opening
――opening――
『夜! 昼! 朝昼夜!』
『夜・昼・朝・昼・夜なんでしょ?』
『ヨルナンデショ!?』
金曜夕方の五時。軽快な音楽がテレビから流れる。夕焼けと瑠璃色をモチーフにしたタイトルが画面いっぱいに表示されると、広い年齢層に向けた情報バラエティ番組が始まった。今日はその番組に、娘の凛を含めた子役四人と、主人公役を務める相川さんが番宣のために出演する。
娘の初テレビだ。録画の準備もバッチリで、せっかくだからと、真帆と虹もソファーで並んで見ている。生放送だから、ここに凛の姿がないのが残念だ。
「ちっ……なんでオレまで」
「なんかいったかしら? 虹」
「なんでもねぇよ。怖い顔するなよ、お袋……」
「まったく」
二人のやりとりを苦笑しながら眺める。虹はテレビで見るとあからさまに猫を被っているから、こうしていると余計に幼く見えるなぁ。怒られるから言わないけれども。
『それでは本日のゲストは――相川瑞穂ちゃんだー!』
『よろしくお願いしまーす』
まずは相川さんが、いつものように人好きのする笑顔でステージに上がる。司会はベテランお笑い芸人の西原さんだ。芸歴で言えばぼくよりも先輩で、とても親しみのある方だ。彼が司会を務める番組で初テレビというのなら、ぼくとしても安心できる。
まぁ、芸能人はみんな、子供には優しくするけれどね。イメージもあるけれど、すさんだ世界で生きていると子役に癒されるコトって結構あるから。
『瑞穂ちゃんは、今日は番宣?』
『はい!』
『言い切っちゃうんだ! いいねぇ!』
『てへ?』
『……瑞穂ちゃんがやると様になるねぇ。いや、麻美さんはやらなくていいですから!』
軽快なトークで会場が暖まる。MCの勉強にもなるので、虹には彼の手腕もよく見ていて欲しい。とはいえ、言われてやったんじゃ身にならないから、自主性に任せたいけれど……虹は、瞳を鋭くして画面を見ていた。貪欲さは充分に、夜旗の人間らしい。
『で、瑞穂ちゃんはどんなドラマに出演するの?』
『にしちゃんやーさーしー!』
『そこ! 外野うるさいよ!』
『あはは。明日から放映される春の連続ドラマなんです』
『へぇ、明日なんだ! ……見られるな』
『ほんとですか? 嬉しいです!』
画面の下にテロップが表示される。毎週土曜日夜八時からという、新人子役を使っているとは思えないほど良い時間だ。だけれど、それだけの枠を通すだけの力が、あのオーディションにはあったのだとか。
いやほんと、自信なくしちゃうくらい粒ぞろいだからね。この世代に生まれ、関われたことは、凛にとってなによりの幸運といえるんじゃないかな。
『瑞穂ちゃんはどんな役なの?』
『田舎の学校に赴任してきた新人教師です。最初は自然豊かな良い学校だと思うんですけど、だんだん、学内外で問題が起こって、それを同僚役の月城東吾さんや可愛い子役のみんなと解決していくんですよー』
楽しそうに語る相川さんに、西原さんも相槌が楽しげだ。虹に至っては「なるほど」と呟いてる。こういうのは、あと十年二十年もすれば洗練されていくことだろう。
『へぇぇ、可愛い子役のみんな? その子役は、相川さんの味方なんだ?』
『いえ。実は複雑な事情のある、悪のリーダーがいるんです』
『わぁ、いじめだ! こわい! ……どんな子?』
『劇中では小悪魔、実物は妖精、接すると天使です』
相川さんの言葉を受けて、脳裏で反芻する。あー、確かに、なんて。
「なに万真。あんたもしかして、アレの余韻に浸ってる?」
「からかわないでくれよ、いやほんとに」
「ん? お袋、アレってなに?」
「あ、そっか。虹は見てないんだっけ? あとで見せてあげるよ」
「…………勘弁してくれ」
ほらほら前を見て、と、気持ちを切り替えさせる。けれどもう、虹の目は好奇心に疼いているように見えた。これは逃げられないんだろうなぁ。
子供のお遊戯と割り切って演技をして押し倒されるなんて、虹に言えないってほんと。爆笑される未来が目に浮かぶよ。
『ええー、それは楽しみだなぁ。じゃあさっそく、登場してもらおうかな? どうぞ!』
西原さんの声で、舞台袖から四人の子役が現れる。先頭はつぐみちゃん。手を引かれて現れたのは、凛……ではなく美海ちゃんだ。先を越されてむくれているが、直ぐに、その表情をかき消した。えらいぞ凛。それから最後に、苦笑した珠里阿ちゃんが続く形だ。
つぐみちゃんが出てくると、場が華やぐ。シルバーブロンドに青い瞳。妖精のような顔立ちだが、日本人のお母さんの色が出ているため、親しみやすい範疇に収まっている。メイクとウィッグを駆使すれば、日本人役もできるだろう。成長すればわからないけれどね。
『こんにちは!』
つぐみちゃんが率先して挨拶をすると、凛たちもそれに続く。子役たちのかわいらしい様子に、黄色い歓声で舞台が彩られた。
『おお、可愛いねぇ。じゃあ一人ずつ、お名前教えてくれるかなー?』
『はい! あたしはあさしろじゅりあ、なつかわあかり役です!』
『珠里阿ちゃんだね。……えー、あ、早月さんの娘さんなんだ』
『はい!』
