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SSTプロダクションの一室。白いテーブルを囲むのは、私と、雑誌編集者のインタビュアーと、それから雑誌専属カメラマンの男性。本日は、いわゆる情報誌に載せるインタビューの収録だ。
「すいません、スタイリストが遅れておりますので、今回も私が髪をセットさせていただきます」
「はい、よろしくおねがいします、こはるさん」
いよいよ放送開始した妖精の匣は、倉本君の狙いどおりか否かはさておき、先日放映された二週目で既に高視聴率を得ている。第一回放映時に十六パーセント。話題が話題を呼び、昨日の視聴率は十八パーセントを記録したのだとか。子役は新人ばかりだけれど、大人たちはベテランの人気役者さんだ。期待値の壁は乗り越えられたということだろう。
それでは役者にインタビューを、ということになったのだけれど、この春から小学校に通うようになった凛ちゃんたちはなにかと忙しいし、役者さんたちもスケジュール調整がある。そうなると、未就学児な私が一番枠が取りやすかったので、私が一番乗りでインタビューを受けることになった……んだと、思う。
「こんにちは。私は週刊女性エイトの窓口明子です。今日はよろしくね」
「こんにちは。こちらこそ、よろしくおねがいします」
頭を下げると、微笑ましい視線を感じる。役柄がなかなか強烈ないじめっ子なので、インタビューは柔らかい印象で受けておきたい。いじめっ子役やホラー役がもりもり入ってくるのは望むところなんだけど、普段まで苛烈な子供だと思われたら両親に迷惑がかかりそうだからね。
「本日は、まず簡単な質問と、その後に妖精の匣にちなんで、Y・O・U・S・E・Iで六つの質問をします。何か、インタビューについて聞きたいことはあるかな?」
そう、明子さんは、視線を合わせて柔らかく聞いてくれる。たぶん、いい人なのだろう。気遣ってくれるのが伝わってくるようだった。
「えっと……だいじょうぶ、だとおもいます!」
「そっか。なら、早速始めようか? 仁位河君」
「ウッス」
カメラマンの男性が、明子さんの声で配置につく。今生で初めてのインタビューだ。楽しくやらせてもらおう。前世では記者さんが途中で泣き出しちゃったからね。ホラー演技を見せてくれって熱望するからやっただけなのに……。
「では、最初に――」
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【ドラマと一変! 『妖精の匣』でいじめっ子役の欧風少女。空星つぐみの可憐な素顔】
ドラマ『妖精の匣』(四月四日~土曜日夜八時。日ノ本系)で子供たちのキーパーソンとなるクラスの女王、柊リリィ役を演じる空星つぐみちゃん。番宣での可憐な様相を一変した苛烈な演技に、“すごい子役がいるけど、誰?!”と世間を驚かせた少女だが、実は演技は初めてだという。
「最初の放映は凛ちゃん(夜旗凛/秋生楓役)の家に珠里阿ちゃんと美海ちゃんで集まって、みんなで見ました。撮影中のチェックで何度も見たはずなのに、テレビで見るとけっこうリリィが怖くて、どきどきしちゃいました。恥ずかしいです」
そうはにかんで笑うつぐみちゃん。とても可憐な様子だけれど、演技は恐ろしいいじめっ子をきちんと演じていた。そこで、なにを参考にしたのか聞いてみると、そこには両親の教えがあるのだという。
「“人が嫌がることをしたら、自分に返ってくる。人に優しくしたら、それも返ってくる”って。だから、なにをされたら嫌なのかな? って考えて、そうしたらリリィができたんです。だから、時々街で“いじめっ子だ!”なんて言われると、ちゃんとできているんだなぁって思って、嬉しくなっちゃうんです」
そんなつぐみちゃんはまだ五歳。小学校に通う前とは思えないほどの利発さと少女らしいかわいらしさを兼ねそろえている。だが、こちらが「演技を辛いと思ったことはない?」と聞くと、どこか大人びた表情で「ありません。自分の経験が増えていくのって、全部、とても楽しいです」と言い切って見せた。
「とはいえ、みなさんが優しくしてくれるから辛くないのも、あると思います」
オーディションで同じ組だった夜旗凛、朝代珠里阿(夏川明里役)、夕顔美海(春風美奈帆役)とは親友といえるほど仲良しで、夜旗家に集まってゲームをすることも多いのだとか。「ホラーゲームが好きなんですけど、珠里阿ちゃん以外はホラーがあんまり得意じゃないから、テーブルゲームをやったりします」と照れくさそうに答えてくれた。
将来の夢は? と聞くと、つぐみちゃんは周囲を見回して、「世界で活躍したい」と、緊張した面持ちで応えてくれた。
「ハリウッドで、色んな人に喜んでもらえる演技がしたいんです」
大きな夢だが、なるほど、この子なら目指せるのではないか? と思わせてくれるパワーがあるように感じる。彼女が今後どんな活躍を見せるのか、一視聴者として楽しみにしていたい。
Y【Yearning】 憧れている人は?
