでいく。いつの間にか席を立っていた珠里阿ちゃんが、勝手知ったるなんとやらといった手際でお茶を用意して、私の前に置いてくれていた。
「ツナチャンって、知らないのか?」
「じゅりあちゃんは知っているみたいだけど……ツナじゃないんだよね?」
「と、というかつぐみちゃん、yo!tubeって知ってる?」
「よーちゅーぶ???」
だ、だめだ。最早なんにもわからない。呪文だろうか? 呪文なら得意だよ。うん。ふんぐるい……って、違う違う。だめだ。そうじゃない。
「yo!tubeっていうのは、ラッパーだったそーせつしゃがディナーショーでどうがきょーゆーがめんどーだったからつくったサービスで――」
「セツリツからせつめーしたら、つぐみがこんがらがるだろ、りん。良いか? つぐみ。yo!tubeっていうのはつまり、カメラやスマホでさつえいしたビデオを、世界できょーゆーできるサービスなんだ」
「ありがとう、じゅりあちゃん。たぶん、わかった」
インターネット上で行う動画共有サービスってことだね。わかった、モノはわかった。使いこなせるとは到底思っていないけれど、どういうものかはわかった。
いや待って、ツナちゃんはどこに行ったの? 無関係ではないんだよね? うぅ、頭が痛い。機械怖い。たすけて。
「つぐみちゃん、あのね――」
「ひゃっ……み、みみもとでしゃべらないで、みみちゃん」
「――yo!tubeにどうがはいしんをしているひとを、yo!tuberっていうんだよ」
「そ、そのままつづけちゃうんだ???」
いやでも、おかげでだいたいわかってきた。ようは、個人がテレビ局のように番組を配信できる、ということだろう。あれでもそれ、テレビの影響がかなり小さくなってないかな? まだ視聴率の確保ができていると言うことは見てくれては居るんだろうけれど……それにあぐらはかけないね。
でも、面白いな。個人で作ったモノが世界に発信されるんだ。私も、天井の四隅に張り付く動画とか配信したらどうなるんだろう? もう誰かやってるかな。いやいや、ひとまずは目の前のドラマに真摯に打ち込むことが最優先だけれど。
「えいきょう力をもったひとが、その、ドラマについてなにか言ってたってコト?」
「お、そうだ。さすがつぐみだ。ツナチャンは、えいがやドラマのレビューをしていて、おもしろいんだ」
凛ちゃんはそう、胸を張って言った。なんで凛ちゃんが自慢げなんだろうね?
「こまかいはなしは、見てからしよう?」
「うん。たしかにみみの言うとおりだ。りん、さいせい」
「はいきた。じゃ、つぐみ、はじめるよー」
凛ちゃんが、ウサギ模様の可愛いマウスをクリックすると、軽快でPOPな音楽が流れ出す。スクリーンが開く演出。舞台の上に表示されるのは、黄色い太文字で『ツナギチャンネル』の文字。
個人でこんな風にできるんだね……。前世の事務所の珠美ちゃんは、事務所のホームページを作ると意気込んで、HTMLタグがちんぷんかんぷんでよく頭を抱えていたものだ。
『Ladies and gentlemen! キミとミンナの夢を繋ぐyo!tuber、ツナギだよー! みんな、元気にしてたかなー?』
明るい声とともに画面に現れたのは、凛ちゃんよりも深い色合いの黒髪の少女だった。ぶかぶかのセーターで指まで隠し、首元には黒いチョーカー。緑がかった黒目が、かわいらしくウィンクされる。
年頃は……うーん、私とそんなに変わらないかも。私はともかく、凛ちゃんたちが特別利発な子たちなのかと思ったけれど、世の中には、探せばいるんだね。
『今日はずいぶんあったかいね。こういうときは景気づけに冷蔵庫に入って凍死体ごっこがしたくなるよね? え? ならない?』
「なるかも」
「つぐみおまえ、ウソだろおい」
珠里阿ちゃんのツッコミを受け流しながら画面を見る。こう、季語のようなものなのだろう。最初に雑談をして、それから紹介に入るようだ。人の心を掴む身近な話題。笑顔とカメラ目線で、観客と自分を近く見せる技法。素人ではなさそうだ。
『――さてさてさて、それじゃあお待ちかねのレビュータイムだよ! 今日紹介するのは、今話題の“妖精の匣”だね。知らない? 無理もないよ。実はこれって、まだ放送二話目なんだよね。ストーリーは、新人教師が同僚教師と協力しながら学内外の問題と立ち向かうの。新人教師役の相川瑞穂と同僚教師役の月城東吾が、これからの関係をけっこうわくわくさせてくれるんだよねぇ』
舞台をモチーフにしたステージ状の背景。ツナギちゃんはその背景に瑞穂さんや月城さんの写真を投影して、指揮棒でわかりやすく説明していた。
『でもでも、注目して欲しいのは学内で起きるイジメ展開なんだよねぇ。クラスの女王とその取り巻き、それからいじめられっ子と正義感の強い女の子。四者四様の移り変わりを見せながらも、他の人間を巻き込んでいくんだけど――私の目から見て、このいじめっ子は別格だねぇ。本当に他人のことを虫としか思っていない人間って言うのは、生活も破綻していくモノだよ。だからこれは彼女の本性ではないけれど、演技の上では“こう”なんだ。柊リリィ役の空星つぐみちゃん、かな? この子みたいな子供のこと、“天才子役”っていうんだよね。一見の価値があるよ、ほんと』
最後の一言。その一言だけ、ほんの僅かに、ツナギちゃんは飢えた獣のような目を見せた。獰猛な、ハイエナのような目だ。それに、凛ちゃんたちは気がつかない。
聞き取りやすい声。子供特有の舌っ足らずさは、おそらくテロップと頬骨筋の意識的な操作でごまかしている。筋肉が発達しやすいのかもしれない。
『ということで、ここからは名シーンの振り返りをしていくよ! まず――』
同時に、小さな既視感を覚える。どこかで、見たことがあるような――そんな、奇妙な感覚。
「なんだかすこし、つぐみに似てるな」
その答えが見つかる前に、凛ちゃんが呟いた一言で思考が途絶える。
「そうかな?」
「つぐみにはわからないかも」
「わたしのことなのに?」
凛ちゃんは時々、私では得られない視点で話をしてくることがある。もしかしたら、これもそうなのかも。
「うん――やっぱり、似てる」
小さく呟かれた言葉が、不思議と耳に残る。それは僅かに、胸の奥に残るように。