西原さんがカンペを読み上げると、珠里阿ちゃんは嬉しそうに頷いた。ぼくは直接は知らないけれど、一悶着あって、わだかまりが消えたそうだ。まだまだ様子を見るといって、たまに、真帆が食材を持って朝代家に泊まりに足を運んでいる。真帆は面倒見が良いからね。学生時代はそれはもう(女の子に)モテたらしい。
『えっと、はるかぜみなほ役の、ゆうがおみみです。よろしくおねがいします!』
『美海ちゃんは……ええ! 夕顔夏都さんの娘さん? 僕、夏都さん好きなんだよねぇ!』
『そうなんですか? ありがとうございます』
そう、嫋やかに微笑む美海ちゃんからは、夏都さんによく似た気配を感じる。あんなに堂々とした子だっただろうか? 隣を見れば、真帆まで驚いているようだった。
子供の成長は早いからねぇ。ちょっと見ない間にこれだから、子育てって面白い。虹は素直な時期が実に短かった。逆に、凛はまだまだ素直だ。
『よるはたりんです』
『りんちゃん、役も』
『あきみかえで役です。よろしくです』
クールな表情に、涼やかな目元。間違いない。これ、完全に緊張しているね、凛。けれどこれは家族にしかわからないだろうなぁ。とても余裕があるように見える。
ああ、でも、とっさにフォローしてくれたつぐみちゃんはこれ、たぶん察しているね。
『夜旗万真君の娘さんかぁ。あ、ならお母さんは駿河真帆さんだね?』
『はい』
『……なんでも、一緒にオーディションに行って、監督さんの目に留まったそうです。なるほどねぇ。あ、じゃあ最後の……君も、誰かの?』
『いえ。わたしは、たまたまです』
『そうなんだ! すごいねぇ。あ、じゃあオオトリで自己紹介、お願いできるかな?』
『はい!』
――普通なら、容姿が多少珍しい程度では、芸能人の娘三人組というブランドの前に印象は埋もれてしまうことだろう。可愛い、可憐、妖精みたいだ。そんな噂はされても、名前までは覚えられない。かといって三人の前だともっと薄れるし、途中だと間が悪くなる。
西原さんもそれをわかっているから、最大限フォローをするつもりなのだろう。まずはオオトリと紹介しながら注目を集め、よく周りを見ている。
「そんなの、あいつには必要ないだろ」
「虹? 妹よりも年下の女の子にあいつはないんじゃない?」
「ぐっ……お、お袋だって見てればわかるよ」
真帆にからかい半分で叱られている虹を横目に、テレビ画面を注目する。ただの自己紹介。けれど、初のテレビ。どうやって、自分の存在を知らしめる?
つぐみちゃんはまず、半歩前に出る。ふわりと揺れるスカート。足を覆う白いソックスが、動きに合わせて視線を追わせた。腰の前で丁寧に合わせられた手のひら。フリルのワンピース。細い首元から柔らかな曲線を描く子供らしい顎先。自然と目鼻立ちを視界に収めた――瞬間、目が合った。
『はじめまして』
ほのかに持ち上げられた唇。控えめな微笑み。目が合った少女が、とても嬉しそうに微笑んでくれたという、錯覚。
『そらほしつぐみ、といいます。ドラマでは、ひいらぎリリィというおんなの子をえんじています。ふふ、わたしとおなじ、ハーフのおんなの子です』
控えめに零した笑み。伏せられた瞳が、持ち上げられたとき、また。視線が交わる。この妖精のような女の子は、自分に話しかけてくれるという、強烈な印象。
視線、挙動、スタッフの配置、カメラワーク。そのすべてが頭に入っているとしか考えられない。だから、カメラワークに合わせた視線移動で、ごく自然に、視聴者と目を合わせることができるのだろう。
『どうぞ、よろしくおねがいいたします』
丁寧に下げられる頭。背筋を伸ばした、美しい所作の最敬礼。視線が釘付けになってしまうのは、また、あの美しいサファイアの瞳に見つめられたいと思ってしまう衝動だろう。
業界関係者ならば、彼女の動きに感服し、驚愕する。そうでなければ、テレビの向こう側という非現実感から、妖精の国に迷い込んでしまったような陶酔感を得ることだろう。
「な、なんか彼女、またすごくなってないかな?」
「正直、驚いたわ……。虹、どうする? 強力なライバルよ」
「……むかつく」
「んん? まさか虹、おまえ、つぐみちゃんが愛想を振りまいてるから嫉妬か?」
「ち、ちげーよ!」
虹はそう、不機嫌そうにつぐみちゃんを見ていた。虹はあの霧谷桜架の再来と呼ばれるだけある、才能の塊のような子供だ。その視点は、ときどきぼくらを驚かせた。
……ただ、本当に嫉妬だったら面白いだろう、とも思うけれどね。ああいう子と付き合うと、きっと楽しいだろうが、苦労も多いだろう。ただ、間違いなく凛は喜ぶ。
『はぁ……すごいねぇ。つぐみちゃんは、ハーフなの?』
『はい。おかあさんのみょうじを、名のらせてもらっています』
『へぇぇ、しっかりしてるねぇ』
西原さんも、さすがは名MC。その場の誰より早く再起動して進行を進めている。けれど、他のメンバーの中には、未だたった十六秒の衝撃から抜け出せない人間もいるようだった。
『それでは、今日は相川さんと子供たちを加えて、放送していきたいと思います!』
よろしくお願いしますという、軽快な声がスピーカーから流れる。番組コーナーへと移行していくテレビ画面を見る虹の目は、どこか不満と憂いが込められているように見えた。
(うんうん、青春だねぇ)
昔はぼくもいろいろあったよ……なんて言ったら、虹もさすがに拗ねてしまうかな。