「ダディとマミィです」好きなんだ? と聞くと「はい」と照れ笑い。
O【Obtain】 今、欲しいものは?
「機会です。色んな役を演じてみたいです」
U【Unable】 苦手なことは?
「機械の操作が苦手で、よく小春さん(マネ)や凛ちゃんに助けてもらいます」
S【Saying】 好きな言葉は?
「一念岩をも通す、です」一生懸命さがこちらにも伝わる様子。
E【Education】 今、一番勉強したいことは?
「演技です。色んな演技の勉強がしたいです」他は? ときくと、小声で「料理」と。
I【Imaginable】 どんな自分になりたい?
「みんなをあっと驚かせるような役者(自分)です!」妖精のような笑顔。
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「――以上で終わります。疲れちゃったかな?」
「まだまだだいじょうぶです! ありがとうございました!」
「ふふ、どういたしまして。素敵な記事にするからよろしくね」
「はい!」
インタビュアーのみなさんが帰ると、すかさず、小春さんが紅茶を淹れてくれる。暖かいミルクティーを飲みながら、今度は次の予定の確認だ。
「このあとは、スタイリストさんとの顔合わせです」
「スタイリストさんって、さっきおくれていたっていう……?」
「はい。専属スタイリストですね。腕の良い方ですよ」
せ、専属かぁ。そうだよね、カメラマンさんも専属だもんね。
スタイリストさんとは、撮影前に衣装や小物をコーディネートしてくれる人のことだ。私の場合は髪型やメイクなどを含めたトータルコーディネートをしてくれるらしい。本当はこのインタビューのコーデもその方に担当していただくはずだったんだけど、予定がずれ込んだんだそうだ。
今後は専属になるので、そういった心配もなくなるのだとか。固定給なのかもだけれど、たくさんお仕事できるよう、私も頑張らないと。前世では事務所の社長令嬢、珠美ちゃんに全部任せていたからなぁ。
「そのまま、専属トレーナーの方々とも顔合わせをしていきます」
「かたがた?」
「はい。フィジカルトレーナー、ボイストレーナー、ダンストレーナー、演技トレーナーですね」
あまりの手厚さに、つい、目眩を覚える。前世では全部自分でやっていたことだ。親友の閏宇からビデオテープを借りて覚えるまで反復したり、図書館で教本を書き写して覚えたり、大道芸人を食い入るように見つめて練習したり。
それが、今世ではトレーナーさんをつけて練習させてもらえるなんて、心臓に悪い。悪いのだけれど、その道のプロから教わることができる状況に、胸を高鳴らせている自分がいた。ただ、一つ気になることがある。
「あの、ダンストレーナー?」
「はい。歌って踊れる方が有利だろうと、旦那様が」
「たしかに……」
そうだよね。確かに私も前世では、芸者として日本舞踊を踊って殺されて悪霊になる役とかやったもんね。あのときは日本舞踊を身につけるのすごく大変だったし、教えてくれるのなら越したことはないかも。
まだ身長も小さいし、バレェとかどうだろう。のっぺらぼうにメイクして、くるくる踊りながら驚かせたら面白いのではないだろうか? 今度、サプライズで珠里阿ちゃんにやってあげよう。
「では、そろそろ移動なさいますか?」
「はい。あ、でもそのまえに」
レインを開いて、凛ちゃんに報告だ。凛ちゃん、インタビューが終わったらどうだったか教えて欲しいって言ってたからね。まだ――これくらいの時間はありそうだ。
『インタビュー終わったよ。楽しかった!』
『楽しいのか。なるほど。兄より正確で助かる。変なこと答えなかった?』
『普通だよ! でも、変なコトって?』
『この間、ヨルナンデショで、カラスはカッコイイ、蛇は綺麗、カエルは可愛いで区分してびっくりされてた』
『そんなこともあったようななかったような』
返事早いな……と思ったら、お昼休みか。
『あ、でも、虹君も教えてくれたんだ?』
『適当にやってればなんとかなる、とか言ってた。適当な兄で困る。つぐみ、怖がらせてやってくれ』
『怖がるのかなぁ?』
『あとは直接聞きたい。学校終わったら遊ぼう?』
小春さんに画面を見せると、小春さんはかすかに微笑んで頷いてくれた。
『いいよ!』
『やった。珠里阿と美海もいていい?』
『もちろん!』
『ではまた放課後。つぐみも頑張れ』
『うん、ありがとう、凛ちゃん』
ふんだんにスタンプを使う凛ちゃんに対して、こちらは文章のみだ。これはちょっとさすがに、子供らしくはないかもしれない。でもいまいちまだ使い方がわからないんだよねぇ……。
小春さんに携帯電話を預けて、挨拶回りに向かう。第一印象はしっかりとしておかないと、今後の関係に関わるからね。気合いをいれていこう。
私より頭二つ分だけ大きな背。成人女性としてかなり小柄な方だ。金に染色した髪と、ピンクのメッシュ。きらきらと星を散らしたようなメイクは濃すぎず薄すぎず美術品のようなかわいらしさを演出している。
鏡の前でメイク道具を整理していたのだろう。私たちに向かって立ち上がり、まっすぐに歩く姿勢は美しい。まさしくコギャルっていう感じだけど、どこか格好良さもある。
「アナタがつぐみね。OK、やりがいがあるわ」
「やりがい? はい、そらほしつぐみです! よろしくおねがいします!」
「いいわね。最高。アタシは天岡瑠琉菜よ。気軽にルルって呼んで頂戴。じゃ、そこ座って」
「は、はい!」
ルルさんは独特のペースと独特のリズムでさっと挨拶を終え、私を椅子に乗せてくるっと回した。
「インタビューを担当できなかったのは痛手ね。でも大丈夫。今後はいつでもパーフェクトに仕上げてみせるわ」
「はい! ルルさんのコーディネート、たのしみです」
「いいわ。最高を見せてあげる。アタシとつぐみならトップだってイケるわ。敬語もやめなさい。今日からパートナーよ」
私の言葉に、ルルさんは挑戦を受けた剣闘士のように不敵に笑う。指をパチンと鳴らし、鏡の前の私の髪をふわりと広げた。この人はきっと、根っからの仕事人なのだろう。
全部が全部、己の仕事を見せつける武器。今こうしてこの場に居ても、へりくだるような気配は一切ない。仕事のみを評価させるスタイル。……うん。とても気が合いそうだ。
「……そろそろ、次の時間です」
「OK! アタシの遅刻じゃなければ引き留めていたけれど、今日は良いわ。つぐみ、センスを鍛えておきなさい。プラスアルファじゃキかないコーデ、してアゲル」
「うん。たのしみにしてるね?」
ルルさんと別れて次の場所に向かう。一歩一歩が満ち足りて、成長していくような充実感。時として、出会いはなによりも大きな人生の糧となる。
「おもしろいかたでしたね」
「不快には思われませんでしたか?」
「ぜんぜん!」
「そうですか。彼女は昔から破天荒なのです。なにかあったら私に申しつけください」
「おともだちなの?」
そう聞くと、小春さんは伏し目がちに「旧友です」と答えてくれた。なんでも、簡易的にでも小春さんが髪を整えたりとか、コーディネートのようなコトができるのは、ルルさんに教わったから、という経験があるためなようだ。
人に歴史ありとはよくいったもの。小春さんは、昔、どんな子供だったのだろう? 今度、聞いてみようかな。




